crocodile tears20

 

男は馴染みの喫茶店に暖をとりに入った。
店内は相変わらず閑散としていて、カウンターにお忙しいはずの女刑事が座っていた。
店の美人店主は男の顔を見ると、なにも言わずに奥に消えた。
その様子をみていたその旦那と女刑事は顔を見合わせてから苦笑い交じりに男に声を掛けた。
「ひさしぶりね、僚。あなたは相変わらずのようだけど」
「ふん。そんなしけた面見せられても迷惑なだけだ」
そんな声を聞きながら僚はスツールに腰をかけた。
「なんでぃ、冴子も暇だなー。ここの不味いコーヒーわざわざのみに来るなんてな」
「不味いなら、来なくて結構」
「俺が来なくちゃ、全然客なんてこないくせに強がっちゃって」
香がいなくなったあとの僚は至極まじめだ。
香のハンマーが無くなったからとはいえ、ツケはしない。いつもキチンと支払いをしていく、ただの客だ。
それが海坊主には不自然に感じられてしょうがない。
「これから外回りなの。その前に美味しいコーヒーで一服したってバチはあたらないでしょ」
「へいへい、この寒いなか、ご苦労さん」
「あなたこそ、仕事はいいの?」
「依頼がなくちゃ、天下のシティーハンター様もしょうがないってな」
僚はからかうように言って、コーヒーを飲んだ。
「あら、だったら私から依頼しようかしら?」
僚は冴子のその言葉に口端で笑った。
「よせよせ、こんな腑抜けに頼んだってまともな仕事をしやしない」
「あんだと、おら」
「ふん、事実を言ったまでだ。依頼が本当に無いのかも怪しいもんだ。仕事したくなくて見てみぬふりをしているんじゃないのか」
「お前じゃあるまいし、そんなことしねぇっつの」
海坊主に反論しながらも僚は先程見に行った伝言板を思い出していた。


☆ ★ ☆


夕方の園児たちの入れ替わりの時間が過ぎ、ちょっと落ち着いたところに電話がなった。
香は今日も夜勤で出勤していた。
子供達のコートをかけたり、さっそくおねむの子をあやしたりと大活躍だ。
電話は皆子がとった。
「え、はい。うちの所長ですが…。えぇっ、新宿っ?はい、わかりました。はいはい、失礼します」
新宿と言う単語に香は反応した。電話口での驚いたような皆子の様子も気になって、香は電話の方に顔を向けた。
他の先生も皆子の様子がおかしいと思ったのか皆電話口の方をむいていた。
「どうしたの?皆子先生」
皆の視線が集中するなかで皆子は口を開いた。
「新宿駅の人からなんですけど…園長先生が…構内で倒れたから保護してますって」
「えっ」
「あ、でもでも、ちょっと貧血かなんかみたいで今はもう気が付いて、平気みたいなんですけど、あの念のため誰か迎えにきてほしいって……」
皆がなんとはなしにお互いの顔を見合わせる。
今日は先生の人数が多いから、だれか一人抜けるぐらいは問題はないだろう。
「あ、あたしが迎えに行ってきます」
香は立ち上がった。
「え、でも…」
「あたしが一番抜けても影響がないですから。それに園長もお元気ならすぐに戻ってこれると思います」
「じゃぁ、お願いしてもいいかしら?JR新宿駅東口の駅係員室にいるそうだから」
ー新宿駅…東口ー
香はきゅっと唇をかみ締めてから、言った。
「ええ、分かりました。駅についたら連絡します。じゃあ行ってきます」
香はジャケットを掴み、出て行った。

新宿駅には意識して近づかないようにしていた。
教授は隠して出て行ったわけでもあるまいし、こそこそしなくてよかろう。なんて言っていたけれど新宿は僚のテリトリーだ。彼のもとからでていったのなら、やはり近づかないほうがいいだろう。
そう思ってのことだった。
それに新宿には思い出が多すぎる。不用意に近づいたらまた思い出に取り込まれてしまいたくなる。
きっと離れることができなくなる、そう確信していた。

出て行った時はまだ太陽が燦燦と輝いていて、暑かったのに。
香は冷たい風を受け、出て行ってからの歳月を感じていた。
ー麻里絵ちゃんはどうしているのだろう。まだ僚と一緒に暮らしているのだろうか…−
きっと教授に聞けばわかることなのに、自分から問う気にはなれなかった。
麻里絵がいてもいなくても出て行くことには変わりが無いのに、麻里絵がいないと知ったら自分は戻ってしまう気がする。だから聞かなかった。

3ヶ月ぶりに立ち寄ったそこは懐かしさに溢れていた。
知り合いに見つからないよう、香はマフラーを口元まで上げていた。それでも数人知った顔の情報屋がいる。
彼らはおどろいた表情を一瞬みせ、懐かしさに目を細めていた。
ー僚に知られるだろうか…?ー
そんなことを思いながら、香は駅の係員室をノックした。

「どうして新宿にいらしていたんですか?」
すっかりいつも通りな元気な姿でもらったお茶を飲んでいた園長と連れ立って係員室からでた。
園長はテレ笑いを浮かべながら
「ちょっと買い物に…とおもっただけなのよ。なのに人ごみに酔っちゃって…。ごめんなさいね、香先生にまで迷惑をかけちゃいましたね」
「いえ、そんなことはいいんですけど…」
香は園長の言葉がうそだと感じていた。買い物をする気できたのならもう少し歩きやすい格好でもいいだろう。
でも今、園長は何かを決意したようなスーツ姿でいる。
しかも園長の指先にはかすかに白い粉が… 園長の足が一瞬止まった。
香も合わせるように止まり、そして見た。

新宿駅東口伝言板を…そこに書きかけの『X Y Z』を…


「あ…」
思わず香は声をあげた。
その声に園長が反応する。
「どうしたんですか、香先生」
「いいえ、なんでも…」
香はかすれた声で答えた。
園長は伝言板を見つめながら、話をはじめた。
「ねぇ、香先生知ってます?あの伝言板のうわさ…」
「え?」
「新宿駅東口の伝言板に「XYZ」って伝言を残すと一流のスィーパー「シティーハンター」と連絡がとれるって」

何を言い出すのだろう…いぶかしげに思いながらも香は園長の言葉を聞いていた。
「スィーパーってどんなお仕事なのかわからないんだけど…」
少し園長は微笑んだ。
「でも…悩み事をなんでも解決してくれるんですって」
「園長先生は…伝言を残しにきたんですか…?」
園長少しうなずき、あとは何も言わずに香を喫茶店に誘った。

注文した紅茶がくると、園長は話をはじめた。
「香先生。あなた最近の託児所を取り巻く状況を怪しいと思っているでしょう?」
「そんな、怪しいなんて…」
思っていたことを口にだされて香は小さく言い分けした。
そんな香に園長は笑顔を見せる。
「いいんですよ、わかってますから。あなただから言うけど…あのね…
その心配はあたってるんです。最近の物騒な事ね、うちの託児所、いいえそうじゃないわね、私を狙っているのですよ」
香は驚いて、思わず声をあげた。
園長は話した事にほっとしたように続ける。
「園児が減りはじめてからどうしようもなくて…ある所でお金を借りたんですよ。
えぇ、最初は小額で返しては借りってしていたんだけど…。主人も亡くなって、でも託児所の立上げはどうしてもしたくてね、その時に…園の敷地を担保にしてお金をかりてしまったの」
「それじゃぁ…」
園長は悲しそうに首を横に振った。
「いいえ、ちゃんと返してきてるの、借金は…だけれど契約した金融機関が破綻をして…それでおかしな会社がそのあとの債権を引継いでしまったみたいなの」
「え?そんなのって…」
「おかしいわよね?そう思ってどうにかちゃんと戻そうと努力はしたのよ、弁護士先生にも間に入ってもらったりして。それで一瞬は収まっていたんだけど…。あの人たちはもう言葉は通じないのよね」
「園の土地を…狙ってるんですか?」
園長がうなずく。
「治安を悪くして…評判を落として。園児が減ったら今度こそ私が土地を手放すとでも思ってるんでしょう」
「そんなっ!!何で。そんな権利無いじゃない、け、警察はっ」
言ってから香は気が付いた。
「そう、実質的な被害はなにも…ない。この前のガラスだってうちを狙った証拠にはならない…」
「だからって…こんなのってひどいですっ」
「私も…託児所は止めたくないわ。あそこを必要としている人がいるんだから。そんな簡単に辞めるなんて言えることじゃないの」
園長は力強く香に言った。
「だから…だから、最後の手段だと思って新宿に来たの」
「先生…」
「でもだめね、肝心なところで緊張しちゃって…。貧血起こすなんて、いやんなっちゃうわ」
香は決意をした。
「先生。みんなの託児所を守りましょう。そんな訳の分からないやつらに園の石ころ一つだってやるもんですかっ!!」
「香先生…」
香は園長の目を見てうなずいた。
「行きましょう、先生。シティーハンターの所に」

香は園長と連れだって、3ヶ月ぶりにキャッツに向かった。
きっと彼はそこにいる。


自分の為じゃない。
託児所を、みんなの笑顔を守りたいの。
そして、あたしにはそれをするには力がたりない。
でも僚が僚がいれば、きっと園を守ることができる。

お願いだから…これ以上あたしの居場所をなくさないでください。


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*二人はまだ出会わないのですよ。うーむ