どぎついオレンジ色のプローバー艦は、夜に入って間もなく、ヒエロント・シティーの係留ステーションに入港していた。
ヴァリアボマーは、停止メンテナンス中であるはずだったが、ホバーエンジンはアイドリングのままを示す薄い黒煙が上がっていて、各部屋の明かりも煌々と点いたままだった。
「こりゃ、なにかあったな」
カエゼル・レッツォーは、双眼鏡をおろすと、いやらしく笑った。
「今がチャンスだ」そういうと、きびすを返し、格納庫に通じる有線電話を手にした。「吸血鬼部隊、出番だ。30分後に突入だ」
格納庫にだみ声が響くと、暗い格納庫の中に置いてあるアクティブシートの“目”が赤く光った。
その機体の外観は、おどろおどろしい怪物に偽装されていた。
森の中は薄暗く、樹齢もかなり経っていそうな巨木が林立していた。
アクティブシートで入っても、気をつければ頭部が大きな枝に掛かることはないほど幹は大きく延びていた。
ポリコックのアクティブシート“ガロック”と、ビンクルの“ブラウマン”は、サーチライトを点灯させ、森を進んでいた。
彼らの進む機械音に混じって、鳥や獣の鳴き声が響いた。
「ポリコック、この森のどこにいると思う」
ビンクルが周りに気を配りながら訊いた。
「さあな。でも、“青の森”の怪物なら、このどこかにいるだろう」
「こう、落ち葉が厚くちゃ、足跡だってみつからないぞ」
「ぐたぐた抜かすな。メナにもしもの事があってみろ、タダじゃすまんぞ」
「お、オレのせいにするなよ」
「そうだが……よく見ろ。足跡を見つけながら進む――なに!危ない!」
ポリコックは、ガロックの足を止めた。
「どうした!――なんだ?こんなところに」
ビンクルもそれを見て驚き、ブラウマンを止めた。
2機のアクティブシートの足下には、5歳位の少年がリスを抱きかかえるように立っていたのだ。
「危うく、踏みつぶすところだったぜ」ポリコックは、少年に話しかけるため、ガロックのエンジンを切り、操縦席のハッチを跳ね上げて言った。「おい、坊主。どうした」
「吸血鬼は、ボクのお兄ちゃんなんだ。だから……だから、殺さないで」
か細い声の少年から出た言葉は意外なものだった。
「どういうこった、そりゃ」
ビンクルも、ハッチを跳ね上げて訝しげに言った。
ポリコックは、機体から素早く降りると、少年の目線までしゃがんだ。
「坊主、名はなんというんだ?」
「――クック」
「そうか、クックか。いい名だ。クックは、“青の森”に住んでいるんだろ」
「うん」
「吸血鬼が、クックのお兄ちゃんっていうのはホントかい」
「……」
「大丈夫、それが本当なら、絶対に殺したりしないさ」
「ホントだよ。お兄ちゃん、急に苦しみだして、お母ちゃんのワーカーシートに乗ったら、怪物になっちゃって、それで――」
クックは、話しながら泣き出してしまった。抱きかかえていたリスは、人形だとわかった。
「わかった。とりあえず、家まで送ってあげよう」
ポリコックがそう言うと、ビンクルが耳元に近づいてきて「信じるのかよ、そんな話」と小声で言った。
「手がかりに成るかもしれん。とにかく行ってみよう」
ポリコックは、クック少年をガロックに乗せ、ここから数分離れたクックの家に向かう事にした。
ヴァリアボマーに緊急警報が響いた。
「今度はなんだ!」
ドルマンは、真っ赤になった目をこすりながら、ブリッジに上がってきた。
「吸血鬼が本艦に乗り上げました!」
当直の乗組員があわてて言った。
「なんだとォ!?」ドルマンは、ブリッジの窓から飛び出んばかりの勢いで取り付くと、間の前の光景に唖然とした。
「なんだあれは――あれが吸血鬼か?」
吸血鬼と言わんばかりの、牙と角をはやした獣のマスクに、黒いぼろぼろのマントを羽織り、手足の先には鋭く延びた爪まである。そういう生物的な偽装を施してはいたが、アクティブシート特有のエンジン音、背中から出る白い煙は、百歩譲ってもアクティブシートそのものであった。
そのインチキ吸血鬼は、ご丁寧にも3機、少しずつ違う形状をしてヴァリアボマーの甲板に“取り憑いて”いた。
ドルマンは、表情を驚愕から怒りに変えて、マイクを手に取った。
「どこのプローバーかは知らんが、妙なまねはやめろ!ドルマン・リジェロのヴァリアボマーと知っての行状か?」
アクティブシートは、インカナディアから遺跡発掘の委託を受けたプローバーしか所有が許されていない。そのなかで、悪事を働きそうな同僚は――どいつも、こいつも思い当たるのだった。
「ヘン、知るも知らぬも、知ったことかよ。」
吸血鬼のうちの一体の操縦士が言った。頬に傷のある、ヤサクレ男だ。
「こちとら、ビーラムを頂くまでよ」
別の吸血鬼の操縦士が言った。
「あったぞ、コレだ!」
格納庫に入っていった吸血鬼の操縦士が機体に指を指させた。
「クッ、戦力が無いことを知って攻めてきたのか。――汚いやつらだ」
ドルマンは、じたんだを踏んだが、為す術はなかった。
「アルファガインが盗まれます!」
当直が叫んだ。
「言われんでも、見えとる!」
ドルマンは、頭を抱えるしかなかった。
「あんた、ビーラムを持ってかれちまうよ」
マリーが、いつの間にか横に来て叫んでいたが、ドルマンは、かまっている余裕はなかった。
山猫のウィックスが、マリーの傍らで遠吠えをした。
吸血鬼たちは、鮮やかに、そして一方的にアルファガイン奪取を成功させたのだった。
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