「教官!射撃訓練用の標的ポッドを全部打ち出してくれ!早く」
ゲイツの声がコロラドのブリッジを駆け抜けた。
「ん?そうか。よし、ポッドを打ち出すぞ」ジェファソンはそう言いながらレアニーに告げた。「標的ポッドをオールレンジで射出。うち10基は敵ラウンドムーバーを追尾するよう設定」
「了解。敵を攪乱するんですね」
レアニーは、言いながらキーボードを素早く操作した。
コロラドの艦首の小さなハッチが横にスライドすると、1メートルの円筒が推進用のガスを吹き出しながら飛びだしはじめた。
円筒は数秒後には、先端部分のキャップが外れ、筒の中に収まっていた特殊な素材で作られた風船に圧縮ガスが注入されて、訓練機の形に膨らんだ。
移動している分には、本物と区別は付かない。
レーダー反応もほぼ同じようにでる加工が施してある。
訓練機になったポッドは、コロラドから送信されるプログラムで行動し、あたかも、9機のガイアフォースチームが一度に数十機の大部隊となったように見えるのだった。
ただし、当然のように敵に発砲する機能はなく、ライフルを構えたポーズを崩すこともなかった。
「ポッドは放熱量がちがう。温度センサーで追尾されれば赤子同然、他の方法は……」
ジェファソンは次に打つ手を考えたが、残弾のない状態で訓練生が敵を威嚇し得る手段が見いだせなかった。
“チャイニーズ”は、数の増えたブルーハウンドたちにフォーメーションを崩されたかにみえたが、ジェファソンには、その動きが訓練されたプロのものと分かっていた。
「いつまでも通用する相手じゃない。どうすりゃいい、デクセラ」ゲイツは正面モニターに表示されるビームガンの残弾数を確認しながら呟いた。
モニターの右隅には、デクセラのbWのエンジン部分の残骸が浮遊していた。
「そうか」ゲイツは、錐揉み飛行で戦闘空域から離れるように加速し、「アラン!デクセラが助けてくれるぜ」と言いながらbWのエンジンをキャッチした。
「なに言ってる。デクセラは死んじ…!」アランは、ゲイツと言葉を交わしながら、前方に浮遊するbWの残骸を見つけた。
「そうか。みんな!デクセラのパーツを使わせてもらおう。ゲイツを援護するんだ」
「了解!」
チーム全員が声を揃えた。
「bWのエンジンを“チャイニーズ”にぶつけるというのか。しかし、相手は3機だぞ」
ジェファソンはゲイツたちの行動力に関心したが、次の手が思いつかなかった。
“チャイニーズ”の赤い眼が輝度を増した。
そのコクピットには、冷静なまなざしでモニターをみつめ、シートの両脇のスロットルを軽く操作する男がいた。
「子犬たち、なかなかできるじゃないか」男は、ガイアフォースを褒めるように言ったあと、同行している二機に呼びかけた。「よし、離脱するぞ」
「よろしいのですか、ジカリス少佐。この程度なら全機沈められますが」
ジカリスの左翼に展開するチャーニーズのパイロットが惜しむように言った。
「目的は基礎データの採取だ。それに、子犬たちはエンジンの残骸で対抗しようとしている。あれを食らえば、3機のうち1機が落とされる可能性はある。それでも良ければ続けても構わんが、どうするヘリオ、バラウカス」
ジカリスは、ガッカリするなとでも言うように、笑みを浮かべながら言った。
「ハッ、了解しました」
ヘリオとバラウカスは声を揃えた。
「リュウオウの調整もまだ甘いようだ。行くぞ!」
ジカリスの言葉には余裕が溢れていた。
ジュピトリウス帝国軍強襲部隊ラウンドムーバー“リュウオウ”3機編隊はゲイツたちの前から緊急離脱をかけ、いとも簡単に彼らの攻撃を振り切って、彼方に消えた。
「おい、どうなってんだ。チャイニーズが逃げてくぞ」
アランは、あっけに取られながらレーダーを見つめた。
「見逃してくれた、ってことになるんでしょうか」
ブランドルは、ヘルメットのバイザーをはね上げ、額の汗を拭いながら言った。
「通信回線回復しました」
メルトフが俯いたまま小さく言った。
「さしずめブルーハウンドのデータ収集が目的だろう」
ジェファソンは、リュウオウの消えた方向に何のレーダー反応がなくなったことを確認しながら言った。「よし、bWの残骸を収容して帰還しろ」
各機は返答することなく、散乱したbWの機体の分かるかぎりの残骸の回収を始めた。
ジカリス・フューゲルスの駆るリュウオウのコクピットに、ジュピトリウス帝国巡洋艦メルメソッドの艦載機着艦用の誘導信号をキャッチしたことを知らせる電子音が鳴った。
メルメソッドは宇宙空間に溶け込むように巧妙に偽装していた。
「リュウオウ303部隊。3番ゲートに着艦してください」
メルメソッドのオペレータから指示が入った。何もない空間の一角に突然大きなゲートが口を開けた。3機のリュウオウは吸い込まれるように、ゲートに滑り込んだ。
ラウンドムーバを固定するメンテナンス用ベッドに寄り掛かるようにリュウオウを停止させたジカリスは、リュウオウの胸部のハッチから無重力の空間に躍り出た。
「ジカリス少佐、連邦の新兵器と接触したと聞きました」
エンジンの停止したリュウオウに飛びつくようにやってきたメカニックマンが、声を弾ませて訊いた。
「左展開のときにガス噴射の遅延がある。調整を怠るな」
ジカリスは、彼の質問には答えず、ブリーフィングルームに流れていった。
「噂どおり愛想の悪い人だな」
若いメカニックマンは、人を殺してきた後味の悪さにつきまとわれる兵士の心理を察することが出来なかった。
帝国の正義の名の元に集った若い兵士たちは、戦うことに気概をもち、敵を打ち倒すことで意識が高揚するように教育される。圧倒的優位に立っている現在の状況下にあって、敵の新兵器撃墜は心踊る情報でしかなかった。
自分の個室に戻り、シャワーユニットに入ったジカリスは、熱めのお湯を頭から浴びると、壁に備え付けのテレビ電話のナンバーボタンを押した。
「艦長室だ」と、テレビ電話のスピーカから低い男の声が聞こえると、ジカリスは映像転送用のボタンを押した。これで、相手側には音声と映像が送られる設定になる。
「ジカリスか。お手柄だったな。報告書は着艦前に読ませてもらった」
モニターには、ハイカラーで刺繍の施された軍服を着用した、細身で口髭を蓄えた紳士が写った。報告書は、ジカリスが帰還の途中、通信回線で転送していた。
「スラスターの調整が狂っていた。メルメソッドのメカニックは素人か」
ジカリスは、モニターを見ずに頭からシャワーを浴びながら言った。
「そうか。だがそれも仕方ない。総統のご決定が予定よりも早まって……」
「ゲルデフ、言い訳は必要ない。連邦のラウンドムーバーはリュウオウと同等、それ以上かもしれない。パイロットが素人でテスト機たったから助かったのだ。ヘリオも、バラウカスも難なく戻ったようにみえるが、調整がズレていることには気がついている」
ジカリスは、突き放すように言い放った。
「わかっているよ。今回の作戦も情報部隊からの緊急連絡で動いたこともあって、調整が間に合わなかったのかもしれないが、以後厳重に確認させることにする」
メルメソッドの艦長であるゲルデフは、ジカリスに陳謝した。
「そう願いたいな」
ジカリスは、汗とともに、怒りを静かに流しながら回線を切った。
「……そうだな」
メルメソッド艦長ゲルデフ・グランティアは、壁の小窓から黒く広がる宇宙を見た。