木星奪還部隊ガイアフォース

第22話「死神の伝説」


 グレートバリアリーフの艦載機発着信デッキの壁に付けられた状態表示用の 回転灯が赤く光りを放っていた。赤いサインは出撃体制を示している。
 ケルベロスにとりついていたメカニックマンたちは、出撃時の点検を終え、 艦載機用エレベータ脇の待機用ボックスに身を隠した。
 ケルベロス5号機のコクピットで待機するゲイツは、モニターに写るジェニ スと、できるだけ自然に話そうとするのだが、逆にぎこちなさを感じさせていた 。
「――えっと、それから、スラスター出力はアイドリング状態。センサーは定 常値。関節アクチュータは宇宙空間モード。タキオンドライブ反応値は15パー セント維持」
 ゲイツの不器用さは、グレートバリアリーフで発進指示待ちのガイアフォー スの面々に、滑稽さを通り越して哀れみさえ感じさせるのだった。
「GB5、オールグリーン。ライジングソードとのドッキングパターンを送信 します」
 ジェニスは、何事もなかったかのように、忠実に任務を進めた。
「パターン受信、登録」
 ゲイツはコンソールパネルの確認表示を見て言った。そこに、ジェニスから の個人回線が割り込んできた。他人には傍受できない。
「元気だしてバロンくん。また棺桶に乗せてよ。でも、16番倉庫以外でね」
 ジェニスは微笑みながら早口で言った。
 すぐに個人回線は切断され、一般回線でジェニスは続けた。
「GB5、射出シリンダーへ」
「リョーカイッ!」
 ゲイツの返事は、急に元気になっていた。
「あれ、ゲイツのやつ、急にどうしたんだ」
 GB2のアラン・マークスが不思議そうに言った。
「へへん。このゲイツさまが、大事な作戦をひかえて、いつまでも落ち込んで いるとでも思ったのかい」
「単純な生き物なんだよね。ゲイツ・バロンってやつはさ」
 実は、こっそりとゲイツとジェニスの個人回線を傍受していたヘミングウェ イのメルトフが楽しそうに言った。
 装備を悪用しての盗聴行為は厳罰処分対象であったが、出撃前の調整中に偶 然チューニングがあってしまうというのはあり得ることだ。高性能にして多機能 のヘミングウェイならばなおさらだった。
 もちろん、メルトフはそれを口実に、この瞬間をひとつの楽しみとしている のだが。
「どういうことだ」
 アランが興味深々に訊いた。
「きさまら!作戦中だぞ。雑談する暇があったら、敵データの確認でもしろ! 」
 ジェファソン隊長は通話に割り入ると、コンソールパネル隅に表示された小 さな画像を見た。そこには、ジュピトリウス帝国のラウンドムーバー10機編隊 がぼんやりと写っていた。
 警戒用小型プローブがメディーサの河の宙域で捕らえた映像だ。
 プローブは、極小の隕石に偽装されて旗艦から放出され、自立制御により定 められた宙域を探査し戻ってくる。
 編隊の後方に写る機体は、これまで確認されているどのラウンドムーバーと も異なる形状をしていた。
 背中の部分に上半身ほどもある球体を背負っていて、機体長を越えんばかり の大型ライフルと思しきものを装備していた。
「三日前に確認されたラウンドムーバーの編隊の機影から、一機は新型と思わ れる。いいか、おまえたちとケルベロスは地球圏にとって大事な存在だ。くれぐ れも、無茶せずに、必ず帰還するんだ。それが作戦上の最優先事項だ。メルメソ ッド強襲はその上で完遂する」
「了解!」
 ジェファソン隊長は、一同の応答を聞きながら、ガイアフォース指揮用小型 強襲挺『エンデバー』の艦長席に座り、実戦に赴く教え子たちの未来を案じた。
 ジュピトリウス帝国主力戦艦メルメソッドが、巡宙艦と護衛艦を数隻引き連 れて、木星域から出発したことはわかっていた。
 そして、訓練中のガイアフォースとの接触と、ヴィーナスフォースの事件が 起きたことから、ラウンドムーバー個体の巡航能力を考えると、少なくともメデ ィーサの河軌道の外周域に駐留していることも明確だった。
 メルメソッドの位置特定は、プローブの撮影記録から容易に知ることが出来 た。
 地球連邦軍木星奪還部隊は起死回生とばかりに、メルメソッドの強襲を計画 した。
 ガイアフォースの使命は、シグマフィールド発生装置を装備したブルーハウ ンド改良型のケルベロスで、メルメソッドと艦載機ラウンドムーバーを殲滅する ことだ。
 エンデバーは、グレートバリアリーフの腹部大型ハッチから静かに離脱する と、スラスターをわずかに輝かせ、微速でグレートバリアリーフの船首前方に移 動した。
「これよりガイアフォースの指揮系統をエンデバーに移行します」
 ジェニスは、マニュアルどおりに手元のコンソールパネルのスイッチに軽く 触れた。
「ガイアフォースの諸君に告げる」
 艦長席に深く座るタリスマー艦長が、ハンドマイクを手にして、威厳ある声 で呼びかけた。
「今回の作戦は、地球連邦政府の明暗を分けるものだ。そのすべては、君たち にかかっている。君たちに幸運の星が降り注がんことを祈っている」
 初陣にして絶対勝利を課せられたゲイツたちは、それぞれのモニターに写る 漆黒の宇宙空間を見つめながら、タリスマー艦長の台詞を訊いていた。
「帰ってくるさ……」
 射出カタパルトに固定されたケルベロスのコックピットにくくりつけられた ゲイツは、小型モニターに写るジェニス・マクギリスを見ながら小さく言った。


 メルメソッドの戦闘ブリッジ、艦長席のゲルデフ・グランティアは襟元を正 すと、肘掛けのコミュニケーターを手に取った。
「ジカリス、どうだジュウライオウの調子は」
 秘話回線を使っているから、形式ばった語り口にはならなかった。
『機動力は格段にいいな。しかし、背中のウニはいただけない』
 ジカリスは、ジュウライオウの調整のために、メルメソッドの索敵範囲内を 移動していた。
「なんだって」
 ゲルデフ艦長は、怪訝な顔で聞き返した。
『いや、いい。――連邦軍の動きはどうだ』
「子犬の改良型が5機と、いつもの2機の支援機が編成されている。改良型は 、赤いラウンドムーバーの代替、つまり――」
「シグマフィールド仕様、ということか」
 ジカリスは新型ラウンドムーバーのジュウライオウを急静止させるすると、 ぼんやりと見る火星をにらみ、「性懲りもなく、悪夢のシステムを使う連邦め… …」と、つぶやくと、ジュウライオウのきびすを返し、「ひとつ気になる事があ る」とゲルデフ艦長に告げた。
「どうした。またスラスターの調整ズレか」
 ゲルデフ艦長が、めったにそういう言い方をしないジカリスの問いに、めず らしいと感じながら、まったく技術的な問題とは違う疑問があるのだろうと思い ながら訊いた。
「火星を中心に活動しているオーディンズというゲリラ組織をしっているか」
「片目のマデラー・ソジャナー率いる過激派だな」
 ゲルデフ艦長は、知っている範囲で応えた。
 一般的にも知られたオーディンズだったが、なぜそんなことを訊くのかと怪 訝な表情をしながら続けた。
「地球圏では最大規模の反政府勢力と言えば聞こえはいいが、はみ出し者の集 まりにはちがいない。もっとも、連邦を叩くということからすれば目的は同じだ し、なにより、オーディンズの活動は我々のカモフラージュになる」
『では、オーディンズは我々の味方と言えるだろうか』
 ジカリスは、ジュウライオウをメルメソッドの着艦用デッキに着陸させなが ら言った。
「それはないな。マデラーの主張は、『地球圏の平和は腐敗した連邦政府では なく、民衆レベルで実現するべき』というものだ。だが、多様化した地球圏を効 果的に導くには、強い意志を持った指導体制が不可欠だとするのが我が帝国だ。 オーディンズの主義は相反するともいえるな」
『ならば、敵となることも――』
 ジュウライオウは、メルメソッドの船首下部にある格納庫に移動するため、 エレベーターに固定され、降下していた。
「あり得ない話ではない。しかし、オーディンズに国家レベルの影響力がある 可能性は薄いな。でも、またどうしてオーディンズが気になる」
「シグマプロジェクトのメンバーだった、モイ・ハロルドソンを覚えているか 」
「“死神モイ”か!忘れるハズはない」
 ゲルデフ艦長は、自分の声が大きくなりそうになるのを抑えた。
「そのモイが、オーディンズで指揮をとっているという情報が入ったのだ」
 モイ・ハロルドソンは、10年前、ジカリスがインド戦線で紛争解決に投入 されているころ、同じシグマプロジェクトの実験隊として、オセアニア地域で華 々しい成果をあげていた男だ。
 しかし、シグマフィールドを発生させる精神集中のために、規定値を越える 覚醒剤を大量投与した結果、人格崩壊を起こしてしまった、という噂は連邦軍内 では語りぐさの話だった。
「モイがオーディンズに――」ゲルデフ艦長は、考え込むと「敵にはしたくな い男だが、敵となる運命にあるかもしれんな」と言って、コミュニケーターを肘 掛けに戻した。
「ジュウライオウの最終調整終了。臨戦態勢でハンガー待機します」
 秘話回線での会話を知る由もないオペレーターが、ゲルデフ艦長に告げた。
 ジカリスは、コンソールパネル上の各計器の表示に異常のないことを確認す ると、自身の体をパイロットシートに固定していたベルトを外し、ジュウライオ ウから格納庫の広い空間に滑り出た。


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