第2話 異星からの侵略者
深く青い海原には、海風に煽られた小さな白い波が、幾重にも無数に生まれては消えていた。 眼下の水面はかなりの早さで過ぎ去っていく。 視線をあげると、自然に見上げるほどの近代的なビル群があった。 海岸線のぎりぎりまで都市が押し寄せていて、その威圧感は隆盛を極めていることを誇示しているようにも見えた。 数カ所に分かれて、小型から大型の様々なボートが係留されている場所があり、港だと分かった。 「5番に回ってくれってさ」 沿岸に近づく個人用の小型ボートを操縦する男が、大きめのヘッドホンを片手で押さえながら舵を切った。船体が左に傾き、進路が変わったことが体感できた。 「まったく、インカの港も混雑してきやがったよ。昔はもっとスムーズに入れたのによ」 男は不満げに言った。 「船長、そうぼやかんでくれ。第13期増設工事が終了すれば――」 なだめるような落ち着いた声の主は、船長の後ろの旅客用シートにいた。サングラスをして、腕を組み、足を組んで座っていた。オレンジのライフジャケットの下に正規軍の制服を着ていた。 「俺たち貧乏船も許可なしで往来できる、ってんだろ」 船長は聞き飽きたと言わんばかりに言った。 「そうだ」男は短く言葉を切った。「――それにしても、ブリアトの旦那。例の遺跡は本当に異星人のものなのかい」 船長は話題を変えながら、入港に備えて計器の確認を手際よくこなしていた。 「あい変わらず早いな」 ブリアトと呼ばれた男は苦笑しながら言った。 「船乗りたちの間じゃ、この話で持ちきりだよ。インカの情報工作なんてチョロいもんさ。そりゃ、あんたが一番知ってるだろ」 船長は嫌味混じりで楽しそうに言った。 「手厳しいな」 ブリアトは慣れ親しんだ船長の言葉にはあまり腹を立てることはなかった。 「――で、どうなのさホントのところはさ」 船長は興味津々で訊いた。 「まだわからん。デンデルビアの難破船の可能性が高いしな」 「デンデルビアって、1000年前の大船団だろ。嘘だねそりゃ。どんな隠密行動をとったって、あんな海域は通りゃしねぇ。インカの嘘はすぐばれるぜ」 「なぜそう言える。1000年も前の海図は現代とは違っているぞ」 「なぜって、ブリアトの旦那。何年情報局の役人やってんのさ。デンデルビアはエンジン航行でこの海を渡り歩いていたんだぜ。全部海図が残ってやがる。あの海域は浅瀬が多くて大型船は通らなかったのさ」 「よく知ってるな」 「あたりめぇよ。うちはもう10代続いた船乗りだぜ」 船長は誇らしげに言った。 5番ゲートが見えてきた。巨大なタンカーが何隻も収容出来そうな大きなドックだった。 小型ボートは飲み込まれるように口の中に入っていき、壁際のタラップが延びているところに接岸した。 「ありがとう船長、また連絡するよ」 ブリアトは船長にチップを渡すと、ライフジャケットを脱ぎ、グレーのロングコートをまとった。情報局特有のロングコートだ。 「へっ、旦那。もう少しましな仕事したほうが出世するぜ」 「ありがとう。ご忠告痛み入るよ」 ブリアトがタラップに渡ると、乗ってきたボートは勢い急旋回し、汽笛を2度ならして挨拶をすると気持ちよさそうに海原に滑り出していった。 ボートに軽く手を挙げて挨拶するブリアトに近づく足音があった。数人の足音だ。 足音はタラップの上、ブリアトの見上げる視線上に止まった。 「フォルゲン警備部長。お待ちしておりました」 口を開いたのは先頭の小柄な女性だった。情報局の制服を着ていた。後ろには2人の男がライフル銃を肩に掛けて姿勢正しく立っていた。 「待たせたな。また重力エンジンがトラブった。遺跡の科学力もあてにならんな」 ブリアトは多少冗談混じりに言いながらタラップをあがった。 「開発局のミランには厳重注意を促しました」 女性局員は、キビキビと応えた。 「ラディーネン・ミランは私のアカデミー時代からの友人だ。ミランは優秀だよ。あとで開発局に菓子折でも届けておいてくれ」 ブリアトは、タラップを上がりきりドックの奥に歩き出しながら、彼女の後ろにたつ衛兵に告げた。 衛兵の一人が敬礼と同時に「イエッサー」と機敏に応えた。 「シーベル。もう少し肩の力を抜いたほうが美人が映えるぞ」 ブリアトは、横に並んで歩く女性局員にそれとなく言った。 「警備部長!――私は女である前にインカナディアの情報局員であります」 彼女はきっぱりと言った。「そうだな」ブリアト・フォルゲンは、どうしてインカナディアの女性局員はこうも堅いのか、といういつもの疑問を自分に投げかけた。そして、得られた答えは「ギアス様のご趣味にはついていけんよ」だった。 「警備部長、おやめください。ギアス様に対しての失言は部長であっても法的手段に訴えるよう決まっております」 シーベルは毅然と言い放った。 「おいおい、勘弁してくれ、インカナディアは女性の趣味までは統制していないぞ」 ブリアトはさっきの船長のときとは違った意味で苦笑した。 後からついている衛兵は瞬きさえせず表情を押し殺しているかのようだ。 「それで、先日の重力振動のあった地域の報告ですが――」 シーベルは、何事もなかったかのように仕事をこなすのだった。 「ふむ、調査を行うのはどのプローバーだ」 ブリアトの一行が壁の手前で止まった。エレベータを使うためだ。 衛兵が自然に二人の前に出て、エレベータの上行きのボタンを押した。待つことなくドアが開き、衛兵の一人が中に入り、爆発物の確認をするために小さな測定器を取り出し、グリーンの光が点灯すると、ブリアトとシーベルが入り、最後にもう一人の衛兵が入ってドアが閉じられた。 「ドルマン・リジェロに向かわせました」 「リジェロ一家か。ギーノス・カノス博士のチームだな」 「はい。伝説のビーラムを目撃したという報告も入っています」 「そうらしいな。鳥と人のあいの子、伝説のビーラムか。前回の目撃例は――」 「15年前です。キュウラム火山の火口付近で目撃されています。正体は不明でしたが、焼けただれた金属片が多数見つかっており、いずれも我が星の合金技術とは別なものでした」 「カノス博士は“ニセ”ビーラムの権威だ。よい報告が得られよう」 「ギアス様もそうおっしゃっておりました」 シーベルが冷たい表情で、付け加えるように言った。 「そうだろうな」 ブリアトは、レナント・ギアスがインカナディアの上級幹部の権威を利用して、女性局員と関係を持っているという、まことしやかな噂を信じていたから、この小柄にしてグラマーなシーベル・ベクターも例に漏れず、ギアスの女なのだろうなと勝手に勘ぐっていた。 |
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