夜空に上がった信号弾の軌跡は、すぐに一本水の滝の滝壺にいた、ポリコックたちの目に留まった。
「おい、うちの信号弾だ。誰かが、メナを見つけたんだ」
ビンクルは、言うが早いか、ロケットブースターに点火し、断崖をうまく踏み台代わりにして、上に昇った。
「無事だといいが」
ポリコックもすぐに後を追った。
レッドの上げた信号弾は、同時に、レッツォーのゲルドランドでも確認されていた。
「“青の森”の中で信号弾が上がりました。2時の方向です」
「何事だ。ヴァリアボマーがもぬけの殻ってのと、関係がありそうだ」レッツォーは、アルファガインを奪取出来たことにご満悦だったが、用心深さまでは失っていなかった。「偵察機を出せ!ヴァリアボマーのASなら撃ちのめしても構わんからな」
指示から程なくして、ゲルドランドからは、2機のアクティブシートがブースターをふかしながら出ていった。
信号弾は、森の中の、一人の少年の目にも映っていた。その少年こそ、クックの兄、吸血鬼の正体であるというケッシだった。クックより幾分大きいほかは、普通の少年だった。首から、大きな宝石のような石を金属の輪の中に無造作にはめ込んだネックレスを下げていた。
ケッシは、レッドがメナを見つけたワーカーシートから、少し離れた洞窟で休んでいたが、目覚めと同時に信号弾を目にしたのだ。
ケッシは、信号弾の方向が、ワーカーシートの方だとわかると、必死の形相で、その方向に走り出した。
ポリコックたちが、レッドとメナに合流したのは、数分後だった。
「メナーッ、無事かァ!」
ポリコックは、メナの姿が見えるなり、スピーカーで呼びかけた。
「一緒にいるのは――レッド、レッド・ローガンか」ビンクルは、双眼鏡片手に操縦桿を握りながら、笑みをこぼして言った。「やるなぁ、宇宙人。お手柄だよ」
「うわーん、ポリコックぅ、ビンクルぅ」
メナは、レッドから離れると、屈強な男二人の方に走り出した。
レッドは、気の許せるポリコックたちと合流できたことを素直に喜んでみせた。
そこに、一人の少年が駆け込んできた。
「おい、ケッシじゃないのか、あの子」
ビンクルが、そう言う間もなく、ケッシは、溶けたワーカーシートの操縦席に潜り込んだ。
「おい、まさか。そのワーカーシート――」ポリコックは嫌な予感がした。ワーカーシートが怪物になるなどという話は信じたくはなかったが、そう思わせる充分なシチュエーションだった。「そいつから離れろ、そいつが吸血鬼の正体だ」
「冗談きついぜ、“青の森”だからって、あっても良いことと、悪いことがある」
ポリコックが、アクセルを噴かしながら言った。
彼らの心配は的中した。
うずくまっていた、溶けたワーカーシートは、低い悲鳴のような音を上げて、立ち上がった。
「え、さっきの子供が動かしているの?」
メナは、ガロックの操縦席に乗り込みながら、不気味な光景を凝視した。
ワーカーシートは、立ち上がったものの、細かく振動しているだけだった。
通常のワーカーシートは、小さな機体に無理にエンジンを詰め込んでいる軽微な作業用であるから、エンジンを起動すれば、振動するのが当たり前だったが、それは、いかにも“ふるえている”ように見えた。
「おい、ケッシぃ。怒らないから、そいつから降りるんだ」ポリコックは、立ちつくすワーカーシートに呼びかけた。「お母さんも、クックも心配しているぞ」
そう言った途端――ワーカーシートは“苦しそう”に背中を丸めると、ギューン、ギューンと肩で息をし始めた。そして、見るみるうちに、機体が溶けはじめ、本来とはまったく違う形になってしまった。
「きゅ、吸血鬼になったっていうのかよ」
ビンクルは認めたくはなかったが、目の前でワーカーシートが怪物に変体したのだ。
吸血鬼になったケッシは、赤い目を光らせると、2機のアクティブシートに向かって突進した。
黒く、ヌメヌメした躯躰からは、異様な臭いが発せられていた。
レッドは、バギーを思いっきりバックさせ、吸血鬼の進路から退いた。
「クッ、この星は一体どうなってるんだ」
バギーは、後退したが、ぶつかるはずのない壁にぶつかった。レッドは、鈍い金属音に振り向くと、そこにはポリコックたちのとは若干形が異なるアクティブシートがあった。
「ちぇ、いつの間に!レッツォーのASだ」
ポリコックは、吸血鬼の突進を交わしながら、後ずさりしているアクティブシートを睨んだ。
「な、なんだ、ありゃ。バケモノだ」
レッツォーの手下の一人は、変体の一部始終を樹木に隠れて見ていたから、恐怖感でいっぱいだった。
「あんなバケモノと戦うなんて、給料には入ってないぜ」
もう一人の手下は、既にゲルドランドに向かってアクティブシートを走らせていた。
「どうするポリコック。中にはケッシが乗ってるんだぞ」
ビンクルは、“青の森”の森林をできるだけ傷つけないように行動していた。
「しかし、これでは埒があかないな」
吸血鬼は、何度も体当たりを仕掛けてきた。ビンクルのブラウマンは、2度ほど真正面から激突した。
「ビンクル、ブラウマンの装甲が!」
メナが叫んだ。
その衝撃はもとより、接触した部分の装甲が溶けはじめていたのだ。
「とにかく、ここで戦うのはまずい。境界線を越えるまで、ブースターを噴かしまくれ!」
ポリコックが号令のごとく叫んだ。
青の森を外界から遮るように茂る森の天板から、突き抜けるようにアクティブシートが、何度も飛び出しては、また、森に消えていった。
ブースターの爆音とともに、グワオーンという、身も震える雄叫びがこだました。
「リジェロのガロックとブラウマンか。一体何をやってやがる」
ゲルドランドのレッツォーは双眼鏡を構えたまま言った。
「ボス!怪物です。本物のバケモノが出やがったんですよ!」
先頭をジャンプしてくる、手下のアクティブシートから無線が入った。
「怪物だとぉ。なら、次のシティーで見せ物小屋ができるだろうに。さっさと、とっ捕まえてこんか!」
「そんな悠長なもんじゃ、ありゃしませんぜ。もう、なんたって――なんだ!――うわーッ――ザー――」
断末魔の叫びとともに無線が途切れた。
「ネロガンがやられた」もう一人の手下の無線だ。「怪物が火を吹きやがった」
確かに森の中で火の手が上がっているのが見えた。
「とんでもないものに手をつけちまった。やっぱり“青の森”はやばいッスよ」
無線で話しかけきて機体が肉眼でも確認できるところまで近づいてきていた。
レッドのバギーも、全速力で森から抜け出てきた。
そのレッドの視界に入ったのは、ホーバークラフト艦の甲板に立つアルファガインだった。
「オレのアルファガインを盗みやがったな」レッドは一直線にゲルドランドに向かいながら、ニヤリと笑い、言った。「泥棒も役に立つこともある」
そして、おもむろに左手のブレスレットを口元に運んだ。
「シンディー、アルファガイン起動。フライヤーで合流しろ!」
アルファガインの戦闘コンピュータ“シンディー”は、パイロットからの音声入力により起動するのだ。
「了解。フライヤー・モード。トランスフォーム」
「ビーラムが動き出しました!」
乗組員が報告した。
「誰が乗っている!」
レッツォーが憤慨して言った。
「誰も、誰も乗っていません。操縦席は無人です」
「そんな馬鹿なことがあるか!」
そう言うレッツォーの目の前を、アルファガインは掠めるように浮かび上がった。操縦席には誰もいなかった。
「オガーニアの力なのか?!」
レッツォーは、腰を抜かしてしまった。
アルファガインは、ヒューマノイド型から、フライヤー形態に素早く変形すると、レッドのもとに勇んで翼を開いた。
次回予告ビンクル 「でも、まだ吸血鬼とは、これからだぞ」 メナ 「どうして男の子が怪物になっちゃったの?」 ポリコック 「オガーニアの怒りかもな」 ドミニコ 「またまた。ポリさんらしくもない」 カノス 「オンブライトシェルの力が関係しているでござるよ」 メナ 「オン、なんですって?」 レッド 「というわけで、次回『光輪伝承アルファガイン』 に『フライヤーモード。チェーンジ!』 メナ 「ちょっと、オンなんとかって何よ!」 |