木星奪還部隊ガイアフォース

第20話「再会、教官殿」



 白衣の女博士、ハンスリーは相変わらず神経質な顔つきで、腕組みをしなが ら、傍らのデスクに置かれた様々な計器の数値を横目で見た。
「レベルが2パーセント下がってる。もっと、集中しなさい」
 ハンスリーは高圧的な態度で言った。
「年増女め。ずっと黙っていたと思ったら、今度はあーしろ、こーしろって」
 ゲイツは、新型GBシミュレータの中で、パイロットスーツのいたるところ からカラーコードが出ているという、実験動物さながらの姿で模擬戦闘を行いな がら小さく文句を言った。
「わたくしの名は、ハンスリー。ハンスリー・レイノルズ。年増女ではない」
 聞こえていた。
「ゲイツ・バロン。無断でシミュレータに部外者を搭乗させるような暇があっ たら、シグマフィールド生成のイメージトレーニングをやった方が価値的だとは 思わないか」
「了解です」と、しぶしぶ言いながらも、内心では、戦争ばっかりじゃ心がす さんじまうよ、とつぶやいていた。
 シミュレータルーム内に休憩時間を告げるアラームが響いた。
 ゲイツは、シートにもたれかかると、ヘルメットをとり、大きくため息を吹 いた。
 その日の夜、ガイアフォースのメンバーたちは、宿舎で就寝前のつかの間の くつろぎの時間を過ごしていた。
「ハンスリーのやつが、シグマプロジェクトの責任者なら、おれは、もうやめ たい気分だね」
 アラン・マークスが、ランニングシャツの胸元をばたばたさせながら言った 。
 集まっているみんなも、幾分暑さを感じているようだった。
「ぼくたちがシグマ要員として再訓練させられているのは薄々わかっていたけ れど、いざ知らされて、ハンスリー博士の僕たちに恨みでもあるような態度が毎 日では、さすがのボクもうんざりしているよ」
 ブランドル・バーゴが困り果てた表情で言った。
「本当だよ」
 ゲイツが相づちをうった。
「おいおい、ゲイツ。おまえは別だよ」アランが笑いながら言った。「よりに よって、我が艦のアイドルを、16番格納庫に連れてったんだからな。おれが他 人だったら、ぶん殴ってるぜ」
「おまけにハンスリーは潔癖性だ。ゲイツが、執拗に攻められるのは道理って もんだ」
 レアニー・ナイマンも嬉しそうに言った。
「しらなかったんだよ。16番がそんなだなんて」
 ゲイツはそっぽを向いた。
「可哀想なのは、ジェニスだよ」メルトフ・チェリノスキが真実みのある声で 言った。「女性宿舎では、寮長にかなり言われたらしい」
「おまえ、どこでそんなこと聞いて来るんだよ」
 トマトク・ウェインがすかさず訊いた。
「おれはヘミングウェイのオペレータよ。蛇の道はヘビってことさ」
 メルトフが自身満々で言った。
「関係あるかよ」
 同じ索敵を任務とする、GB3のアルベルト・シュフォンが茶化した。
 ゲイツとジェニスのあの日の行動は、基地内ではその翌日から噂となってひ ろがっていた。
 当然ならが、噂は例に漏れず誇張され尾ひれがついているから、ゲイツは相 当のやり手になっていたし、ジェニスは、その美しさ故に、特にこころない中傷 にさらされることもあった。
 しかし、ジェニスにしてみれば、人の噂など気にすることほどばかげている ことはないと、普段から思っていたから、特に態度を変えることもなく、女性宿 舎の彼女の聡明な振る舞いは変わることはなかった。


 翌朝は、改良され基本調整がなされた新型ブルーハウンドでの実機訓練だっ た。
 ブルーハウンドのパイロットたちは、幌付きの兵員輸送トラックに乗せられ て、地上戦の訓練場に到着していた。
 新型のブルーハウンド5機が整列していた。
 新型とはいっても、見栄えはさほど変わらなかった。
 外観上の変更点は、タキオンドライブ推進装置である4枚の翼が、一回り大 きくなり、脚部のスラスターが大型となっていること。そして、センサーユニッ トである頭部に、ブレードアンテナが2本追加された程度だった。
 ただし、トレードマークともいえる、鮮やかなブルーのストライプは、幾分 、深みを増していた。それが、機体全体を引き締めて見せていた。
 いずれにしても、ガイアフォースの面々にとって、新型GBは、机上学習で 何度も見ていたし、シミュレーション画面でも確認していたので、珍しいもので はなかった。
 トラック脇に整列した彼らの前に一台のジープが停車した。
 ジープから降り立ったのは、兵服姿が珍しいハンスリー・レイノルズ博士と 、ベレー帽を深くかぶった長身の上官と思しき男だった。
「ジェファソン、ジェファソン教官じゃないか」
 ゲイツが長身の上官が顔を上げたのをを見て、ふさぎ込んでいた表情を急変 させた。
「教官じゃない」耳慣れたガナリ声だった。「今からは、隊長と呼んでもらう 」
 メンバー全員の表情が明るくなり、ジェファソン・デミトリーに飛びかかっ た。
 ジェファソンは、嬉しそうに飛びついてくる彼らを迎えるように、一人ひと りをパンチで迎えた。
 彼らは、はじき飛ばされても歓喜の表情を変えることはなかった。
「まだまだ、おまえら青二才には負けんぞ。ハッハッハッ」
 ジェファソンは腕を組み、仁王立ちで大きく笑った。
「隊長として命令する」ジェファソンは、凛とした号令をかけた。
「ガイアフォースは、これより、ブルーハウンド改良型ラウンドムーバー『ケ ルベロス』の陸上戦訓練を開始する!」
「了解!」
 ガイアフォースは、清々しく声をそろえて敬礼した。
 ケルベロス―――地獄の番犬。
 それが、新しいブルーハウンドに冠された名前だった。
 ゲイツたちは、ケルベロスの足下に駆け寄ると、そのすねの部分にある小さ なパネルを開き、パイロットスーツのベルトにかけられたリモコンの先端を、 開いたパネルに向け、リモコンのスイッチを推した。
 すると、ケルベロスの胸部ハッチが跳ね上がり、搭乗用ラダーが降下してき た。
 ゲイツがラダーに捕まると、スムーズにケルベロス胸部にあるコクピットま で引き上げられた。
 パイロットシートに座り、パスワード「JENIS」を入力すると、シート が微妙に移動して、ケルベロスはゲイツの手足としての機能を認識した。
「各機、状況を報告せよ」
 ジェファソンは、ケルベロス各機と交信するためのヘッドセットを押さえな らが言った。
「GB1、スタンバイ」ブランドル・バーゴだ。
「GB2、オッケイ」アラン・マークスだ。
「GB3、パイロット、スタンバイ」トマトク・ウェインだ。
「GB3、ガンナー、スタンバイ」アルベルト・シュフォンだ。
「GB4、スタンバイ」チェンマオ・プリーだ。
「GB5、よろしいよ」ゲイツ・バロンだ。
「よーし、おまえら!今日の作戦は木星帝国の拠点コロニー制圧だ。ぬかるな よ。いいか、ブランドル!」
 ジェファソンの、なつかしいガナリ声が、彼らのヘルメット内に轟いた。
 緊急時の対応の訓練も兼ねているため、ガイアフォースはブリーフィングな しで愛機に搭乗させられ、ジェファソンが作戦端末で送信してくる状況設定を把 握、分析して詳細作戦を展開するのだ。
「了解です」ブランドルは答えると、モニターに表示される作戦を読みとり、 各機に指示を下した。
「ケルベロス各機は、重要施設制圧を最優先に行動。チャイニーズのエンジン 爆発は避けること。コロニーおよび人命への被害は最小限とすること。では、い くぞ」
「了解」と、各機一同に応答した。
「よーし。それでは開始だ。見事15分でコロニーを制圧した暁には、晩飯を たらふく御馳走してやるぞ」
 ジェファソンは、久しぶりの彼らとの対面に、上機嫌で言った。
「リョーカイッ!」
 歓喜溢れるこの呼吸も一糸乱れずであった。
「不思議だわ。彼らのサイコレベルが微量だけれど上昇している」
 ハンスリー博士は、乗ってきたジープの助手席に積んである、簡易型のシグ マフィールド測定器のメーターを見ながら言った。
「それにしても」ハンスリーは、ジェファソンに怪訝な表情で訪ねた。「どう して、急に士気が上がったのでしょう」
「そうですな。男と男の友情がなせるわざとでも言いましょうか」
「ユウジョウ?」
「そうです。どんなことがあっても友を信じられるという友情です」
「そのような不確定要素は、データとして信憑性にかけます」
「ほう」ジェファソンは、四方に展開していくケルベロスの後ろ姿を見ながら 茶化しぎみに言った。「博士らしくありませんな。精神力を使って敵を倒そうと いうシグマフィールドに一番重要なのは、こころの強さなのではないのですか」
「そ、そういう解釈もあるのでしょうね」
 ハンスリーは、ジェファソンの言う「こころの強さ」という不確定要素が、 自身の研究課題の中にあって解決できない最大の要素であり、それを解明できず に焦りを感じていることをジェファソンに見透かされたような気がして、口ごも った。



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