木星奪還部隊ガイアフォース

第16話「チームワーク」



 タリスマーは一縷の望みを託したセルジオの口から良い報告が得られること を待った。
「はい」セルジオはソファーには座らず、テーブルにラップトップパソコンを 置くと、白い壁面に正面が向くように調整して、キーボードを手慣れた操作で打 って見せた。
 壁にはパソコンに内蔵されたプロジェクターから発せられたグラフやデータ 、ブルーハウンドが映し出されたかと思うと、一度映像がなくなり、白い光だけ が壁を照らした。
「結論から言って、ブルーハウンドの改良によるシグマプロジェクトの続行は 可能です。これをご覧下さい」
 セルジオはプロジェクターの光を遮らないようにテーブルから少し離れて、 リモコンでパソコンを操作した。
 壁にはブルーハウンドの機体が投影され、各部毎のパーツの改造案が提示さ れていった。
「―――というように、技術的には、レッドスナイパーに近づけることについ ては問題有りません。むしろ、開発から3年経っています。新技術を加えること でレッドスナイパーの性能を上回る可能性は充分あります」
 タリスマーとリングマンは苦悩の面もちで、身を乗り出すようにしてセルジ オの説明を聞きいっていたが、かすかに表情がほころんだ。
「しかし……」セルジオは付け加えた。二人の歴戦の強者は出鼻を挫かれた。 「……問題なのは、シグマフィールドのドナー、つまり、パイロットです」
 セルジオの答えは分かり切ったことだった。
「大尉、シグマプロジェクトを知るものが頭を悩ましているのだ。もう少し、 気の利いた台詞を言ってもらいものだ」
 タリスマーがより落胆して言った。
「まあ聞いて下さい、艦長」
 セルジオはことの結末を知る技術者らしく冷静に言った。
「当初、20名いたガイアフォースチームを10名としたことは周知と思いま す」
 二人は小さく頷いた。
「連邦評議会からチームの規模縮小の通達が来たときには、私も上層部のやり 方に納得できないものがあったのは確かです。だが、結果的には10名に絞り込 んだ。その絞り込みにかこつけて、ま、こちらも意地になっていたこともありま して、TFFBL(テフバル:地球連邦軍生体エネルギー研究所)の単価の高い 測定を彼ら20人にやってみたのです」
 セルジオは笑みがこぼれ落ちそうな表情で言った。
 二人には、その笑みの意味するところが分かりかねた。
「すると、意外にも、うち5人が、シグマフィールド生成に必要な精神波動を 微少ながら持ち合わせていることが判ったのです。GB1から5のパイロットが その5人です。一番反応が強かったのはGB2のアラン・マークスでした」
「なぜ、報告しなかったのだ。重要事項ではないか」
 リングマンが訝しげに言った。
「微少だったからです」セルジオは自身に落ち度がないことを主張した。「あ まりに微少で、レッドスナイパーのバイオコンバータには反応しないからです。 そんなものは何の役にも立ちませんからね」
「君の解説は、何の解決にもなっていないと思うがね」
 タリスマーは、セルジオのもったいぶった、しかも、この重大事を知っての 回りくどい報告に苛立っていた。
「ここからが大事です」
 壁に二つの折れ線グラフが映し出された。セルジオはグラフを指して続けた 。
「アラン・マークスの精神波動グラフです。最後の賭けで測定しました。測定 技師のランドー主任とセントラルホテルのディナーのペアチケットを賭けました 。もちろん、私は可能性を信じる方です」
 セルジオは、二人がデータの意味するところを把握するための時間をとるた めに蛇足をつけた。
「左がTFFBLでのデータ。右が帰還したVR4に搭載されたサイコスコープ で採ったものです。どうです一目瞭然でしょう」
 セルジオは嬉しそうに二人の顔を見回した。
「どういうことだ」
「数値が上昇しているな」
 二人はセルジオの解説を待った。
「詳細は今後の調査結果を待たねばなりませんが、アランに限らず5人の精神 波動は、メデューサの河から帰還した後に、差こそあれ急激に上昇しています。 これなら……」
「バイオコンバータに反応する、というのだな」
 タリスマーの目に光が灯った。
「安定こそしませんが、充分いけます」
 セルジオはパソコンのプロジェクターの電源を切ると、「あとは若干の時間 を頂きたい。ブルーハウンドを改造しますので」と、技術者冥利につきるといっ た笑顔を見せた。


 木星域コロニー・ガニメデ07。
ジュピトリウス帝国の本拠地である。
 総統メサド・ブレナーは、ガニメデ07に旧世紀の古代中国を模した都市を 構築していた。
 40年前、木星開発事業団の一員として木星に入植した当時から、開発に参 加した各部門の中心者の間では、父親である会長のジェハド・ブレナーとともに 信頼厚い、計画局長として名が通っていた。
 もともと、ブレナー家はイギリス貴族の流れをくむ高貴な家系だ。
 メサド・ブレナーは、同じイギリス貴族階級のギュフォード家によるブレナ ー家迫害の構図のなかで、皇国内の小さな確執の行き着く先が、一族を地球の大 地から隔絶させるまでに至るという人間の嫌らしさを身をもって体験していた。
 それ故に、彼の少年時代に巡り会った、古代中国の歴史は彼を夢中にさせた 。
 戦乱の世を、裏切りの画策の中を、厚い友情と信頼で乗り切っていく武将た ちの姿。広野を列なし疾走する雄壮な光景。
 父親のジェハドの周りにも、彼らのような同志がいれば、地球の生み出す空 気を忘れるほど遠い、荒れ狂う猛毒ガス渦巻く木星には訪れることなどなかった だろうと思うのだった。
 であるから、旧時代の武将たちへの憧れと、混乱の時代を生き抜く決意を忘 れんがため、ジェハドが亡くなり、自分が会長となると、ジュピトリウス財団と なった木星開発事業団の重要な施設の殆どは、古代中国をイメージソースとして 構築した。
 ガニメデ07の中で元財団総括局として建てられた高層ビルは、今ではブレ ナー宮と呼ばれ、天高く伸び上がる四角錐を構成する四隅の柱の各々には、異な るデザインの上り竜が造形されていた。
 ブレナー宮の最上階から見える景色は、緑地が多く望めるように計画されて いた。
 赤をモチーフにした広い執務室には豪華な調度品が並んでいた。
 大きな窓際には唐草模様をあしらった執務机があり、そこに置かれた背もた れの高い椅子に座っている男がメサド・ブレナーだ。
 小柄だが風格のあるメサドは、椅子の肘掛けのいくつかあるボタンのうちの ひとつを押した。
「仕方がない。逢う、と伝えなさい」
 メサドは太い声で言うと、瞼を閉じ、小さなため息をはいた。
「はい。では、お通しします」
 秘書らしい、凛とした若い女の声が執務机のスピーカーから聞こえた。
 メサドの正面にある漆黒の大扉が、観音開きに開いた。
「よく来たな。長旅で疲れたであろう」
 メサドは表情を和ませ優しく声をかけた。
「いえ。それよりも、おじいさま。この戦争を終わりにしていただけませんか 」
 ラスティ・ブレナーは、扉の敷居から中に入ろうともせず、黒いコートを手 に掛け、黒のスーツ姿で悠然とメサドの視線を打ち抜いた。



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