光輪伝承アルファガイン

 け――part3


 クックの家は、“青の森”にある小さな村にあった。

 “青の森”には珍しいアクティブシートを見るため、村の子供たちが何人か集まっていた。大人たちは、それを叱るように家に連れ戻そうとしていた。そういう声が、家の中のポリコックたちの耳に入っていたが、彼らは、クックの母親の話に釘付けになっていた。

「あの子は、ケッシーは、亡くなった前の主人の子です。もう、聞き分けがあると思い、話したのですが――まだ、早すぎたのでしょうか」クックの母親は、疲れた表情でうなだれていたが、そのまま、話を続けた。

「あの子は、それを知ると、私のワーカーシートで家を飛び出しました。3日前です。クックは自分の足で探すと聞かぬものですから、地図を持たせて、探しに出しました。リスは、地図入れです」

 クックには、別な部屋で本を読ませていた。母親は続けた。

「クックは、東の谷でケッシを見つけたのですが、ワーカーシートに乗り込むと、怪物になって走り去ったというのです」

「ちょっと、待ってくださいよ」ビンクルは、苦笑いをしながら訊いた。「どうしてワーカーシートが怪物になるんです」

「わかりません。でも、怪物になったとクックが言うのです」

 母親は、クックの言葉を疑っている様子はなかった。

「――怪物になったとして、どうして私たちの艦の乗組員をさらったりするのか、思い当たる節はありますか」

 ポリコックは、とにかくメナの行方を知る方が先決と思い訊いてみた。

「私には、さっぱり……」

「では、ケッシがよく行きそうな場所はどこですか」

「――あの子は、私に叱られると、一本水の滝に行っていました」

「“イッポンミズ”の滝ですか。それは、どこに」

 

 

 なるほど、それは、一本水の滝であった。

 それは、クックの家からさほど離れていない場所にあった。空を隠す森は無くなっていて、岩肌が目立っていた。断崖絶壁を落差100メートルで、しかし、人の肩幅ほどの細さで、細く流れる滝、それが一本水の滝である。

 ポリコックたちのアクティブシートは、崖っぷちに立った。

「ヒエー、よくこんな所に一人で来るな。ケッシって子は、よほど荒んでるのかもな」

 ビンクルが滝壺をのぞき込むように言った。

「子供には子供の事情があるんだろ――さて、ケッシくんはいらっしゃるかな」

 ポリコックは操縦席から出ると、ヒョイとガロックの頭頂部に立ち双眼鏡を構えた。

 “青の森”の外輪部にあたるこの場所からは、ヒエロント・シティーの街明かりが小さく見えた。

 双眼鏡の視野に入ってきたのは、思いも寄らない物だった。

「なんだ!レッツォーのゲルドランドだ。なんで、こんなところにいやがる」

 暗闇に下品に浮かび上がるオレンジ色のホーバークラフト艦は、カエゼル・レッツォーの所有する“ゲルドランド”だとすぐにわかった。ここから、1キロメートルも離れていない位置で、西に向かって移動している。“青の森”の境界線ギリギリを進んでいた。

「レッツォーだって?“青の森”に船ごと近づくなんて、正気かよ」

 ビンクルが驚いて言った。

「インカナディアからペナルティーを食らって余る収穫があったっていうことか」ポリコックは、双眼鏡の倍率を上げた。「――なに!アルファガインが甲板に乗ってるぞ」

「ちくしょう、戦力薄を狙って手柄を横取りしやがったんだ」

 ビンクルは、ブラウマンに背負わせたロケットブースターのスイッチに手をやった。

「今はメナを探すのが先だ。ゲルドランドは、そんなに早く移動出来ない」

 ポリコックは、ビンクルの動きを察知して言うと、操縦席に戻り、「滝壺に降りてみよう」と声をかけ、断崖にあたりを付けながら、ガロックを滑り降ろしていった。

 

 

 一本水の滝を挟んで、ポリコックたちの反対側、レッツォーのゲルドランドとのちょうど中間に位置する、森の薄くなっているあたりをバギーで進んでいるのは、レッド・ローガンだった。

「アカマツみたいだな。しかし、よく育ったもんだ」

 レッドは感心しながら、大きな根の這う地面を軽快に飛ばしていた。

 「ん?――あれか?」

 レッドは、森の中にある小さな池でうずくまっている大きな生き物を発見した。

 しかし、それは、生き物ではなく、メナたちが乗っていた人型のロボットと同じ種類であるとわかった。大きさは、メナたちの機体よりも幾分小さいように思えた。

 レッドが、ロボットに近づいて見ると、その機体は、焼けただれた、というより、薬品で溶かされたようになっていた。

 操縦席のハッチは破られていた。

 メナ・リジェロがうなだれて、助手席に座っていた。

「見つけたぞ。でも、これが、吸血鬼の正体?――まさかね、アルファガインよりも早い動きだったぞ」

 レッドは、“牢屋”から見た、光景を思い出しながら言った。

 周辺に、自分を狙っていそうな気配はなく、吸血鬼も動き出しそうもなかった。さっそく、操縦席に上がり込み、メナの頬を軽く平手で叩いた。

「ウム……」

 メナは、眠っているだけのようだった。

「おいメナ、起きろ。大丈夫か?」

 言葉が通じないことはわかっていたが、声をかけてみた。

「ウ……、お父様、お母様、助けてェ……」

 レッドはもう一度、軽く叩いてみた。

「え……、レッド?どうしてここに。私、いったい……え、そ、そうだわ。甲板に上がったら急に何かに抱えられて……そうよ、怪物よ。怪物だったんだわ。どうしたっていうの!」

 メナは、顔を掌で覆い、恐怖の瞬間を思い出し、取り乱した。

「あー、うるさい女だ」レッドは、荒療治とばかり、今度は強めにメナの頬をぶった。

「ハッ――レッド。レッドは、私を助けに来てくれたの?」

 レッドは、正気に戻ったメナの言葉に、直感的に頷いた。

「あーん」メナは、レッドに抱きつき、泣きじゃくった。

 レッドは、バギーに積んで来た信号弾を空に撃った。捕虜になったときに、メカニックマンのドミニコが面白そうに身振り手振りで説明してくれたおかげで、簡単な装備の取り扱いは覚えていた。

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