光輪伝承アルファガイン

シェルデザイアの秘密 2


「どうして、急いじゃいけないのさ」

 ヴァリアボマーの舵を預かる“おかみさん”ことマリー・リジェロは、全速でヒエロント・シティーから出発したにも関わらず、ブリアトと合流したと思うと、“青の森”には徐行で進めと命令されて、メナの安否がわからないままで、イライラが募るばかりであった。

「“青の森”には、できるだけ関わりたくないのさ。インカナディアは」

 艦長席のドルマン・リジェロは、顎髭たくましい顔を頬杖して、不満気に言った。

「でも旦那、インカナディアと“青の森”は親密な関係なんでしょ」

 ドミニコ・ワンマークが興味深く訊いた。

「“青の森”は、インカナディアの生みの親らしいが、爺さんの代よりも前の話しだ。よくわからんが、とにかく、“青の森”には頭が上がらんらしいことは確かだな」

「まったくだよ。まるで、あんたとブリアト様のようだね」

 マリーの言葉に、ブリッジのクルーたちは笑うのをこらえた。

 

 

 “青の森”の奥深く、方向感覚も麻痺するような深い森のどこか、そこに、質素ではあるが、深い歴史を無言の中に称えるように、白く輝く巨城があった。

 機械兵が充分通れるような大きな門は、固く閉ざされていたが、既に、その中庭には、ポリコックたちのアクティブシートと、シーベルのフームビィ、護衛のティングサー、そしてアルファガインが直立不動で整列していた。

 目の前に並べられた、見るからに高級な食材を贅沢にあしらった料理からは、暖かな湯気と、たまらない香りが発せられていた。

「いかがなされた。女王からのおもてなしは、お気に召されないかな」

 機械兵の声の主は、初老ではあるが、その風格のある体型から、肉声でありながら、より威厳のある響きを聞かせた。

「ゼレ殿――」

 シーベルは、席に座ったまま、その紳士を見て言った。

 長いテーブルに、もったいないほどの間隔をおいて座らされて、借りてきたネコのように押し黙っていたポリコックたちは、シーベルに注目した。

「先程来からのおもてなしには、光栄のいたりでございますが、境界線にておっしゃられた“オガーナを襲う闇”が、脳裏から離れませぬ。私も、インカナディアより代表を委任されたものの、正直、戸惑っております。“闇”とはいかなる存在なのでしょうか」

 シーベルは、レッドたちが見守るような視線でいるなか、話を続けた。

「お許しを頂けるならば、お聞きしたいのですが、ワーカーシートに乗っていたケッシという子供は、どうなったのでございますか?途中から姿が見えません。一番の疑問は、機械があのような怪物的変化を遂げた事実を、“青の森”は冷静に受け止めておられるということです。すべては“闇”に関わることのように思えます。お答えは、いただけるのでしょうか?」

 メナは、シーベルを見直した。さすがに、インカナディアの女性局員らしく整然としていた。

 レッドも、その雰囲気から、シーベルというサラにうり二つの女性の仕事ぶりを感じ取り感心した。

「やるな、シーベルって女。回廊で俺たちが騒いでいたことを聞いて質問しやがったんだ」

 ビンクルが、隣の席、といっても手の届くギリギリの位置にいるポリコックに、小声で言った。

「まったくだ。きっと世渡り上手に違いない」

 ポリコックの言葉は、離れているシーベルにも微かに聞こえたであろうが、彼女は何一つ表情を崩さなかった。

「ハハハハ」紳士はおもしろそうに笑い、「このミルギナン・ゼレ。そなたのような気丈な女性は、初めてだ」と言うと、

「お褒めに与りまして――」

 とシーベルは返した。

「よかろう。それを話すために、ここまでご足労願ったのだ。女王グリナーシャの願いをお話しよう」

 ゼレは、部屋の下手から上手に動き、天井からシルクスクリーンを降ろした。

 部屋の明かりが搾られ、スクリーンに照明が当てられた。

「まず、そなたたちに助けられた少年ケッシは、救護室で療養をしている。ポリコック殿たちが会われた母君にも、すでに伝令を走らせてある。

 ――順を追ってお話しする。あのワーカーシートは、インカナディアから調達した通常の機体だ。では何故に、シティーでは吸血鬼と呼ばれるような怪物と化したのか?それは、マカルマ石の力によるものだ。厳密に言えば、マカルマ石にオンブライトシェルが作用して、マカルマ石の均衡が崩れたからに他ならない」

「何いってんのか、全然わかんないよ」

 ビンクルの正面に座るメナが、ささやくように言った。

 ビンクルは、ポリコックを見たが、ポリコックも手のひらを返していた。

「ゼレ殿。オンブライトシェルは、通常の環境では発生しない特殊な磁場のようなものと見聞きしております。また、マカルマ石は、カルマシェル鉱脈から出土する結晶体。その組み合わせが、なぜ、怪物を生み出すというのでしょうか?」

 シーベルの質問は、皆の興味を引きつけた。

「――カルマシェルは、高濃度のオンブライトシェルの中に置かれると、膨大なエネルギー“シェルデザイア”を発生する。カルマシェルの結晶であるマカルマ石は、シェルデザイアを抑制する触媒なのだ」

 ゼレは、みんなを見渡すように言った。

「その事実は、我が開発局も知るところでございます。しかし、研究所のあるハーブベイにて、怪物が出現したことなどありません」

 シーベルが言った。


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