木星奪還部隊ガイアフォース

第3話「戦いは誰のために」

 

火星の地表にはグリーンマルス計画によって人工的に造られた、地球環境に近い状態の緑地帯がある。

とはいっても、食物連鎖による生態系の維持を自然に行うまでには至らず、正確な様々な管理下にあって、はじめて存続できるというものであった。

 柔らかい太陽光は大気を激しく揺さぶることはなく、赤道地帯であっても風は涼しげだった。

 地上につくられた人類の足跡は、火星開発事業団と地球連邦軍の基地だけであり、火星域の自治体、民間企業、そして、火星域に生きるひとびとは、静止軌道上のコロニーを生活の場としていた。

ジュピトリウス帝国の地球連邦政府に対する宣戦布告に伴い、志願兵募集が始まり、2ヶ月が過ぎた。

 

 地球連邦軍火星域地上基地セントヘレンズにある、一周400メートルの陸上競技用トラックを中央に置いた宇宙軍の訓練用グランドでは、20人の大小の男たちが流れる汗もそのままにランニングシャツ姿でジョギングをしていた。

グランドの隅では、彼らを看視する、連邦軍の開襟シャツを着た細身の浅黒い男がアポロキャップを深くかぶりディレクターズチェアに深く腰掛けていた。

レイバンのサングラスが強い陽射しを反射すると、男は右手に持っていたメガホンを口にあてた。

「お前たち、ラップが落ちてるぞ。次の周でまた落ちるようなら棺桶1時間だ。こころしてかかれよ!」

 看視をする男、宇宙軍訓練センター主任教官ジェファソン・デリミトリー中尉の声がグランド一面に響きわたった。

「そりゃねーよ、もう30周はしてるぜ。あのおっさん、どうかしてるよ」

群れの中のひとりが小声で言った。

共に走るものたちも同感だった。

棺桶とは、宇宙用機動兵器ラウンドムーバーのシミュレータのことだ。

悪条件の設定を最大値にした機内は、まるでカクテルシェイカーの中のリキュールのようで、とても最新技術の結晶とは言えない代物と化すのだった。

「アラン・マークス、おまえは10周追加だ。他の皆は集合しろ!」

「マジかよ。なんて地獄耳だ……ヤバ」

 アランは、余計なことを口に出してしまったと後悔したが、後の祭りだった。

「よーしアラン、いい心掛けだ。ジョグのあとはスクワットで5周。いいな」

 ジェファソンは表情を変えずに言った。

「イエッサー」

アランは悔しさ吐き出すように返事をした。

アラン以外はジェファソンのもとに素早く集合すると、肩で息をしたくなるのを耐えながら整列し無言で直立した。

「おまえら、どうして戻ってきた」

 ジェファソンの問いは矛盾していた。

「教官が集合を掛けたからであります」

 隊のリーダーとして選任されている細身のブランドル・バーゴが、少し下がった眼鏡を直すことなく直立不動のまま問いに答えた。

「おまえらは、それでも人間か」

「はい。そうであります」

「違うな。お前らはゼンマイ仕掛けのロボットだ」

「わかりません。どういうことでしょうか」

「見てみろ」ジェファソンは必死の形相で走りつづけるアランを指さした。

「おまえたちには友の苦しみを分かち合おうという心がない。かえっていい気味だと笑っている者もいる。そんなことで、辺境の木星までいって全員帰ってこれると思ってるのか。ブルーハウンドは大切な税金で造られてるんだ。ガイアフォースが聞いてあきれるぞ。こんなアホどもは俺が教育するまでもない。野良犬にでも教えを請うんだな」

 ジェファソンは立ち上がり隊員たちに背を向けた。

直立した隊にざわめきが起こった。

列のひとりがアランがスクワットをするところに走りだしたからだ。

「走ろうぜ。アランとさ」列から抜け出たざわめきの主の声がジェファソンの耳に届いた。

ジェファソンは、背をむけたままでほくそえんだ。

列を作っていた者も全力でアランの方に走りだした。

彼らのなかに悲壮感をみせる者はいなかった。

「スクワットの後は夕食だ!グズグズするな、木星野郎が攻めてくるぞ!」

 アランのところに駆けつける一団の先頭はゲイツ・バロンだった。

ジェファソンとゲイツの間には妙な親近感があった。

ともに祖父が本星のアメリカ人ということから、入隊間もないゲイツとは馬が合うのだった。

 ジェファソンは、この数ヶ月、訓練を続けてきて、最初に行動を起こすのがゲイツだと分かっていた。

「おまえたちとも、あと僅かだな……」

ジェファソンは彼らの方に向き直りつぶやいた。

彼らと過ごす時間が残り少なくなっていることを思うと、もっと教えたいことが山ほども思い起こされるのだった。

 これまで、何千人もの軍人を育ててきたジェファソンは、その度に同じ思いをしていた。

だが、今回は今までにも増してそう感じるのだった。

ジュピトリウス帝国の出現によって、それに対抗しうる戦力を急増する必要があったからだ。

地球に本拠地のある連邦軍は、イオ・ブレイクを衝撃とは受け取っていたものの、重要な最前線への出兵については新人部隊を組織するようにとの命令を下していた。

いわば正規軍たるベテランの部隊を地球域に配備するというやりかたなのだ。

 ジェファソンは、グランドに汗を流す彼らが不憫に思えてならなかったが、必ずまた、このセントヘレンズで顔を合わせられるようにするために彼の出来ることは、彼らを一人前の軍人として出兵させるしかないのだった。

 


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