光輪伝承アルファガイン

 


 レッド・ローガンは、例の岩場に戻り、夕食の支度をしていた。

 アルファガインは人型にして、岩場の隙間に隠れるように立たせていた。

 今晩も焼き魚である。

 昼間の連中がいるとすれば、煙をあげることはできない。

 電磁調理器をうまく使って、両面がこんがりと焦げる程度に焼いた。

 レッドはあきれていた。

 日中、思わぬ奇襲を受けて驚いたのと同時に、見知らぬ星にあっても生物が戦争をする、しかも、こうも似たような武器をもっているという事実にである。

「あのマシンの形態からして、パイロットもオレと同じような姿をしているのだろう。

 重火器類も俺たちの文明に近い。

 やつらから出る機械音は、何かを燃料にした内燃機関式のエンジンを積んでいる証拠だ。

 集団で攻めてきたことを思えば、大きな組織に属して行動していることも考えられる。

 別の星から来た人間と分かって攻撃してきたとすれば、かなりやばい状況にある。

 ビームマグナムのエネルギーブリットも残り少ないし、グラビティー・マグナムだってメンテなしにそう何回も撃てない。

 この星にひとりってのも寂しいが、追っ手に囲まれているってのは、心細いもんだ」

 レッドは、独り言をブツブツと良いながら、魚の焼き加減を気にした。

 頬にあたる風邪は、昨日の夜よりも冷たく感じられた。

「砂漠の夜は寒いって、オヤジが言ってたな」

 レッドは、幼い頃聞いた父の言葉を、ふと思い出した。

 

 

 インカナディアの本部が置かれた都市ハーブベイにそびえ立つ情報局のビルには、宇宙からやってきた謎の変形メカとの交戦記録の一報が入って来ていた。

 小さな会議室にはドーナツ型のデスクがあり、3人の男たちが、用意されているイスには座らずに、壁に埋め込まれたモニターに映し出されるスライド写真に食い入るように身を乗り出していた。

 部屋の隅には、資料を畳み込んだバインダーを抱えた女性局員がいた。彼女の視線もモニターに刺さるかのようだった。

 モニターに映し出されたのは、ポリコックのアクティブシート「ガロック」のカメラが撮影したアルファガインのスライドだった。

「ほおー、ビーラムと名付けたのは良い線だったな」

「こうも自由に空中を飛びまわる。我々開発局は最大の喜びに直面したと言っていい」

「冗談は止してください。警備部はこいつを生け捕りしなければならんのです」

「当たり前だ。それが、警備部の仕事ではないか」

 警備部長ブリアト・フォルゲンは、無責任な他局の幹部の発言に憤りを感じながらも、慣れていることと、落ち着いて女性局員の方を見た。

「シーベル。地図を投影して、報告書を読んでくれ」

「はい」シーベル・ベクターは、返事をすると、スライド写真を砂漠地帯の地図に差し替えた。「報告書を読みます」とシーベルは続けた。

「――報告者、ギーノス・カノス。プローバー登録名ドルマン・リジェロと同行。

 かねてより噂のビーラムと接触。重力を制御して飛行する技術を持つ異星人と思われる。

 操縦席が頭部にあり搭乗者が見える。多分に我々と同等の特徴を持った生物と予想される。

 動力源は不明だが、赤外線の反応を見る限り内燃機関による駆動方式とは異なるようだ。

 もっとも、驚くべき点は、重力派とエネルギー弾を同時に打ち出す武装である。

 この兵器の存在は、この惑星における武力均衡を崩すものであり、脅威となるであろう――以上です」

 シーベルベクターはバインダーを閉じて小脇に抱えた。

「カノス博士の客観的な報告は以上です。リジェロには、さらにビーラムを捕獲するよう指示を出してあります。警備部も合流の上、ビーラム捕獲を完遂していきます。本日の情報はここまでです」

 ブリアトは、部屋の電灯をつけるスイッチを押しながら言った。

「重力が制御できれば、インカナディアのあらゆる技術が大きく進歩するだろう。くれぐれも壊さんでくれよ」

「そうだ、"壊し屋警備部"とは、市民の語りぐさだからな。ハハハ」

 スーツ姿の幹部たちの言葉は明かに嫌味であったが、ブリアトは「承知しております」とだけ言って、軽く頭を下げた。

 幹部たちが部屋を出ていくと、ブリアトは苦笑しながらシーベルに言った。

「卑屈な男に見えるかな」

「本心ではないと、誰もが知っております」

「疲れるよ。アクティブシートに触ったこともない連中を相手にするのは」

「野心ある者、自分を殺すことも必要だと……」

「ギガス様がおっしゃっていたか」

「――はい」

 ブリアトは「よし、捕獲隊メンバーを選抜してくれ」と言うと、部屋を後にした。

 

 

 砂漠は、すっっぽりと月明かりに照らされて、熱射を避ける小動物たちが餌を求め歩く世界となっていた。

 ヴァリアボマーは、昼間戦闘があった砂漠の地域と岩盤地帯の境界のあたりでエンジンを休めていた。

 格納庫のハッチは全開にされ、搭載してあるアクティブシート5機がメンテナンスを受けていた。

「ドミニコォ、どおぅ」

 メナ・リジェロが、自分のアクティブシートの操縦席のフロントガラスを跳ね上げて、機体の足下にいるメカニックマンのドミニコ・ワンマークを呼んだ。

「どうもこうも、飛びはね過ぎですよ、メナ嬢様。足首のショックにガタがきてる。こりゃ高くつきますよ。誘導ミサイルだって使いすぎだし、おかみさんの渋い顔が目に浮かぶようです」

「しかたないさ。ニセビーラムを捕まえるのが今回の契約なんだ。死人が出ないだけ儲けモノだぜ」

 ポリコック・キンバレンが、自分のアクティブシートの操縦席の計器調整をしながら言った。

「ポリコック、死人はないぜ。俺たちのだれかってことになる」

 ビンクル・ファルマーが、アクティブシートのエンジンハッチに頭をつっこんでいたが、ポリコックの台詞を茶化すように言った。

「あら、私は自信ありよ。ニセビーラムは確かに強力だけど。そんなに長くは戦っていられないんだもの」

 メナは、操縦席から出ると、機体の突起部分に脚をかけ、甲板に飛び降りた。

「だいたい、宇宙人って言ったって、同じ様な人間じゃない。生身の戦いなら勝ち目もあるわよ」

「生身ねぇ、そうなればポリコックの出番だ。オレとメナは、か弱いから」

 ビンクルが冗談混じりで言った。

「そうですよ。軍隊の経験があるのはポリコックさんだけなんですから」

 ドミニコが笑いながら付け加えると、そこにドルマン・リジェロが近づいてきた。

「良い考えだな。生け捕りにするには寝込みを襲うのが一番だ。やつはそう遠くへは行っていない。おそらく西側の"剣の岩"の一帯のどこかにいる。時間が経てば、次の接触もいつになるかわからん」

「お父様、と、いうことは」

「あー、そうですか。行けばいいんでしょ、生け捕りに」

 ポリコックは上の空で観念したかのように言った。

「よーし、善は急げだ。ビンクル、ドミニコ、一緒に行ってくれ」

 ドルマンは当たり前のように二人を見た。

「行ってくれって、私もですかぁ」

 ビンクルが嫌そうに言った。

「あたりまえだ。何のために給料を支払っていると思ってる」

 ビンクルは、「分かりましたよ」と肩をすくめた。

「ちょっと、旦那様。あたしはメカニックですよ。そういう仕事は……」

 ドミニコは、なんとか取り消して欲しいと懇願すような目で訴えようとしたが、

「ヴァリアボマーがインカナディアに取り上げられれば、おまえの仕事も無くなるぞ」

「そ、そんな、それじゃ脅迫じゃないですか……」

「そうだ。脅迫だ」

「大丈夫よ。私もついていくから」

 メナがドミニコに擦り寄った。

「おまえはダメだ。明後日は、ヒエロント・シティーでコンサートがある。その準備をするのだ」

「小銭稼ぎは延期しましょうよ。なんたって、世紀の発見だもの」

「小銭稼ぎとはなんだ。大事な事業じゃないか。おまえの歌でリジェロ一家の信頼も上がるのだ」

「まあ、まあ、落ち着いてくださいな旦那。ニセビーラムの運転手は必ず生きて連れて帰ってきますって」

 ポリコックがメナとリジェロの間に割って入った。

 

 月明かりに照らされた"剣の岩"地帯。

 その名の通り剣のような鋭角な岩が不規則に乱立している。

 その岩の一つに、近寄る3人の人影があった。

 岩場に隠れるようにたたずむアルファガインはまさに眠っているかのように微動だにせず、わずかな機械音も出している様子はなかった。

 機体の足下には食事に使ったと思われる食器が無造作に置かれていた。食べ残しはなく、何を食べたのかは分からなかった。

 周りの様子から、宇宙人は頭部の操縦席で眠っている様子だ。

 ポリコックは、目線と手振りで、自分が上に上がるので下はよろしくというような合図を出して、ビンクルとドミニコに指示をした。

 ポリコックは、起用に岩の微妙な突起を足場にして、あっという間に操縦席のところまで上った。

「不用心な奴だ」と、ポリコックは、キャノピーを跳ね上げて毛布にくるまって寝ている宇宙人を見て小さくつぶやくと、頭に当たるであろう部分に拳銃を当て、付け加えた。「動くな、といっても通じるかな」

「警戒心のない敵で安心したよ」

 ポリコックの耳には、何語かはわからなかったが、目の前の毛布にくるまっているはずの宇宙人が、自分の頭と腰に銃らしきものをあてがっていることは直感できた。

「ちくしょう、ビンクルたちはなにしてやがるんだ」

 ポリコックは口惜しそうに言った。

 ビンクルとポリコックは、ポリコックの指示通り、普段は使わない部分の警戒心で、周辺の些細な動きに五感を集中させていた。

 レッドがポリコックの頭に当てたのは、確かに携帯用のピストルだったが、腰に当てた方は、調理用の“おたま”の柄であった。しかし、その効果は最大限に発揮されていた。

 ポリコックは、銃で後頭部を押され、毛布のしかれた操縦席のシートに座らされた。収まりがわるかったが、一応腰を下ろすと、初めて、宇宙人の全体を間近で見ることとなった。

「本当に宇宙人だっていうのか?」

 それが正直な感想だった。宇宙人は、右手で銃口を向けたままだったが、機体の下を方を横目で見て、連れの者に知らせろと目配せをしているように思えたから、ポリコックはおそるおそる、下の方に向かってビンクルの名を呼んで、返事があると、「宇宙人に捕まった。手出しをするなよ」と告げた。

「シンディー、作成した地図を表示しろ」

 レッドは、アルファガインのナビコム“シンディー”に指示を出した。

 アルファガインの機体は、眠りから覚めるように微かな低いうねり声を上げ、コックピットのコンソールパネルの中央モニターに灯が入った。機体の下では、仲間の二人がそわそわしながら、こちらを見上げたまま、何もできずにいた。

「どうしよってんだ。宇宙人さんは」

 シートにうずくまったポリコックに、レッドは銃口を外そうとはしなかったが、その銃口で、モニターを見るように促した。

「テレビを見ろってのかい」という、ポリコックに、レッドはさらに銃口でよく見るように促した。

「わかるぜ、この辺の地図だな。しかし、よくこんな精密な地図をもってるな。――まさか、おまえさんがつくったのか」

 ポリコックは、宇宙人が自分を直ぐには殺さないだろうと感じはじめていた。だから、“初対面”の宇宙人になれなれしく質問をしてみた。

 レッドも、異世界の人間である男(に見える)の人なつこい目を見ると、なんとかコミュニケーションがとれそうだと感じていた。

「おまえさん。少なくともオガーナの侵略にやってきたって感じじゃないな」

 ポリコックは、おもむろに腰のポケットに手をいれた。同時に、宇宙人が銃口を頭に押しつけてきたが、余った手で宇宙人をなだめるように前に差し出してた。「腹、減ってんだろ。食えよ」と、言いながらゆっくりポケットから出した手には、小さな木の実らしきもの数粒あった。ポリコックは、一粒食べると、宇宙人に食べるよう進めた。

 レッドは、少しためらった。しかし、見知らぬ星で死ぬのなら、人からの施しを受けるようにして、毒を盛られて死ぬのも、宇宙軍兵士の最期らしいと思い、その木の実を摘んで口にした。

 ――甘酸っぱくて、おいしかった。

「うまいだろ。リエブの実だ」というと、ポリコックは、シートの上で体制を整えると、また、宇宙人に手をさしのべた。握手を求めようというのだ。「おれは、ポリコック・キンバレン。アクティブシート乗りだ」

 レッドは、ポリコックというらしい男のたくましい手を見ると、銃をすねのホルスターにしまい、その手を握り返した。

「おい、どうなってるんだ。ポリコック!言葉が通じたのか?」

 上の様子が変に静かなので、とりあえずビンクルが岩場を上ってきたが、宇宙人と握手を交わすポリコックを見て驚きの声をあげた。

「軍人の勘ってやつかな。仲間になれそうな気きがしたのさ」

「仲間って、宇宙人とか?」

「そうだ。ヴァリアボマーに招待してやろうじゃないか。ろくに飯も食ってないだろうに」

「招待だってぇ。ハハハ、そりゃいいね。生け捕りには違いない」

「そうだろ。俺たちは野蛮なインカナディアとは違うんだからな。な、宇宙人よ」

 ポリコックたちの会話は理解できないレッドだったが、この男たちには、言いようのない爽やかさが感じられて、この星に来て初めてこころからの笑みをこぼした。

 地平線に旭が上ろうとしていた。二つ上る太陽のうちの一つ目の輝きだった。

次回予告

メナ   「ね、ちょっと予告とかなり違うんじゃない?」
ビンクル 「予定は未定なの。でも今度は凄いぞ。吸血鬼の話しだってさ」
メナ   「季節モノってワケ?」
ポリコック「そうだな。この暑さだからな。オレのガロックにもクーラーをつけて欲しいよ。
ドルマン 「クーラーが欲しければ、いい遺跡をたくさん発掘するんだな」
ビンクル 「ひゃー、厳しいお言葉だぁ」
レッド  「というわけで、次回『光輪伝承アルファガイン』

第5話 「月食の吸血鬼」

      にGMモード・トランスフォーム!」
メナ   「あ、しゃべったわよ宇宙人!」
第3話 重力激震に戻る
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