木星奪還部隊ガイアフォース

第7話「涙では解決しない」

 

 メディカルセンターは菩提樹の丘から数キロ離れた都市部にある。

 暗い廊下の一室の前には、二人の軍の礼服姿があった。

 ゲイツは、壁に据え付けられたベンチに浅く座り、両膝に肘を立てて頬杖をしていた。

 アランは、立ったま腕組みをしていた。

「もう1時間になるな」

 アランが、ちらっと腕時計を見て言った。

「大丈夫かな、ラスティって娘」

 ゲイツは、頬杖を崩さずに言った。

「おかしいぜ、あの娘。わざわざ、デクセラの葬式に来るなんてよ」

「そうかもしれないけど、あれは本気だろ。でなきゃ、気絶なんかしないさ」

「でもよ、メサドの娘なら、なんで木星にいないんだ。それも、敵の葬式に列席してさ」

アランがそう言い終わると、診察室の扉が開いた。

出てきたのはメアリだけだった。

「お嬢様は、ギュフォード家のご令嬢でもあられるのです」

 メアリは、二人を視線で追うように言った。

「ギュ、ギュフォードォ」

 アランは、大声を出してしまい、あわてて両手で口を塞いだ。

「それで、火星域にいるのか」

 ゲイツは単純に納得した。

「ギュフォード家と言えば、地球連邦を支える大財閥じゃねえか。なのに、メサド・ブレナーの孫娘ってのは、訳ありだな」

 アランは、腕組みの右手で顎をさすりながら言った。

「……ブレナー家とギュフォード家は遠縁の親戚にあたります」

 メアリーは遠くを見る視線で思い出すように語りだした。

「地球連邦が発足する兆しが見えだした頃、もともと、国連時代から財政支援で大きく貢献していた両家は、連邦準備委員会の席に着きました。しばらくすると、お互いに富と権力を手にしはじめ、連邦の利権をどちらの一族が掌握するかで、小さないざこざが絶えないようになりました」

「国連を一族で牛耳るなんて、いつの時代の発想なのさ。できることなのかい」

ゲイツは、素朴な疑問をもった。

アランも同感とばかりに頷いた。

「財政面での支援が発言力を大きくしていたのでしょう。国連の解消が耳にはいると、ギュフォード財団は利権獲得に動き出しました。

 イギリスの一貴族とはいっても、国際的には信頼も高くて、世界的に影響力も大きいギュフォード財団は、根回しも巧みに地球連邦準備委員会メンバーと密接な関係を結んでいたようでした。

 ブレナー家はというと、木星開発という名目で、事実上の地球圏への影響力を封鎖されたのです」

「地球連邦の裏にはそんなことがあったのか。でも、木星は結構いいところになってるじゃないか」

 アランが言った。

「今のように、木星域が発展したのはメサド様のお父上であられた財団の初代会長ジェハド・ブレナー様のご功績なのです」

 メアリは続けた。

「2代会長になられたメサド様は、温厚で、どなたからも信頼されるお方でした。ですが、ことの経緯から、ギュフォード家に対しては異常なほど憎しみを持たれていました。わたくしは、メサド様がご幼少の頃からブレナー家に仕えておりますが、そのころからジェハド様の無念をはらすのだ、と、今のような話をよく聞かされたものでした」

「でも、どうして、ラスティーがギュフォード家との間に」

ゲイツは訊いた。

「お嬢様は、メサド様のご長男ミモラット様と、ギュフォード家の三女タリサ・ギュフォード妃との間に生まれた子供なのです」

 思いも寄らぬ事実に、少年二人は続ける言葉を失ってしまったが、すぐに口火を切ったのはアランだった。

「なるほど。さしずめ禁断の恋、ってところか」

「アラン!」

 ゲイツは、アランを諫めた。

「メサド様は、当然のようにミモラット様がタリサ妃とご結婚なさることに反対でした。でも、お二人のご意志は硬かったのです。ギュフォード家も反対の立場をとっておりましたが、ブレナー家との血縁を残そうとするタリサ妃を追放する機会ととったのでしょう。最後にはすんなり婚姻を認めたのです」

 メアリは、誰かに知ってほしいと言わんばかりに言った。

「なんだか、木星ってのは流罪の地みたいだな」

 アランが言った。

「そう、木星は悲しく寂しい星」

 と、それに答えたのは診察室のドアを開けながらのラスティーだった。

「お嬢様、大丈夫なのですか」

 メアリは、ベンチから立ち上がった。

 ラスティーは立っているのがやっとのようだった。

 その後ろから、診察をした医者が現れた。

「二日も安静にしていれば落ち着きますよ」メアリにそう言うと、ラスティーに向かって「もう、死のうなんて考えるんじゃないよ」と優しく語りかけた。

「わたくしは、ブレナー家とギュフォード家の間で望まれず生を受けたのです。命は惜しく有りません。ただ、お祖父様のせいで亡くなった人たちにお詫びをしたいのです」

 ラスティーは静かに胸のうちを吐露した。

「でもさ、それって都合いいんじゃねえの」

 アランは冷たく言い放った。

「おい、アラン……」

 ゲイツはアランが性根が悪い人間とは思っていなかったが、気遣いのない発言を戒めた。

「どういう、ことでしょうか」

 ラスティは冷静に受け止めてアランを見て訊いた。

「死んでいった人たちのために、あんたが命を捨てたからって、どうにかなるもんじゃねぇ。悲しむひとが増えるだけで、何もプラスにはならねぇ。つらくても、あんたは亡くなった人の分まで生きて行かなきゃいけねぇんじゃねぇのかな」

 アランは腕を組んだまま、正面の壁を見つめながら言った。

「……そうかもしれませんね。わたしは、死ぬことで、この悩みから逃げようとしているのかもしれません」

 ラスティは廊下の突き当たりの方に向き直り、どこを見るとなく言った。

「そんなに抱え込んでも仕方ないよ」ゲイツは、両腕を大きく開いて肩をあげた。「『生まれてきて意味のない人間は絶対にいない』ってオレの爺さんも言ってた。両親は自分じゃ選べないんだしね。それに、君は何もせずに指をくわえている臆病者じゃない。すごく勇気のある人だよ」

 ゲイツは、一人で不幸を背負い込もうとするラスティを励まそうとした。

「違いねぇ。オレなら、生身で敵陣の葬式に出ようなんて思いも寄らねぇからな」

 アランは、斜め上に視線を向けて照れくさそうに言った。

「……あなたがた、許してくれるのですね」

 メアリは、二人の台詞まわしから察して言った。

「許せっていわれても、ラスティーさんが悪い訳ではないしね」

 ゲイツは、メアリに両掌を見せて、なにもしていない者を咎めるつもりはないという意志を伝えるジェスチャーをした。

「でも、木星帝国とは戦うぜ。一方的に仕掛けてきたのは向こうだからな」

 アランは付け加えるように言った。

「ラスティーさんのお祖父さんと判っても、オレたちは戦わうよ。連邦を操るギュフォード家も正しいとは思わないけど、地球圏の平和を取り戻すことに命を掛けると決めたんだ。少しでも、早くこの戦争が終わるようにね」

 ゲイツは、ラスティーに話しながら、自分の中でも整理がついていなかった“戦う意味”について、考えはじめていた。

「わかりました。戦争が正義とは信じたくはありませんが、アランさんの言うとおり、生きて、祖父の誤りを正せるように、わたくしなりの戦いをさせていただきます」

 ラスティーは疲労から壁に軽く手を突いたが、メアリの手助けを小さく遠慮すると、自身を支えながらも、心の中では力強く決意をしたのだった。

 メディカルセンターの窓には薄日が差し込み始めていた。

 



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