木星奪還部隊ガイアフォース

第2話「希望の青い閃光」

 

 スペースコロニー・イオ105の爆破事件は、すぐに本星や各惑星のコロニーに緊急ニュースとして報道された。

 火星域コロニーに住むひとびとも例外ではなかったが、ひとつ離れた隣の惑星の出来事は、家電ショップの街頭モニターに集まった若者たちにとっては、映画でも見ている気分で騒ぎ立てる程度の事件でしかなかった。

「何度見てもシャトルの爆破ってスゲーな」

「これが犯人か」

「チャイニーズのラウンドムーバーだろ」

「ジュピトリウス帝国の先兵だ」

「心配ご無用、連邦の機動歩兵なら目じゃないさ」

 少年たちの中の一人が自慢げに言った。カーキ色のフライトジャケットのそでには地球連邦軍の地球圏統合本部所属のイエロースパイラル戦闘機部隊のワッペンが張ってあった。

「そうだな。ゲイツの兄貴が設計した連邦のラウンドムーバーならチャイニーズも一握りだ」

「ゲイツも兄さんを見習って、もうちょっと勉強したらァん」

 いかにも、茶化しという台詞だった。

「余計なお世話だってぇの」

 ゲイツと呼ばれた少年は墓穴を掘ったと思ったが一向にめげている様子はなかった。

「おい、ゲイツ。連邦が志願兵を集めだしたぜ」

 やじ馬の人だかりの後方から友人に呼びかけられたゲイツが後ろを振り向くと、大通りの方から連邦軍のカーキ色の装甲車が、街中に地球連邦軍歌を轟かせながら志願兵公募のポスターを全面に張りつけて徐行してくるのが見えた。

 ポスターには「木星を取り戻そう。君の勇気で!」と、横殴りの文字が描かれ、拳を振り上げた兵士の影がデザインされていた。

 

「戦争が始まるのですね」

 大通りを徐行していく装甲車を、5階建ての屋敷から下に見ていた少女は、白いレースのカーテンで飾りつけされた小窓を閉めた。

 腰ほどある長い黒髪が美しく光沢を放ち、白い肌にある長いまつげと大きな瞳は、自身の運命と戦おうという心根の強さと、相反する悲しみとで揺れているかのようだった。

「そのようです……富と権力に心うばわれたのでしょうか」

 相づちをうった老婆は黒いワンピースの上に纏っていた白いエプロンを外した。

「お祖父様が地球域の人たちに偏見をもつのは分かるつもりよ。けど…人の命を奪う権利を持っていいはずがないわ」

「メサド様は頑固なお方。こうと決めたらなかなか振り向くことはなさらないでしょう」

「お父様もお母様も、おじいさまの事業を成功させるための交渉中に事故に巻き込まれて……。なのに、今度は“粛正”といって戦争をしかけて、多くの人を殺してしまう。どうして、そんなことができるというの。教えてメアリ」

 少女のこぶしは、祖父の暴挙を止められない自分の弱さを悔やみ震えていた。その頬には、散っていった命と、これから散っていくであろう命への懺悔の念からほとばしる涙が溢れ出ていた。

 老婆メアリは自分よりも頭ひとつ背の高い少女を慈しむように抱きかかえた。

「耐えるのです。ブレナー家に生まれた運命から逃れることは出来ないのです。ラスティ・ブレナーとして強く生きるときがきてしまったのです。メサド様の心を解きほぐせるのはお嬢様しかいらっしゃらないのですよ」

 メアリに抱かれたラスティはそのまま床に泣き崩れ、メアリの瞳にも涙が溢れた。

 

希望に目を輝かせたゲイツが、めったに着用しないスーツの襟を正して、見上げるほどの大きな木製のドアの前に立った。

王室調の木目をいかしたデザインのドアをじっと見つめ、一呼吸おいて軽くノックをした。

「どうぞ」

 すぐにドアの向こうから優しそうな女性の声が聞こえると、ゲイツはつられるように思いっきりドアを開け放った。

「ゲイツ・バロン19歳。マーズ・イーストサイド大学世界文学科2年。入隊希望にやって参りました」

ゲイツを待ち受けていたのは、ショートカットの美しい女性士官でもなく、気難しい将校たちでもなかった。

一台のテレビモニターには、さっきの声の主と思われる連邦軍の制服を着用した女性が写っていた。

二重顎で、似合わないパーマヘアの女性士官だった。

「審査結果は、三日後に記入された連絡先へメールが届きます」

 声とは違い、ゲイツの好みではなかった。

「採用の場合、通知から一週間後のシャトルで出発することになります。連絡を待って下さい。詳しくは入隊マニュアルに明記してありますから熟読してください。マニュアルは退室した後、506号室で受けとって下さい。手続きに関するご質問はありますか」

 ゲイツは、ひどく事務的な扱いだなと思った。

「いいえ、特に……」

 手続きを済ませマニュアルをもらい、部屋から出て、歩きながらページを開いたゲイツの目に止まったのは軍備紹介のパンフレットのページに掲載された白い機体のラウンドムーバーだった。

「お、これか。兄貴が設計した機体だな。これならチャイニーズには負けないよな」

 ゲイツは空を見上げながら、憧れの軍隊の姿に思いをめぐらした。

三日後、キャンバスで仲間と昼食をとるゲイツの携帯しているノートパッドに入隊を許可するメールが届いた。

程なく、ゲイツの仲間たちにも同様のメールが届いていた。



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