木星奪還部隊ガイアフォース

第21話「レジスタンスの沈黙」


 地球域コロニー・ルナ01に設置された地球連邦惑星開発機は、地球連邦政 府の宇宙開発を推進するにあたり、オーストラリア・ブリスベンの連邦本部に次 いで2番目に重要な拠点であり、大気圏外では最大の権威を持っていた。
 惑星の開発や太陽系外宇宙の探査、そして、コロニーの新増設および改修、 運営管理の総括箇所である惑星管理機構が抱える最大の課題は、木星域の開発を 一任してあったジュピトリウス財団の反乱であった。
 生活圏として太陽系を利用していく場合、現状の宇宙船の推進手段では、地 球本星からの距離を考慮した場合木星が限度といえた。
 一方、心理学的な影響という観点から見た場合、地球を本星と考える一般的 な常識から、金星と火星を住居とすることは無理のない範囲として受け入れられ たが、こと木星となると、遠く暗い星というイメージが先行し差別意識が働くの が常だった。
 資源惑星としては地球圏の生活を潤す点で重要視されるものの、太陽から約 7億8千キロメートル離れた、水素とヘリウムのガスが渦巻く不気味な様子は、 人類の安住の地としてはふさわしくないとの意識が働くのだった。
 惑星開発機構は、そういう意識を、経費削減に伴い木星の開発、管理、運営 を民間ベースに一括委託する、というあからさまな態度であらわした。
 それが木星開発事業団発足の経緯であり、ジュピトリウス財団から帝国へと 変わりゆく温床をつくった歴史の裏事情である。
「もういい。そんなことは今さら講釈を受けずとも分かり切ったことだ」
 大会議室の議長席で頭を抱えて座るグレーのスーツを着た初老の紳士が言っ た。
 楕円ドーナツ型にセットされた会議デスクには、15人の紳士たちが同じグ レーのスーツを着て着席していた。
 そのなかの一人が立ち上がった。
「しかし局長。事態は非常に緊迫した状態にあります」
 議長席の男に「局長」と呼びかけ、たしなめるような台詞を吐く細身の男の 目には、冷徹ささえ感じられた。男は続けた。
「メサド・ブレナーは、調子に乗って軍隊まで組織して戦争を仕掛けようと言 う始末で、鳴り物入りのヴィーナスフォースも、訓練中の事故でパイロットを失 うという冗談にもならない大失態。ガイアフォースの代替えが可能とはいっても 実践での成功率は未知数ときている。この危機を乗り切るには、ジュピトリウス 財団に木星域に関する全権剥奪の手続きを強行にとるしかありませんぞ」
 神経質そうな男は究極の案とばかり訴えたが、そもそも、反政府と化して正 式に宣戦布告をしてきている相手に、いまさら全権剥奪の手続きなど何の役にも 立たないのは明白だった。
 しかし、長年官僚として人生を送ってきたこの男の発想は、政府の手続きこ そ協力な武器という観念から抜け出ることはなかった。
「イオブレイクの当日に手続きはとってある。これは形式で型の付く話ではな い。戦争なのだよ」
 議長席の惑星開発機構の局長はだめ押しとばかりに言った。
「メサドの要求は、太陽系および外宇宙に関する政府の権限そのものだ。一部 民衆の間では、我々連邦政府よりもジュピトリウス帝国による統治を望むという 声も上がっていると聞く。このままではクーデターも起こり兼ねない」
 頭の秀でた男が大衆紙のコピーを掲げて言った。
「戯言だ。地球圏の豊かな暮らしは、我々連邦政府の運営でこそ叶うというも の。辺境の小さな財団ごときに平和の維持などできないのは周知の事実だ」
 その正面に座る男が吐き捨てるように言った。
「よいか。これは戦争なのだ。今にもジュピトリウスの機動部隊が各コロニー を制圧するかもしれぬ緊迫した状態なのだ。法で型のつく問題ではない」議長は 憤慨した様子で言うと、「結局、ガイアフォース作戦に期待するしかないのか」 と、頭を抱え独り言をつぶやいた。
「かくなる上は、軍参謀本部に月軌道上の艦隊の一部を木星奪還部隊に再編し てもらえるよう上申すべきです」
 その中では若い局員が言った。
 地球連邦軍月軌道艦隊の体制を崩すというのは、いわばタブーとされている 提案だった。
「きみの提案はもっともだ。しかし、艦隊の序列が崩れることはない。この問 題は、大気圏外の我々が処理しなければならん問題なのだ」
 軍参謀本部にあって、地球本星を最重要視する考え方は未だ根強く、また、 ジュピトリウス財団の反乱は、小さな地域紛争程度の認識でしかなかった。
 しかしながら、太陽系外宇宙からの侵略行為の可能性が殆どないにも関わら ず、月軌道上に艦隊を駐留させておくというのは、強大な武力と、それを裏打ち する経済力の誇示以外の何物でもなかった。
 あからさまなポーズによって、他者の軍事行動を抑止するという軍参謀本部 の方針、そして、その微動だにしない強大な武力に守られ、我こそ無敵と慢心つ のる自己中心の集団こそ地球の地表に張り付いた連邦政府そのものなのであった 。

 オーストラリア・ブリスベンに設置された地球連邦本部は、うららかな陽射 しに照らされていた。
 敷地の周辺は、整備の行き届いた芝生で美しく飾られた公園になっている。
 景観上のデザインを優先させつつ、防犯上からも遮蔽物を少なくした造りに なっており、敷地を囲むように立つ宮殿を思わせる柵の外側には、100メート ル間隔でライフルを手にした衛兵が直立していた。 静かな公園は一般庶民の憩 いの場にもなっていて、今日もいつものようにホットドック売りの小型トラック に子供たちが集まっていた。
 地球連邦本部の、その広大な敷地内の一画にあるプールサイドでは、思いお もいのポロシャツを着た4人の男たちが、パラソルのついた円卓を囲み談笑して いた。
 地球連邦政府評議会の面子である。
「ハッハッハ。次のコンペではパターを変えた方がよさそうだ」
 太鼓腹の男が、その腹を抱えて言った。
「あそこは芝の手入れが良くない。まるで火星の荒野だ」
 やせ細った男が負け惜しみを言った。
「おう。火星といえば、セントヘレンズからのテレックスで、オーディンズと かいう反政府勢力の動きが活発化しているというのがあったな」
 サングラスをかけた男が紫煙を吹きながら言った。
「オーディンズか。北欧神話の創造神……世直しを企むインテリが付けそうな 名前だな」
 口ひげを蓄えた男が言った。
「連邦の政治に従っていれば、豊かな生活が保証されるというのに、どうして 惑星の連中は、こうも反発するのか気が知れんな」
 太鼓腹の男が言った。
「まったくだ。言うことを聞いていれば俺たちのように安穏な生活が送れると いうのにな」
 サングラスの男がさっき大きく紫煙を吹いた。
「木星でも焼きがまわったブレナーが騒いでいるが、所詮は老いぼれ爺だ。あ と数年もすれば、木星の重力で足腰が立たなくなるだろうよ。ワッハッハ」
 やせ細った男がバカにするような笑い声をあげた。


「アー、我慢ならねぇ!」
 その声をヘッドホン越しに聴いていた男が、勢いヘッドホンを外し投げつけ た。
「おいおい、また壊す気か」
 ホットドック売りの店員の服装を来た男をたしなめた同じ服装の黒い肌の男 は、壁の小窓から、プールサイドの円卓を囲む男たちを確認した。
「ったく、ミサイルをぶち込んでやりたい気分だぜ」
 ヘッドホンを外した男は、そう言うと再びヘッドホンを頭にまわした。
 二人の男は、狭い空間に所狭しと構築された電子機器の部屋の中にいた。
 とりもなおさず、その空間は、連邦本部に隣接する公園でホットドックを売 る、たくさんの小型トラックのなかの一台の中だった。
「しっかり録れているだろうな。連邦の退廃を地球上に知らせるのだから」
 黒い肌の男が言った。
「でもよ、いい加減ここの盗聴にも飽きてきたぜ」ヘッドフォンの男が円卓の 男たちの談笑に集中しながら言った。「地球の偉いさんたちのやる気のなさがう つっちまいそうだ。モイからの指令もご無沙汰しているし、もう、3ヶ月もマル チェロに会ってない。そろそろ、彼女の暖かいスープをいただきたい心境だよ」
「ならば、キリカのつくったレコーダを壊した自分を恨むんだな。あれがあれ ば、とっくにダイモスに帰っているんだからな」
「ちぇ、わかりきったこと言ってくれる」
 ヘッドホンの男がそういうと、傍らのファクシミリから一枚の紙片が吐き出 された。
 そこには、『昨日生まれた子犬たちを番犬にしたいと思います。ぜひ、どの 子がいいか見に来てくださいネ』と、書かれていた。
「モイからだ!――なるほど、とうとうブルーハウンド奪取計画を始めようっ てんだな」
 ファクシミリを読んだヘッドホンの男が言った。
「これでおれたちも、本格的に連邦軍と渡り合える」
 黒い肌の男は、円卓の男たちをのぞいていた小窓を閉じた。


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