3月は引越しシーズンですね。
そういえば、以前、賃貸マンションを経営しているお客様からこんな話しを聞いた。
「最近、入居者に知恵がついちゃって、退去するとき、敷金から、ハウスクリーニング代とかクロス張替え代を引こうとすると、文句言われるんですよ。少額訴訟なんかされると困るし、どうしたらいいんですかね〜」
確かに、昔と違い賃借人に権利意識が芽生え、また、借地借家法により保護されていることもあり、大家=強者、店子(入居者)=弱者という関係は崩れてきていると思います。大家にとって入居者にごねられると面倒です。逆もまたしかり。
そこで、最近トラブルが多い退去時の敷金の取り扱い、さらに、トラブルの避け方についてご説明します。
1.敷金ってどういうもの?
敷金とは、不動産の賃貸借契約時に、賃借人から賃貸人に交付されるもので、賃貸借契約が終了し、家屋を明け渡した時点で返還することを前提としている金銭です。
敷金の交付の目的は、賃借人が、借りた家屋を明け渡すまでに生じた、賃貸人に対する一切の債権を担保すること、つまり、敷金は、賃借人からの支払いを確保するための担保といった意味合いを含んでおり、いわば家賃の前払的な性格を有しています。
したがって、、家賃を滞納したり、自然の消耗以外に壁や床に大きな損傷を与えてしまった場合などは、滞納家賃・修繕費用が敷金から差し引かれることになります。
つまり、賃借人が退去時に、未払い賃料もなく、通常の住まい方・使い方をして普通の状態で家屋を返還すれば、それ以上に家屋を修復する義務はなく、借家契約終了時に敷金は賃借人に返金されます。
しかし、この敷金返還をめぐり、賃貸人と賃借人の敷金に対する見解の相違、どこまでが通常の住まい方から生じる汚れになるのか、という点で、賃貸人と賃借人の間で対立することが多くあります。
一般的に、賃貸借契約書の中に、「貸室明け渡し後の室内建具・襖・壁紙等の破損、汚れは一切賃借人の負担において原状に回復する」、「賃借人は、自己の費用をもって原状回復の処置をとって賃貸人に対し明け渡す」といった原状回復義務を負う特約が盛り込まれていますが、この特約の有効性を問う判決も出されていますので、のちほど触れることにします。
2.どういう場合に敷金から修繕費用等を差し引けるの
では、原状回復義務について、詳しく見ていくことにします。
原状回復義務とは、賃借人の居住・使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反(賃借人は賃貸人に対し、賃借物を明け渡すまで、取引通念上客観的に要求される十分な注意をして、その賃借物を保管しなければならない、という義務)、その他通常の使用を超えるような使用による損耗等に関しては、賃借人が復旧する義務を負う、ということです。
一般的に、家賃の中には、賃借人が通常に使用していた場合の汚れに対する価値の低下分や、年月が経ることによる経年劣化を含めていると解釈されていますので、原状回復とは言っても、賃借人は通常でない使用による損耗などの費用に限って負担すればよいと解されています。
これらのことから、賃借人、賃貸人のどちらが修繕費用を負担しなくてはならないのかは、通常の使用状態か否かの判断にかかってきます。
原状回復の費用負担のあり方について、国土交通省から平成16年2月に改訂公表された「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、次のような例示がされています。
(1)賃借人が修繕費用を負担しなくていいもの(賃貸人負担)
@専門業者による全体のハウスクリーニング
A破損していない畳の裏返しや表替え
B日照りによる畳やクロスの変色
C冷蔵庫等の電化製品設置から生ずる後部壁の黒ずみ(いわゆる電気焼け)
D家具などの設置から生じる畳のへこみ
E破損や紛失していないガギの取り換え
Fエアコン設置の壁のビス穴
(2)賃借人が修繕費用を負担しなくてはいけないもの(敷金から差し引ける)
@引越し作業の際に生じた壁や床への傷
A飲食物をこぼしたため生じたカーペットのしみやカビ(食べこぼし・飲みこぼし
は通常 の生活で起こることですが、その後の手入れ不足から生じたしみやカビ
は賃借人の責任と判断されます。)
B冷蔵庫下の床のサビ跡
Cペットによる柱のキズ
D清掃を怠った風呂、トイレ、洗面台の水アカ、カビ
E不適切な手入れや用法違反による設備の破損
また、賃借人が賃料の支払いを怠ったときは、賃貸人は、賃貸借の存続中であっても、敷金を賃料の支払いに充当することができますが、賃借人側から敷金を充当するよう主張することはできないことになっています。
敷金は未払い家賃の担保とはいえ、賃借人はそこから今月の家賃を払って欲しいとは主張できません。あくまでも敷金は、賃貸借契約が終了後、家屋を明け渡した時点で返還される金銭なのです。
3.裁判例
平成16年3月16日に、京都地裁で、次のような判決が下されました。
京都市内の女性が、賃貸マンション退去時に、特約を基に、入居時に差し入れた敷金20万円全額を差し引かれたのは違法だとして、家主らに返還を求め訴えた裁判で、京都地裁は、通常の使用による損耗(自然損耗)の修繕などにかかった費用を借り主の負担と定めた入居時の特約について、消費者契約法に照らして無効と判断し、家主に全額返還するよう命じました。
この女性側が「消費者の利益を一方的に害する条項」を無効とした消費者契約法10条をもとに「特約は違法で無効」と主張したのに対し、判決は「自然損耗による原状回復費用を賃借人に負担させることは、契約締結にあたっての情報力及び交渉力に劣る賃借人の利益を一方的に害する」と判断し、特約は無効としました。
従来は、民法を適用し、「賃貸人と賃借人の間に有効な合意がなかった」として敷金の一部返還を命じた判決はありましたが、今回初めて、消費者契約法に基づき、自然損耗分を賃借人負担と定めた特約自体を無効とする判決が下されました。
今後も、このような判決が下されるのかは、注目されるところです。
4.礼金とどう違うの?
では、敷金は、礼金とはどう違うのでしょうか?
礼金も敷金同様、不動産の賃貸借契約に際して、賃借人から賃貸人に支払われる一時金の一種です。しかし、「住宅を貸してくれてありがとう」といった謝礼を名目とした金銭であるため、通常、賃貸人に返還義務が生じないものとなっています。最近、若年層を意識した賃貸住宅などでは、賃借人獲得のため旧弊な制度を廃止し、礼金をゼロにするケースも見られるようになってきています。
5.どうしたら、トラブルを避けられるの?
入居者としては、契約時に賃貸借契約書をよく読み、事前に特約等の内容を十分に確認することが必要です。また入居時に貸主・入居者立ち会いのもとに、写真(日付入り)を撮るなどして、使用開始時の損耗状況を記録しておくことも大切です。明け渡し時も同様にしておくのがよいでしょう
一方、通常使用による損耗か否かの判断には主観的な要素もあるため、当初から契約書に「敷金の2割は償却分として返還しない」という特約を設けるケースもあります。こうした特約は、償却敷金の特約と呼ばれるもので、法律上有効と考えられています。したがって、この特約のある場合、当初約束しただけの償却分を貸主が敷金から差し引くことは差し支えないことになります。
また、入居時の敷金、礼金、仲介手数料をなくす代わりに、退去時のリフォーム費用を含む家賃の1.8カ月分を、入居者が最初に負担するシステムを始めた会社もあります。
このような工夫で、トラブルを未然に防ぐことは可能です。
(参考:all about japan、 朝日新聞asahi.com)