光輪伝承アルファガイン ――Bright circle Wars Alfa-gain――

  今伝えよう、誇り高き勇者の姿を……

    今語り継ごう、真実の戦士の振る舞いを……

       汝は知るべし、尊きは己の生命と、また、友の生命であること を……

 

プロローグ――時空振動――

 

 どこまでも深い黒の世界に散りばめられた星たち。

 はるかには二つの月が銀色に輝いているように見えた。

 しかし、その視界を遮る物体が真上から落ちてきた。火を噴きながら落ちて いくその物体は、全長500、幅100メートルもある宇宙生活用コロニーだっ た。

「13番コロニーも落とされた!第7小隊はKポイントまで後退。第10小隊 は指令官の護衛に回れ!」

 視界の主の耳に轟いたのは、聞き慣れた戦術指揮官の声だっだ。

「ちくしょう。負けちまうのかよ」

 視界の主は、宇宙戦闘機のコックピットにいた。第7小隊に属していた彼は 手元のレバーを引きながら小さく言った。

 彼の乗る宇宙戦闘機は、機体の数カ所から姿勢制御用のガスを吹き出すと、 推進用スラスターからひときわ大きな熱を帯びた光を放ち、指示のあったポイン トに向けて加速した。

 彼の視界に入ってくるのは、輝いては消えていくオレンジ色の無数の火の玉 だった。

 その輝きのひとつひとつが人間の生命を奪っていた。それは当たり前のよう に繰り返されていた。

 彼は、たとえ大切な親友が炎に焼かれているとしても、振り返らずに自分の 目的地に向かうことができた。

「レッド、聞こえるか。こちらスティングレー。命令変更だ。ディメンジョン ・ウェポンの使用許可がでた。3分以内で戦域から離脱しろ」

「DOW?――こんな負け戦で使うなんて。どうなってる」

 彼、レッド・ローガンはレーダーモニターをちらりと見て、戦闘機の進路を 変えた。

 その瞬間、機体を管理するナビゲートコンピューターからの警告が発せられ た。

 ――DOWシドウ。エリアカラ退避セヨ。DOWシドウ。エリア……

「なんだって、3分後じゃなかったのかよ」

 レッドは愚痴りながら機体の推進出力を最高値に高めた。

「こちらステ…ィングレ…。DOWが暴発…た。みなの幸運を…ってるぞ!」

 旗艦スティングレーの指揮官の声がとぎれとぎれにヘルメットの中に届いた 。

「暴発?!やばい、吹き飛ばされるぞ」

 しかし、レッドの機体はそれ以上加速することはできなかった。

 ――後方カラ高熱源体接近。機体ヘノ影響大。回避セヨ。回避セヨ

 ナビコムの声が発せられたが、後方から迫り来る高熱球がレッドの機体を飲 み込むのには数秒の時間もかからなかった。



第一話「見知らぬ星に墜ちて」

 レッドはまぶしく差し込んだ朝日にくすぐられるように目をさました。

 羽織っていた毛布を払うように体を起こすと、大きく背伸びをした。機密服 でもあるパイロットスーツは腕まくりされて、首周りは開襟シャツよろしくファ スナーが下げられていた。

「ふぉぁーぁ、今日も生きてたな」

「オハヨウゴザイマス、レッド。気温25度。湿度40パーセント。快晴デス 。」

 ナビコムが無機質に挨拶し、設定しておいた環境条件を告げた。

「おはよう、シンディー」レッドはナビコムの愛称を呼ぶと間を空けて続けた 。「さぁて、今日はどんな魚がとれるか、楽しみだな」

 レッドの眼前に広がる光景は、まさに砂漠であった。

 どこまでも、果てしなく続く黄色の大地。地平線はあるものの、その先には やはり地平線しかないように思えるほど広大な大地だった。

 レッドは、自分の機体をヒト型に変形させて、日陰になりそうな岩場に立ち膝状 態で座らせていた。機体は煤けてはいたものの、外的損傷はなさそうに見えた。

 機体の傍らには、食事用のテーブルとサバイバルキットが雑然と並んでいた 。

「シンディー。太陽電池の持ち時間はどのくらいある」

「168時間3分21秒デス」

「よろしい」

 レッドは、毎朝同じ質問をシンディーにしていた。答えも、いつも同じだっ たが、それを知っての質問だった。

 日照時間が12時間程度あるこの星では、電力供給を太陽電池システムに切 り替えて置けばなんの心配もいらなかった。心配なのは、シンディーが時空振動 に巻き込まれた時のショックでCPUに異常以上が発生してはいないか、という 点だった。

 時空振動の影響で、見知らぬ星に墜ちたレッドは奇跡的に生きていた。

 この星は、大気成分、気温条件、自転時間と、自分が育った地球と驚くほど 一致していた。しかし、小さな太陽と一つしかない月、そして、見覚えのない星 座は、まったく別の星に飛ばされていることを認めざるを得なかった。

 機体の損傷も長距離レーダーがまるっきり効かなくなっていたものの、通常 行動の範囲でなら問題ない。

 3日前にみつけた、ここの岩場の裏側に流れる濁った小河には、何種類もの 大小の魚が生息していて、味も我慢できない範囲ではなかった。

 ここまでくれば、逆に良好な条件を求めても誰にも咎められないだろう。

 最悪の条件下で、高性能のナビコムがあるとないとでは生き死にを左右する 。

 レッドは、機体に搭載されたフル充電の太陽電池の稼働時間を就寝前に確認 して翌朝問いかけることで、シンディーのメンテナンスを行っていた。

「シンディー。周辺地図を出してくれ」

 レッドは戦闘機で砂漠の世界を巡回して作った地図を表示させた。ヒト型に なった機体の頭部にあたる部分にコックピットがある。地図はそのキャノピーに 映し出された。変化の少ない等高線と、目印にしたいくつかの岩山が目立った。

「予定通り西側の奥に行ってみよう。昨日の夕方に見えた大きな山脈に何かあ るかもしれない。そろそろ、砂漠には飽きてきたからな」

 レッドの言葉にシンディーは応えなかった。シンディーは命令には忠実だが 、会話機能は持たされていなかった。純粋な戦術支援用のナビコムなのだ。それ でも、レッドは誰かに話しかけずにはいられなかったのである。

「よし、そのまえに釣りだ」

 レッドはコックピットから飛び出すと、機体の要所要所に足を着きながら地 面に跳んだ。


 

 黄色い大地に着地したのはヒトの10倍はあろうロボットだった。
 砂塵が舞い、小さく吹く風は、砂塵をより巻き上げた。大きなモーター音がうねり声を響 かせたかと思うと、ロボットの背中に背負うように付けられたロケットの噴射ノ ズルから煙幕のような煙が吐き出された。そのときの轟音は雷の直撃のように思 えた。ロボットは空高く跳ね上がり、数百メートル先で、またジャンプをし、そ れを繰り返しながら遠ざかっていった。

 その後ろから、同型のロボットが2機、同じようにジャンプをして続いてき た。さらに、その後方には、砂嵐を引き連れているかのような轟音と巻き上がる 砂塵を従えた大型ホーバークラフト艦の雄姿があった。

「良さそうね、ビンクル」

 2機めのロボットを操る少女が、前方でジャンプしている機体を見ながら言 った。

 二眼ゴーグルをかけていて、色白の頬と赤い口紅が印象的な少女だ。

「そうだな。ビンクルのアクティブシートはブースターの愛称が悪くて苦労し たよ」

 少女のいるコクピットに少々甲高い男の声がした。

「あら、私のだってガスってたのよ。ドライバーの腕でカバーしてるんですか らね」

 少女は無線の男に言葉を返した。

「はいはい、メナさんの言うとおりでゴザイマスよ」

 男は茶化し気味に言った。彼はホーバークラフト艦のブリッジにいた。

「ドミニコ、あまりメナを甘やかさんでくれ」

 男をドミニコと呼んだ野太い声の主は、ブリッジの中央にあるひときわ高く なった席に座るがっしりとした黒く日焼けをした、顎髭の似合う男だった。

「甘やかすだなんて、旦那、メナ嬢さまはアクティブシート乗りとしては1級 の腕前でしょうに」

「AS乗りにするために歌を習わせたのではない」

 旦那と呼ばれた男は不愉快そうに応えた。

「リジェロの旦那、メナはAS向きですぜ。ドミニコの整備でこんなに連続ジ ャンプが出来るんだからさ」

 3機目のロボットに乗る男が会話に混じった。

「ひどいな、ポリコックさんまで。おかみさん。なんとか言って下さいよ」

 ドミニコが苦笑しながら振った視線の先には、恰幅のいい婦人が双眼鏡を 手にほくそ笑んでいた。

「ドミニコは一流のメカニックだろ。ヒトの言うことに一喜一憂してちゃ、二流扱いされちまうよ」

「おかみさんまで……」

 ドミニコは最後の砦を越えられた思いだった。

「心配しなさんな。このヴァリアボマーが大地を進むのは、みんなあんたのお かげじゃないか。誰もが知ってることさ」

 おかみさんと呼ばれた婦人は、双眼鏡をおろすとドミニコを笑顔でつつんだ 。

「くっ、……おかみさーん」

 ドミニコは感極まって婦人の懐に飛び込んだ。

「なにしてんの。そろそろだぜ」先頭を行くビンクルが割り入った。「気合い 入れて行こうよ。相手は宇宙人かもしれないんだろ」

「宇宙人とは限らんさ。ただし、巨大な鳥がヒトになり、また鳥になる。神話 に出てくるビーラムと同じ存在。どのみち、わしらの獲物であることには変わり ないがな」

 ヴァリアボマーのブリッジ中央で、がっしりとしたリジェロの傍らに隠れる ように配置されたイスに座る小さな老人が口を開いた。

「カノス博士の言うとおりだ。相手が何物だろうと、そいつを捕まえて『イン カナディア』に引き渡す。それがリジェロ一家の仕事だ。いいか、生命を捨てる のは借金の返済が終わった者順だ。勝手に死ぬ奴は今のうちにヴァリアボマーか ら出てってもらう。安全第一・結果第一。気合い入れていけよ」

 リジェロが口癖のような決め台詞を付け加えた。

「安全第一・結果第一」

 ジャンプで進行するロボット=アクティブシートに乗るビンクルとポリコッ クが復唱した。 2番機のメナは黙ったままだった。メナの人生の中で、この復 唱は一番恥ずかしい瞬間なのだ。

 3機のアクティブシートとホーバークラフト艦ヴァリアボマーの進路の先に 広がる光景は、まさにレッド・ローガンが時空振動の影響で「不時着」した砂漠 地帯であった。

 

 

第2話「異星からの侵略者」に進む