木星を回る16の衛星のなかでも一際大きなガニメデは、燃料系ガスや鉱物資源などの採掘拠点となり地球圏文明の繁栄をささえていた。
開発以前は厚い氷に被われたイオにも部分的な地表基地構築が進んでいた。
宇宙での生活は、惑星と衛星の間の静止軌道点に"浮かべられた"、コロニーと呼ばれる人工的な生活空間で行われる。
コロニーは、シャトルや輸送艇が離発着する全長10キロメートルの円筒形の部分「ベイブロック」を中心軸として、パイナップルの輪切り状のリングが2つ回転している形態で、そのリングの回転は内側に住むために必要な重力を発生させ、地球と酷似した環境をつくり出していた。
ひとつのリングには50万人程のひとびとが生活し、コロニーあたり約100万の人口を収容していた。
コロニーは、地球連邦直属の「コロニー管理機構」の管理下にあり、太陽系内の水星域から木星域までが開拓され、現在約1000基が稼働しており、さらに建設されていく計画である。
木星域コロニー・イオ105は地球連邦の駐在員が多く居住しているブロックだ。
今、そこに地球からの旅客シャトルが到着しようとしていた。
宇宙港の到着ロビーでは、久しぶりの知人を心待ちにするひとびとであふれていた。
シャトルはコロニーからせり出して延びながら近づいてきたドッキングアームに拾われると、推進力を停止し機体をコロニーの管制センターに委ねた。
イオ105の周辺は、小型の作業用宇宙船や貨物船がミツバチのように自由に散開していた。
イオ105の中心を構成する円筒型のベイブロックにさしかかった一席の小型の輸送船があった。
長方形の箱型の輸送船は一般的な白い塗装が少々くすんだ旧式の型だった。
「管制センターから進入路53番の船に告ぐ」管制オペレーターが事務的に言葉を発した。「着港シグナルが出ていない。登録番号を送信せよ」
オペレーターは、通常なら着港船の登録番号が表示される表示盤を横目で確認したが、小型輸送船からは何の応答もなかった。
オペレーターの声を聞き、後ろに座っていた管制長が百キロはあろう体をゆっくりと座席から引き剥がすように立ち上がった。
「どうした」管制長は落ち着き払っていた。「港内警備隊に連絡しろ……まったく、治安が乱れてきたな」憮然と言い放った。
「オーディンズとかいうゲリラも活発化しているという噂ですからね」
オペレータが相づちを打った。
と、その瞬間、小型輸送船からシャトルに向けて一条の細く赤い輝きが突き刺ささるように発せられた。
管制センターの職員たちがあっけにとられている間に、シャトルは炎の玉となり、次には残骸と塵とになり宇宙に拡散した。
光景を目の当たりにした到着ロビーのひとびとは、驚愕と怒号に包まれた。
シャトルを射止めた赤いビームの発信源、小型輸送船は、船体の縦長のコンテナ部を二つに割るように開くと、そこから淡い光をともなったガスを噴射する物体をはきだした。
その物体は、コロニーの側面の空間を滑るようにゆるやかな曲線を描くように移動していたが、ほどなく爆発を確認するかのうように軽い逆噴射ガスを吹き、静止した。
深い緑色と赤に塗り分けられたその機体は、旧暦の3世紀前後頃の中国の武将を型取っていた。
ちょうど両目の部分が不気味に赤い光を放った。
右手には自分の機体よりも長い槍を構えていて、鏃にあたる先端部は、目の部分よりも赤く熱気をおびているようだった。
オーストラリア・ブリスベンに設置された地球連邦本部に一報の映像が届いていた。
連邦本部大議室の大型モニターには、イオ105に到着するシャトルが爆発する映像が写しだされたいた。
シャトルを撃ったヒト型の機体は推進用ガスを急激に噴射し、ジグザグを描くと、あっという間にコロニーから離脱していった。
コロニーに駐在している地球連邦軍の宇宙用戦闘機が遅ればせながら数機発進してきたところで画面が切り替わった。
そこには一人の紳士が登場した。
茶色の礼服に赤いショールを纏った、小柄だが重圧感のある風貌だ。
「メサド!メサド・ブレナー……」
モニターの紳士を観た連邦議員の一人が持っていたペンを落とすほど驚いたように言った。
メサド・ブレナーと呼ばれた紳士は一呼吸おくと、おもむろに口を開いた。
「我々、ジュピトリウス財団は、官僚化し民衆の心を忘れた地球連邦政府に対し粛清を加えることとした」低く響く声だ。「イオ105の連絡便撃墜は粛清の号砲であり、われわれの決意表明である。今後、財団は『ジュピトリウス帝国』と名を改め、地球圏の平和統一推進を宣言する。地球連邦政府の諸君、ならびに、わが帝国に歯向かう者には、平和を乱す賊人として処罰が下されよう」
通信が切断されたように映像は途絶え、スピーカーからは雑音が流れた。大会議室の面々は騒然となった。
地球連邦暦135年10月1日、後に「イオ・ブレイク」と呼ばれることになる。
地球連邦軍火星域セントヘレンズ基地は、火星の地表に作られた人造都市の一画にある。
開拓以前は、赤い砂塵舞う荒野であったが、グリーンマルスと名付けられた惑星緑化計画の成功により、僅かではあるが緑の大地を拡大しつつあった。
その基地内にある倉庫区画は、兵隊たちがやじ馬のように集まっていて、なにやら賑わっていた。
「おら、下がって下がって!邪魔だ、邪魔だ!」
口調とは裏腹に誘導する兵士の顔はほころんでいた。
誘導灯を前後にふりながら後退する兵士に誘われるように、倉庫から大型のトレーラーが前進して来る。
トレーラーの荷台の部分は垂直にリフトアップされ、そこにはダークグリーンの布カバーが掛けられた15メートル程の物が寄り掛かっていた。
集まった兵士たちは興奮気味に声を上げた。
「早くみせろよォ!」
「わかったよ。よーし、カバーを外せ!」
カバーは、固定されていた数カ所のロックがはずれ、自分の重さで地に落ちた。
「オー」
兵士たちは、カバーの中身を目の当たりにして歓声を上げた。
「おまたせしました。地球圏の守護神、ブルーハウンドだ!」
トレーラーを誘導してきた兵士は自分のことのようにうれしそうに言った。
それは、全高15メートルの巨人だった。
白を基調としたボディーに青いラインが各所に映えていた。
センサー類がつまった頭部は、特殊部隊のヘルメットに模されていて、背中部分には、大きな4枚の翼を型どった最新の重力場推進装置「タキオンドライブ」が搭載されている。
そして、右肩には、このセントヘレンズ基地に集う特殊部隊の別名である、ガイアフォースのエンブレムと、左肩には猟犬に翼をあしらった専用マークが鮮やかな青で描かれていた。