木星奪還部隊ガイアフォース

第15話「隕石流の影」



「よし、チャイニーズを一機撃破。もう一機、停止中の機体がいるな」
 サイコバリア―――シグマフィールド発生時にはレッドスナイパーのコクピ ットは非常灯に照らされた赤い空間になる。
 レクシャムはその中で、相手を移動不可能として撃破する自分に嫌悪しつつ も、それが出来るのも自分の能力故と納得し、VR3のヒースが狙った赤いリュ ウオウを探した。
「レクシャム。赤はおとりだ。もう一機いる可能性があるぞ」
 VR2バスチャが言った。
「だろうな。しかし、フィールド維持時間も残り少ない。機体に微妙な振動も 出てきた」
 事実、レクシャムのVR1はかなりの振動を招いていた。
「ボクの機体もかなりブレているよ」
 バスチャの見るモニターには、VR2のダメージ率95パーセントの表示が 点滅していた。
 浮遊する密度の高い小隕石群は、シグマフィールドを取り囲む壁となり、反 射した干渉波はスペック以上の影響空間を作り出していた。
 そのおかげでヘリオのリュウオウの単純な移動機能さえ拘束することが出来 たのだ。
 しかし、その代償として、レッドスナイパーの本来持つアンチシグマフィー ルドコーティングも、とうに限界値を越えていたのだ。
 ガイアフォースは為すすべもないまま、メデューサの河から後退していた。
「今光ったぞ、どっちだ!」
 アランが狭いコクピットながらも、更にモニターに張り付くように身を乗り 出して言った。
「わからない。GB3のセンサーでも判別できないよ」
 GB3後部座席のアルベルトが小声で言った。
「同じ戦闘域でなにも出来ないなんて」
 ブランドルが無念そうに言った。
「味方の援護も受けられない新兵器ということなのか」
 ゲイツは戦争の無情さを改めて感じていた。
「ヘリオがやられた。誤算だったな。シグマプロジェクトの宇宙配備は完了と いうことか」
 ジカリスは冷静ななかにも驚きを隠せなかった。サイコバリア兵器のテスト パイロットだった連邦軍時代から10年。自らの部隊がその手に堕ちようとして いるのだから。
「ホウライオウは健在か」と、ジカリスはバラウカスの乗るホウライオウの安 否を気にかけたが、レーダーは無用の長物と化していた。
「しかし、皮肉なものだ。旧世代のポッドにのる私だけがサイコバリアーの影 響を受けないとはな」
 ジカリスの乗るポッドは、腕と脚(といっても、着陸用のスキッドだが)が ついているものの、高圧ガス噴射による移動能力しかもたない作業用のものだ。
 武装もロケットランチャー3機のみだったが、ワイヤーカッターにかかった ラウンドムーバーを仕留めるには充分な機動力であり、装備であった。
 さらに、ポッドの駆動系は簡素なコンピュータで制御されており、サイコバ リアーの影響範囲にあっても被害を受けることがなかった。
 そして、すでに自ら機動性を失いつつある2機のレッドスナイパーは、ジカ リスのロケットランチャーの照準に収められていたのだった。


 一度グレートバリアリーフに戻り、急襲支援に備えたA装備としたライジン グソードは、今、戦闘区域から離脱するガイアフォースのメンバーたちと合流し ようとしていた。
「さらに爆発2回起こりました。判別不能。通信回線は途絶えたままです」
 マサキはどんな反応も見逃すまいとしていた。
 爆発反応のあと、パイロットのネルソンを見たが一刻も早く戦闘空域にたど り着こうとする気迫を感じ、言葉をかけるのをやめた。
 メデューサの河の最外郭で待機していたヘミングウェイは、戦闘空域内での 爆発を再び確認してしまった。
 そして……
「レーダー、完全に回復するぞ。戦闘空域展開完了。各正常値。アステロイド ベルトに、こちらと正反対側に遠ざかる機体2機……両方ともチャイニーズタイ プだ」
 レアニーの報告は、さっきの爆発がレクシャムとバスチャの死であることを 予感させた。
「ホントに、ホントになにもできなかった……」
 ゲイツは、ブルーハウンドという機体に乗っていながら、なにも出来ず、た だ友人たちを失うしかないという現実に、戦う意義を問い直さざるを得なかった 。
「……おれたちは……なにをやっているんだ」
 ゲイツの言葉に、誰も応えるものはなかった。

 地球連邦軍木星奪還部隊旗艦グレートバリアリーフには重い空気が流れてい た。
 格納庫には収容された4機のレッドスナイパーがあった。
 しかし、原型を留めているのは、フリップの乗っていたVR4のみで、レク シャムのVR1とバスチャのVR2はコクピットシールドにあたる胸部のみが回 収されただけだった。
 ヒースのVR3に至っては、ワイヤーで引きちぎられた頭部が持ち帰られた だけだった。
 もちろん、パイロットとして生還できたのはライジングソードに救助された フリップ一人であった。
 艦長室のタリスマー・ラリオスは複雑な心境だった。
 若い命が散っていったことは悲しむべき出来事には違いない。
 ただし、その死が結果的に無駄死にであり、作戦の切り札である新兵器レッ ドスナイパーを一度に3機も失ってしまったという事実は、連邦軍にとって致命 的な打撃と言えた。
 なにより、取り返しがつかないのは、無くなった3人がシグマプロジェクト メンバーであったという点だ。
 レッドスナイパーを再配備でききないことはないが、特殊な精神波動を使っ たシグマフィールドを生成できる波長をもった兵士を育成するには2年以上の月 日がいる。
 残ったフリップ少尉だけでは敵に大規模なダメージを与えることは出来ない 。シグマプロジェクトメンバーの補充は、あってはらなない事態ないのだ。
 タリスマーは、戦わずして撤退の決断を迫られていた。
「ジュピトリウス帝国に抗する切り札が無惨にも消えた。しかも、作戦行動中 ではない。訓練飛行中のトラブルでだ。……なぜ、リュウオウの接近を関知でき なかったのか。敵は目前まで侵攻していたのだぞ」
 タリスマーは艦長室の中央に置かれたソファーに腰を深く埋め、テーブルの 上で拳を合わせたまま、苦渋の表情で、正面に座る副艦長リングマン・テーラー に語りかけた。
「磁気嵐隕石流の発生、メデューサの河……索敵は困難な状況だったかと」
「わかっている」タリスマーは一息置いた。「しかしだ、現実にそういう状況 での戦闘に臨もうというのだ。戦闘空域に入って初めてGB3の強化センサーに 捉えられた、というのでは、実戦では、もはや我が旗艦は撃沈されているも同然 だ」
 声は落ち着き払っていたが、落胆の色は隠せなかった。
「イエローハウンドの撃墜にしても、レッドスナイパーへの攻撃にしても、最 小規模の作戦といえるでしょう。はからずも、当方としては、その作戦で重大な 損傷を得ましたが」タリスマーは、小さな身振りを交えて、確認するように言っ た。「いずれも、我々の迎撃範囲に巧みに潜入しているにも関わらず、本体への 大規模な攻撃を見せない。帝国の戦力不足に助けられたとは考えられないでしょ うか」
「そうかもしれぬ。だが、レクシャムたちを失ってしまった今、最前線に発と うという我々に、新たな補充戦力は期待できないのが連邦軍の実状だ」
 タリスマーが言い終わると同時に、艦長室出入り口のインタホンがアラーム を鳴らした。
「お待たせいたしました。セルジオ・ブレイバン大尉であります」
 インタフォン越しの声は、技術総括長のセルジオ・ブレイバンだった。「入 ってくれ」
 タリスマーはリングマンへの視線を変えずに言った。
「失礼します」
 自動ドアが開き、セルジオが分厚いファイルを小脇に抱えて入室してきた。
 細身で、くたびれた白衣を来ている。
 宇宙戦艦の中にあっても、こういうスタイルを装う技術屋の持つ嫌味さを体 現したような男だ。黒縁の眼鏡がそう見せるのかもしれなかった。
「で、どうだ」
 リングマンは、セルジオにあらかじめ頼んでいた内容が解明されていること を期待して尋ねた。
「ブルーハウンドは使えそうか」



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