光輪伝承アルファガイン

 


 有り余る広さの空は、今のレッド・ローガンにとっては恨めしいだけだった。

 晴れ渡る大空を自由に飛び回ることのできる飛行機を操縦していながら、得体の知れないこの土地を警戒して、砂埃を巻き上げない程度の低空で飛行していた。

 高度は、機体に搭載されたナビゲート・コンピュータの“シンディー”がコントロールしているから、パイロットのレッドは、着陸の意志がない限り操縦桿を気楽に握っていればよかった。

「あれは――オアシス?」

 前方に、岩の転がる砂漠の景色の中で、奇跡をたたえるような小さな池と、その岸に若干茂った樹木という風景を発見した。それは、まさに自身の記憶の中にあるオアシスの光景そのものだった。

「よし、降りてみよう。あの樹には実が成っている。食べれるかもしれん」

 レッドは、返事をしないシンディーに話しかけると、操縦系をパイロット優先モードに切り替えて、オアシスの樹木のそばに着地した。そして、コックピットから砂漠に駆け下りて、池の周りを探るようにゆっくり歩いていたかと思うと、数本ある樹木のうち、背丈の低い一本の下に止まって、茂った枝葉の中を見上げていた。

 すると、すぐに機体を勢いよく上ってコックピットに戻ると、戦闘機だった機体は、数秒で人型になった。

 その様子は、オートズーム機能を備えた双眼鏡でのぞかれていた。

 しかし、あまりの遠さから、双眼鏡の中の画像はぼやけていた。

「あ!巨人になったぞ」

 大型の超望遠レンズの双眼鏡を抱えていたビンクル・ファルマーが小声で言った。

「ホント。伝説のビーラムとはよく言ったものね」

 同じく、双眼鏡を構えたメナ・リジェロも小声で言った。

「別に大声出したって奴には聞こえやしないぜ」

 目の眩みそうな断崖絶壁の縁に仲良くうつぶせに並んで、双眼鏡を構えているビンクルとメナに、茶化すような言葉をかけたのは、ポリコック・キンバレンだった。2メートル近い長身のガッチリとした体格のポリコックの手には、麻袋が下げられていた。

「どうだ、ビーラムの様子は」

 ポリコックがどちらにともなく訊いた。

「オアシスで休憩中だ」

 ビンクルが言った。

「巨人になってゴアの実を採ろうとしてるわ」

 メナが付け加えた。“ビーラム”は、樹を揺すり枝になった実を落としていた。

「ゴアの実を食べようってのか、あの神様は」

 ポリコックがあきれて言った。

「搾ってジュースにするなんて知らないのよ。このあたりの人間じゃないってことね」

 メナが断定した。

「そうだな――ビーラムは、ガロックのカメラで追尾記録にした。しばらくは、ゴアの実と格闘しそうだから、こっちも飯にしよう」

 ガロックとは、ポリコックの乗るアクティブ・シートの愛称である。

 三人の後方の大きく口を開けたくぼみ収まるように彼らの乗っていたアクティブシートが3機、ところ狭しと待機していた。そのうちの一機の頭に当たる部分から延びたアンテナ状の突起の先端には、メナたちの双眼鏡よりも大きなレンズを備えたカメラがついていた。カメラのレンズが捕らえているのは、ゴアの樹を揺するレッドの機体だった。

 ポリコックが持ってきた麻袋を地面において口ひもを開くと、袋はシート状になって、その上に、丸いパンと水筒と、いくつかの小瓶が広がった。

「いやーありがたい。もう、腹が減ってたんだぁ」

 ビンクルは嬉しそうに言った。

「あーン、あたしもー」

 メナも満面の笑みを浮かべた。

 

 

 メナたちから少し離れたところに停泊しているプローバー艦のヴァリアボマーでも食事の時間だった。

 食堂では、乗組員たちが陽気に語り合いながら昼食を楽しんでいた。

そこにいそいそと入ってきたメカニックチーフのドミニコ・ワンマークは、セルフサービスのトレーをとる仕草をしながら、食堂フロアとは料理置き用のカウンター仕切られた厨房の奥に座ってパイプをふかすエプロン姿の巨漢に話しかけた。

「ねぇ、料理長。旦那さまたちは、艦長室で何話してんのかね」

「知らんね」

 巨漢の料理長は、ドミニコの興味津々な態度をわざと交わした。

「またぁ、そんなそぶりで。おかみさんだけならまだしも、博士も一緒なんだろ。何かあるに決まってるじゃない」

 ドミニコは、厨房側に乗り出して訊いた。

「どうせ、遺跡のはなしだろ。わしには興味はない」

 料理長は、またパイプを吹かした。

「ほんと料理長は口が堅いんだから」

「わかってるなら訊くな」料理長は巨体を重そうに腰を上げると「早く食ってくれよ。料理は鮮度が大事だからな」と無表情に言った。

「どうせ、冷凍食材でしょうが」

 ドミニコがあっけらかんと言った。

「ドミニコ、おめぇ、死にてぇのかい」

 料理長の細い線のような目が光った。

「とぉんでもない。オガーナで随一の料理はまだ食べてたいですからね」

 ドミニコはそう言うと、さっさとトレーに料理を乗せ、カウンターから離れた席に飛んでいった。

 艦長室では、ソファーに深く座り、腕を組んで顎髭をなでているドルマン・リジェロと、そのワキでテーブルに広げられた書類をなめるように見る、ふくよかなマリー・リジェロ、そして、きゃしゃな体に秀でた頭の老人、ギーノス・カノス博士がいた。

「するとなんですか。ポリコックたちとビーラムを戦わせようというのですか」

 リジェロの太い眉毛が眉間に寄った。

「話が違いはしませんか。インカナディアとの契約は遺跡の発掘であって、アクティブシートのレスリングではありません」

 “おかみさん”ことマリーは、カノス博士の小さな目を見て言った。

「アクティブシートを3機持ち、操縦士も一流。しかも、長距離航行が可能なのは、このヴァリアボマーを持ったリジェロ一家しかござらん。それ故に、今回のビーラムの件が高額で契約されたのでござろう」

 カノス博士は静かに言った。

「高額といっても、たかが5000万グレットです。アクティブシート1機も買えません」

 マリーが強い口調でいった。その体格とあいまって迫力充分だった。

「確かに契約金は高い。しかし、ビーラムのスペックは未知数だ。爆弾での囲い込みで充分だと思うが、どうしてここに来て格闘しろと――」

 リジェロは、冷静にカノス博士に訊いた。

「知ってのとおり、インカナディアは、今回のビーラムをソロスタニア文明とは別のものと捕らえている。遺跡ではなく、現に活動しているのでござるからな。仮に異星からの文明だとして、単体でオガーナにやって来たとは思いがたい。操縦者を生きたまま拘束し情報を得たいというのが一つ。うまくいけば、その技術を新たなインカナディアの文化に役立てたいというのが二つ。であるからして、先に言ったとおり、リジェロ一家以外に適任はいないのでござるよ」

 カノス博士は静かに、しかし整然と語り、最後にこう言った。

「この仕事は、レッツォ一家には任せられないからのぉ」

その言葉にリジェロは手のひらを返したようにカノスの手を握った。

「やります。やりますとも」

「あんた、また――もう」

マリーは、いつものこととはいえ、あきれ果てながら言った。

「レッツォーなんかにゃ、宇宙人とやりあう根性がありゃしない。必ず生け捕りにしますよ。ブリアト様にもよろしくお伝えください」

 リジェロは、ライバルのレッツォーを引き合いに出されると黙っていられないのだ。

「あんた、メナが心配なんじゃなかったの」

 マリーがリジェロに問いただした。

「メナにはやらせん。ポリコックとビンクルでやる。3機も出すことはない」

「またそんな、思いつきで」

「大丈夫、やれるさ。なんたって、最高の操縦者たちだからな」

「そりゃそうだけど」マリーは、あきらめてテーブルの資料をひとつにまとめて、「なんかあったら、金じゃ済まないんだからね」と、二人に向かってドスを効かせた。

 

 

 リジェロ一家が、レッドの生け捕りを計画して、その様子を監視し始めてから2日が過ぎた。

 砂漠の風がレッドの頬をかすめていった。以外にヒンヤリとしていた。

 レッドは、機体を人型にして、キャノピーを開けたまま少し眠ってしまったようだった。重い瞼だけをゆっくり開くと、青空を流れる雲をどれとなく追ってみた。

 戦闘機から人型に変形させて、樹木を揺らし木の実を得たものの、その味はひどく、結局、池の水を濾過器で濾して水分をとることにしていた。レッドは風に吹かれながら、こんな生活がいつまでつづくのかと、しみじみ感じていた。

「ここには人間はいないんだろうか。この星にたった一人の人間……。何をしても平気だけど、怒られることも、まして誉められることもない。人間ってのは、一人じゃ生きられないだなぁ」

 レッドはぼんやりと独り言を口にして、自分も意外に哲学者だなぁ、なんて思って、我ながら関心していた。その矢先。

  プルルルルル!

 ナビコムのシンディーが緊急警報を高らかに鳴らした。レッドは反射的に、はね上がっていたキャノピーを降ろし、重力エンジンの出力を一気にミドルパワーまで上げた。

「ミサイル接近!前方3機、後方3機、10秒後ニ着弾!形式不明、着弾時被害予測不明」

 シンディーは音声合成技術で加工された冷静な声で言った。

「ここでも戦争かよ」

 レッドは、機体を飛行形態に変形させ、垂直に急上昇させた。重力エンジンのなせる技である。

 メナたち3人は、“ニセ”ビーラムの動きがないことを確認して、前後からのミサイル攻撃を仕掛けたのだった。3人の乗るそれぞれのアクティブシートの肩には、連射式のミサイルポッドが装備されていた。しかし、そのミサイルも、まんまと交わされてしまったのだ。

「おい、有りか?!いきなり上昇できるなんて反則だろ!」

 ビンクルがアクティブシートのコックピットから乗り出し、目を丸くして言った。

「さすがは伝説の神様だ。おれたちの知る飛行機じゃなさそうだ」

 ポリコックは、“ニセ”ビーラムの動きにやりがいを見いだして、ニヤリと笑った。

「パパッたら、あんなのと闘うって知って受けたのかしら」

 メナは、少しあきれながらアクティブシートの背中にしょったブースーターを噴射させるために、足下のアクセルを踏み込んだ。

 メナのアクティブシートは大きくジャンプすると、今度は追尾型のミサイルを発射した。

 発射されたミサイルは、“ニセ”ビーラムめがけて白煙をたなびかせて飛んでいった。

「きっと、博士にレッツォーを引き合いに出されたんだろうよ」

 ポリコックも、追尾型ミサイルを発射した。

 戦闘域から離れたところに停止しているヴァリアボマーの艦橋には、戦闘中の3人の声が無線で届いていた。

 マリーは、操舵席に腕組みをして座っていたが、ポリコックの台詞を聞いて、艦長席のリジェロを嬉しそうに流し目で見た。リジェロは大きなくしゃみをしたが、何も言わなかった。マリーの隣に立っていたドミニコは、そんなリジェロを見て、喜々とした。

 アクティブシートたちが放った追尾ミサイルは、さすがにレッドの機体を捕らえていた。

「ミサイル接近。追尾型。回避不能。回避不能」

 シンディーはいかにも落ち着いて言った。

「なら、打ち落とすさ」

 レッドの機体にはミサイルが迫っていたが、余裕を崩さなかった。そして、気合い一発、シンディーに命令を下した。

「シンディー!グラビティー・マグナム!」

「了解。ジーエム・モード。トランスフォーム」

 シンディーが答えると、レッドの機体は戦闘機形態をかたどっていた翼の部分と、機体の側面の部分が瞬時に移動・変形し、ちょうど人型の形態を背中から大きな蹄鉄が腰の部分を挟み込んだ形になった。

 レッドの機体は、蹄鉄に捕まって空中を自由に動き回った。しかし、ミサイルはまだ追って来ている。

「ちょっとまってよ。このビーラム、やばいんじゃない」

 メナは厭な予感がした。

 蹄鉄に乗って飛ぶ人型になった“ニセ”ビーラムは、背骨にあたる部分に収納してあったライフル銃とおぼしき武器を取り出して射撃の姿勢をとった。

「このアルファガインを甘くみるなよ」レッドの機体・アルファガインは、迫りくるミサイルの一つに照準を定めた。腰の蹄鉄の先端が青白い鈍い光を放った。「グラビティー・マグナム、シュートッ!」レッドは勢い、操縦桿のトリガーを引いた。

 ミサイルは、あろう事かアルファガインに突進しながらも速度を落としながら、放たれた太い一条の光に粉砕された。

「なんだありゃ――と、とんでもない神様に関わっちまったぜ、俺たち」

 ビンクルが、爆破されたミサイルが空からこぼれ落ちてくるのを見ながら唖然とした。

 レッドは、自分のもとに集まってくるミサイルたちをいとも簡単にかいくぐりつつ、打ち抜いていった。

「全部落とされたのか」

 さすがのポリコックも驚きを隠せなかった。

 ヴァリアボマーの艦橋も騒然となった。

 ただ一人、艦長席の隣に座るギーノス・カノスだけは老獪な笑みをみせた。

「撤退だ。すぐに引き返せ。ヴァリアボマー緊急発進。メナたちを収容する!」

 リジェロの号令が飛んだ。

「あいよー!」

 マリーが素早く手元の数本のレバーを起こすと、ヴァリアボマーのエンジンが重低音を響かせ砂塵が巻き上がると、その巨体を地表から浮かせた。

「え、なに?――そうか!――大丈夫。ビーラムはもう弾切れよ!」

 メナは、アルファガインの動きをつぶさに見ていて、その勢いとは不自然な動作にそう確信したのだった。

「どうして分かる」

 ビンクルがすぐ訊いてきた。

「だって、腰の光が消えたし、高度も落ちてる。自由運動の幅も小さくなったわ。燃料切れなのよ」

「作戦かもしれないぞ」

 ビンクルは用心深く言った。

「どのみち、こっちもスッカラカンだ。今のうちにおさらばしよう」

 ポリコックが苦笑いをしながら言った。

 メナの推理は半分当たっていた。

「ちくしょう。ラジエターが焼けちまった。連射しすぎたな」

 レッドはコックピットのコンソールの赤いアラーム表示を見て言った。

「バッテリー消耗。作戦行動ノ継続危険」

 シンディーが警告してきた。

「やつらも撃ち尽くしたみたいだ。おれはとことん運がいいようだ」レッドはシンディーにそう言うと、一息ついて「戦線離脱。ベースキャンプに戻れ」と命令を下した。

 ベースキャンプとは、川釣りをしたあの大きな岩場のことだ。

 アルファガインは、飛行形態に変形すると、余力を使って戦線から離脱した。

「フー、行っちゃったね」

 メナがほっとしながら言った。

「何者なんだあいつは」

 ビンクルが恨めしそうに言った。

「伝説の神・ビーラム様、なんだろ」

 ポリコックが皮肉っぽく言った。

 3機のアクティブシートがたたずむ砂漠の後方の岩場から、巨大なホーバークラフト艦ヴァリアボマーの姿が現れたころには、西の空に浮かぶ大きな太陽が地平線に向かって傾き掛けていた。砂漠に夜がせまっていた。

次回予告

メナ   「ちょっとぉ、ビーラムってとんでもない神様ね。あたし死んじゃうかと思ったわ」
ポリコック「ありゃ完全に戦闘用のアクティブシートだ」
ビンクル 「違うちがう」
メナ   「なにが?」
ビンクル 「トランスファイターって言うらしいよ」
ポリコック「なんだそりゃ」
ビンクル 「あの戦闘機のことさ。ドミニコが感心するらしいよ、すごい仕掛けだって」
メナ   「あ−ッ、ビンクル、来週の台本読んだわね!」
ビンクル 「へへ、おれも乗せてもらえるらしいから、楽しみにしてるんだ」
レッド  「というわけで、次回『光輪伝承アルファガイン』

第4話 ならずもの軍隊

      にグラビティー・マグナム、シューット!」
メナ   「あんた誰?」
第2話 異星からの侵略者に戻る
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