木星奪還部隊ガイアフォース

第17話「繰り返される過ち」



 メサドは、ラスティの思い詰めた視線を感じとったが、単純に受け入れはし なかった。
「おう、メアリ。久しぶりだな。元気でいたか」
 ラスティの後ろにメイドのメアリがいることに気づき、声をかけた。
「おじいさま!」
 ラスティは態度を崩そうとはしなかった。
「まぁ、こちらに掛けなさい」
 メサドは部屋の中央にあるソファーに手招きした。金の装飾が鮮やかな代物 だった。
「ハハ、そのような神妙な顔つきでは、せっかくの美しさが損なわれる。女性 は笑顔だけで世界を動かす力を持っているのだ。それでは、一流にはなれぬぞ」
 メサドは人と逢う場合に取り乱して応対するということがなかった。
 笑みの内側で深い思索をしながら、相手の出方を窺い、自分のペースに取り 込むという能力に秀でていた。
 しかし、今は、なによりも孫娘との久しぶりの再会を、いかにどのような状 況下であっても、心和む価値ある時間として留めておきたいという欲求があった 。
 ところがラスティの差し迫った思いは、おじいさまと呼ぶメサドに対して、 血縁の甘えはないといってよかった。
「人殺しをして、世界を統一するというのが一流なのですか」
 ラスティの後ろに控えるメアリは、黙ったままだった。
「人類の歴史が証明している。とは答えにならないかな」
 メサドは和やかな表情のまま、ソファに腰を下ろしながら言った。
「地球連邦が発足し、旧世紀の価値観は、より生命尊重に傾いていると信じま す」
「純粋だな」
 メサドは、ソファの間のテーブルに置かれた装飾箱から葉巻を取り出して、 先端をライターで炙り始めた。「ならば、地球連邦軍はなぜ存在するのだ」
 そう言うと、葉巻を加えて軽く息を吸った。
 葉巻の先端が赤く燃えた。
「おじいさまやオーディンズが、依然として驚異となりえるからでしょう」
「そうか……・」メサドは紫煙を吹いた。「だが、それは、ギュフォード家の 言い分だ」
「人類の大半が、地球連邦の政治の中で暮らしています。権力の正邪ではなく 、民衆の平和を基本に考えれば、いまさら地球圏統一などという発想は傲慢以外 のなにものでもないとは思いませんか」
 ラスティは一気に思いを吐露した。
「……いい女になったな」
 メサドは、ふと本音をつぶやくように口にした。
「え?」
「いい女になったと言ったのだ」
 メサドは、ソファーの背もたれに身を預けるように座り直し、聞こえるよう に続けた。
「ミモラットを養子に出していれば、おまえは地球連邦のアイドルになってい たろうに」
「お父様は、木星にいても、人類全体観に立ってお仕事をされていました」
「だからこそ、鉱山で爆発事故に巻き込まれるのだ」
 メサドの表情が曇り、表情は幾分厳しさを取り戻していた。そして、その台 詞は、ラスティの父親ミモラットと、母親でありギュフォード家の令嬢でもあっ たタリサが死んだ原因を知るのに余りある内容だった。
「……な、なんてこと」
 メアリは呆然としながらも、はじめて口を訊いた。
「お父様とお母様を……家族まで亡き者にする……どこが、そのどこが一流だ というの」
 ラスティの拳は堅く握りしめられ、あまりにも異常な祖父を前に涙が溢れそ うになった。
「仮にそうなら」メサドは葉巻の灰を灰皿にこすりつけるようにして落とした 。「おまえは今、私を殺したいと思ったことだろう」
 その言葉尻は、明かに仮ではないことを物語っていた。
「……思いはしても、殺しは、しないわ」
 ラスティは自分の握った拳を見ながら、噛みしめるように言った。
「それはおまえに力がないとわかっているから。だから、あきらめられる。そ れは、平和主義者ではない。詭弁なのだよ」
 ラスティは黙ったままだった。メサドは続けた。
「考えてみれば、地球にいては、うだつの上がらない役人で終わっていたかも しれぬ我が父も、この木星があったればこそ歴史に名を残せたのだ。
 新しい地球圏の歴史は、ここ木星から始まる。その歴史は伝統あるブレナー 家の新しい勝利の歴史でもある。そのために、辺境の地を開発し、技術も人材も 養ってきたのだ。
 平和主義、非暴力、いいだろう。人類の平和は約束される。しかし、そんな ことは私には関係のない話だ。どんなに地球圏が穏やかになろうとも、ギュフォ ード家の者どもに少しでも笑顔が宿るようなことがあれば、それは既に、私の気 分をこの上なく害しているのだ」
 ラスティは自分の祖父が、こんなにも、身勝手で憎悪に満ちあふれた人物で あろうとは、思い及ばなかった。もう、返す言葉もなかった。
「そして、ジュピトリウスは力を持った。綺麗事を並べながら、伝統ある一族 を木星に追いやるようなギュフォード家が糸を引く地球連邦政府などが、人類を 導こうなどと笑止千万だとは思わんか。そうだろ、メアリ」
 メアリは、自分の中で、心優しかったメサド・ブレナーに仕えた日々の思い 出が音を立てて崩れていくのがわかった。
 また、メサドの心の中にある憎悪の裏には、想像を超える悲しみと孤独感が 感じられて、いたたまれない気持ちにもなった。
「……わかりました」ラスティは一息置いた。「今日は帰ります。いえ、もう 来ることもないでしょう。失礼しました」
 ラスティは、全身の力が抜けて、座り込んでしまいそうになるのを必死でこ らえながら言った。
「そう言わず、いつでも来るがいい」メサドは、葉巻をもみ消した。「おまえ は私のたった一人の家族なのだからな。困ったときは、いつでも相談するがいい 」
 表情が寂しそう見えた。それは本心なのかもしれなかった。しかし、ラステ ィの最大の悩みである戦争の火種を消すことは出来そうにもなかった。
 ラスティとメアリは、ブレナー宮の正面ゲートを出た。
 ふと、ラスティは、上り竜の頂上を見つめ、そこにいるメサドを思った。
 メサドからの一言が頭から離れなかったからだ。
 ―――力がないとわかっているから―――それは、平和主義者ではない―― ―
「メアリ、わたしは、武力で訴えたくない。でも、強力な力があれば、今にで もおじいさまを殺して、この戦争を終わらせたい。そうするかもしれない」
 ラスティは、コロニーの天井を見上げながら、堰き止めていた涙をこらえる ことが出来なかった。
 メアリはラスティを抱き寄せた。過酷な運命の下に生まれた少女の思いが痛 いほどわかった。
「わたしは間違っているの」
「わかりません。でも、お嬢様は、武力に頼らなかったじゃありませんか」
 メアリがラスティを抱き寄せ、背中から腰に手をずらしていくと、そこには 、護身用の拳銃が隠されていた。
 連邦軍の若い兵士の葬儀のときのように、拳銃の携帯はメアリの知らぬとこ ろであったが、メサドの執務室に入り、ラスティの後ろに立ったときから、判っ ていたことであった。
「メアリ、おじいさまを撃って、わたしも死ぬつもりでした。……でも、でも 、できなかった。人を撃つなど、わたしには出来なかったのです。……臆病者と 笑って下さい」
「いいのです。それでいいのです。それが、お嬢様なのですよ」
 メアリは、一層強く抱きしめると、自分の目からも涙が溢れていることに気 づいた。
 メサドは、執務用の椅子に座り直すと、外の計画的に作られた鮮やかな緑を 見た。
 机の上の小型端末が、小さな電子音を鳴らすと、さっきの秘書の声がした。
「対人レーザーを解除しました」
「必要ないと言っただろう」メサドは一拍置くと「あの娘は強い。わたしより もずっと」と言って目を閉じた。
 瞼の奧が潤んでいるのがわかった。



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