木星奪還部隊ガイアフォース

第18話「シグマの亡霊」



 木星域コロニー・カリスト33はジュピトリウス宇宙戦艦メルメソッドの駐 留されているドックがある。
 ドッキングベイに接続されたメルメソッドでは、新型のラウンドムーバーの 搬入が行われているところだった。
 大型ハンガーに固定されて、メルメソッドの格納庫に搬入されている機体を 、格納庫の壁面を利用して設けられている発着進管理室から眺めているの人影が 見えた。
 新型ラウンドムーバーは、機体色がダークグレイで、リュウオウよりも腕と 脚のユニットが一回り大きく、頭部は、総統の希望通り中国武将の兜を模したも のだった。
 一番特徴的なのは、背中に背負い込むように備え付けられた高速機動推進装 置で、上半身と同等の大きさの球形に6本の柱状スラスターが四方から差し込ま れたような形をしていた。
「背中のウニは、従来と比べてプラス20パーセントの機動力を生み出します 」
 マニュアルを見ながら、説明するのは、次の作戦からメルメソッドのチーフ メカニックとして乗艦するダバイ・ドゥーナル大尉だ。
「ウニ?」
 ジカリスは意味が分からず聞き直した。
「ええ、ウニです。わたしの祖父の田舎で獲れる海にいる生き物です。殻を割 って中のミソを食べるんです。ちょうど、あんな形をしてるんです」
「ほう、君のおじいさまは地球人なのか」
 海産物がとれるのは、未だに地球だけであった。
「もう、いませんけどね。ア、それから今、入ってきたのが改良型のハイパー ブラスターです」
 ダバイの雑談は特に意味のあるものではなかったが、彼を知ろうとして質問 したジカリスは、肩すかしの会話となり、損をしたような気がした。
 目の前に近づいてくる銃は、確かにヘリオのリュウオウが持っていたものよ りも銃身が長いようだった。
「そうそう、言ってませんでしたね。こいつの名前」
 ジカリスは、その都度相づちを打つのをやめた。
「ジュウライオウです。ネーミングは、ジャパニーズの発音なんだよな。いつ もそこが納得いかないんですよ。重い雷を落とす王様だと言うんです。どう思い ます」
 ジカリスはダバイが口数の多い男だと思った。
 嫌いではないが、信頼できるような男ではないと感じた。
「同じアジア圏の中の言葉なのだろう。いいではないか」
「そうですかね。で、本艦のシミュレーションルームにも、ジュウライオウの パターンを積みましたので、トレーニングはそちらでお願いします。ゲルデフ艦 長がうるさいんですよ。無駄遣いするなって。実機の癖を覚えなけりゃいけない のに、なんででしょ。オレのこと嫌ってるのんですかね」
「どうかな」
 ジカリスは、きっとそうだ、と思った。
 こんな男がメカニックのチーフで、しかも、メルメソッドの艦長で親友でも あるゲルデフ・グランディアが選んでいるのだから、ジュピトリウス帝国の人材 不足も深刻化しているのだとわかった。


 ゲイツ・バロンたちガイアフォースのメンバーは、はからずもセントヘレン ズ基地に戻ってきていた。
 だが、鬼教官ジェファソン・デミトリーとの再会は果たされずにいた。
 レッドスナイパーの事故以来、ラムダプロジェクトは反戦組織の的となって いて、基地のゲートには連日数人から何十人ものいろいろなデモが行われては、 基地を囲む塀に落書きが増えていった。
 その多くは、「金喰い兵器!」とか「役立たずのサイコ野郎!」とか描かれ ていた。
 最初の数日は、事故の現場にいたこともあって、腹が立つこともあったが、 そうはいっても彼らの収めた税金もレッドスナイパーに注がれているとすれば、 怒るのも道理と思えた。
 しかし、2週間もすれば、感覚的に慣れてくるもので、私服に着替えてしま えば、デモ隊の後ろを通って市街地に繰り出すことも出来る気がした。
 だが、実際、ゲイツたちは、一切基地の外に出ることは許されなかった。
 連日、実戦さながらのシミュレーションを繰り替えすばかりだったのだ。
 それも、訓練生時代に一度見たことのある、大がかりな測定器が五台も搬入 されてきて、体には電極をつけられての訓練だった。
 しかも、その測定器を使った訓練は、ブルーハウンドのパイロットのみに行 われ、レアニーやネルソンたちのように支援戦闘機のクルーはともかく、GB3 のガンナーであるアルベルトが一緒ではないのは不思議だった。
 ある訓練中、ブランドルがヘルメットを近づけてきてゲイツに言った。
「ボクが思うに、この訓練は、僕たちをレクシャムの代わりにしようといんじ ゃないかと思うんだけど、どう思う」
 ゲイツは、言われて考えてみると、白衣のツンケンした眼鏡の女博士が、毎 日ファイルを持って自分たちを見ているのを思い出した。
 あの白衣の女の持っているファイルには、シグマという文字をデザインした ようなマークがあったような気がしたからだ。
 ともかく、今日は久々の休暇が与えられたのだった。
 基地内の通常区域なら、自由に行き来できる。セントヘレンズ基地の敷地だ けでも、30万人都市規模である。
 娯楽施設もあれば、歓楽街もあった。
 ゲイツは久しぶりの普段着に違和感を感じながらも、今日は楽しもうという 決意に燃えていた。
「ときには現実を忘れるのも必要だ」というジェファソン教官のなつかしい言 葉が心から納得できた。
 ゲイツは、雑貨店のショウウィンドウの前に立ったまま、腕時計を何度も見 直しては時間を気にしていた。
 時計を見ては左右に振り向き落ち着かない様子だったが、次に右を向いたと きは目が輝いて面に笑みが溢れた。
 が、すぐに平静を保ち、軽く右手をあげた。
「ごめんなさい。待ったでしょ」
 ゲイツの視線上の声の主は、宇宙戦艦グレートバリアリーフのオペレータ、 ジェニス・マクギリスだった。
 カジュアルなブルーのスーツ姿のジェニスは、小走りに近づいてきた。
「ちょっとね」ゲイツは正直に言った。「時間通りに来れたから」
 時計は約束の十一時に二〇分が追加されていた。
「オペレータが時間に遅れるなんて、ちょっと冴えないわね」
 ジェニスの笑顔ははにかみながら言った。
「いいさ。新型GB2の調整が延びたのは、アランから聞いていたから」
「マークスくんが途中で退席したのはそのためだったのね」
「まあね。でも大変だったね。非番だったのに急に調整に呼び出されて」
 ゲイツはゆっくり歩き出しながら言った。
「しょうがないわ。GBを高速機動タイプに換装するのは軍の最優先事項だも の」
 ジェニスはゲイツの横を微妙な間隔をとって歩いた。
 風に揺れた髪から、ほのかに香水の香りがした。
「おれの機体は、三日後だ。楽しみだな、どんな具合になっているか」と、言 いながら、こんな話をしている場合ではないと、内心焦っているゲイツだった。
 若干の沈黙があって、口を開いたのはジェニスだった。
「でもよかったわ。『我が愛しのシカゴ』を見に行ってくれる人がいて。せっ かくいい映画なのに、調整ブロックの人たちったら『スターハリアー』とか『ア ースコマンド』とか、そんな作品ばかり推しているんですもの」
 かくいうゲイツも、本来は「そんな作品」に傾倒する方だったので、ばつが 悪い表情をしたが、そんなことは言ってはならないことだった。
「映画、好きなんだね」
「好きよ。夢があるじゃない。殺伐とした世の中だけど、あんな美しい心がま だヒトには残っている。すばらしいわ」
 ジェニスは、いつになく可愛らしい表情を見せた。
 ゲイツはつい先日の新型GB1の第一調整の休憩中の出来事を思い出した。
 ちょとした雑談のなかで、ゲイツの祖父がアメリカ人ということから、今回 の『我が愛しのシカゴ』の話となり、ゲイツは、ここぞとばかりに自分も見たい 映画だと言ったのだった。
 当然、ジェニスとデートをする口実だった。



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