crocodile tears21


「じゃあ、私は仕事にもどるわね。ご馳走様」
冴子が海坊主にコーヒー代を支払う。
「なんでぇ、もう帰んのか。もう一杯くらいまずいコーヒーのんできゃいいのに」
僚がスツールをくるりと回し、カウンターに肘をつきながら冴子を見た。
海坊主は僚の言葉が聞こえない振りをしつつ、僚の手のひらに熱湯をかけた。
「おわちっ〜、てっめー、タコなにしやがるっ」
僚は熱湯のかかった手のひらにふーふーと大げさに息を吹きかける。
「不味くてわるかったな。だったらさっさと出て行け」
そんな二人に冴子は大きなため息をついた。
「もう付き合ってられないわ。それじゃあね」
「ふん、気を付けていけ」
僚は出ていく冴子の後ろ姿を見送っていた。
そして懐からタバコをとりだして、銜えた。
「おい、お前もいつまでも居座らないでさっさと仕事でも探しにいけ」
僚はタバコに火を付けた。
「…なーに言ってやがる、仕事なんて向こうから飛んでくるもんなんだよ。それに今、俺が帰ったらこの店また閑古鳥鳴きまくりでしょーが」
僚がくるりと店内を見渡す。
「お前にいられるくらいなら誰もいない方がマシだ」
「はいはい…わかったからもう一杯コーヒー」
僚が一段高くなったカウンターに空になったカップを置いた。
「ふんっ」
海坊主はいつもより一際大きな音で不満を表したあと、サイフォンにお湯を注ぎだした。


新しいコーヒーを口元に持っていきながら、僚は一瞬固まった。
海坊主もめずらしく動揺し、ふいていたフォークを落とした。
(…まさか、今更ここに戻ってくるなんてありえない…)
僚と海坊主は一瞬視線を合わせた。
夏までは毎日のように、まるで空気のように感じていた懐かしい気配がキャッツアイに近づいていた。


冴子が出ていったあと、誰も鳴らすことの無かった喫茶店のドアベルが鳴る。
海坊主がドアに視線を移した。
「こんにちは、海坊主さん。お久しぶりです」
開いた入り口には香が一人の女性を伴って立っていた。
その気配を、そして声を聞いたのかキッチンの奥の階段を駆け下りてきて美樹が顔を覗かせた。
「か、香さんっ!!」
そんな美樹の姿に香は照れながらも微笑んだ。
「こんにちは、美樹さん。ご無沙汰してます」
「もう、もうもう、どこいってたのよ。し、心配していたんだから」
今にも泣きだしそうな美樹に抱きしめられながら視線はカウンターに向かう。
そして目当ての人物を見つけると美樹をそっとはずし、香が店に入ってから一度も反応を見せない男の所に近づいて行った。
「…僚」
その声に長くなったタバコの灰を灰皿に押しつけると、僚は振り向いた。
「よぉ」
僚は口端を軽く上げて、笑みのような表情を見せた。
香はちょっと笑って僚の言葉に応えるように、小さく首をかしげると言った。
「XYZなの、僚。仕事を依頼したいの」
そのセリフに僚はいぶかしげに目を細め、香は園長を僚に紹介した。


美樹が3人分のコーヒーを配する。園長はそれをじっと見ていた。
依頼の話をするということで、僚と香は窓際のソファ席に移動していた。
「で…どういうことだ」
香がいなくなってからの生活の事など一切問わず、依頼だけの話を聞く。
元からそういう男だとわかってはいても美樹にはそれが冷たく感じられて仕方ない。
カウンターの中で小さくため息をついた。
「依頼を、依頼をお願いしたいのです。シティーハンターのあなたに」
園長が立ち上がって僚に頭を下げた。
それを香が止めて、また座らせる。香が説明をした。
「今…あたしはこの園長先生のところでお世話になっているんだけど…最近おかしなことが多く起こっているの」
そして今まで起こったことを全て僚に伝えた。
僚は話をする香をタバコを吸いながら斜め見をしていた。

少し痩せただろうか…頬が細くなっている。
髪も伸びた……でも、元気そうで良かった。

僚はタバコの煙を吐き出した。
「ーってことなの」
話終わった香は僚を見た。僚はそのまっすぐな視線を受け止められず、香の隣の園長に顔を移した。
「それで俺にどうしろと?」
「園を、園児を守ってください」
園長は力強く言った。
「…まだ園が狙われているとは限らんだろう」
「そんなこと無いわっ」
香が僚にくってかかる。
「絶対、絶対に園が狙われてるの」
僚はそんな香を手で制し、園長を見た。園長は先ほどから何か話したい表情を見せていたのだ。
「私の園は栄町にあるのですが…あの辺りに再開発計画がかかっているのはご存じですか?」
僚は少し目を瞑り、誰ともなく答えた。
「…確か…地下鉄の延長に伴ってショッピングセンターが」
「そんな計画が?」
香は驚いて二人を交互に見た。
「えぇ、そうです」
「でもあれは10年は先だろ?しかもあんたの所は再開発地区からは外れている」
「計画自体からは。でも駅とショッピングセンターに隣接した、一見したら遊んでるそれなりの広さの土地ですよ。何をしたいのかは一目瞭然だとおもいますけれど」
「駅徒歩圏内。最新設備の近代マンション…か」
僚は広告のコピーを読み上げるように言った。
園長は返事のように首を縦に振った。
「だから、今まで大人しかったのに急に嫌がらせなんて…」
呟いた香に園長が小さく笑った。
「そうでしょうね。私は使っていなくても空間の余裕があった方がいいなと思っていたのですけれどそれは叶わないのかしらね」
僚が音をたててコーヒーを啜った。
「俺の依頼料は高額だぜ?」
「僚っ!!」
僚が園長と香を見る。
「…承知しています」
園長はそういうとカバンの中から封筒を取りだし、テーブルの上に置いた。
「幼稚園の権利書と私の生命保険証書が入っています」
「園長っ!!」
焦る香に園長は微笑む。
「大丈夫よ、幼稚園の土地と託児所は隣接してるけど別々の権利だし。どうせあの土地をとられてしまうならば託児所だけでも確実に残したいの。生命保険は私が亡くなったあとに冴羽さんの口座に振り込むように手続きします」
後半は僚に向けて園長は話した。
僚は書類をつと園長に向けて弾いた。
「引き受けた。契約成立だな」
僚はタバコを消すと立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
園長も立ち上がり頭を下げる。
香だけは混乱して僚を見上げていた。
「さってと、じゃあ現場を見せて貰えるか?」
「もちろん」

僚のクーパーで3人は園に向かった。
乗り込むとき、香は助手席のドアに手を伸ばし、そして後部座席に戻して座った。
懐かしいクーパーだけれど、斜め後ろから見る僚のすがたは初めてだ。
そんなことを思いながら香はシートに腰を沈めていた。


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*やっと出会ったよん。