木星奪還部隊ガイアフォース

第6話「過去の爪痕」

 

 火星域コロニー・フォボス38は本星のアイルランド地方の穏やかな山村をイメージして建造されたコロニーである。

 農耕は行われていないが、観光地としてのおだやかな景観がつくられていた。宇宙航海時代であっても、ひとびとは、心の安らぎを“自然”の中に求めるものだ。

 コロニー内の天候は、気象制御局によってコントロールされる。

 その地域では、この日、終日小雨が降るように設定されていた。

 空は、どんよりと曇り、時折、細々と差す擬似的な太陽光が安らぎを感じさせた。

 そこは完全なアイルランド地方であり、第一期移民団として60年前から永住しているひとびとは、一般のコロニーとは違い、観光商業専門のコロニーであることから他のコロニーとまったく行き来をしない市民もいるほどで、そこはあたかも、旧歴にタイムスリップし、なおかつ、そこで時間が止まってしまったかのような印象さえある情景だった。

 新緑が香る丘陵地帯の一本道を、一台の小型モービルがゆっくりと走っていた。

道の左側には大きな湖があり、あくまでも穏やかな湖面では二羽の白鷺が小さく舞っていた。

小雨に霞んだ対岸には、なだらかな峰の稜線があった。

 湖の岸に沿ってゆるやかなカーブを描く一本道を走るモービルのドライバーの目線に併せて立つ路肩の道路標識は、

     ミルキーチャイルド村まで1キロメートル

と、知らせていた。それが、このモービルの行き先だった。

「お嬢様。もうすぐです」

 メアリは、ステアリングを軽く握り、前を向いたままで言った。

「……はい」

 ラスティ・ブレナーは窓の遠くを見るような視線を移すことなく言った。

 彼女たち二人は喪服を着ていた。それが彼女たちの気持ちの全てだった。

 フォボス38の存在意義に違わず観光土産を産業とする人工1万の集落「ミルキーチャイルド村」の境界に入ると、小雨の中を、大半のひとびとがラスティたちの乗るモービルと同じ方向に向かって歩いていた。

 ひとびとの服装から観光客ではないことはすぐにわかった。

 ひとびとは皆うつむき加減でいた。

 村の中央に位置する小高い丘には、巨大な菩提樹が見えた。

 皆の足はそこに向かっており、また、ラスティたちの目指すところもその場所であった。

生い茂った樹木の下には雨を避けるように集まる村人たちの姿があった。

 メアリは、ひとびとの集まりから少し離すように菩提樹の丘の裾の路肩にモービルを停めた。

 全身を包み込んでもまだ裾が余る白い貫頭衣を着た背の低い老人が、目の前の石碑にに向かって、静かに語りかけていた。

「……それでは、最後のことばをかけてあげてください」

 老人が、そっと後ろに下がると、地球連邦宇宙軍の礼服を着た男たち数人がゆっくりと一歩前に踏みだした。

「……デクセラ……ごめんよ、僕たち、守れなかった……」

 ブランドル・バーゴは、ガイアフォースチームのリーダーとして、デクセラ・ネガートにことばをかけることになっていたが、それ以上、声にすることができなかった。

ブランドルが立ち尽くしてしまうと、右隣にいたゲイツ・バロンが墓標の前に崩れ落ちるように膝ま付いた。

それにつづくように、チームの全員が同じように墓標の前に、泣き崩れた。

それを見守るジェファソン・デミトリーの目は、めったに見せない涙で濡れていた。

「だから軍隊なんかにゃ入れるんじゃなかったんだよ」

 ジェファソンの後ろに隠れるように立っていた、白髪の老婆が言った。

「おばあちゃん。何てこと言うの」

 老婆の隣に支えるように立っていた婦人が、正すように小声で言った。

「構いません。お母様。お婆様のお気持ちは充分わかります」

 ジェファソンは、デクセラの母親と祖母に深々と頭を下げた。

「いいんですよ。わたしは、地球を護る立派な職業だと思っていますから」

 母親は気丈な微笑みさえ見せてくれた。

「お嬢様!」

 メアリは叫んだ。

 隣で立ちすくんでいたラスティが、雨に濡れるのも厭わずに墓石の所に走りだしたのだ。

「みんな、わたくしがいけないのです」

 群衆は声の方向に振り向き、ざわめいた。

「どなたかな」

 白装束の導師が、慌てず、やさしく語りかけた。

「わたくし、ラスティ・ブレナーと申します。ジュピトリウス帝国の総統メサドの娘です」

 群衆のざわめきは、より大きくなった。

「わたくしにできることは、この程度しかないのです。勇気のないわたくしをどうか恨んで頂きたいのです」

 ラスティは、早口に言うと、隠し持っていた小さなナイフを天に掲げ、自分の胸を突き刺そうとした。群衆は騒然となった。

「やめろ!」

 ゲイツは、ラスティの手首を素早く抑え、ジェファソンは地に落ちたナイフを拾い上げた。

「お嬢様、何てことを」

 ラスティの行動は、メアリも知るところではなかった。

 ラスティは、泣き崩れながら、譫言のように「ごめんなさい、ごめんなさい」と繰り返すばかりだった。

 村人たちのラスティへの態度は、物珍しそうにする者、後ろ指を指すような冷たい視線を送る者と様々だ。

「お嬢様、お嬢様」

 メアリはラスティを抱擁し、何度も名前を呼んだが、ラスティは力無くうなだれてしまった。彼女は既に気絶していたのだ。

「ゲイツ、メディカルセンターに案内を」ジェファソンはゲイツにそう告げると、メアリの隣に膝をついて言った。「勇敢なお嬢さんだ」と。

 そして、ラスティを抱き上げ、彼女たちが乗ってきたモービルの方へ向かった。

 菩提樹の枝葉の傘が切れるところで、アラン・マークスはラスティがこれ以上濡れないように小さな折り畳み傘を開いた。

 ゲイツは自分たちが乗ってきた軍のマイクロバスを乗りつけた。

それに、ジェファソンが抱えるラスティと、メアリが乗った。

メアリが乗ってきたモービルにアランが乗り込むと、マイクロバスとモービルはメディカルセンターに向けてゆっくりと出発していった。



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