2015

2月

2月1日(日)

 1月30日に降った雪は、朝から午後まで降り続いたものの、湿った重い雪で積もる事もなく、牧馬でも10センチあまりの積雪で終わった。どうも昨年の大雪の記憶があるせいで、雪が降り出すとヒヤヒヤしてしまう。
 道路の除雪の出動も早かった。その日の夕方には大きな道路の除雪は終了していた、もっとも、これは積雪がたいした事がなかったので、除雪作業が楽だった事も早さの理由だろう。

 とはいうものの、牧馬峠の北斜面側の道路とか、除雪しても残った雪が解けずに残って凍り付いたりしている。車を運転していても、いきなり雪が解け残った場所に出くわして驚く事も多い。たいがいそんな場所は、丸一日、日が当たらないような所だ。

 昨年の大雪は2月8日と14日。まだまだ油断はできないね。
 面白いのは、昨年の大雪でびっくりしたのか、除雪機を買った人が藤野にもけっこういるらしいという事。あの集落では二人、あの集落では一人、除雪機を入手した人がいる・・・という話をちらほら聞く。
 藤野に必要かなぁとは思うけれど、市の除雪作業が入らない山道を持っている人とか、駐車場とか広い敷地を使っている人には、必要な装備かもね。

 欲を言えば、夏は農作業用の機械として使えて、冬は除雪に使えるような機械だったら良いんだけど。

スイセンの芽

 イスラム国に日本人二人が人質に捕られた事件は、悲劇的な結末を迎えたが、この事件には奇妙な既視感があった。
 それが何かなと考えて思い当たったのが、福島の原発事故と、その後の政府やマスコミや世論の混乱ぶりの事だった。

 そう考えてみると、いろいろ類似点がある。危険性はあるけれど悲惨な事故は無いという前提で進められてきた原発と、現政権が進めようとしている、海外にも派兵できるような軍備拡張路線。しかし、いざ深刻な事故や事件が起きると、それに対して有効な対応策を持っていない。
(あの二人は自ら危険地帯に入ったので政府の責任では無い、という自己責任論も相変わらずあるが、この場合あまり意味は無い。どこか安全と思われる国で誘拐されて、危険地帯まで送られる場合も想定できるからだ。)

 この連想を今後の展開にも応用すると、こんな感じだろうか。政権の中には、こんな事件が起きた「からこそ」、人質の救出に自衛隊を派遣できるようにすべきだと言う軍備拡張路線の人も多いだろうが、結果的には、あまり中東の事にはちょっかいを出さずに、中東諸国にもイスラエルにも、どちらにも肩入れしない程度の、昔ながらの外交の定位置へと戻るきっかけになるのではないか。

 日本人だって、この事件をきっかけに「国民一丸となってテロとの戦いに突き進もう」という感じじゃないしな。原発よりも安全なエネルギーがあるように、軍備拡張路線よりも安全な世界平和の建設法もあるかもしれないし、できればそっちの方が良いなぁ、とね。
 満ち潮が引き潮に変わる峠の事件だったのかもしれない。

湧きあがる雲

 まあ、連想はいつだって危険だ。今回の事件とその構造が、福島の原発事故に似ていると感じたのは私の個人的な印象に過ぎない。なので、上に書いた「今後の展開」も、あまりアテになるものではない。

 ただ、これは自分でも正しい認識なんじゃないかな、というのがある。
 日本は、何も世界を相手に戦っている場合ではなかったはずだ。国内の、事故を起こした原発と放射能汚染という「敵」に苦しめられている人々が、既に大勢いるのである。政府はまだこの事故を起こした原発に対して勝利していない。
 中東では親兄弟を殺された恨みが更に強い恨みとなって殺しあう修羅場が続いている。そんな場に足をつっこむ余裕なんて、はじめから日本には無かったではないのか。

 何よりも、今の政権は国内に敵を作る数の方が、味方を作る数よりも多い。小泉政権の「あいつは抵抗勢力だ」という魔女狩り的手法がその後も続き、本来は政権を共に支えてきた仲間を生け贄にする形で安っぽく切り売りしながら、権力を延命してきた。最近は農協を魔女狩りにしようとしたけど、これは逆に農協に噛み付かれて政権の方がたじろいでいる。

 権力は、しばしば国民に対して「国民一丸となって」とか「心を一つにして」とか訴えるが、バブル崩壊以来、やってきたのは国民をまとめる事ではなかった。国民の一部を「あいつは敵だ」と名指しして分裂を進めてきた。
 国の内側がこうでは、国の外に対して、どうこうできる状態じゃない。

山の雪

 自分がこのバカ日記で、たびたび持続可能社会について考えているのは、人々を分裂よりも、まとめていく手法の一つが、そこにあると思っているからだ。
 衣食住やエネルギー、仕事や教育や福祉が、自分達の素朴な力で持続可能で、災害や社会の変化で困った事に直面しても、しなやかな問題解決能力を持った世の中のありかた。

 そんな世の中の形ができて、世界中に散らばれば、この世の暴力はだいぶ減るだろう。

2月8日(日)

雪の中

 立春の翌日の2月5日に雪が降った。始めは大雪が心配されていたけど、1月30日の雪よりも少なめで終わった。湿った雪で解けるのも早いが、山の北斜面の雪は、これからだいぶ先まで残るだろう。

 この辺り、関東の南部の山間地の雪は、ちょっとした標高差で積雪の具合がかなり違ってくる。山から少しふもとに行けば、ほとんど雪が残っていなかったり、雨しか降っていなかったり。遠くから山を見れば、雪になった所と雪にならなかった所の境界線が明瞭に判って面白い。

 シーゲル堂では1月の冬季休業を終えて、営業を再開しています。今月の企画展は、木工と織りの作品です。
こちら>>

 3月は私が企画展で参加するんですけどね。今、いろいろと水彩を描きためていますが(例えばこんなのとか)、間に合うだろうか。

 イベントだらけの藤野でも、冬はさすがに数が少ない。でも2月も半ばになってくると、春のイベントの企画の話が次々と出てくる。たとえばこれ。なんだか面白そうな講演が二つある。

ちょっと珍しい講座があります!
こちら>>

 一つは、『未来への夜話〜食・農・環境〜vo.1「神道とエコロジー〜自然に優しい宗教の条件〜」』。もう一つは「半農半 X を提唱する塩見直紀さんと” 藤野の仕事と地域経済”を考える」。
 なんか、こういう企画を次々と自然発生してくるあたり、藤野もパワーのある地域になったと思った。

丹沢を望む

 例の人質事件で、「自分で勝手に危険な土地に行って危難に陥った人間は、自己責任の自業自得なんだから助ける必用は無い」という意見が世論にあった。しかし・・・

 例えば、「あの山は危険だから登ってはいけない」と言われている山に、あえて登り続けている人がいたとする。ある時、旅客機がその山に不時着して、乗客を助けなければならなくなったとき、この人の経験と知識は役にたつだろう。
 あの事件では、二人とも自ら危険地域に乗り込んで人質になったわけだが、これが、安全だと思われていた国で誘拐されて危険地域まで送られて人質に取られた場合はどうだろう。
 常日頃から、その危険地域に出入りしながら、その地域の有力者とも顔なじみの日本人がいたら、情報収集にせよ、相手との交渉にせよ、いろいろと心強いのではないか。

 何が言いたいのかと申しますと、あえて危険な土地に行く人、またはもっと意味を広げて、あえて危険な事にも手を出す人と言うのは、いざという時に役に立つという事です。

 逆に、全ての人が、危険な事には手を出さない(出したがらない)人だったら、安定した日常であれば大過なく終われるかもしれないが、日常が非日常に変わるような事態になった時には、全員が役に立たない人になってしまう。

雪の朝

 もっとくだけた例を出せば、もしあなたがフグを食べたのなら、あなたは、あえて危険を冒して、時には犠牲になった人々に感謝しなければならない。飛行機に乗るのなら、グライダーの実験で事故死したリリエンタールに感謝しなければならない。
 この世の中が、行儀良く、平均的で、親や学校や地域や国が言っている事を、疑う事も外れる事無く守り通す人間ばかりで出来てきたと思ったら間違いだ。もしそうだったら、この世に進歩は無かっただろう。

 世の中には、少々たがの外れた人間はいる。そういう人間は、時には普通の人ならしないような派手な失敗もするだろうし、世間に迷惑もかけるかもしれない。
 ただ私は、「時には、こういうお人でないと出来ない仕事もあるんだろうな」と思いながら、受け入れるのが健全な市民社会のありかただと思う。まあ限度はあるとは思うけど。

 「多様性を認める社会」というと、大概の人は「それは良い事だ」と賛成する。
 でも多様性って、標準から外れた人も認めるという事でもある。自分とは趣味や嗜好が違う人の行為も、少々気にくわなくても許容する事でもある。多様性を認める社会の市民は、そんな器量や我慢強さが求められる市民でもある。

 この事は、もっと人々が、社会全体で共有する認識として考えておいた方がいい。さもなければ、社会は自浄能力を失って衰退し、袋小路に自らはまり、そこから出る力も無くなってしまうだろう。

谷間の雪

 誰も冒険する人がいない世の中というのは、正常だろうか。そして、持続可能だろうか。

 深い山奥に、隔絶されたような小さな村があったとする。そこに住むすべての人が、村のしきたりを全く疑う事無く従い、すべての人が村から一歩も出る事無く一生を終えていたら、平和かもしれないが進歩はない。
 しかし、ちょっとタガの外れた人間が現れて、村のしきたりにも疑問を呈して、時には村から飛び出して外の世界を知る人間が現れると、村は混乱するかもしれないが、新しい風が吹き込んでくる。

 それは新しい農法かもしれないし、新しい薬草かもしれない。それまで村ではゴミだと思っていた品物が、よその地域では高い値で売れるという発見かもしれないし、逆に、村では大変な労力を使って得ていたものが、よその世界ではタダ同然で存在していたという発見かもしれない。

 冒険する人がいない社会というのは、そこに住む人々の視野が、どんどん狭くなっていく世界でもある。視野が狭くなったあげく、自分の住んでいる社会だけが「まとも」だと思い込んでしまい、「実は病的かもしれない」という可能性の存在すら考えられなくなってくる。

 人々がこうなってしまうと、その社会は持続可能性を失ってしまう。社会の持続可能性は、その社会に自浄作用があるかどうかで決まってくるが、自浄作用には、「村から出て、村の外から改めて村を見る」ような人間が、不可欠だからだ。

2月15日(日)

舞う雪

 2月9日(月曜日)に北から寒気が降りてきて、牧馬では風花が舞った。普通は冷たい季節風が吹くと乾燥した晴天が続くのが関東だが、急に寒気が吹き降りてくると山では雲が沸き起こって、軽い雪を降らせる。晴れているのに雪が風に流れてくるので、陽を浴びるとキラキラと光って綺麗だ。
 翌朝は、この冬のなかでもひときわ厳しい冷え込みになった。

 2月13日(金曜日)も寒気が吹き降りてきて、この日は強い風が吹き荒れて、厚木では竜巻きが起こったらしい。なかなか、心も体もなごむような春の気配は訪れない。さすがに、陽はだいぶ長く、高くなってきたけれど。

 昨年の10月の日記で紹介したヤギに、子ヤギが生まれた(下の写真)。とても可愛らしく、これならペットとしてヤギを飼いたいという人が現れても不思議じゃないなと思った。
 ただなー、可愛い子ヤギもたちまち大きく成長するだろうし、ヤギの中には気性の激しいのもいて、スキあらば飼い主に頭突きを食らわそうと襲ってくるのもいるけどな。

 それにしても最近は、ヤギやら馬やら鶏やらを飼うのも、昔ながらの地元の人よりも、山里の暮らしに憧れて藤野に移り住んできた人の方が、多くなった気がする。

子ヤギ

 昨年の年末に、保守とか革新とかについて少し書いた(こちら>>)。それから後になって、こんな事を考えるようにもなった。
 そもそも、ここ200年から300年くらいにかけて、全世界的に、「保守」の存在は許されなかった時代ではなかったのか。すべての人が革新的でなければ淘汰される時代だったのではないか。

 蒸気機関の発達、石炭の利用、製鉄の発展。電気の利用は人類に高温だけでなく低温も自由に使える世界を作り、電波の利用は遠隔地との通信を可能にした。
 錬金術の時代とは比較にならない程に物質の世界は解明され、アルミのような新しい素材も続々と開発され、写真のような新技術も生まれた。
 夜は明るくなり、地上も海も空も乗り物が行き交い、高いビルが聳え立ち、人々の暮らしも大きく変わった。

 たぶん、奈良時代の人を平安時代に連れてきても、室町時代の人を江戸時代に連れてきても、それほど精神的な衝撃を受ける事無く、その時代に馴染む事は可能だろう。しかし、江戸時代の人を明治時代に連れてきたり、明治時代の人を昭和の時代に連れてきたらどうだろう。
 慣れるのに大変な苦労をするか、慣れる事もできずに精神的に参ってしまうのではないかと思う。

 親が子の世代の生活様式を理解できず、子が孫の生活様式を理解できないような時代の変化の早さ。前の世代の暮らし方が、たちまち時代遅れになってしまって、まったく顧みられなくなって見捨てられる世の中。
 これは、時代そのものが、保守的であることを許さなかったと言えるのではないか。

谷の朝

 別の見方をすると、この時代の人々は、たとえ物理的な意味では土地の移動はしなくても、「時間」という船に乗せられた漂泊の民だったとも言えるかもしれない。
 ただ、21世紀になると、どうもその船から降りる時期に来たような気がする。

 もちろん、これからも科学技術の発達はあるだろうけれど、それによる生活の変化は、これまでのような「生活そのもの」を変えるものではなく、生活の質を変える程度のものになっていくのではないかと私は考えている。

 例えば、自動車は今後もあるだろうけれど、動力が内燃機関から電気になったり、自動で運転するようになるような変化。電話も今後もあるだろうが、外国の人と会話するのでも、電話の中のコンピューターが自動で会話を翻訳してくれるような変化。
 医療も今後もあるだろう。でも、その場に医者がいなくても、遠隔地から医療ロボットを通信で操縦して患者を手術してしまうような変化。以下の動画は4年前のものだけど、今の技術はここからどれくらい進んでいるんだろう。

サイエンスニュース2010「科学技術政策ニュース」
(40)ライフイノベーション 遠隔医療 研究の現場から
こちら>>

 同様に、遠隔地の工場で機械が故障した時でも、技師が現場まで直しに行かなくても、現場にあらかじめ配置してあるロボットを遠隔操作して、直せるようになるのだろう。
 科学技術は進むが、人や物の移動は少なくなり、静かに静止したような世の中へと進化していくのだろう。これを寂しい変化と考えるか、今までが慌ただしく騒々しすぎだったと捉えるべきか。

夕陽の頃

 ここで、何をもって保守とするか革新とするかで混乱が起こるだろう。

 この200年から300年の間が、すべての人が革新的な変化に対応しざるをえなかった時代だとすると、これからは、生き方の根本を変えてしまうような時代は終わり、表面的な変化に乏しい静止した世界になっていく。もちろん、その内側では、科学技術の質的な向上は続いているのだけど。
 また再び、100年経っても200年経っても、それほど世界に変化が(表面的には)見られない時代が来るかもしれない。

 ビルも無く、人や物が高速で移動する必要も無く、あまりエネルギーも使わない世の中が、変化も無く静かに続く世界。
 今の所、こういう世界に移行するのを嫌がっている勢力は、「保守」を自認する人々のように私には見える。保守的な人間ほど、これまでのような「親が子の世代の生活様式を理解できず、子が孫の生活様式を理解できないような時代の変化」を保ち続けたいと考えるのだろう。

 しかしそれは、真の意味で保守的な態度なのだろうか。

2月23日(月)

山の雨

 2月も下旬になると天気の移り変わりが早くなる。週に二回くらいは雨が通過する感じだ。その雨も、冷たい雨というよりも、南の暖かい空気を含んだ、山の雪を溶かすような雨が降る。梅の開花の話も聞くようになった。
 次は杉花粉の勢いが増してくる時期でしょうか。

 先日、政府が空き家対策の指針として、「どこからが空き家か」を決める判断基準を打ち出す予定、という話を聞いて、ああ、そこまで来たかと思った。どうも、「1年間に渡って使われていない」という基準で、「これは空き家だ」と決めるらしい。

 一口に空き家と言っても、いろんな段階があるからなァ。私が住んでいる山里では、一見、空き家に見えるけれど、その家に住んでいた人や御兄弟は、山里よりも少し便利な都市部に、短距離の引っ越している場合が多く、山里の家もそれなりに使っている事が多い。
 春から初夏の山菜採りに来る時に使ったり、御盆やお彼岸の墓参りの時に御兄弟が集まる時に使ったり。定年退職後は、また山里の家を別荘として使って、畑仕事とかを楽しもうと考えてたり。

 その一方で、かつての住人の、単なる荷物置き場になっている家もある。こうなると、その家の持ち主も滅多に来る事も無く、家がいつのまにか痛みが進行していても気付かないようになる。
 昨年の大雪とかで、一気に屋根が壊れたりした家というのは、たいがいそんな家だ。

光る小枝

 藤野ではまだそんなに見ないけど、都市でも地方でも、酷い空き家になると崩壊寸前のような、隣近所の人々に危険が及ぶような家も多いそうな。今後こういう家は、所有者に対して解体するなり修理するなりの命令がされるようになるみたいだけど。
 「そんなお金はないよ」と言う所有者も多いだろうな。

 こうなってくると、安くてもいいから家を使ってくれる人がいると有り難い、と考える空き家の所有者も増えるだろう。場合によっては、「自分で修繕して住むのならタダでもいいよ、というか、あげる」という家だってあるかもしれない。
 これから、不動産価格の世界に、少し混乱があるかもしれない。

 全国各地の空き家情報をまとめたサイトがあるけど。

空き家バンク・住まい
こちら>>

 ためしに関東地方の空き家情報を見てみたら、関東各県の空き家情報のサイトが集められているけれど、東京都と神奈川県には該当するサイトがないみたいだ。
 これは、東京都や神奈川県は、まだ空き家問題と人口減少問題に対して、余裕があると言う事でもあるのだろう。これらの問題に厳しく直面してきた所は、ずっと前から取り組んでいる。

オオイヌフグリ

 そういえば以前、こんなサイトも紹介したな。

田舎スタイル 物件一覧
こちら>>

 空き家の物件に混じって、使われなくなったペンションの情報もある。一見、安い価格だけど、維持したり修繕するだけでも大変なのだろう。

 土地バブルが崩壊して20年以上経つ。この空き家の問題は、そのバブル崩壊の最後の仕上げなのかもしれないな、と思った。
「とにかく、土地に建物を建てれば資産になる」、そんな気持ち自体は、バブルが崩壊しても存在し続けてきた。でもいよいよ、土地にしろ建物にしろ、実需を超えた供給は、いずれ価値を失い、「身の丈に合った経済」のレベルにまで縮小していく段階にまで来てしまった。

 まあ、これからもバブルに期待する人は多いだろう。だいたい、政府の政策自体、むりやり金を注ぎ込んでバブルを誘発したいという20年あまりの歴史だったし、今もますますそうだ。
 しかし、この空き家対策の事を思うと、どんなに政府がバブルを望んでも、歴史的必然の流れには逆らえないものなんだなァと思った。

 それに、「歴史的必然」は何も作り過ぎた家だけの話では無い。作り過ぎた「お金」だって、全世界的にその価値を目減りさせ続けている。
 お金はある。しかし、その投資先(使い道)が無い。

夕暮れ

 家であれ、お金であれ、今後ますます上手に使える人が重要になってくる。その「上手な使い方」も、一軒の家を10軒にとか、1億円を10億円にとか、単に増やせばいいという量の拡大は通用しない。じゃあ、これからの「上手な使い方」とは、どういうものなのか。

 やはり、量の拡大よりも質の充実、物質的な価値よりも精神的な価値に重きを置くような使い方になるのだろう。

 精神的な税金の使い方って、どういうものなんだろうね。