木星奪還部隊ガイアフォース

第19話「勝者とは誰か」



 『我が愛しのシカゴ』は、旧暦の二十世紀初頭のアメリカを舞台に展開され る、地方の警察官と富豪の令嬢のラブストーリーで、ゲイツにとっては極めて退 屈な内容だった。
 しかし、ジェニスの方はいたって感動したようで、映画館から出るなり、し きりに主人公の衣装の話や、当時の時代背景を語っていた。
 内容はともかく、そういうジェニスが間近にして見られるというのが、ゲイ ツにとって至福の時だった。
 この時間がいつまでも続けばと、心から願った。
 が、ジェニスと知り合えたのはガイアフォースとなったからであり、自身が 乗るブルーハウンド五号機は、今、着々とレッドスナイパーの代わりに、あの孤 独な兵器『シグマフィールド』を搭載され調整が進んでいて、しかも、ジュピト リウス帝国は、間違いなく地球圏の制圧の駒を進めているというのだ、という現 実を思い出したとき、至福の喜びが、戦乱の上に成り立っているのだと感じて、 複雑な気持ちを隠せなかった。
 それは、ジェニスにもわかるくらい表情に出ていた。
「バロンくん。映画、つまらなかった?」
 ジェニスの顔がのぞき込んできた。
 図星であったから、ゲイツはドキッとした。
「い、いや。そんなことない。あのリリナーっていう女優さんはいい演技をす るよね」
「それは、『アースコマンド』のヒロインの名前。彼女は、マリーナよ」
 取り返しがつかないと思った。
「いいのよ。無理しなくて」
 語尾に冷たさは感じなかった。
 一呼吸置いて、ジェニスは「そこに座らない」言った。
 彼女は映画館前の木陰にあるベンチを指さした。
 ベンチに座り、気がつくと目の前には、目抜き通りにふさわしい雑踏が繁華 街の情景を作り出していた。
「ねぇ、バロンくん」ジェニスは続けた。「新型のGBは、ビューウィントン さんたちが使っていたシステムを搭載することになっているのよ」
「知っているよ」ゲイツは、手にしたパンプレットを見ながら言った。「でも 、そんな秘密をおれに言ってはいけないんじゃない」
「ハンスリー博士は、なにも言わないけれど、シグマプロジェクトを推進して いるのは彼女なのよ。私は、あんな作戦はもうやめてもらいたいと思っているの 」
 ゲイツは、あの嫌味な白衣の女博士がハンスリーという名前なのを初めて知 った気がした。
「しかたないさ。シグマプロジェクトは、何十年も前から研究されている究極 の戦術だ。この戦争で効果を発揮するのは間違いないからね」
「味方の援護をうけられないのよ。たった五機でジュピトリウス帝国に臨むな んて無謀すぎるとは思わないの」
「心配してくれるのはありがたいけれど、五機で戦争に形がつくなら、おれた ちの命もまんざら価値があるとは思わないかい」
「……そうね。私たちはみんな志願兵だものね。みんなを守るために命を懸け るというのは当たり前なのよね。でも、知っているでしょ。本星の防衛ラインは 月軌道上に万という数の戦艦や機動部隊を配置しているじゃない。それなのに、 本拠地に臨む木星奪還部隊は、あまりにも小規模。少数精鋭とは聞こえがいいけ れど、どうしても納得がいかなのよ」
 ジェニスも、ゲイツと同じように、地球連邦軍の作戦に見え隠れする体制の 矛盾に気がついていた。
「ね、ジェニス」ゲイツは、気分を吹き飛ばすような明るい口調で言った。「 棺桶に乗って遊ばないか」
「GBシミュレーターで?」
 ジェニスは目を丸くして聞き返した。
「そう、旧型GBのシミュレータが第16番格納庫にある。今日は、あそこに は誰もいないし、パスカードも持ってる。ジェニスにも乗せてあげるよ」
「でも、そんなことしたら」
「大丈夫、シグマフィールドを生成できるエリートは、特別ですから」
 ゲイツは、軍組織への反抗心も手伝って、そんなことを思いついた。
 そして、それは、案外簡単に実現できてしまった。


 一般倉庫の監視は、あまりにもずさんだった。
 入口の退屈そうな係員に、正々堂々とブルーハウンド搭乗パスカードを渡す と、チェック用のカードリーダのスリットに軽く通し、何の問題もないかのよう に、カードがゲイツの手元に返却された。
 実際は、管理用の画面表示には、
   格納庫入出照会 「登録なし」
と、表示されていた。
 格納庫を、デートの最終点として利用する兵士が多いのが、裏の常識となっ ていた。
 係員が当たり前のように立ち入りを許可したのは、いつものことという扱い をしたからであった。
 ゲイツたちガイアフォースが格納庫に出入りするときには、一日のスケジュ ールが運営局から事前に各管理箇所の端末に転送されているから、隊員個人が入 出照会を行うことはなかった。
 それ故、ゲイツは格納庫への入退出には申請が必要なのだということを知ら なかった。
 もちろん、倉庫が“仮泊ホテル”として使われていることも。
 係員は、ゲイツたちが格納庫に入っていくと、「まったく、可愛い顔ししや がってよ」と、ジェニスの腰に視線を釘付けにして、にやけながら言い放った。
 112号室がGBシミュレータルームだ。
 ゲイツが、パスカードをドアのスリットに通すと、ドアノブについている表 示板に『入室許可』と表示され、なんの不自然さもみせずに開いた。
 本来は、数人のスタッフで監視、制御を行い、データを採取するシミュレー タだが、単純に訓練だけというのであれば、パイロットが自由に利用することが 出来きた。
 ゲイツが部屋の明かりをつけると、見慣れた棺桶が目に入った。
「へー、士官学校時代に見学させてもらったけれど、やっぱり不思議よね」
 ジェニスがシミュレータを見て言った。
 一般のシミュレータの例に漏れず、外見はいびつな多面体を何本もの油圧サ スペンションが支えている。
 GB用シミュレータは、タリスマー艦長の苦肉の根回しにより、新型GB用 のシミュレータが導入されて早くもお蔵入りになったものの、旧式化した訳では ないから、新品同様の輝きを放っていた。
「実戦を再現出来ても、死ぬことはない。おれなんか、何回逝っちまったこと か」
 ゲイツの台詞には半分真剣さが感じられたが、ジェニスは冗談として受け取 って、微笑み返してあげた。
 ゲイツは搭乗用のタラップを軽く駆け上がると、ハッチの開閉レバーを操作 した。
 ハッチが、バスッという、空気がこもる音とともに開いた。
 タラップを上がってきたジェニスが中をのぞき込んだ。
 起動前なので、中は薄暗くてよく見えなかった。
「座りなよ。ビギナーモードにセットしたから、なんの障害条件もない。動か した通りに振動が伝わってくるよ」
 ゲイツが機内灯を点けながら言った。
 ジェニスがパイロットシートに腰を下ろすと、左右にある操縦桿を遠く感じ たが、すぐに、ゆっくりシートが前方に移動して、ちょうどよい位置に納まった 。
 センサーがジェニスの位置と姿勢を関知して、基本的な操縦位置に調整した のだ。
 ジェニスを囲むコンソールパネル類は、当然のごとく本物のブルーハウンド のものだったが、いつも、オペレータとして正面からモニターで見ている光景の 側にいると思うと、新鮮な感覚があった。
「通過ポイントが10箇所表示されているだろ」ゲイツは、モニター左下の戦 術スクリーンを指しながら、操縦桿を前後に動かしてあそびを確認しているジェ ニスに言った。「これを5分間でチェックできれば、クラスEだ」
「ウーん、とにかくやってみるわ。素人中の素人なんだから、笑わないでね」
「オペレータが、そんなんじゃ困るな」
 ゲイツが冗談を言うと、ジェニスは「よし。GB5、ジェニス・マクギリス 。発進します」と、男っぽく言った。
 ゲイツは、自分の機体番号を言ってくれたことが嬉しくて、ほくそ笑んでし まった。
 ジェニスの操縦は、初体験にしてはまあまあで、ポイントを示すマーカーが 点滅する宇宙戦艦に近づくと、モニター下に『クリア』のカウンターが加算され ていった。
 5分後、通過ポイントは、7箇所だった。
「上出来だよジェニス」
「そうよね。わたし、天才かも」
「ほんと、すごいや。これならチャイニーズの撃破も夢じゃない」
 ゲイツは、ジェニスの天真爛漫さにふれるにつれて、ことの起こりはどうで もいいから、やはり時間が止まればいいのに、と願った。



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