ケッシの乗り込んだワーカーシートは、恐ろしい怪物“吸血鬼”と化し、“青の森”から逃げるようにジャンプするポリコックたちのアクティブシートを追っていた。
吸血鬼は、驚くほど高く跳躍すると、先を進んでいたレッツォーの手下の後ろについた。すると、吸血鬼になってからできた“口”の部分から、あろうことか火を噴いたのだ。
炎に包まれたアクティブシートは、炎上し爆発した。
「ポリコック、吸血鬼が火を噴いたわ!」
ポリコックのガロックの操縦席に座っていたメナが、信じられないとばかりに声を上げた。
「あのワーカーシートに火炎放射器なんてついてたか!」
ビンクルは、メナがポリコックに訊くのと同時に言った。
「相手は怪物だ!そんなことぐらいで驚くな」
ポリコックは、そう言い放ったものの、さすがに自分も驚いていた。
吸血鬼は、“青の森”の木々をなぎ倒しながら、もう一機のレッツォーのアクティブシートを追っている。
「ホントにケッシって子供がやってるのかよ」
ビンクルが機体を走らせながら言った。
「見たとおりだ!」
ポリコックも、それしか応えようがなかった。
“青の森”の境界が見えてきた。森が薄くなり、見慣れた荒野が現れてきた。
「それより、レッドはどこ行った。潰されてないだろうな」
ポリコックは思いだしたように言った。
「いたわ!」メナがバギーの巻き上げる砂塵を見つけた。「あ、見て!ビーラムよ!」
メナが指さした方向から、アルファガインがフライヤーモードで飛んでくるのが見えた。
「レッドが持ってきてたのか」
ポリコックは単純にそう思った。
「シンディー。相対速度を合わせて飛べ。コックピットに飛び移る」
レッドは、バギーを運転しながら、左手のコミュニケーターで指示を出した。
「了解」
シンディーは相も変わらぬ合成音で応えた。
アルファガインは、レッドの頭上を一度通り過ぎると、大きく旋回して、バギーの進行方向と同じになると、レッドの頭上から少し間隔を於いた上空に停止した。実際は、停止したのではなく、バギーの移動する速度に合わせ、凹凸の激しい地面ではねる車体との間隔を瞬時に計算しているのだが、シンディーはいとも簡単にそれをやってのけた。
「アルファガインはオガーナのASとは大違いだな」
ビンクルは、その光景を見て、機体の性能の違いに感心した。
レッドは、風圧に押されながらも、なんとかコックピットに乗り込んだ。
「よし、シンディー。久々に出番だ。エネルギー, 機体バランスチェック、ジーマグナムは使えるか」
「発射可能」
「いいぞ。相手は怪物だ。宇宙軍の新兵器をお見舞いしてやろう」
吸血鬼は、ポリコックたちのアクティブシートを追い回していた。
「子供が乗っているから攻撃できないのか――もっとも、重火器を装備していないからな」
レッドはそういうと、スロットルを前に押し出して、吸血鬼の方に向かった。
「なんてこった。リジェロのクルーは宇宙人の機械を操縦できるのか」
レッツォーは、ゲルドランドのブリッジから、アルファガインの行動を見ていたが、まさか、宇宙人の姿が、自分たちと何ら変わらない姿をしているとは思わなかったのである。
「ケリソン!ケリソンはどうした」
レッツォーは、部下の名をマイクに向かって叫んだ。
「今出るところです!」
ケリソンは、格納庫から、火炎放射器と、ロケットランチャーを装備したアクティブシート“ジョッシュワイ”で出撃するところだった。
「いいか。宇宙人のロボットを必ず取り返してこい。それから、あのバケモノも麻酔で眠らせろ。見せ物になる」
レッツォーはケリソンに怒鳴りつけるように命令した。
「ボス、二つは勘弁だぜ。欲張ると、こっちが危ねぇ」
「バカヤロォ、何のために飯食ってる」
「生きてくタメでしょぉ」ケリソンは卑屈に小さく言ったが、「――わかりやしたよ。やってみます」と言わざるを得ないのだった。
アルファガインは、吸血鬼の頭上をかすめた。
吸血鬼は、アルファガインに気を取られ、そのスキにポリコックのガロックは吸血鬼から離れることができた。
アルファガインは飛行形態から、人型へと変形していく。
「ねぇ、レッドは、吸血鬼と闘うつもりよ」
メナが言った。
「レッド、子供を殺すようなことはしないだろうな」
ポリコックが、機体の体制を立て直しながら言った。
「いくぞ、シンディー。グラビティー・マグナム!」
「了解。ジーエム・モード。トランスフォーム」
シンディーが答えると、アルファガインは、機体の背部のユニットが移動・変形し、ちょうど人型の形態を背中から大きな蹄鉄が腰の部分を挟み込んだ形になった。
「おい、この前の重力砲を使う気だぞ」
ビンクルが、砂漠で見た光景を思い出しながら言った。
「ちょっとぉ、レッドは子供を撃つ気なんだわ」
メナが、嫌悪感を顕わにして言った。
“青の森”の上空には、一機の大型輸送艇が飛行機雲をたなびかせていた。
インカナディアのハーブベイから飛び立ったブリアト・フォルゲンの一行である。
輸送艇の高度からでも、“青の森”の境界で起きている、ただならぬ状況は知ることができた。
「あれがビーラムだな。――レッツォーめ、あのような重武装のASを!しかし、もう一機、あれはなんだ。型式照合はできるか」
ブリアトは、輸送艇の操縦室で、副操縦士に命じた。
「警備部長、あれはアクティブシートでも、ワーカーシートでもありません」
副操縦士は応えた。
「噂の吸血鬼ではないでしょうか」
シーベル・ベクターが表情を変えずに言った。
「吸血鬼?あれが、ヒエロントに出るという怪物だというのか」ブリアトは、怪訝な表情で聞き返したが、「――ともかく、“青の森”の境界でイザコザはまずい。よし、鎮圧隊出動だ。わたしも“ジーニア”で出る」と言い、操縦室から出ようとしたが、
「お待ちください。ここは、私に」
と、シーベルが声をかけた。
「――ン」ブリアトは、少し間をおいたが、「そうか。いいだろう、シーベルの指揮で暴動を鎮圧しろ。格納庫、準備はいいか」と、シーベルの出動を許可した。
「イエッサー。シーベル機“フームビィ”、準備完了しています」
格納庫から応答が入った。
輸送艇の後部の離発着用のハッチはゆっくりと開きはじめた。