不思議な「事件」
『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』 福田ますみ 2007年 新潮社
2003年に福岡市内で起きた、市立小学校教諭による特定の児童への「いじめ事件」を扱ったノンフィクション。
――凄惨な虐待によって男児は、鼻血や耳の怪我の他にも、口の中が切れたり、口内炎ができたり、歯が折れる、右太股にひどい打撲傷を負うなど、連日傷だらけになって帰宅――
母親が問いただすなかで「明るみに出た」のは、次のような教師の仕打ちだった。
――教諭は、授業中、男児に向かって執拗に、「外国人の血が混じっているので血が穢れている」「アメリカ人は頭が悪い。だからお前も頭が悪い」と暴言を繰り返し、クラス全員でのゲームの最中も、「髪が赤いけん、お前が鬼になれ」「アメリカ人やけん、鬼」と罵り、男児が鬼になるように仕向けていた。――
まさに極悪非道。事件は全国紙の西部本社版で報じられ、週刊誌やワイドショーでも大きく取り上げられることに。福岡市教育委員会は、この教師を現場から外し、停職6カ月の処分を下した。加えて、この虐待により「PTSDを発症」した児童とその両親は、教諭と市を相手取り、1300万円の損害賠償を求める民事訴訟を起こした。この訴訟のためには550余名が名を連ねる大弁護団が編成され、賠償請求額も、のちに5800万円に引き上げられた。
以上が、この本で扱われる「事件」の概要である。この極悪非道の差別教師による教室での児童虐待事件は、裁判の場で、その実態がより明るみに出され、児童とその両親は当然のように圧倒的な勝訴を勝ち取った……ということになれば、非常にわかりやすい話だが、実際にはそうはならなかった。むしろ両親の側が発信した情報の中から、疑問点が次々と現れ出したのだ。
結局、3年後に出た判決では、被告である教諭による体罰の一部は認定されたものの、損害賠償は棄却され、同じく被告である市側に220万円の支払が命じられるにとどまった。また、訴訟費用については、市に対する部分については市が20分の1、残りは原告側が負担、また」教諭に対する部分については、すべてを原告側の負担とするとされた。市に賠償が命じられたとはいえ、最初の勢いを考えると、どちらが勝ったか首をひねらざるを得ない内容のものとなった。
この本は、この事件を一種の「冤罪」ととらえる立場から、事件の詳細と訴訟の経過をつづったものである。雑誌記事執筆のために始めた取材を、記事掲載後も数年かけて取材を続けただけあって、かなりの説得力がある。内容も冷静で、強引なところがない。それだけに、事件の詳細を記した前半部分は、細かいだけにやや退屈なところがあるが、中盤から引き込まれる。新聞、雑誌、テレビが展開した派手な報道と、判決時の落差もl淡々と描かれている。派手な報道に携わった取材者たちの声も、実名で記されているところも興味深い。
なお、訴訟は原告側が控訴したが、その対象からは教諭は除かれた。のちに市側のみを被告として下った判決では、百万円ほど賠償が増額になり、双方控訴せずに確定している。以上は民事裁判の結果であって、凄惨な虐待は刑事事件として扱われることはなかった。
(2012.10.31)
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