木星奪還部隊ガイアフォース

第9話「つよい魂が欲しい」

 

「どういう意味だ」

 ゲイツは長髪の男に訊いた。

「君たちのブルーハウンドは僕たちのレッズの初期型だ。機動力、火力すべてにおいてレッズの方が上。僕たちは一年間、金星で訓練を受けている。にわか造りの君たちとは雲泥の差があるってことだ」

「なんだとぉ」

 アランは、ゲイツが止めるのもきかず、長髪の男の胸ぐらを掴んでいた。

「フッ、気が短いな」長髪の男はアランに胸ぐらを掴まれても、動揺することなく、かえって、アランを見下して言った。「そんなだから、チャイニーズに撃たれるんだよ」

「なにぉ!」

 アランは、余っている拳を振りかざした。

「やめろ、アラン。やめるんだ」

 ゲイツたちは、アランを取り押さえるように、男から引き離したが、亡くなったデクセラのことを言われた全員の視線は、ヴィーナスフォースのメンバーに突き刺さっていた。

「とんだご挨拶になったな」

 男は、胸の埃をはらう仕種をした。

「まあ、所詮君たちは、僕たちヴィーナスフォースの先兵として、吠えてくれればいいことだ。よろしく頼むよ、ブランドル・バーゴさん」

 さすがのブランドルも返答はせず、睨み返すだけだった。

「そうそう、忘れてた。僕の名は、レクシャム・ビューウィントン。彼は、バスチャ・メナクだ。覚えておいてくれよ。彼たちも追々紹介することになるかな。今日の所はこれまでだ。それじゃ」

 長髪の男レクシャムと、左目を髪で隠したバスチャとその他二人の嫌味な男たちは、薄笑いをしながらその場を離れていった。

「チキショウ、あいつら、どういうつもりだ」

 アランは、自分を抑えていたゲイツの腕を振り払いながら言った。

 

 散在する隕石と宇宙船の残骸の間を縫うように飛行する光が3つあった。

 ジュピトリウス帝国の誇るラウンドムーバー“リュウオウ”部隊だ。

「今度は、よく滑りますね」

 バラウカスが、ニヤリとしながら言った。バラウカスの乗るカーキ色の機体はセンサー機能を強化したタイプで「ホウライオウ」と呼ばれる。

「本星から技術者を呼んだからな」

 赤いリュウオウに乗るジカリスが返答した。

「おまけに、ハイパーブラスターも装備出来て、言うことなしじゃないですか」

 ヘリオは、焦げ茶色色のリュウオウの右手に装備された、自機の全長程もある大型ビームガンを横目で見た。

「油断するな、せっかくの強化策もメデューサに捕まったらおしまいだ」

「了解!」

「了解です!」

 メデューサの河。この空間の俗称である。

 火星と木星の間には、アステロイドベルトと呼ばれる隕石が惑星軌道を描く空間がある。

 そこはかつて惑星であったことが知られているが、文明の足跡は発見されることはなかった。

 宇宙を行き交う者は、ここを通過する際に、隕石と衝突し、自らも隕石と同じように浮遊することになる。そこから、ギリシャ神話に出てくる怪人、髪が蛇の頭、下半身が蛇の胴体で、その視線と目を合わせると石に変えられてしまうというメデューサの名をとり、そう呼ばれていた。

 リュウオウ3機は、メデューサの河の途中に、グレートバリアリーフ艦隊の戦力をおびき出し、接近を関知し自動で発射される高周波振動ワイヤーで殲滅する作戦を実行するため、装置の設置に訪れたのである。

「よし、このポイントに仕掛けよう。瞬発力に優れたラウンドムーバーでも、急停止能力には限界がある。中途半端な機動力が仇となるのだ」

 ジカリスは、ブルーハウンドが小隕石に激突する光景を思い描いた。

「ワイヤーガンで、首が飛ぶ姿はなんとも哀れです」

 バラウカスが楽しげに言った。

「シェンロンの作戦で、5番機はかなり良い判断をしていた。奴との戦いが楽しみだ」

 ジカリスは、眼前に広がる小隕石の浮かぶ空間を見つめた。

 

 ラウ・チェンは緑茶の入ったカップを座席のひじ掛けについたトレイに置いた。

窓の外には、美しい青い星が輝いている。ラウが乗っているのは火星行きのシャトルだった。

間もなく、火星域コロニーに到着するところだ。

シャトル前方には見慣れない光景があった。

巨大な白鯨を思わせるグレートバリアリーフの威容である。

「ギュフォードは、また争うことを選んでしまったのか……」

 ラウは、青年時代に見た悲劇を再び見ることになる事実を悲しんだ。

 ラウの乗るシャトルは、グレートバリアリーフの底面を上に見ながらコロニーの港に向かっていた。

 シャトルが通りすぎると、グレートバリアリーフの装甲の一部がスライドして、中から薄く光が漏れた。

 格納庫から見る出撃用ハッチが開いた光景は、夜空に満点の星が輝く天窓を眺めているようなものだったが、同時に自分を支えるもののない孤独を感じさせる空間であり、また、全てを開放するよな爽快感も与えてくれる不思議なものだった。

「VR1からVR5は射出カタパルトにロックしてください」

 艦載機オペレータのジェニス・マクギリスの透きとおった声が、コクピット内の男たちに聞こえた。

 ヴィーナスフォースは、宇宙軍の最新型ラウンドムーバー“レッドスナイパー”に搭載されたニュータキオンドライブの最終調整に出発するところだった。

「ジェニス嬢、今晩一緒に食事でもいかがですか」

 ヴィーナスフォース・レッドスナイパー一号機、VR1に乗るレクシャムが、正面モニターの右隅に小さく表示された、ヘッドセットを付けて、発進スケジュールを確認しているジェニスに話かけた。

「作戦行動中に私語は謹んで下さい」

 ジェニスは冷静に言った。

「つれないなぁ。ジェニス・マクギリスさん、コロニーで素敵なイタリア料理の店をみつけたんだよ」

「興味ありません。個人回線を閉鎖します」

「ジェニス。ジェニスさんってばさ」

 レクシャムは、ジェニスの元に転送される画像を送るカメラを軽く指でつついたが、ジェニスは相手にする素振りは全く見せず、次の指示を出していた。

「やられたな」嬉しそうに声を掛けてきたのは、VR2に乗るバスチャだ。「お前の誘いを断るなんて、噂どおりのお嬢さんだな」

「ふっ、最初だけさ。すぐに落ちるよ」

「いいですか、VR1。射出しますよ」

 ジェニスは、少し怒っているようだった。

「はい、よろしいです」

 レクシャムが鼻に掛けて尻上がりに言うと、ハッチの上に灯された信号機のランプが赤、黄、緑と変わり、押し出されるような振動と共に、正面から急激な重力が、パイロットシートに座る体をより深く押し沈めた。

 次の瞬間には、レッドスナイパーの赤い機体は背中についた4枚の翼を開いて、大きく旋回していた。その姿は、悠々と夜空を舞う大鷲のように見えた。



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