光輪伝承アルファガイン

 


 乾いた空気と朝焼けのひかりの中、荒野を走る一台のバギーがあった。

 それを追うように低空で飛ぶ戦闘機、それはアルファガインであった。

 アルファガインのキャノピーは開かれたままで、にぶい風切り音をさせていた。

 操縦しているのはレッド。そして、タダでさえ狭い操縦席にポリコックが入り込んでいた。長身のポリコックの上半身は、やや冷たい風にさらされていたが、彼は、爽快感を感じているよだった。

 ヴァリアボマーは、日の出とともにあわただしさを取り戻していた。

 リジェロ一家には二つの顔がある。

 インカナディアからの委託で遺跡発掘調査を行うプローバー業と、もう一つは、ドルマンの愛娘メナをボーカルに置いたバンド“ヴァリアラバーズ”による興業である。

 今日は、明日に控えたヒエロント市でのコンサートのために移動をしなければならない。ビーラムも大事だが、コンサートによる収入も大事なのである。それは、インカナディアからも許可された行動である。大陸に点在する大小の都市の人々との交流を持つことは、遺跡発掘の際に強力を得られるという大きなメリットがある。そのため、登録された100あまりのプローバーは、旅の先々の都市で、各々趣向をこらしたイベントを開催するようになっていた。

「ヒエロントに着くまでに、振り付けとコーラスは万全にしておくのよ。ほら、ドラムス!リズムが取り切れてないわよ」

 ヴァリアボマーの甲板で、トレーニングウェア姿のメナとバンドマンたち、そして、バックコーラスの女性陣を一手に指導している細身の女から激が飛んだ。

「サイフェルト先生、今度の歌は難しいよぉ」

 メナは、腕組みをしたその女性にあまえ調子で言った。

「あなたなら歌えるわよ。ヒエロントに幸せを運ぶの。頑張って!」

 品のあるそぶりを見せてはいるが、銀色の髪と、傍らに立てかけてある杖は、実は初老の域にあることを示していた。

 ユッタ・サイフェルトは、優しさの中に厳しさをたたえながらコンサートの準備に余念がなかった。

 ブリッジの窓から、満足そうに甲板の練習風景を見るドルマンだったが、緊急警報と監視当番の声が艦内にとどろいて、その表情は一変した。

「ビーラムが来ます!バギーが追われてます!!」

「なんだってぇ、コンサートを前にして」そう言うと、ドルマンは窓から乗り出して、甲板に向かって叫んだ。「サイフェルト先生。敵がくる。艦内に非難してくださいッ。メナ、アクティブシートを出せ!ビーラムがバギーを追っているんだ」

「敵?プローバーに敵がいるの?」

「先生、早く中へ!宇宙人が仕返しにきたのよ」

 メナは、サイフェルトの杖を持ち、細いからだを支えるように艦内に押しやった。

「メナッ、気をつけろよ。おまえが怪我したら代わりはいないんだからな」

 バンドのメンバーの一人が楽器をしまいながら言った。

「人を見て心配してッ。あんたこそ、エンストなんかさせないでよ」

 メナは、素早く格納庫のアクティブシートに飛び乗りながら言った。バンドメンバーは、機関士や調理師で構成されているのだ。

「メナ、ビーラムは3人のうちのだれかを人質にとっているらしい。なんとか無事に救い出したい」

 メナは、アクティブシートの操縦席に座りエンジンを掛けならが、ドルマンからの無線を聞いた。

「(救出って言ったって)――なんとかするわ。結局、私はAS乗りなんですから。出るわよ!」

「ショックは直ってます。嬢様、気をつけて!」

 メカニックマンの一人が手を振って応えた。

「あんた、メナを出したのね」

 マリー・リジェロがネグリジェ姿でブリッジに上がってきて早々、ドルマンに怒鳴った。

「ビーラムが来る。メナしかおらんからな」

 ドルマンは大型双眼鏡を手にして、砂埃が舞う方角から視線を外さなかった。

 

 

「もう無線も使えるだろう」

 バギーを運転するビンクル・ファルマーがハンドルの脇のスイッチを回した。

「まったく、インカナディアの無線はホント調子が悪い。通信手段に関しては最悪だね」

 ドミニコ・ワンマークが不満そうに言った。

「おや、ヴァリアボマーが動き出したな」

 ホーバークラフトエンジン始動時に特有の大きな黒煙と砂塵の巻き上がりが見えた。

「おい、やばいぞ。早く連絡をとれ!旦那は勘違いしてるんだ」

 アルファガインのポリコック・キンバレンが前方を行くバギーに叫んだ。

「勘違い?おーなるほど」

「おーじゃない、考えて見りゃまったくだ。ヴァリアボマー、こちらはビンクル。宇宙人の生け捕りは成功した。繰り返す。宇宙人――」

「――生け捕り成功?どうなってるのよ、追われてるじゃない」

 無線を聞いたメナは、アクティブシートのブースターをふかすのを止めた。

「信号弾くらい持って来るんだったよ」

 ポリコックは後悔して言った。

「どういうことだ、ビンクル?説明しろ!」

 ドルマンは、マイクにかじりつくように言った。

「宇宙人とこころが通じて、ヴァリアボマーに招待しようってんです」

「なに、招待だとぉ」

「宇宙人に洗脳されたのかもしれん」

 ドルマンの脇には、いつのまにかギーノス・カノス博士が立っていた。

「せ、洗脳ですか?」ドルマンは驚いて、聞き返した。「おまえたち洗脳されたのか?」

「なに言ってるんです旦那。ポリコックがリエブの実をあげて仲間になったんですよ」

「仲間だってぇ。宇宙人とか」

「そうです。仲間になったんです。だからミサイルなんて止してくださいよ」

「招待なんて嫌だよ。宇宙人と同じテーブルにつくなんて」

 マリーは毛嫌いするように言った。

「おかみさん、それはないですよ。艦内で山犬飼っておいて」

 ドミニコが付け加えると、マリーの足下で横たわっている大型の山犬が大きなあくびをした。

「ウイックスは別だよ」

「お母さん、いいじゃない。ヴァリアボマーは宇宙から来た旅人も優しく迎える船だってさ」

 メナは、迎撃ではなく出迎えるために、ビーラムに向かっていた。

「旅人とは決まってはござらんがな」

 カノス博士がボソっと言った。 

 

 

 ヴァリアボマーにアルファガインが受け入れられたのは、もともと生け捕りにする都合があったからだった。

 ポリコックたちは気の許せる人間に見えたものの、親分らしい巨漢の男と、小さな禿頭の老人には特に警戒した方がよさそうに思えた。メナとかいう女は、とても気さくに話しかけてくるが、母親らしいこれまた巨漢の女に、自分に会わないようにと口やかましく言われているようだった。

 ホーバークラフト艦は、ヒエロントという場所に向かっているらしい。小さな窓から見える景色は、幾分緑が目立って来ているようだった。

 ――レッドは、薄暗い狭い部屋に案内されてから、固いベッドに腰を下ろしたまま、たまに外の景色を見る程度の動きしかみせなかった。

「どうして、こんな簡素な操縦席で、あんな動きができるんだろうな」

 ドミニコは、ビーラム――アルファガインの操縦席に座り込んで子供のような目をしていた。

「しかし、こうもアクティブシートと同じだと、ホントに宇宙人の乗り物なのかと疑うね」

 ポリコックは、格納庫に搬入されたアルファガインの足下から上までなめるように見て言った。

「同じなのは見かけだけ。関節の強度や駆動方式は全然別です。それにこの風防はガラスじゃない」

 ドミニコは、嬉しさを隠しきれないようだった。

「ねぇ、あなたたち。アクティブシートにかまっている暇があったら、幕の準備をしてくださいな」

「サイフェルト先生、おれたちは徹夜で宇宙人と戦っていたんだ。もう寝る時間なの」

「メナ、なんとか言ってあげなさい。AS乗りは芸術のこころがわかっていないのですから」

「先生、あたしだってAS乗りですよ。ポリコックたちには休んでもらいましょう。ヒエロントには吸血鬼が出るって話しですから、そのときは用心棒の仕事をまっとうしてもらいます」

 メナがほほえみながら言った。

「吸血鬼?あら、今日は月食なんですか」

 サイフェルトは知った風に言った。

「ほぉ、面白い話だな。月食には吸血鬼がでるのかい」

 ポリコックが話に乗ってきた。

「古い言い伝えよ。月食の日には吸血鬼が出て若い女性をさらっていくの」

 サイフェルトは、青い空を見上げて言った。

「ヒエロントでも、ここ一ヶ月で3人が行方不明になっているらしいわ」

 メナは他人事のように言った。

「ヒエロントは“青の森”に近い。大方“青の森”の怪物が街に出てきてるんだろ」

 ビンクルが話しに尾ひれを加えた。

「“青の森”の動物は、人を襲ったりしないと訊いています」

「先生、怪物ってのは人を襲うから怪物って呼ばれるんですよ」

 ポリコックがサイフェルトに教えるように言った。

「“青の森”の女王は、『怪物とは人のこころの中に巣くう魔物のこと』だと言っていました」

「え、先生、女王グリナーシャに会ったことあるの?」

 メナは驚いて、大きい声になった。

「若い頃に一度、インカナディアの晩餐会でね」

「さすがは、大陸名誉勲章受賞者だね」

「ポリコックさんたちも、もう少し芸術というものを学んだ方が――」

「あー始まった。わかりましたよ。オレのASさばきは充分芸術的だと思うんだがなぁ」

「そのとうりだ。ポリコックとおれは芸術的センスを買われて、ここにいるわけだからね」

 ポリコックとビンクルの“がさつな態度”は、サイフェルトの好まないところだったが、メナはそういった家族同然の人々たちに囲まれ、ほのぼのとした気分になって、微笑んだ。

「“青い森”の吸血鬼とやり合うことになるらしい。オレたちのアクティブシートもちゃんと見といてくれよ」

 ビンクルが、アルファガインに夢中になっているドミニコに向かって冗談ぽく言った。

「アクティブシートは怪物には向かないですよ。いっそ宇宙人にやらせたらどうです、コレで」

 ポリコックはアルファガインのボディーを軽く叩いた。

「でも、うちの艦は大丈夫だろ」

 ビンクルが面白そうに言った。

「吸血鬼よりも強い女性ばかりだからな」

 ポリコックが続けた。

「ひ弱な男性が多い世の中ですからね」

 メナが笑って切り返した。

「そのとおりでございます。――フワーァ、寝とこうぜ、ビンクル」

「そうだな。吸血鬼とやりあうには睡眠が大事だ」

 ヴァリアボマーの進路には、地平線一杯に緑が広がっていて、その先には人工的な建築物が見えた。

 コンサートを行うヒエロント・シティーである。

 緑の地平線の、ある広範囲な部分は、際立つ青さを見せていた。

 その“青の森”は、女王グリナーシャの治める神秘的な独立国家として知られていた。

 インカナディアの権力が及ばぬ、深い森に閉ざされた国で、森には巨獣が住んでいると言われていた。

 レッドは、すすんで異星人の生活に飛び込んだものの、これからどうなるのか見当もつかず、ただ、流れる景色を見るだけだった。

 

 

 轟音を響かせて砂塵を巻き上げる一隻のホーバークラフト艦。

 全体をオレンジ色に塗装した目立つ船体は、嫌味なまでに荒野に映えていた。

 ブリッジに立つガッチリとした体格の色黒の坊主頭の男は、苦虫をかみつぶしたようなしかめっ面で、船の進路を見つめていた。

「ちッ、リジェロの野郎。宇宙人の遺跡発掘の権利は逃したが、このカエゼル・レッツオー様があきらめると思ったら大間違いだぞ」というと、いきおい、手元のマイクを取ると「もうすぐヒエロントだ。宇宙人はこのレッツオー様がいただく。てめぇたちの働き次第では、AS乗りでもプローバーの資格がもらえるぞ。しっかりやれよぉ」とガナリ声をあげた。

 その号令に応えるように、何人もの荒くれ者たちが甲板で奇声をあげた。

 アクティブシートも10台は積んでいるようだった。

 なにに使うのか、艦の両側面に沿って、まっすぐに延びた大木が何本もくくりつけられていた。

 レッツオーの進む先には、ちょうどヴァリアボマーからレッドが見ていた青い森が間近に迫っていた。

 透き通った空の青さは、今晩の月食を見せる同じ天空には感じられなかった。

次回予告

メナ    「吸血鬼って、どんな姿かしらね?」
ビンクル  「きっと、5メートル位で毛むくじゃらだぞ」
メナ    「やっぱり、牙とか凄くって――」
ポリコック 「気にするな。ポリコック様がついているから」
サイフェルト「“そういう才能”はオガーナ一番ですわね」
カノス   「そうでもなさそうでござるよ」
メナ    「あ、博士も台本読んだわね!」
レッド   「というわけで、次回『光輪伝承アルファガイン』

第6話 「青の森にとどろけ」

      に『やってやるぜ!』
メナ    「そ、それって……(^^;)」
第4話 ならずもの軍隊に戻る
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