木星奪還部隊ガイアフォース

第4話「震撼する宇宙の中で」

 

 地球の大地から天を目指し、そびえ立つ巨大なセラミッックの塔。

 地球と他の惑星域の往来は、地表から3万5千キロメートルも垂直にのびる軌道エレベータを経由して大気圏を抜け、その頂点にある宇宙空港からのシャトルで行うのが主流である。

 地球上で最大の建造物である軌道エレベータは、地球連邦の前身である国際連合のなし遂げた最後の大偉業だった。

 赤道上にある、南米、インド、アフリカ、そして中国という四つの国に造られたそれらは、ひとびとの夢と希望を、ときには悲しみと挫折を何度となく運んでいた。

中国の軌道エレベータは、天高くそびえるその威容を讃え、シェンロン(神龍)と呼ばれていた。

そのシェンロンの基部にある管制センターは、いつもと違う緊張感に包まれていた。

 50年にわたり、シェンロンの運営に携わっていたいたラウ・チェンの退任の挨拶が終わろうとしているところだったからだ。

 ラウは地球連邦宇宙開発局の職員から管制員として出向してからというもの、依頼50年間、管制長、管制局長、管制局顧問を歴任してきたシェンロンの最大の功労者の一人である。

「……言葉はつきませんが、この辺でお別れの挨拶とさせてもらいます」

 小柄で細身だが、人格者としての威厳が溢れ、一言ひとことに人生の重みがあった。手にした大きな花束は貢献に対する感謝の意を現していた。

「チェンさん。今後はどうなされるので」

 15代目管制長、タン・ミンスウが敬愛の表情で尋ねた。

「火星で暮らすことになるだろう。息子夫婦がいるしね。70年も生きたんだ。余生は他の星で暮らしてみたいとも思っているのです」

「チェンさんらしい。どうかお元気で。でも、火星では先日のイオ・ブレイクの後から、なにやら動きもあるようですし、お気をつけてください」

「ありがとう……」

 ラウは慈悲深い微笑みを皆に注ぎ、深々と頭を下げた。

 軌道エレベータ・シェンロンは、中国の広大な大地に長い影を落としていた。

 

 青い惑星「地球」。

 しかし、環境破壊が進んでいる事実は、旧暦時代の写真と見比べたときに、赤茶けた地表が広がっていることで歴然と知ることが出来るほどであった。

一八歳までの義務教育を経た者で、まずその写真の違いを知らないものはいない。

それがこの時代を生きていく上での常識のひとつであるから、幼いころから地球の尊さを教えられる。

ただし、個々の受け止める価値観は成長していくにつれ様々に変化していくのだが。

 その地球を背景に、一機の訓練用ブルーハウンドが、大きくトンボ返りをした。

 実戦機と違い、青いラインの部分はイエローに塗装されていることから、軍ではイエローハウンドと呼ばれている。

 タキオンドライブ装置の出力は八〇パーセントに調整されていた。誤って臨界点を越えることの無いようにとの配慮からだ。

 頭部のセンサーユニットも実戦機の二眼タイプではなく、簡易式の一眼でスキーのゴーグルをつけたような表情をしていた。

「ゲイツ!何してる勝手な飛行は厳罰だぞ!」

 訓練機bTのコクピットに座るゲイツのヘルメットの中にジェファソンのガナリ声が響いた。

「ごめん、ごめん」ゲイツは楽しそうに応えた。「スロットルの調子が悪くてさ」

 ガイアフォースチームは、訓練の最終段階として、宇宙空間での飛行試験を行っていた。

 9機の訓練機が、ゲイツの飛行を眺めるように空間に横一列に並んで浮かんでいたが、彼の行動を見て、賞賛の手ばたきをしてみせた。

「まったく。応用操作も軽くこなしてやがる」

 何気ない動作だが、細かい操作を要することを知っているジェファソンは小さくうれしそうな表情を見せた。

「いやー、地球は美しい。あらためてそう思うよ」ゲイツは、訓練機の列に戻りながら言った。「シェンロンもこんな綺麗に見えるんだな」

 地球から、まさにそびえ立つ軌道エレベータ・シェンロンの白い偉容は、太陽光に反射して、神々しさを増していた。

 彼らの訓練ポイントは、ちょうどシェンロンの頂点にある宇宙空港の延長線上にあった。

「木星野郎のラウンドムーバーは、なんでチャイニーズの兵隊がモデルなんだろな」

 bQのアラン・マークスが、誰にとなく言った。

「そうだよな。ジュピターとチャイニーズってミスマッチだもんな」

 bWのデクセラ・ネガートが返した。

「知らないのか君たちは」bPのブランドル・バーゴが生真面目に言った。「メサド・ブレナーは古代中国の武将に精通していて、住んでいる屋敷だって秦王朝の宮殿を模しているってのは有名な話なんだよ」

「さすがはブランドル」と、ゲイツが茶化した瞬間、策敵アラームが鳴り響き、コクピット内に赤い非常灯が点滅した。

「11−360に未確認のラウンドムーバー3機」

 通信員レアニー・ナイマンの、叫びにも似た声が各人のヘルメットの中にとどいた。

 ガイアフォースの輸送兼指揮用の中級クルーザー・コロラドのブリッジは緊迫した。

「緊急事態だ!兵装モードに切り替えろ」

 挺長席のジェファソンのガナリ声が聞こえるころには既に彼らの準備はできていた。

「来ます!イオ・ブレイクと同型だ。50秒後に接触」ジェファソンの右前方に座るレアニーは自分を見失わないようにしながら必至に情報を伝えた。

「基地に連絡を」ジェファソンは、レアニーの隣に座るメルトフ・チェリノスキに指示を出した。「増援要請だ」

「了解」

 メルトフは冷静に対応しようとしているが、動揺を隠せないでいた。

ヘッドセットを耳に押し当てる手に力が入っているのが一目でわかった。

「メーデー、メーデー、メーデー。こちらはMBSH09T55・コロラド。ジュピターの攻撃をうけている。MBS応答せよ。エッ、アレ、」

メルトフが、ヘッドセットを叩いた。

「どうした」

 ジェファソンがメルトフに訊いた。

「通信帯域に特定の妨害電波です。基地と交信できません」

 メルトフの声は半分嗚咽にも聞こえた。

「なんてことだ」

 ジェファソンはモニターの中を苦し紛れに移動する訓練生たちを見ながら、愕然とした気持ちを隠せなかった。

「接触します」レアニーはレーダーに食い入るようにしながら叫んだ。「あっ、高熱源体。ビーム兵器です。みんな避けて!」

 しかし、次の瞬間には、bWの機体に光の矢が突き刺さり、火の玉と化していた。

「デクセラーッ!」ゲイツが叫んだ。「デ、デクセラがやられたっ」

 それが、彼らの味わう最初の戦争だった。

 デクセラ・ネガートの乗る訓練機bWが、火の粉と残骸になってしまっても、ゲイツたちが感傷に浸る猶予は与えられなかった。

 ジュピトリウス帝国のラウンドムーバーの3機編隊は、動きの止まった訓練機9機の間をこれ見よがしにすり抜けた。

(今のブルーハウンドは訓練機。非常用の実弾しか装填していない。どうする……)

 ジェファソンは、地球域の、しかも、訓練領域にまでジュピトリウス帝国の侵入が進んでいることを考えると連邦の敗北も遠くはない現実であると感じざるをえなかった。

(防衛線はどうなっているのだ!)ジェファソンは、自分の所属する地球連邦軍に怒りを覚えながらも、目前の困難をどう切り抜けるのかに集中した。

コロラドの指揮室のモニターには、訓練機10機の残弾数、エンジン出力、エネルギー量、ボディのコンディションがリアルタイムで表示されていた。

そのうちbWは完全にオフの状態となっていた。

 訓練機たちは、“チャイニーズ”の素早い攻撃をなんとか切り抜けながら、エネルギーの残り少ないビームガンで応戦を開始した。



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