ちょっと解説    本文はこちら「錨で船はとまらない?」

  ここでは、「錨で船は止まらない?」について解説をし、投稿記事だけでは説明し切れなかったところや、一般の方では知る事の出来ない情報を書いて行こうと思います。

洞爺丸事故の原因
 洞爺丸事故を起こした台風15号は、後に「洞爺丸台風」とも呼ばれ、洞爺丸以外にも「日高丸」「十勝丸」「北見丸」「第十一青函丸」と多くの船に牙をむき、洞爺丸を含めて1430名もの犠牲者をだした。

 事故原因は、それぞれの船で色々と調査されているが、全ての船において共通して言える事が走錨による漂流である。走錨を起こすと船を波に対して立てる事が出来なくなり、船体内部に海水が打ち込んだり、横波を受けて転覆するなど大きな事故原因となる。もし、何も起きなくても流されつづければ、最後には座礁してしまう。もし錨が効いていれば、洞爺丸台風は例年にない強い台風と言うだけで終わっていたのかもしれない。


無視?された論文
 洞爺丸の事故から4年後の昭和33年に国鉄本社技師長室は本社船舶局、鉄道技術研究所及び青函連絡鉄道管理局と協力して錨の把駐力に関する実験調査を行った。この実験は昭和33年から36年にかけて行われ、昭和36年10月7日の日本航海学会第26回講演会にてその報告がなされた。
 この報告の中で、「何れも錨爪が上向きであって我々の常識的予測を完全に裏切っていた」と述べており、更に効かなくなる理由(フリューク(爪)の幅や、クラウンの重さ等の関係)も細かく述べている。
 実はここで述べられている理由は、JIS型だけでなくバルドー型やAC-14型ダンフォース型、ブルース型等にも共通して言える事で、今から半世紀も前に現在使われている殆どの錨が効かないと判っていたのである。


国鉄型(JNR型)と呼ばれる錨
 洞爺丸の後を継いだ青函連絡船十和田丸には、国鉄が独自開発したとされる国鉄型アンカーが搭載された。しかし、洞爺丸が引き上げられ、調査が始まったのが昭和30年の8月で、十和田丸は昭和32年10月に就航しており、たった2年でゼロから製品を開発したとは到底考えられない。
 実は国鉄型はアメリカのバルドー社で開発されたバルドー型アンカーを元にしており、独自開発した物ではないのである。時が経つにつれ当時の事情を知らない人たちが、国鉄型と称しているから国鉄が開発した物なんだと勝手に思っているだけなのである。
 国鉄が考案した錨には2種類あり、桧山丸や石狩丸(2代目)に艤装されたJIS改良型と津軽丸(2代目)や十和田丸(2代目)に艤装されたJNR型である。
 JIS改良型は洞爺丸事故後すぐに研究が開始され、国鉄から神戸商船大学へ研究依頼をし、5種類のJIS改良型の中から成績が良いと思われる1種類を選定、これを国鉄側で更に改良し、JIS改良型として採用する。
 しかし、JIS改良型の最終報告書のむすびで「バルドー型を基にJIS改良型の研究を更に進めるべきである」としており、この研究(国鉄内部)は昭和37年頃まで続く。この研究によって作られるのがJNR型である。
 JNR型はバルドー型の爪とJIS改良型のトリッピングパーム(スタビライザー)の考えを織り交ぜた錨で、把駐力、安定性、描き込み易さなど様々な点でこれまでのどの錨よりも良くなるはずであった。しかし、希望した性能が出ず、決着を見る事が出来なかったため、これを発端に日本における錨の研究が本格化して行く。
 昭和30年頃に始まった錨の研究は昭和50年代後半まで様々な研究機関や大学で行われ、研究費として莫大な税金がつぎ込まれて行ったが、その成果は、今では誰も採用する事の無いJNR型だけとも言えるだろう。ちなみに、JNR型は新規採用は無いが、現在でも練習船などで使用されている。
2013.5.21 訂正 十和田丸における錨の使用についてご指摘があり、
訂正のため再度調査を行い加筆致しました。
ご指摘ありがとうございます。


JIS型のあれこれ
 錨泊法を考える場合、使用する錨の把駐力は重要な値となる。海軍型の把駐力は昭和3年に「海軍型の把駐力係数は良質の底質で10、最悪の底質で5と推定でき、これを実験的に使用する」としている。教授としては実際に実験を行って把駐力を確かめて改めなければならないと考えていただろうが、後の人たちは何を考えたか、この仮想の把駐力を基に現在でも教科書に載っているような運用学を作成していくのである。昭和26年には多くの船舶が使用していることを理由に海軍型をJIS型と命名し、日本標準協会認定のアンカーとするが、JIS型アンカーへの検証は何も行われておらず、その性能や把駐力は昭和3年に仮定されたものを何の根拠も無しにただ信じているだけであった。このため、JIS型アンカーは多くの海難事故を招いて行くのである。昭和43年ごろに日本航海学会誌でこの事が取り上げられ、近年の走錨事故の殆どは人為的ミスではなく錨の性能の悪さと、錨泊方自体が間違っているからであると論じている。
 JIS型アンカーは安全では無いと考える船主や船長をはじめとする船員が増え、船長協会でも教科書に記載されているような古い運用方法(チェーンを繰り出して把駐力をかせぐ、走錨してもまた錨が掻き込む等)を実行する船長は知識、技術共に劣っていると判断するようになってきた。しかし、現在でも新造する時にJIS型を装備し、長大なチェーンを積込んで基準をクリアーしてるからこれで良いと考える人がまだまだ海事業界に多くいるのも事実である。