10月31日(水):
 二日酔いはないが、睡眠不足。
 また通勤電車で白い粉を播いた馬鹿がいて、ダイヤが乱れた。少し体力的にも気分的にも余裕があり、もう少し新聞を読んでいたいな、というときにやってほしいものだ。しんどくて早く職場の席に着きたいときに限ってこういう騒ぎが起る。
 調査手順を画面のハードコピーを貼り付けながらの作業。単純作業でしかも長いため、居眠りして下さい、とでも言わんばかり。一日中、睡魔との闘い。
 今日で現担当者が身を引くため、明日からは僕の技術不足のために苦しむことはあっても、人間関係の軋轢に苦しむことは少なくなる。これが何より嬉しい。そして技術は苦しめば苦しむほど、僕の成長の糧になる。昨日の宴会で、プロジェクトの総責任者が僕への期待として「血反吐を吐くまで働け」というお言葉を賜った。血反吐を吐くのはお断りだが法螺を吹くのなら任せておいて欲しい、と言った。実際にそうなるのは嫌だが、多少苦労するのは厭わない。こういう苦しい体験が、作品の血となり肉となることに最近、ますます気付いてきている。現担当者様、面白い人間模様を一月間、勉強させていただきありがとうございました。
 帰宅途中、不動産屋に寄り書斎の契約更新。あと二年はここと自宅の自室で執筆ができる。多分、仕事で押されて書斎に訪れる機会は減るだろう。しかし仕事中にメモを残すくらいのことはできる。自宅でまとめて、書斎でトライアル・アンド・エラーを繰り返してみるのも良かろう。
 机も暖房器具もない、一時期は気持が離れた書斎も、今はまた愛おしい存在となっている。

10月30日(火):
 昨日の調査の報告資料作り。あらかた問題点や実際にその機能を使う場合の注意点などを洗い出しておく。これがまた結構な量だ。
 夜、歓送迎会。現場の人たちだけでもややこしい(お客様の社員として派遣されているため)のにこれにエンド・ユーザ様まで参加された。無礼講とはいうものの羽目を外し過ぎてはいけないし、それなりに羽目を外さなければならないし。気を遣ってなかなか酔えない。こういう席ではある程度酔わないと、後で大変なことになる(二次会〜三〜四次会、酔わないでいると気取っているように見られる)。接待系宴会は随分こなしてきたが、やはりいつまでたっても難しい。
 お客様の、つまり一応、僕がそこの社員だということになっている会社の若い者が一人、羽目を外し過ぎて大爆発を起こした。なんだかんだと僕に興味を持って絡んできたが、僕には彼を嗜められない。ほんの少し前までの僕を見ているようだった。たった一言、そんな風じゃ将来、僕程度の人間にしかなれない、と注意すると「僕は霧小舎さんみたいになりたいんです」。宴会が始まるまで一言も口をきいたことのない奴が何を言ってるんだか。今からでも考えを改めるが吉。
 ちなみに一次会はちゃんこ鍋。現場のリーダーと、もう一人が同じ席だったが、三人が三人とも大飯食らいときたもんだ。鍋が来てからものの十分で空になり、他の席へ荒しに行く。案外、皆、食べないので料理が残らず有り難がられるのも不思議だ。僕は二次会までで帰宅。もう少し早い時間だったら、行き付けのショットバーで一休みして帰ったのだが。
 仕上げのバーボンの代わりに、自宅でコーヒー。

10月29日(月):
 眠いけれど出社。朝一番で現場のリーダーからある要件に対応する機能の仕様と現在、その機能がどこまで手を加えられているかの調査方法を訊ねられる。少し、コンサルっぽい仕事ができるようになってきた。
 午前中、事務処理等々。現場のリーダーからまたもや調査依頼。本当は午前中は帰社作業している現担当者に頼むものだが、僕の腕試しと、現担当者がいつこちらの現場に来るかわからないその保険とを兼ねてのことのようだ。
 午後、少し経ってから現担当者の電話が入る。急な会議が入って現場に来るのが遅れるそうだ。リーダーが電話を切るなり「遅れようと何しようとやることやってくれたらそれで良いんだよ」と言い捨てる。そして僕に向かって「両方に挟まれて結構、つらい立場でしょ」。わかってるんならもうちょっと配慮してくれよ。
 また少し経つとお客様先待機のメンバーから電話。今日、郷里の本社に戻っている一人が明日、高崎まで面接に行くことに決ったという。残り二人も一緒に面接を受けるという話だったが、スキルや専門分野がエンド・ユーザの期待と違うので難を逃れたらしい。皆、大阪を中心とする関西圏からわざわざ来ているので、できるだけ東京駅に近いところでの勤務を、とお願いしているのに。大阪のマネージャーと、東京の営業担当に事前連絡なしでこういうことをやられて良いのかと問いつめておく。東京担当リーダーに直接話を持って行かず、僕を信頼してくれて、僕に判断を仰いでくれたのはちょっと嬉しい。しかしメンバーがそうやって頼ってきているのに一緒になっておたおたおたおたしている。ちょっと情けない。
 現担当者が夕方来て、僕が途中までやった調査を小一時間で片付けてしまった。自社の回線に繋ぎきちんと諸々の環境が整った条件で動くかどうかの調査をしただけで、本当はこれから資料を作って、問題点などを見越すことが必要で仕事は雑なのだが、やはりいくら嫌いでも技術にかけては認めない訳にはいかない。仕事の立場と個人的な付き合いは思いきり割り切る。
 ブラジル版税制対応システム構築に向けて、来月からスポットで参加するブラジル人の方を紹介された。ポルトガル語と英語しか話せないらしい。ブラジル対応は僕のメインの仕事になる。ビジネス英語の勉強になる、と喜び半分、緊張と不安が半分

10月28日(日):
 午前中、爆睡。
 午後、午睡。蒲団に籠ったまま、本を片手にうとうと。書斎の寿命が延びたことで急に気が抜けた。今日のこの天気でまだ荷物を運ばなきゃならんようだったらどうしようかと思うとぞっとする。
 夜、なんとなく起きて動いてみる。ここ二日ばかり解けないで先に進めなかった詰将棋の問題がすらっと解けて気持よい。作家生活11月復帰に向けて、今は身体を休めておくことにしよう。

10月27日(土):
 昨夜の電話機の設定のミス、電話器をいじっていたら結局、故障してしまった。大騒ぎせずゆっくり操作マニュアルを探してからちゃんとやっていれば壊れずに済んだのに。父が電器屋を呼ぶか持って行くかして代替機を借りてくれたようだ。
 というのも僕は熟睡で目覚めることがなく、昼飯時を迎えた。
 昼食後、家のローン分と生活費をおろしに行き、その足で書斎の件で不動産屋に寄る。他所の物件は断念し、引き払う旨伝えるつもりが、不動産屋(でもあり大家でもある)と地主さんとの事情で、もう少し建て替えを延すことにしたそうだ。ついては修理費などが嵩むので家賃を少し値上げをするが、引続き借りても良いことになり、僕も同意。月末に再び訪れ、2年の契約を結ぶことにする。
 帰宅して自室の荷物整理。書斎の荷物を運んでくる必要はなくなったが、またいつ引き払ってくれと言われるかわからないし。力が抜けてしまった。
 机と炬燵は捨てなければ良かった。執筆の主戦場を自室と書斎、どちらにするかまた迷ってしまう。結局は書斎になるのだろう。ゆっくり書斎の立て直しと、移動時に大騒ぎしないで済むような方策を練り始める。またいつ立ち退きだ長期出張だ、となってバタバタしたくない。いづれ結婚もするだろうし(具体的な予定は丸っきりたっていない)。

10月26日(金):
 目覚し時計の電池が切れかかっていて、アラームが鳴らなかった。少し寝坊。何故か現場に着いたらいつもより早かった。今日は電車に遅れがなかったせいだろう。この一月、使う3線のどれかが必ず遅れてくれた。
 今日は何をやっても途中で邪魔が入り集中できない。朝の星占いで粘りが大事、なんて言ってたからたぶんそうなのだろうと思い込みとにかく粘る。何しろ、引継相手の担当者が二日酔いで午前半休しているし。だから何故、現場のリーダーは、彼が休むと僕に怒るのだろう。知らないぞ、あんなおっさんのことなんて。
 午後、現担当者から今週の初めでまとめ終えた調査資料のレビューをやろうと言われたが、途中で上司が来て業績評価の予定が入っているからと断る。だから午前中から来いってぇの。
 引継資料の分析が調子に乗って来たら上司から電話。近所の喫茶店で話し合い。まあいろいろな事情を教えてもらった。要するに僕の思う通りに動いて良い、というかもう少し聞こえの良い言葉を使うと皆が自主的に動いてくれないとチーム運営がまわらない、ということらしい。今の現場も僕の目標とするスキルアップにつながらないのだとしたら、現在の最低限の契約で抜ける方策を考えると言われた。そこまで自由度が高いのなら自己裁量、自己責任で動いてみるしかない。営業のミスと戦略のせいだとはわかっているけど売上の見栄えが悪い点と、能力評価が低かったのを見て数日間、仕事に対するやる気を失った旨ちゃんと申し伝え、また来週から少し組織が動きどう管理するのか、考えをまとめてもらえるよう(そして僕の考えを伝え)、最後にリーダーとしての期待を掛けられているが部下がいない、或いは付くとしても別プロジェクトで接触のないリモート管理というと発揮すべき能力を伸しようがない矛盾をどう解決しようか悩みの相談に乗ってもらい、面談を終える。
 面談を終え途中まで見送るとき、僕と同期入社の世代を皆、早く主任〜係長待遇に持って行きたいけれど頭が支えてなかなか思うようにならないとマネージャーが嘆いていた。この現場で成果を上げれば来年こそは、と淡い期待を抱いていたが、ひょっとしたらもう一年か二年延びそうだ。もっともやりたいことがあってそのための権限が欲しいから出世したい、というのが本来で、僕の場合はそろそろ名刺に何か肩書きが欲しいというだけだから、スケールの大きなビジョンと着実にこなせる計画を持っている人間が先に出世するならそちらの方が良い。能力もないのにクレームの嵐で上司を辟易させて主任待遇になった先輩を見て、少し常識に目覚めた。
 帰宅して明日、明後日の書斎の片づけに備えていたら、変な電話や、バイトから帰って来た母が大したこともない電話の設定ミスで大騒ぎしてやはり乗り切れない。
 要するに今日はそういう日だったんだな。最初から。

10月25日(木):
 乗換の地下鉄が来ない。まだ始業時感までには余裕があるもののダイヤが乱れると社内が混んで嫌いだ。そのうちに構内放送が流れ、他所の駅で不審物が発見されたため運休や電車の遅れが出たという情報を得る。どうせホワイト・パウダー系だろうが、もしこれが本物で、ニュース速報か何かで流れたら、何人の友人から見舞いの電話が来るだろうかと妙なことを考えてしまった。多分、ゼロ。僕の「現在の」通勤経路を知っている友人はいない。地下鉄サリン事件のとき、当時教徒で暮していた友人から見舞いの電話を貰ったことを思い出す。この友人は京都以外で生活したことがなく、東京の交通網の細かさを知らなかったのだろう。多分、被害に遭った電車そのものではなくても同じ線を使っている確率は二桁以上の確率と想像したに違いない。
 やっと来た地下鉄に乗ると、今度は車掌が途中駅で車両故障が発生したためダイヤが乱れている、と案内を流していた。上客のパニックを防いだものと思われる。賢い運用だ。嫌味ではなく正直に感心した。
 現場のリーダーから引継は順調かと心配の言葉を掛けられた。お座なりの説明を受けるよりもイントラDBに保存してあるドキュメントを分析する方が早いからそうしている、と報告。来月からの作業には心配顔も、やる気だけは認めてもらえたようだ。

10月24日(水):
 明後日、上期の勤務評価の確認のため大阪からマネージャーが上京してくる旨、連絡を受ける。ただし時間も何も書いていないのでどう現場のリーダーに途中で離席するか説明が難しい。まさか明後日の適当な時間に上司が来るのでそうしたらそこそこの時間、抜けさせて下さい、とも言えまい。しかし仕方がないのでそう言って許可をもらった。現場のリーダーは時間にうるさいが、事前に許可を求めればO.K.なようだ。これは僕がリーダーを努めた際と同じ考え方なので僕としても非常にやり易そうだ。
 最近、親戚から電話が架かって来ても僕が出ないことが不思議に思われているらしい。愛想の良いお調子者で通っているからだ。なぜ親戚の電話に出たがらないかと言うと。無論、嫁はまだかとせっつかえるからだ。それとわずか3ヶ月しか違わない従兄と比較されるのが鬱陶しくなった。従兄が結婚したのだから僕も、とはどういうロジックなのだろうか。と常々僕が言っていることを母が親戚に同じことを語り、言訳にしていた。

10月23日(火):
 朝からげんなり。僕が後任を引き受ける現担当者が、1時間半も遅刻。もう他人を当てにしない。勝手に資料を紐解いてのたうちまわりながらわかる範囲で理解することにする。
 午後から、現担当者が今後の作業のために作った資料のための説明会。エンド・ユーザ向けの資料を僕に渡し、一緒に話を聞いただけでもうこの件に関しては引継充分だと思っているらしい。エンド・ユーザにこれでの調査の詳細をお渡しして、僕にはくれないそうだ。それなら結構。
 今日も残業をして引継資料の分析。残業手当が出ないのに律儀なことだ。
 正直な話、多少現場のメンバーに迷惑を掛けても、それ以上に僕が苦しみ自分の立場を危うくする結果になったとしても、さっさと現担当者に引っ込んでもらって席を明け渡してもらいたいと思っている。

10月22日(月):
 大体だな。何しろ気が重いんだ。
 前にも書いたのだが現場のリーダーと僕が後を引き継ぐことになっている現担当者が犬猿の仲で、僕は要するにどちらにもEvenで付合い、自分の作業を僕に押し付けて自分だけ定時でさっさと上がっちゃう現担当者の引継作業のやる気のなさと、引継が上手くいっていないとイライラする現場のリーダーの両方の期待に添えるだけの結果をあと一週間で引き出さなきゃならんのだ。そして、今日、現担当者が終日帰社作業。僕はそんな話、聞いてないぞ。来月になって引継が上手くいってないことが判明すると、現場では白い目で見られ、僕が貸し出されている会社へは現場からクレームが飛んで「お前、一月も何をやっていたんだ」てなことになるんだ。そして自社の上司からは「お客様の信頼を失った」と冷たい視線に晒されるんだ。今までこういう奴にさんざ食物にされて、悪者のお面を被らされて来たのさ。現担当者の調子の良さにそういう臭いを感じる。プンプン臭っている。さあ好きにしてくれ。
 一応、ここのお客様の担当リーダーとマネージャーからは言われているが、僕の知らないところで新メンバーがお客様の新しいプロジェクトに参画することになり、本来なら僕の部下として一緒に仕事を創り上げていくはずだったメンバーもそっちに取られるらしい。今の現場ではまた僕一人だから、いくらマネージャーがリーダーとしての役割を期待するといったところでその期待の応えようがないんだな。確かに今の現場ではうちの社員は僕一人だから、厭が応でもリーダーにならざるを得ないのだが、部下がつかなきゃいくらリーダーでございと言い張っても何の説得力もないんだ。これが。どうだ。
 しかも。僕の売上が月120万。同じお客様に採用された5年目の女の子が月160万円の契約、3年目の男の子が150万円と来たもんだ。営業さんがお客様に提出した書類のミスで安く叩かれたゴメンと謝っていたが。要するに結果のこの世界、スタートからしてこれだけ差が開いた。さてこれからどうやってこの差を縮め追い抜くか。さあ持ってけ泥棒、見切品大安売り、売切御免ホトトギスってなもんだ。
 ついでにもう一つ。マネージャーからは5年後輩のリーダーをサポートして本物のリーダーに育ててくれ、と言われたがそのサポートや「育てた」というのはどういう尺度で評価してくれるんだい、えぇ。よぉ。上手く力強いリーダーに育ってくれれば僕も嬉しいが、そのときに「やっぱりあいつにはリーダーの素質があった、よく努力してここまで成長してくれた」ってなったら、そりゃ嬉しいけどさ、育てるのが先輩としてお前の当然の役割だろう、お前、実際に彼を育てるのに何をしたんだな〜んてこと、今までの経験則に照らしてみると大抵こういう結果に終るんだな。
 何も僕一人がこういう状況にいる訳ではなく、会社勤め10年を過ぎる頃に誰もが当る壁なのだろうが、それはわかっているのだがやはり、涙が出るくらい情けないし口惜しいし怒り心頭に達している。しかし、8月9月と僕の講習を受けてコンサル試験に合格した方からお礼のメールをもらったり、先の160万円で契約が成立した女の子から、僕の専門のところにも次の仕事で手を出さなきゃならないから資料を貸してくれないか、なんて頼られたりするとほいほい調子に乗ってしまうんだな。それで今日も調査資料の作成と訂正とつい実験で一日を過した後、引継資料の分析で手当も出ない残業をして、帰りに自社オフィスに寄って、後輩と約束したところに資料を置いておいたりするんだ。
 はぁ、これだけ書いたらすっきりした。

10月21日(日):
 午前中、爆睡。
 午後、物置と自宅を往復。随分、荷物が捌けた。本当はとっておきたいのだが今後読まないだろうと思われる本は全部捨てるなり売るなりする。今日も古本屋へ。15冊で750円。これで100冊売ったことになり総額約4000円。昔の苦学生が本を切り売りしながら糊口を凌いだ、なんて話が信じられない。何千冊も本を持っていたか、昔は古本屋がもっと高く買い取ってくれたか、どちらかなのだろう。ちなみに先週と今週で売り捌いた本の売上は、一週間の昼飯にしかならない。
 将棋の雑誌や古本屋で買った本、図書館のリサイクル市で仕入れた本など古本屋に売るのが憚られるような本をまとめて資源ゴミに出すことにした。これが全部で100冊。焼け石に水。いつかきっと、図書館のような家を手に入れてみせる、畜生。

10月20日(土):
 朝、早起きして父に手伝ってもらい、書斎の机と炬燵を外に出す。
 朝食後、朝寝。予想通り昼食で起こされるまでぐっすり。
 午後、書斎と家の往復。少しずつ荷物を運び、家の中を整理。この際だから要らないと少しでも感じたものは全部捨てることにする。ゴミ袋が一杯になった。すこし気分がスッキリする。もうすぐ書斎もなくなるのだなぁ、と思うと少し感傷的になるのではないかと思っていた。ところが机がなくなったら、逆に書斎ではなくただの物置と化してしまい、愛着が急に薄れた。まあそういうことなのだろう。

10月19日(金):
 やはり資料作り。30ページの大作となった。途中でメールが入り、9月までの講習の受講生から合格の連絡があった。取り敢えず全滅はなくなり、安心。書斎と上期の業績評価とその他諸々の社内事務に気が散り、帰宅。
 書斎に寄り明日、粗大ゴミを出す準備。机と炬燵に粗大ゴミ金券を貼付ける。この机も大学受験と創作の苦しみを分ち合って十五年くらいか。よく頑張ってくれた。
 また痛風の発作が起きて、明日の朝、下まで運べるかどうか心配になってくる。
 夜、二人の受講生からメール。お二人とも合格。これで5割に手が届いた。まずこれで冬のボーナスは人並みにもらえるだろう。

10月18日(木):
 現場へ出勤。一日中、資料作成。一応、コンサルタントという身分で、本当にコンサルタントなのだなぁと実感するような仕事。業後、引継資料を少し検討して、帰宅。
 夕食後、プロジェクトの業務報告を作成。マネージャーにメールで送っておく。現場の人間関係が歪んでいてその部分を報告するのにやはり現場の中ではやりにくい。仕事を家に持ち込むのは趣味ではないがこの場合は避難所として活用するしかない。
 ちっとも書斎の片付けが進まん!

10月17日(水):
 海っ縁の現場へ。リーダーに昨日までの調査のデモを見せる。取り敢えずこのまま資料を作ることにする。
 資料作成中に自社から事務処理諸々のメールが矢鱈と飛んでくる。これらを適当にあしらいながら、黙々と資料作り。定時で終業。
 持病の通院。痛風の発作のことを言い忘れ、その代わりなかなか抜けない風邪の話をして常備薬をもらう。新しく導入した画像も取り込める検査結果保管システムを自慢されるが、入力が大変だろうと指摘すると実はそうなんだと困ったように笑っていた。
 帰宅すると今度は、父の亡くなった友達の奥さんから僕の用があると電話があった旨、母から告げられる。何の用かと思えば、三回忌の案内葉書を印刷して欲しいとのこと。夕食後に来てもらい、一時間ほどで全作業終了。これって、裏表と上下を間違わないように結構気を遣うのね。そう言えばもうそろそろ年賀状の印刷で、またiMacとプリンタが活躍することになる。

10月16日(火):
 海っ縁の現場へ。昨日の続きの調査。自社から秘密の資料を持って来たが、そして秘密兵器と思っていたのだが、案外と威力のないことに愕然。それでも現担当者は食い入るように資料を見ていた。
 やっとこやっとこようやく夕方に動作確認まで完了。僕の予定より少し遅れているが、現担当者の予定より2日早いテンポで進んでいる。業後、少し時間を貰って引継作業。やはりお座なりの感が拭えない。さてどうしたものか。
 帰宅すると母の従妹から養鶏場直売の卵が届く。卵掛けご飯、僕の大好物。僕に食べさせたいと送ってくれたものだそうだ。御礼の電話をして早速御馳走になる。美味くてへらへらしながらの食事。お行儀の悪いこと。
『ベンジャミン』の構想、昨夜ふと思い付きあまりの現実性の無さに馬鹿馬鹿しくなって寝てしまったのだがよくよく考えると、本当に実現したらとんでもないことになることに気付いた。出張中も、たとえあたらべんべん日々を送っていたかのように見えながら、作品(三文字隠蔽)のことは一日たりとも想わなかった日はない。少しずつでも、想い続けた甲斐があろうというものだ。ただ、まだ技術的には僕の手に余るものなので完成時期がまた先に延びたこと、そして他のもっと面白そうなあしらいができそうならそっちにまた靡く可能性も大きくなった。書斎がなくても、出張の連続になっても、意欲と具体的なアクション・プランがあれば書ける。
 書ける。

10月15日(月):
 朝、リーダーをお客様の上司に紹介し、そのついでに社内ミーティングを行い、またそれらの前にリーダーと業績評価の面接を行うため、お客様先の最寄駅で待合せ。ところが時間になってもリーダーが来ない。その前に営業の田中さんが来てしまう。そのうちリーダーから携帯に電話が入り、少し遅れると言う。喫茶店で田中さんと時間を潰し店を出たら自転車でリーダーが現れた。実は彼の最寄駅は、隣の駅だった。
 お客様の上司との約束の時間には何とか間に合う。ミーティングも平穏無事に済む。お客様との話の中で、ひょっとしたら来月、プロジェクトのメンバーが何人かでヨーロッパのエンド・ユーザ様を見学・視察するため訪問団を結成するかもしれない、そのメンバーに僕も含まれる可能性があるという話を聞いた。もう定年までの出張はすべて済ませた気でいたら、また遠出の話が浮上して来た。よくよく出張に縁のある男だ。業績評価の面接は後日ということに。
 リーダー、田中さんとともに現場へ移動。リーダーの次の訪問先のプロジェクトの面子とともに昼食。僕の現場のすぐ近くにもう一つ、別のプロジェクトが立ち上がっているなんて知らなかった。
 午後から先週の調査の続き。標準設定でできるものの筈が、やはりどこかいじればそのまま使えるという訳にも行かない。案外、思わぬ時間を食う。だんだん埒が開かなくなってきたので、自社に置いてある秘密の資料を持ってくることにする。定時で退散。
 社に戻るとリーダーがプロジェクトの谷間で帰社待機しているメンバーを相手に面接をしていた。ついでだから少し待って僕も面接をしてもらう。言いたいことはすべて口にした。リーダーはかなりやりにくそうだったが、僕は逆に彼をリーダーと信じて案外素直に接することが出来た。まあ無駄な見栄とかプライドとか、あっても邪魔なものが少しずつ外れて来たんだな。きっと。

10月14日(日):
 会社から貸与された業務用の携帯が鳴り、起こされる。誰が架けて来たのかわからない。「ここどこ?」などと電話の向うで言っている。寝起きで頭がぼおおおおおおーっとしていて何だかわからない。結局、何かのイタズラのようだ。また寝ようとしたが眠れず、しかたなく起きる。
 大叔母が海藻類や畑で採れた作物を送ってきてくれた。こういう美味い食材には目がない。僕直々にお礼の電話。学生時代は遊び人としてむしろ嫌われていたのに、社会人になってからは何故かお気に入りになってしまった。数カ月振りに僕の声を聞いて嬉しそう。まあこういう人も世の中にはいる。
 処分する本を古本屋へ。85冊で¥2、870−。1冊平均35円。段ボールと紙袋それぞれ一束ずつ、三千円弱。まさに「二束三文」とはこのことだろう。粗大ゴミの回収費用と来週の煙草代くらいにはなった。不満は残るが。
 夜、明日の面接のための資料作り。リーダーが面接をして、マネージャーがフォローアップを行うというので思いきって評価を丸投げにすることにする。昨日、オフィスで資料熱めをしていたら4月の業績評価で一昨日のマネージャーの返事を疑いたくなるようなものを見てしまった。そのときどういう意図でそれがそうなったのか、そのままの評価で僕がリーダーを育てることができると思うのか、またマネージャーと会ったときに問わねば。
 そろそろ人間的に丸くならなければと思う一方、闘うことを忘れたら僕もおしまい、という意識もある。何も上司を相手に闘わなくても良いのだが。他に闘う対象はいくらでも出てくるのだし。それにしてもお互い、腹の中をばっさり見せ合っておくことは必要だろう。もう後々まで感情的に引きずるような環境で仕事はしたくない。そのために打てる手はすべて打つ。

10月13日(土):
 午前中、熟睡。ほぼ12時間眠った。それでもまだ眠い。
 昼食後、月曜日の業績評価の面談に備えて資料を準備するため自社オフィスへ。こういう詰らないことで休日に出社したくないんだけど。冬のボーナスが少しでも上がるよう、可能性の目を潰さないために努力だけはしておかなければ。たとえ無駄足に終ったとしても。うん。
 書斎の机と炬燵を処分することに決めた。区役所に粗大ゴミの回収を依頼。来週の土曜に集めに来るそうだ。机がなくても作品は書ける。書ける。

10月12日(金):
 昨日の作業の続き。
 マネージャーから昨日のメールの件で返事を貰う。本来なら僕がリーダーを、ということは前々から聞かされていたのでその件にはお互い触れなかったが、僕が今のリーダーを本当のリーダーに育て上げてくれ、仕事に対する意識を高めるためにリーダーに面接をさせるから我慢してくれ、とのこと。リーダーを育てる僕が平とはどういうことか、彼のサポートをちゃんと評価してくれるのだろうな、という一抹の不安を抱えながらも言うことは言ったので僕も振り上げた拳をおろす。
 昨日受けた作業、予定では来週の行程に入った。現担当者は余裕を持ってスケジューリングしたのだろうが、僕にはやや温く感じられたのでさっさと進めてしまう。現場のリーダーも、現担当者のスケジューリングにはややイライラしている雰囲気だし。ここは少しでもポイントを稼いでおかないと。
 帰りの電車でやはり軽い発作。帰宅して少しゆっくり過す。

10月11日(木):
 痛風は思ったより悪化せず済んだ。歩けるくらいで落着いている。で、現場へ。前期の業績評価を実施する旨、マネージャーから連絡。僕は、入社年度で5年後輩の、しかも上期に一度も顔を合わせていない、仕事の話をしたこともない人間を上司として、業績評価の面接を受けなければならない。どちらかというと後者が不安で、この面接を受けたくない。リーダー制を導入したときから考えていたことをまとめて、マネージャーにメールで意見を申し出ておく。何もせずに不満を溜めて裏で文句を言うのはアンフェアだから。無論、5年も後輩が上司と認めろと言うのも、屈辱感を持っている。
 僕が来月から作業を引き継ぐ、現担当者が出社。作業指示を与えられる。ただ漠然と作業を言うだけなのでやりにくくて仕方がない。よって何のための作業か、期日とレベルなどを質問。向うもこういうことを訊かれるとは思っていなかったようだ。引継ぎはどうするつもりなのだろう。
 帰宅の電車で軽い持病の発作。大きく環境が変ると出易くなる。多分まだ大阪の移動疲れが抜け切っていないのだろう。昨年、前の所属で僕に担当させる仕事がないと言われたとき、真剣に転職を考えたが、その前に引越しをして日常生活の環境が大きく変った。健康のことを考えると更に仕事を変えて負担を大きくすることはできなかった。結局は大きな異動があり、ほとんど転職に近いことが起ったが、時期がずれた分、助かっている。

10月10日(水):
 現在担当プロジェクトの現場へ。僕が作業を引き継ぐ現担当者が恐らく二日酔いのため休み。これがきっかけで現場のリーダーから何故か僕が怒られる。現担当者のすべてを引き継げ、そういうことにはいい加減な人だから僕の方から積極的に突かないとどうにもならないぞと注意を受けた。そういう話、先週のうちにどこかで時間を作って教えてくれよ。何か八つ当たりされた感じ。
 自社の東京チームのリーダーが現場視察に来るというのでその段取り等。裏方仕事は強い。
 午後にリーダーからプロジェクトの特徴や根本理念、それらを実現している工夫など基本的な話をしてもらい、引継ぎのポイントを教えてもらった。このとき頂戴した資料を分析して本日の業務終了。
 昼過ぎから右足が腫れる。どうやら久々に痛風の発作が出たようだ。節度を守った生活を続けていたためしばらく出ていなかったのだが。大雨の中、痛い足を引きずり帰宅。
 途中、不動産屋に寄り、新しい部屋の条件を提示。やはり家賃が一番大きなネックとなる。多分、僕の希望する部屋は見付からないだろう。20日過ぎと月末にまた訪れることにする。書斎を畳む決意がほぼ固まった。

10月9日(火):
 本日、僕が担当しているお客様のプロジェクトに参加するメンバーが追加で大阪から着任する。自社オフィスで営業さんの席を借りていたが新しい営業さんが来るため明け渡さなければならない。この後始末と、新メンバー受入のため午前中、帰社。去年までいた所属の営業担当マネージャーに声を掛けられ、色々と話をする。一度も一緒に仕事をしたことがないのに僕のことを気に掛けてくれている。もともとが面倒見の良い方らしいが、まるで別世界に異動した後もこうして色々と気に留めてもらえるのは嬉しいものだ。昼食を誘われたが午後一でお客様先にいなければならないので残念ながらお断りする。
 と言っているうちに昼食の機会を逃してしまった。新メンバーを迎えにお客様先へ。待合せ時間に全員集合、お客様のグループマネージャーに紹介を済ませ、環境設定や勤務関連の話でミーティングなど。
 まだ体調が万全ではないので、早めに帰宅して休息。

10月8日(月):
 午前中、熟睡。
 午後、熟睡。
 夜、片付けのため、書斎へ。古本屋に売る本の第一次選抜。もう二度と読まないだろうと思われるものを最初に選ぶ。既に50冊。しんどいので適当に済ませる。

10月7日(日):
 ヒゲと同じくらい鬱陶しかった髪を切る。こちらは願掛けではなく、ただ見ず知らずの他人に頭を触られたくないというだけの話で、じっと大阪にいる間中、散髪しないで我慢していた。気分さっぱり。帰りに古本屋で資料を、CDショップで小松未歩のいつの間にか出ていた新譜他を、ドラッグストアでコンタクトケア用品や整髪料、ビタミン剤などを買う。
 その足で書斎へ。今月一杯でどうにかしなきゃならないが、さてどこから手を付けよう。今月から残業手当が出なくなるから実質、減給。書斎に出せる家賃は2万円まで。この条件に当てはまるところがなければ書斎を畳む。これはもう決めてあること。2年半も入り浸った部屋だから、愛着も湧くわな。女人禁制を守ったのは自慢。のぶ子さんと妹が上がったのは、まぁこのお二人は僕にとって「女人」に当らないし。
 書斎がなくとも作品は書ける。

10月6日(土):
 出張に出て以来、久しぶりの休日の過ごし方。寝る。読む。寝る。読む。そう、出張中は何故か「読む」ができなかった。執筆中の小説の構想を練り直すために思い切り持って行った資料もまるで無駄になったし。この一週間で随分、小説のことを考えた。大阪での生活ではあまり考えられなかった。少しずつ、小説家に戻って行くのがわかる。

10月5日(金):
 今日は朝から雑務雑務。調査のちょっとした見直しとか、マニュアルのチェックレビューだとか、そういったところ。現場の、今のお客様のメンバーだけで開くミーティングに参加。現担当者、実はマネージャークラスの方だった。実作業は僕へ、マネージメントはもう一人のマネージャー格の方へと引き継ぐという話をされて吃驚。偉くなったものだ。
 今日は早めに仕事を引けて、家でゆっくり読書三昧。あぁ、小説ってこんなに面白かったんだ。おぉ。

10月4日(木):
 この仕事で初めて、朝一番で現場へ。
 今日の作業は操作マニュアルのチェック。お客様の海外拠点テンプレート作成、ということでマニュアルも半分が英語。うーん、眠い。
 昨日のリーダーやマネージャーとのメールでのやり取りの続きが入る。どうやら今月から僕が担当するお客様のところに、また手が空いた後輩を送り込んで来る予定らしい。こうなると僕が一気に部下を6人持つことになり、各メンバーの現場がいくつかに別れるとこれはまた大変な話になる。これを想定して、マネージャーは僕を東京担当リーダーから外したのか。
 何度も眠気に負かされながらも、夕方にはマニュアルのチェックを終える。現担当者のチェックを受け、補足をしてもらい本日の業務終了。そうそう。今度のプロジェクトは、商社の海外拠点基幹業務テンプレート作成ということで、僕の成果の出し方如何によっては、来春にはブラジル出張、来年の夏にはヨーロッパ各地を歴訪することになるかもしれない。飛行機は恐いけれど、海外出張の魅力には勝てない……

10月3日(水):
 朝、お客様のオフィスへ。昨日、面接に行った現場で僕が後を引き継ぐ、その前任者(現在の担当者)から引継ぎの予定と仕事の現状、エンドユーザ様との関係などを午前中で教えていただく。
 昼前にここのオフィスを出て、神保町へ。現在の担当者の方が、以前同じ会社に務めていた人に貸していたPCを帰してもらうため神保町でちょっと寄り道。ここで昼飯。
 その後、早速現場へ。マシンのセットアップと、いきなり調査の仕事がまわって来る。現担当者の指示に従って一緒に調査。内容は簡単だが、手順や独特の観点がエンドユーザ様毎に違っていてこれに慣れるまでに結構時間が掛かる。引継ぎは今月一杯なのだそうで、その間に色んなことを盗まなきゃ。
 終業後、自社オフィスに戻り東京リーダーとの勤怠報告の方法や諸々の事務処理やそれこれの設定。

10月2日(火):
 東京のオフィスに出社。午前中、バタバタと事務処理や荷解きなどをして慌ただしく営業さんと外出。新しいお客様のエンドユーザ様の現場で面接。臨海副都心へ。色々と訊かれたが積極的に、というか、口から出任せでペラペラ知った風な口を効いて、即採用。その後、お客様の本社で今、面接を受けたばかりの仕事の背景を教えていただく。これが新宿。その後、僕と同じく本日からここのお客様のところでお世話になる後輩が先に赴いているオフィスへ。京王電車で移動。これ、大学の通学電車だったんだよな。後輩はしばらく担当プロジェクトがないそうだ。というより、お客様側でのメンバーが揃わなくて着手できないプロジェクトが沢山あり、そのどこへまわそうか思案しあぐんでいる様子。このお客様担当リーダーというのが僕のもう一つの顔となった。来週からもう二人、後輩ではないが僕の「部下」として赴任して来る予定。
 ここから再び自社のオフィスに戻り、マネージャーへの本日の報告等。今日は営業さん並に動いた。

10月1日(月):
 休みの予定を入れておいて正解。
 午前中、掛かり付けの医者で風邪の具合を診てもらう。咽喉が真っ赤で大阪の医者で貰った薬がほとんど効いていなかったようだ。とにかく熱を下げて咽喉の炎症を抑えるよう、薬を出してもらう。
 午後、荷物が届く。荷解きをして、寝る。寝る。寝る。

9月30日(日):
 昨日の早寝が効を奏したか、朝きちんと起きれた。二月半、伸していたヒゲを綺麗に剃り落す。荷物をまとめて、部屋の掃除をして帰京準備完了。
 ステーキ屋へ最後の食事をしに。行くと寮長が後輩を連れて来ていた。マスター、彼と僕が顔見知りなのを知って吃驚していたようだ。これを食べさせないことには東京へ帰せない、という一品をとのおねだりに、特別良いところが入ったという肉で特製ステーキを作ってもらう。これで諦めもつく。店を出るとき、長い間ご愛顧頂きまして誠にありがとうございました、と深々と頭を下げられて、ああ本当におしまいなんだな、と思う。
 クリーニング代を精算し、諸々の始末を付けて寮を出る。荷物が肩に食い込んで痛い。新幹線でベンヤミンの論文を読むも、うつらうつらして20ページほどしか読めなかった。
 二月半振りに帰宅。そう言えばここが我が家だったんだな、と妙な関心の仕方をする。やはり寮の借り物の枕より、自分の枕の方が寝心地が良い。

9月29日(土):
 薬が効かずちっとも風邪が良くならない。荷造りをしたいのだが身体が言うことをきいてくれない。それでも夕方、少し準備ができる。
 夜、寮祭。庭でバーベキュー・パーティー。先日ステーキ屋で会った先輩と顔を合わせる。マスターが今月で店を畳む話をして、会ったらお礼を言っておいてくれと頼まれた件、伝える。そうしたらこの話を聞いていた何人かが驚いていた。この寮にも時々、食いに行くファンがいたらしい。そう言えば同期の寮長、食い道楽だったっけな。
 夜風が身に沁みて発熱をぶり返して来たようなので、20:00には引き上げてそのまま寝る。

9月28日(金):
 多分微熱が続いているのだろうが出社。今日は受講生たちの受験日。視覚試験で皆が頑張っているのに僕一人ぐうたら寝ている訳にも行かない。
 月末のチームミーティングに参加。来月からリーダー制を敷くらしい。東京チームは僕より5年若い後輩がリーダー。マネージャー曰く、僕にしようか彼にしようか迷ったらしいが、僕は来月から新規のお客様のところで働くことになっており、そちらに食い込む口を広げることに専念して欲しいとの配慮でこうなったらしい。ただ一点不満なのは、5年も後に新卒入社して来た人間に業績評価されること。年齢、キャリアの差以外にも、もっと面倒くさい事情があってこれだけはどうも納得ができない。後でマネージャーに事情を話すことにしよう。それよりもまず、頭の整理と身体の調子をどうにかしなければ。
 何人かの同期と会い、営業の同期が今日で辞める話をされる。そういう話はしたくないのでなんとなく頷いて聞き流す。
 夕方、昨日まで講習を受けていた後輩から電話。試験の様子を教えてくれる。どうもあまり芳しくなさそうな、それでも行けてそうな。マネージャーにメールで報告を入れておく。
 早々に帰宅して、寝る。

9月27日(木):
 一晩中、戦争の夢を見た。明け方、目を覚ましたら身体が思うように動かない。枕元の引き出しから解熱剤を探して呑込むまで10分。あとは死んだように横になっている。
 いつもの起床時間になってやっと汗が吹き出し、身体が動くようになる。これはいけないと思い、寮母さんに訊いて近所の医者へ。その後会社に行こうと思っていたら、咽喉が真っ赤でドクターストップ。解熱剤を飲んで、熱が下がってようやく37度5分なのだから無理なのだろうなぁ。これくらいの熱だと自覚症状がないのがイヤ。ふぅ。受講生の社員に模擬試験のありかと模範回答のありかを教えて、今日の指示を出す。
 薬を貰い一日中、咳鼻水と格闘しながら床に臥せる。

9月26日(水):
 明日の最終調整用の模試を作る。手洗からトイレットペーパーを拝借して鼻をかんでいたら、退社時刻までに丸々一本、使ってしまった。
 退社直前、マネージャーがプレゼント、と言って紙袋を持って来た。中身は携帯電話。これで私物の携帯に仕事の用が入ることはなくなるのだろうか。会社から携帯を貸与されれば、営業かリーダーの待遇。僕も偉くなったものだ。
 帰宅して食事を済ませ、風呂から上がったら気を失うように眠る。

9月25日(火):
 朝、身体が動かない。それでも会社へ行く。今日も試験前本番想定模擬テスト。予備校並の厳しいスケジュール。しかしそのスケジュールを組んだ人間が酔っ払ってごろ寝して、風邪をぶり返しているようでは話にならない。
 本当は早く帰りたかったのだが。社内講習の歴代講師の慰労会に参加。部長から、ヒゲを生やしたまま頭を剃って、お客さんとの交渉のときは部長の横でじっと座っていてもらいたいと依頼を受ける。その場は上手くいくだろうが商売の後が続かないと周囲が説得してくれて、この計画も諦めてもらえる。講習が終ったから僕の断ヒゲ式と、僕の前任者の断髪式を、と提案したら前任者の髪がなく、これも断念。マネージャーと部長を前に馬鹿なことばかり話して、帰宅。
 電車に乗った途端、鼻水が岩清水のごとく溢れ出す。寮に着くまで、ハンケチ代わりのバンダナで押さえていた。部屋に着いてびっくり。バンダナの上1/3が鼻水でべちゃべちゃ。

9月24日(月):
 どうも身体が重い。重いながらも午後から外出。一昨日、どうも気に掛かったあの建物の正体を見に嵐山へ。阪急で降りて渡月橋を渡らず、人気の少ない方の川沿いを歩くことしばし。山を上る急な階段を発見。そこには「大悲閣」とある。階段を上ることしばし。山門があり坊主がいた。やはりここは寺だった。来てみて良かった。寺の窓から開ける景色は京都の街を一望できる。比叡山、大文字山、仁和寺の五重塔から清水寺、京都タワーが全部視覚に写る大パノラマ。坊さんが景色や寺の由来等を丁寧に教えてくれて、中の資料を閲覧させてくれる。もう少し早い時間に来たら写経もさせてもらえたそうだ。ちょっと惜しいことをした。代わりに般若心経のコピーを貰う。ここでは予約すれば修業体験もさせてもらえるらしい。ひょっとして数年前はっちーが山籠りした禅寺ってここではないか。一時間ばかり坊さんと話をしながら景色を満喫して下山。手作りの工房で友人の土産を買う。
 帰宅して、この二ヶ月間の疲れを取るために今夜も酒。飯を食いながら缶酎ハイを3本、風呂上がりに寝酒で一本のつもりが二本、三本となって……

9月23日(日):
 午前中爆睡。
 駅前のうどん屋で昼食を済ませ、青蓮院へ。中学の修学旅行で、夜に訪れて坊主の説教を聞かされた後、自慢の庭を眺めながら、琴の演奏を聴いた。庭で琴を演奏していた二人の女性がもう、この世のものとも思われない美しさで、あれが頭に焼き付いている。京都の女性は皆、あれくらい美しいのではないかとまだ誤解が解けない。結局7年間苦しい思いをして何も学習していないのだ。あの二人の女性が琴を弾いていた庭はやはり女性がいなくても美しかった。夜のライトアップ用の電球を見付けたときはやや興醒めしたが。
 続いて知恩院へ。多分豊年だったと思うが、どうやら偉い坊さんの八百年忌とやらをやっていた。笙野頼子『二百回忌』という小説を読んでいるのでどんなことが起るのだろうと期待したのだが、約一時間、何も不思議なことは起らなかった。つまらん。
 その足で二寧坂と三寧坂で土産物を買いに。中学の修学旅行では「三年坂」と教えられ、この坂でこけると三年以内に死ぬ、などとデマを飛ばされたものだ。結構この手のデマは後々まで響くもので7年前にここを訪れたとき思いきり蹴躓いて僕の命もあと3年、と覚悟したものだ。その倍以上も生きているのだから、大丈夫。三寧坂には「産寧坂」という標識が立っていて、むーくん夫妻を想いながら心して歩く。ここでどうしても買いたかったのが、キャラクターグッズ。缶コーヒー「BOSS」のパロディものや、漫画〜アニメ系のパロディキャラのTシャツやタオルを買いまくる。
 夜、いつものステーキ屋へ。今日はどうしてもここで晩飯を食いたかった。マスターから身体が持たなくなったから今月一杯で店を畳むと聞かされる。寂しい。マスターが腕を振るえる逸品を出してもらい満足。マスター、この店がなくなったら週末、僕がどこで昼飯を食うのか心配してくれていた。僕も今月一杯で大阪での商売を畳む。こら都合ええわ、とマスターは安心したように笑っていた。
 長期出張をきつく断る、理由が一つ、僕の心の中でできた。

9月22日(土):
 午前中爆睡。
 四国うどん屋で昼食を採り、来週末の試験での全員合格を祈念して大覚寺で写経。なりきりやすい性格とは良いもので、写経を済ませたら身体中の疲れが吹き飛んだような気がする。身も心も清清しい。吉野窓を写真に撮りたくて大慌てで祇王寺へ。参拝時間が16:30というのはどうしても解せない。観光地なのだからせめて18:00くらいまで、少なくとも夏休みシーズンは考慮してくれても良いのではないか。祇王寺では吉野窓が開いていて、ほんのりと窓に映る表の景色の色が撮影できなかったのが残念。
 続いて亀山公園へ。どうも先日、豆腐と川魚を出す料理屋だと思っていた川向の建物がやはり寺に見えて仕方がない。派手な幟を見て、どこぞのカップルがひそひそ話していたのを鵜呑みにしたのが間違いだったような気がしてきた。
 明日、僕が京都ファンになった第一歩の青蓮院へ訪れて今回の出張の散歩はおしまいにしようと思ったが、予定を変えて明後日に再び嵐山の地を訪れることにする。
 講習が終ったから、禁じていた自室での飲酒を解く。百円ショップで生果汁の酎ハイを売っていた。

9月21日(金):
 午前中、本番対策模試。僕は楽をしている。皆は冷汗をかいている。
 午後、答え合わせ。合格水準の正解率7割を越えている受講生は一人もいなかった。指導者としての講師の責任が問われるところではあるが何分にもこういう困った男が教えている訳だし。これがショック療法になってあと一週間、本気で頑張ってくれれば合格してくれる筈だし。もうあとは受講生のやる気の問題と割り切らなければおかしくなる。
 歴代講師の慰労会は24日に決定。ところで明日から東京に帰省する(と申請した)ビジネスチケットがおりていない。どうなっているんだ。
 夕方、残業を少し早めに切り上げて平田君とミーティング。東京でのビジネスのことを色々と訊かれるが、東京ではあまり良い想い出がないのと、一緒に仕事をしたことのあるメンバーのほとんどが客先常駐だったり辞めたりで情報を上手く提供できない。しかも疲れていてややつっけんどんな口調になる。彼との週末のミーティングはガス抜きの良い機会なのだから疲れててももう少しなんとかならんもんかな。
 明日、平田君は妹さんの結婚式で帰省しなければならないので早い時間に切り上げる。
 飲み足りない僕は、寮の前を通過し美味い日本酒の置いてあるコンビニへ。部屋で続きを飲み、蕎麦で仕上げて寝る。

9月20日(木):
 明日の試験の準備。協力会者からの受講生の上司に今までの小テストの結果報告。大丈夫、皆合格ラインにいる。
 ここ数日、発熱の消耗のため早寝していた。ずっと鶴田真由に抱っこされる夢を見たいと思って寝ていたのに、ちっともそういう夢は見られない。昨夜は世界大戦の戦場に狩り出され、軍神に見守られながら敵の最前線に殴り込みをかけるというとんでもない夢を見て、恐くて目が覚めてしまった。
 そして世界は物騒に。確かに将棋とか戦争シュミレーションは好きだが現実となったら腰が引ける(抜ける?)。

9月19日(水):
 熱下がる。週末に予定している本番対策模試の準備が8割方終っていてしかも再来週頭の分も半分くらい材料が揃っている。
 来週、社内講習の歴代講師を集めて慰労会を開いてくれるそうだ。何か裏がありそうだと思うのは勘ぐり過ぎか。
 実家から持病の薬が届き電話。家族全員元気そう。これは良いこと。

9月18日(火):
 発熱。週末に予定している本番対策模試の準備をしていたはずだが、覚えていない。

9月17日(月):
 発熱。本講習の最終稿儀を行ったはずだが覚えていない。

9月16日(日):
 朝起きたら物凄く身体が軽い。気分良くいつものステーキ屋で昼食。が途中で急に寒気がして、今日こそと思っていた外出を取り止め。コーヒー豆を仕入れて帰宅するまでの道程が長いこと長いこと。部屋に入って横になったらもう動けなくなった。

9月15日(土):
 目を覚ましたら13:30。今日はどこかへ遊びに行こうと思っていた。しかしこの時間。しかも小雨催い。じっと雨空を眺めていたら日が暮れた。馬鹿。

9月14日(金):
 いよいよ講議もあと2回。よく持った。えらい!
 昨日の、受講者の一番下の子ども、今朝も笑わせてくれるようなことをしてくれた。部屋の出入口のところで泣いているのでどうしたのかと訊いてみたとこら「僕は自分が情けなくなりました」と答えたそうだ。学校に行こうと家を出た途端、忘れ物に気付いて部屋に引き返しその忘れ物を拾おうと前屈みになるや、締め忘れていたランドセルのロックが外れて中身が一気に床へと落ちた。その反動で頭を床に叩き付けたらしい。わしも小さい頃そうやった、と自慢気に語る顔がうらやましかった。
 夜、平田君とミーティング。手塚作品や藤子アニメの話で盛り上がる。そして夜は更けて……地下鉄の終電が終っていた。JRの駅までタクシーを飛ばし、電車で帰る。しかしJRはまだ終電まで4本も余裕があるというのに、まったくあの地下鉄はなっとらん。

9月13日(木):
 だからだな。僕は決してオオカミではなくてどちらかというとヒツジなのだが、牧草に餓えたヒツジなのですよ。そんな者の前に胸の谷間が覗けるような服装で立たれてみぃ。くぅぅぅぅぅっぅぅ。
 今後の国際社会と女性の胸の谷間が気に掛かりながらも講習は続く。休憩時間はもうテロ一色。そんな中、受講生の喫煙仲間が娘さんの話を始めた。父親に似て(ただし意味合いは大分違う)馬が大好きで、将来は乗馬をしたい、と言っているそうだ。そうしたらその人と同じ会社の人が「なぁにそのうち大きくなったら男に馬乗りになるさかい、この親父の娘やし」すると「あぁそやな、お前とこの馬鹿息子に馬乗りになって先の割れた鞭ブンブン振り回すやろ。ほしたらお前とこの息子、涙流して喜びよんねん、親父に似て」「いや、うちの一番したの息子、ほんまにアホなんですわ、この前もシュノーケル銜えて風呂場に潜ってるんですわ。そして風呂沸かしたら湯垢だらけになって。歯ブラシで風呂釜の掃除してたらしいんですわ。そんなんして風呂のお湯汚なして、嫁に起られてるんですわ、シュノーケル加えたまま全裸で『気を付け』して」。
 講習が終り、自習していた受講生も三々五々教室を出て行き、最後に平田君と僕と、先程の喫煙所仲間が残ってさあ帰ろうとしていたら何かの拍子で10月からどうなるのかという話題になった。「わし東京行きたくないですわ、アホな子ぉほど可愛い言いまっしゃろ、シュノーケル銜えて全裸で『気を付け』してた一番したの子、残して行くの耐えられませんわ、馬鹿な親父に一番良ぅ似てて」
 そういうもんなんやろな。
 帰りの電車は詰将棋を解くから、集中してあまり女性や胸の谷間に気を取られたりしないが……今、僕の子どもを産みたいという女性が目の前に現れたら、あっさり転ぶに違いない。

9月12日(水):
 再び寝不足モード。加えてアメリカのテロが気になる。そして通勤電車でぴったりと腕が触れあった女の子が、小柄で気の強そうな瞳で、しかも胸が大きくて非常に気になった。
 朝、講習を始める前に部長が教室に顔を出した。部長直々などかなり珍しい。そこで2〜3、業務に関する質問を受け、どう対応をとるか案を提示する。まんざらでもなさそうな顔で教室を出て行った。
 これで昼飯時もあまり浮かない。相棒の平田君と、例えば和久井映見が女房だったら、などといった馬鹿な話の合間に講習が終ってから我々の身分はどうなるのかといった話題も自然、上って来る。今までの講習会では部長は顔を出すことはなかったそうだ。うーん、気になる。
 午後の講議で大失敗をした。演習のデモの最中、オペレーションとその意味を説明しながら操作していたら、受講生の一人から「えらいことになってまっせ」と声を掛けられる。居眠りしながら、デモをやっていた。一番前の席にいる受講生に「今、どこまでやった?」などと質問をしたら大爆笑。
 昨日、僕に今後の人員は位置がどうなるかを教えてくれた方から新しい情報をもらった。今週末を過ぎないと結果が出ないとのこと。本当に出張が終って大阪を離れる瞬間まで安心できないぞ、こりゃ。
 株式市場の激落と商品市場の高騰。とうとうブッシュ大統領が徹底報復を宣言した。パクス・アメリカーナの終焉か。
 帰宅して寮の食堂でテレビニュースを見る。航空機がビルに突っ込むシーンに、はっとする美しさを感じた。不謹慎だが仕方がない。どうせあれが映画だったら皆、大喜びのシーンだろう。ああいうのを非難する癖に、本当はどこか好きだったり憧れてたりしているのだ。そして、あの飛行機がアメリカ空軍機で、イランやイラクやアフガニスタンなどの攻撃をかいくぐって最後に敵地の本拠地へ自爆攻撃、なんてやったらそのパイロットはヒーローになるだろうし。同じやることでも、やるひとと見る人の立場が違えば評価が大きく違って来る。あ、これ創作ノートじゃないんだよな。

9月11日(火):
 大阪直撃は免れたが、朝から東京を台風が襲っているらしい。家族、友人らの安否が心配。
 ずっと病気で休んでいたお嬢が、諸々の理由で講習をリタイア。あまり力になれなくて残念。体調を崩した原因は僕のセクハラにあるのではないかというまことしやかな噂が流れているが、本人がちゃんと否定してくれた。これは助かった。
 協力会社さんから講習会に参加している方で、夕方、講習会が済んだ後の仕事の話をマネージャーと交わしたらしい。僕にも関わることなので、とその内容をこっそり教えてくれた。先日マネージャーからもらった話とずれて来ている。大きな案件で受注しそうな失注しそうな怪しいところがいくつかあるらしい。その中でも大きいものを取ってしまったら僕は東京に帰れなくなる可能性が出て来る。無理矢理帰っても一週間か二週間でまたすぐ大阪にとんぼ返りになり、年のオーダーで居座ることになる。まあ可能性としてはまだかなり小さいのだが。
 夕方、復習の小テスト。いつもテストとなると力み過ぎて成果を出し切れていなかった方が、今回の最高点を獲得。これは僕も嬉しい。
 夜、創作ノートの整理のためパソコンに向かったが疲れてどうもやる気が起らず、気が付いたらゲームに興じていた。
 夜中、風呂に入っていたら同期の男が後から来た。「テロやで。アメリカの貿易センタービルに飛行機が突っ込んだらしい」一瞬、彼が何を言わんとしているのか理解できなかった。とんでもないことになりそうだ。

9月10日(月):
 ふふふ。俺には寝不足が良く似合うぜ。ただ寝汚いだけか。
 台風の近付く中を出社。相変わらずの講習。今週から本格復帰したお嬢に関して、先輩から電話。こんなこと僕に話しても良いのだろうかという内容だった。
 昼飯で入った蕎麦屋で、蕎麦の中にザルの欠片らしきものを発見。どうも良い歯応えがしたと思った。お茶を入れがてら器を下げに来た人にこれ入ってたから今度から気を付けてね、と言って顔を見ると、スキンヘッドにヒゲ面のごっついおっさん。ややビビる。食後の茶をぐいっと空けてさあレジへと思ったらそのおっさんが後ろから追いかけて来る。何かと思ったら僕たちを追い越して先にレジの中へ。レジのおねえさんから伝票を奪い取ると、どうも申し訳ありませんと平謝りでお代を頂戴する訳にはいかないと言う。僕は(少しおまけは狙っていたが)そういうつもりで言った訳ではないのでちゃんと払おうとしても向うは断固として受け取らない。まあお店の面子もあるだろうから、大人しく引き下がる。連れの平田君の分まで只になり一番、良い思いをしたのではないか。
 という話を午後の講議の合間に話したら「ふつう、人相の悪いヒゲ面のおやじが二人、レジを挟んで揉み合っていたら逆の理由でっせ」と言われた。「なかむら先生の顔もかなりヤバいでっせ」とのこと。髪が伸びて鬱陶しいのでハードジェルできっちりかっちりオールバックにしてのヒゲ面はやはり素顔のソフト(?)なイメージを隠してしまうらしい。ちなみに何故オールバックなのかというとセットに時間が掛からないから。
 夕方、台風が近付いているはずなのに雨が止んでいる。かなり東に逸れたのかもしれない。

9月9日(日):
 夏ばてモード。
 美味いものへの意欲は衰えず、いつものステーキ屋へ。マスターから台風が近付いていることを教えられる。前回もここで台風のニュース知った。
 コーヒーを仕入れて帰宅。ただ漫然と一日を過していたような。
 ゲームで遊んでいたら寝るのが遅くなった。蒲団の中でうとうとしていたら変なことを思い出した。確か今週末、前世の娘に会える、という半分夢の中でそんなことを誰かから言われた筈だ。結局、実現せず。
 いや待て。ひょっとしたら金曜日に一緒に飲んだ同期がそうなのか。嘘でも良いから否定して欲しい真実とはこういうものなのかもしれない。

9月8日(土):
 二日酔いモード。ただ漫然と一日を過していたような。

9月7日(金):
 今日も講議ボロボロ。講習を受けていた頃の睡眠学習効果がここで炸裂。
 夕方、同期の営業の男が、来週の予定を今日にしてくれないかと誘って来た。僕の顔を見てばてている様子を感じたのか、今日は止めておくか、などと心遣いを見せられるも、誘われて乗らなかったら新人研修時代の宴会部長「全開男」の僕の名が泣く。丁度、後々のことも考えて、平田君に営業と顔繋ぎする良いチャンスだとも思った。飲みはじめると、営業の同期が平田君に転職のこと、主にメンタル面についてやたらと訊きたがる。何故かと思えば今月一杯で会社を辞めて、アメリカに半年間、語学留学に行くのだそうだ。奥さんと子どももいてその間の生活はどうするのだろうという考えと同時に、思いきった大胆さとチャンスを切り開く強さ、無論ただアメリカに行くといううらやましさも感じた。この男とは年末に二人とも記憶をなくすくまで飲んで、僕の途切れ途切れの記憶の中で彼が別れ際に会社を辞める、と言っていたのをちゃんと覚えている。いつかいつかと思っていたらとうとうやってきてしまった。飲もうと誘ってくれたら口先だけではなく本当に飲みに誘ってくれる、こういう男がいなくなってしまって寂しい。これから初めての大阪でのビジネスに挑戦する平田君の役に立てなくて申し訳ないのと寂しいのと祝いの勢いとで、自然、目を瞑るとぐらぐら揺れるまで飲む。

9月6日(木):
 昨日の話題から一転していきなり下世話な話で恐縮だが。昨夜、陰嚢がむず痒くて何度も目が覚めた。そのせいか目から火が出るほど眠い。
 これ、実に都合が悪い。歩く度に擦れて痒かったり沁みたりする。陰嚢カイカイ粗にして漏らさず、といったところか。何か変な病気になったのではないかと気掛かり。ちなみにそんな目に遭うような事実は一切ない。天と地とむーくんと妹に誓う。
 睡眠不足と、足の親指と親指の間の付け根が気になってなかなか講議が思ったようにはかどらない。午後一番で、丸ごと一章、教科書に書いてあることを思い切り勘違いして説明。続く演習であれどこかおかしいぞと気付いて、皆で教科書を読み合わせる。結局何が書いてあるかわからず。そのうち受講生の一人が絶妙な解釈を披露し、講師である僕も含めて全員が納得。いや、このお方は凄いお方だ。
 そんなこんなで今日は早く上がる。
 帰宅し、夕食を済ませ、あんまり気になるので思いきって陰嚢を調べて見る。表皮のところどころがけば立っているので摘んでみると、パリパリペリ、といった具合に剥けた。ほぼ全表面に渡って皮が剥がれた。シリコン樹脂の皮膜のような感じ。少し柔らかいパラフィン紙とでも言うのだろうか。中学時代、野球の練習でエラーをしてコーチからバットのグリップエンドで頭を引っ叩かれ、大きな瘤が出来た後に皮が剥けたときもこんな感じだった。或いは手の甲に熱湯をこぼして水腫れになった後に皮が剥けたときもこんな感じだった。しかし。場所が場所だけにバットで鍛えた覚えもないし、熱湯をこぼした覚えもない。無論、シリコンやプラスチック系に浸して乾かした覚えもない。心当たりがあるとすれば週末毎に翌日足が痛くなるくらい歩いて、猛烈な摩擦が長時間加わった可能性があるくらいか。いづれにしても熱が加わったとしたら、今度は子種が無事かどうかが洒落や冗談ではなく心配になる。
 それにしても何でこんなことが起ったのだろうか。僕にはまだ生殖能力が残っているのだろうか。
 久し振りでiMacに将棋の稽古を付けてもらう。1勝5敗。先手番で角換り、後手番で中座飛車ばかり指す。相変らず攻め一辺倒の将棋。どうしても途中で相手の反撃に耐え切れずやられていたのが、最後の1局に何とか勝てた。相手の攻めよりももっと強い攻めを、王手が掛からない限りは攻め倒すと心に決め、その通り指したら勝ってしまった。後で棋譜を再現したら、相手の攻撃目標になっていた飛車角をバッサリ切って相手玉に迫る、見ている方が冷汗をかきそうな将棋だった。僕はやはりこういう人間なのかもしれない。

9月5日(水):
 良く考えたら出張生活もあと一月を切った。東京に帰ろうと思っていた日に、寮祭をやるらしいのでまだ参加すべきか止めて帰るべきか迷っている。帰れればの話だが。どちらにしても書斎を引き上げなければならないので10月は何があっても帰らなければならない。
 お嬢が今日から復帰。と思ったら朝1時間ほどでやはりつらくて座っていられないと帰宅した。大丈夫だろうか?
 午後、昔東京にいた先輩と廊下で擦れ違い、顎ヒゲを掴まれしばらく引きずり回される。随分乱暴なことをするものだ。
 小テストを実施して、早い目に講習を終える。そろそろ本気で試験対策を考えなければならない。対策模試の問題をまた少し作り、帰宅。
 洗濯。週報の仕上げ。『霧霧迷』の更新。ほう、アクセスが2000を越えているな。200も過ぎてから気付いた。いづみさんの近況を覗いてみると……おぉ、8/末に入籍したではないか!電線(或いは光ファイバーか?)経由でしか知らない人物だが多分、妙な縁で彼女のことは例えば職場の人よりも色々な事情を知っている分、何か下瞼がむず痒くなる想いがした。これから一っ風呂浴びて来るか、と思っていたのに、こんな顔、他人に見せられない。ええい、見ず知らずの人間のために何でこんな喜び方をしなきゃならんのだ。でも嬉しくて嬉しくて鼻の上のむずむずが止らない。いつになるか知らないが、ノートでいつぞやの日記を約束通り引用してやる、覚悟してろ!そのときは旦那のT氏とニヤニヤしながら「何を昔の詰らないことにムキになってることやら」なんて、幸せに眺めていることだろう。僕の予言はよく当る。

9月4日(火):
 昨夜も遅くまで物書き稼業に励んでいたため朝がつらい。何と言ってもコーヒーの離尿作用で膀胱が破裂しそうになった。これでくしゃみでもしたらと思うとぞっとする。
 朝一番乗りで教室に入り講議の準備をしていると同期の男がやって来る。今週か来週、飲みに行こうと誘われた。来週に一度、飲みに行くことにする。僕の出張を知ると必ず声を掛けてくれ、口先だけではなく本当に酒に付合ってくれるのはこいつだけ。唯一の接点だった新人研修中も特別仲が良い訳ではなかったのに、不思議。
 本日の講習、弟さんの結婚式出席のため予定休が1人、体調不良による当日休2人、都合3人の欠席者。試験、大丈夫だろうか。
 昼休み、6年前に上司だった姐御と顔を合わせる。「なに、あんたのその恰好、麻薬の売人みたい……」一緒に居合わせた昼飯仲間から今までで一番の褒め言葉だと笑っていた。しかしまあそんなに凄い顔なのだろうか。
 午後、とんでもないニュースが飛び込んで来た。反射的にはっちーの身を案じる。これで二度目ではないか。いや、正確には三度目か。転職もしないのに何度も何度も勤める会社が変るなんて、誰が想像しただろうか。
 講習が思ったよりすんなり終り、明日の小テストの準備。毎回、引っ掛け問題とサービス問題を1問ずつ提供している。案外、引っ掛け問題って作んの、難しいんだぞ。同じ手は二度と使えないし。テストの間に引っ掛けを発見するのが受講生の間でのブーム。
 帰りの電車で詰将棋の本をようやく一冊、解き切った。9級から1級まで級位者向けの問題で、正解率9割を超えて何とか初段の面目を保てた。しかし……1級問題なんざ下手な初段じゃ間違えるぞ、こりゃ。詰将棋と掛けてミステリー小説と解く。その心は……仕掛けを見破りツミの謎を解く。御粗末。

9月3日(月):
 暦が変ったのを感知したかのように今朝、いきなり寒くなる。スーツの上着を来て出社。
 本日から復帰予定のお嬢、やはり熱が引かなくてお休み。他の受講生も風邪を引いてぐったりしていたり突然涼しくなってだるそうにしてたり。少し早く講議を終えて、熱を押して出席している方を早く帰宅させたり会社に出す受講生の勤怠票に判を押したり明後日のテストを作成したり。
 帰路のJRが事故で遅れたりして駅から寮まで歩く間に空腹で倒れそうになる。
 自宅から持病の薬が届く。これでまた2週間安心。向うでも風邪が流行っているようで、念のための風邪薬も入っていた。自宅に連絡。父の夜のバイトが昨日から始まり、母一人で退屈していたのだろう。父の悪口や女中仕事をしに行っていた家で当面の問題は片付いたからと辞めることになったこととか僕が出張中に京都見物をしたいが週末はバイトがあるから行けないと10月になったら一人でも遊びに行きたいから帰省用のチケットは売り飛ばさないで取っておいてくれとか京都の静かな宿屋で素泊りできるところを探しておいてくれとか、長い長い電話になった。こっちは割引なしの普通の契約でNTTの長距離通話を使っているのに……そしてこの電話代は来月の給料から天引きされるのだ。
 母の長電話に付合っている間に、週報がまだ出来上がっていないことに気付く。そう、こっちにいる間書き続けてようと思っている旅の想い出関連のエッセイが思ったように書けない。イライライライラ。風呂で寮監さんと顔を合わせてしまい1時間のミーティング。顎ヒゲを切り揃えず(両サイドはちゃんと手入れしている)山羊のように長くなっているのを見て年寄り臭い、と言われる。僕も僕でヒゲを生やすときはクラシックなスタイルを求めているのでそういう話をごちゃごちゃしていたら何となく納得してもらえたようだ。これからトレードマークにしたら良いと言われるも、東京に帰ったら家族の強い強い強い反対に遇うだろう。それさえなければ髪もジャイアントロボ(本当はざん切り頭の長髪と書きたいところだが)のように伸して、明治初期の士族みたいな恰好をしてみたい。結局、旅もののエッセイは書けず仕舞。週報と言いながらもちゃんと毎週書けない僕がいるんだなぁ(相田みつを風)。ナッハー(せんだみお風)。
 取り敢えず初回はむーくんに出来を誉められたのでまとまったら『霧霧迷』に載せるかな。

9月2日(日):
 日が高くなってから起きて、すぐにいつものステーキ屋へ。横に並べた椅子に浅く腰掛け背中を壁にもたせかけてグテッとしていたマスターの動きが突然良くなり、僕にいつものステーキを出す頃には鼻歌混じり。「ご馳走さん、また寄せてもらいますわ」と店を出ると「待ってます」と手を振っていた。相手が若いおねえちゃんだったら……
 ようやく作家魂が甦って来た。じわじわとメモ類をPCにまとめ始めたら、既に夜の10時。慌てて飯を食い、洗濯をし、風呂に入り、またメモ類のまとめをしているとあっという間に午前2時。

9月1日(土):
 朝、眼を覚ましたら約束の時間までかなり余裕があったので前世体験の催眠CDで遊ぶ。またフランスで大道芸人をやっていた前世が現れる。「愛情との関わりのあるシーンを思い出して下さい」との誘導に、まだ小学生と思われる娘がびしょぬれになって帰って来た様が浮んで来た。僕が風船を膨らませ過ぎて噴水池に押し倒される芸をクラスの連中が知っていて、親父が水浸しになるのが好きだから娘もそうだろうと水を頭から浴びせ掛けられたらしい。という話をびしょぬれのまま僕の膝に抱っこされて語っていた。この催眠誘導の仕舞の方で、何か不思議な声が今度の週末にこの娘と会える、と告げる。半信半疑。
 さて現実に戻り、平田君と京都をぶらぶら。新京極で飯を食い八坂神社を詣で、坂本龍馬の墓を拝み、清水の舞台へ。聴いたことのある声で名前を呼ばれ振り返ると。それは川西君。昨夜は嵐電方面に行くと言っていたからわざと外して東山方面を選んだのに……しかも声を掛けてくれるなと言っていた方から声を掛けて来た。良い男だ。舞台を降りて下から櫓の組み方を覗いていたら平田君が「何をしてるんですか」と問い掛けて来る。「ねえちゃんのパンツが見えるかと思って」と言うと「ど
せそんなことだろうと思いました」。僕の面目躍如といったところか。
 知恩院や青蓮院なども見物しようと思ったらやはり動き始める時間が遅く、拝観時間が終わっていた。夕暮れの祇園をぶらぶらして、鴨川で行動心理学、とくにパーソナルスペースの素晴しい標本を見物して、その他足の向くままうろうろして、木屋町通で飯がてら酒がてら。「霧小舎さんの舌って信用できるんですよ、昼飯もここが美味いと言ったところはどこも美味しいし」数年振りに訪れ、場所を移った店をようやく探し当てただけにこう言われると嬉しいものだ。
 機嫌よく酔っ払って帰宅。途中、朝のことを思い出す。次の週末ではなく今週の末だったら、川西君が僕の娘だったことになる。眼を伏せたくなる真実があるとしたらこういうものかもしれない。

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