光輪伝承アルファガイン

 け――part1


 インカナディアの拠点ハーブベイの港から一隻の大型輸送艇が飛び立とうとしていた。

 巨大な翼につけられた二機ずつの重力エンジンは、低い振動音を響かせ、機体はゆっくりとスロープを滑り、格納庫から湾内に着水すると、海面を進み出した。

 操縦席には、操舵手と副操舵手が並んでおり、その後ろには通信士が座っていた。

 情報局警備部長ブリアト・フォルゲンは、操縦席に向かうため、機体の通路を進んでいた。

「良さそうだな」

 窓から見える重力エンジンは、問題なく稼動しているように見えた。

 インカナディアは、ここ100年余り、惑星オガーナに点在する数々の遺跡から得た技術を現代的に昇華し、より発展させていくことにより文明を築いてきた。

 発見された遺跡から得られるものには、物理的に現象を発生させることはできても、理論的には証明されていない技術が多数あった。

 また、遺跡の中には、何のためのものかまったく分からないものも多かった。

 10年前、古代文明の遺跡跡で発見された、ある機械部品を解析したところ、それは重力を制御して運動することのできるモジュールであることが判明した。

 そのモジュールは“重力エンジン”と命名され、インカナディアの用いる移動手段として実用化されるように開発が進んでいた。しかし、その安定度は非常に悪く、未だ解明されていない部分が多いのだ。先日も、巡視艇の重力エンジンがトラブルを起こし、不時着した事故が起こったばかりであった。

 圧倒的な科学技術の進歩によって着実に文明を築き上げている、惑星オガーナではあったが、実は、それが、自ら生み出したものではないという感覚は、自然と、惑星そのものを見守る不可思議な力の存在を潜在的に信じさせていった。

 その感覚は、インカナディアにおいて、『インカナディアを育もうとする神秘的な意志が働いている』という信仰につながっていった。

「オガーニアよ。この星に安らぎを……」

 ブリアトは、言い慣れたフレーズを口にしながら、胸に手を当て、制服の上から、首から下げられたペンダントを感じた。通信士の後ろまで来ると、シートに手を掛けて、身体のバランスをとった。

「戦闘用アクティブシート五機とフライヤーが二機を借り入れた。ビーラムと交えるのが楽しみだ」ブリアトは、誰にとなく言うと、操舵士に「ヒエロントには、挨拶程度の寄り道で行く。本機は、“青の森”に迷惑のないよう、森林の外側で待機するように」と告げた。

「――ン、ブリアト警備部長、よろしいでしょうか」

 シーベル・ベクターが、操縦室の入り口をノックした。扉はなかったが、背後から話しかける礼儀としてだ。

「なんだ」

「警備部長用の新型ASの件ですが……」

「“ジーニア”に何か問題でもあるのか」

「搭載装備が変更されています」

「ロケットランチャーの件だな」

「はい」

「あれは、わたしが電磁ネットと交換させた。ビーラムに高電圧が効くとは限らんだろう」

「そうでしたか。なら問題ありません」

「ヒエロントまでは一日かかる。たまの休みと思って気楽にしているのだな」

「了解しました」

 シーベルは敬礼をすると、作戦室に戻っていった。

 そこに、本部から無線が入った。通信士が内容を司令書に素早く書き記し、背後に立つブリアトに渡した。

「なに、命令変更?“青の森”からの警護要請だと。レッツオーのバカが、“青の森”に立ち入ったのか」

 操縦室のクルーたちは、今まさにヒエロントに飛び立とうと海原で助走状態の輸送艇のなかで、任務内容の変更を耳にすることになった。

「目的地は変わらん。しかし相手が変わった。ビーラムの捕獲ではなく、“青の森”の警護になった。プローバーのレッツオーが、大型ASを持ち込んで森林を伐採したらしい。まったく、あの男の非常識さ加減にはほとほと頭をかかえるよ――最大船速で“青の森”に急行しろ」 

「了解。重力エンジン最大出力。“青の森”に向かいます」

 操舵手が復唱した。  

 重力エンジンは、徐々に高音を響かせて、青白い光を発し始めると、エンジン周辺の空気がゆがみ、その機体を水面から遠ざけていった。

 ヒエロント・シティーは期せずして、混乱の様相を呈していた。

 

 

 ヒエロント・シティーの街を歩く者の目につくのは、ヴァリアラバーズのコンサートの広告だった。壁という壁、至る所にポスターが張られていた。

 日も暮れようとしているころ、ヒエロント・シティーの係留ステーションに到着していたヴァリアボマーには、ヴァリアラバーズのメンバーに一目会おうというファンが詰めかけていた。

 夜に成り立ての空には、予定通り満月が浮かんでいた。

「ほう、結構な人気なんだ」

 レッドは、相変わらず狭い牢屋同然の部屋で、艦の一角に集う人だかりを見つめていた。

 その人だかりが、一層大きなうねりをみせ、歓声が上がった。

 甲板にボーカルのメナが顔を出したからだ。

「みんな、ありがとう。明日のコンサートはガンガン爆発しちゃうから、よろしくねッ!」

 メナは、軽くアピールしながら、大きく手を振ると、艦内に戻ろうとした。

 その瞬間の出来事であった。

 艦から少し離れたところで女性の悲鳴が聞こえたと思うと、甲板のメナに向かって大きな影が突進してきたのだ。その影が通り過ぎた甲板には、メナの姿はなかった。

「なんだ!?――この星には怪物もいるのか?」

 レッドは、その一部始終を見逃さなかった。

「大変だ!メナがさらわれたぞッ!」

「なんだ、今のは」

「さらわれたって、どうやってさ」

「さっきまで、甲板にいたぞ」

「噂の吸血鬼が出たってのかよ」

「吸血鬼だってェ?」

 ヴァリアボマーは騒然となった。

「で、どこに行ったんだ、その吸血鬼は」

 ドルマン・リジェロは、甲板に降りてくると、目撃したであろう乗組員に、心配そうに訊いた。

「そ、それが……わかりません」

「わからないとは、どういうことだ。ここで見ていたのだろうが」

 ドルマンの苛つきは、みんなにわかるほどだ。

「旦那、本当に一瞬だったんですよ」

 ビンクルが、両手を広げて、どうしようもなかったことを言い表そうとした。

「たぶん青の森です。影からして、あんな図体のバケモノが隠れられるところは、あそこしかない」

 ポリコックは、決めつけるように言った。

「――よし、捜索隊を組織しよう。ヒエロントの警備局にも捜索願を出す」ドルマンは、そういうと頭を抱え、「なんということだ。まったく、宇宙人と関わりだして、良いことがない」と、独り言を言いながら艦内に向かった。入口で、マリー・リジェロが「あんた。どうするのよ」と叫んでいたが、ともかく二人は艦内に入っていった。

「捕虜は大人しくしてろって、命令された訳でもないしな」

 レッドは、拘束用に着けられた手錠を簡単に外すと、部屋を抜け出して、格納庫のバギーを一台拝借した。混乱しているヴァリアボマーでは、簡単すぎるほどにうまくいった。

「影は確かにこっちに向かった」レッドの視線の向こうには、来る途中から見えていた青い森があった。「怪獣が五万といそうな森だな」それが、レッドの率直な感想だった。

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