君なればこそ… (後)





気が付くと、暗闇の中に立っていた。
(・・・・・あれ?・・・・ここは・・・・・どこだ?)
音もなく光もなく足元すらおぼつかない場所に体が浮かんでいた。
(たしか・・・・朝実様の屋敷で飲んでいたはずなのに・・・・・・)
体が重い。
鉛のように重くなっていて手足がまるっきり動かない。

(・・・・・・・)
ふと、名前を呼ばれたような気がして視線をめぐらせた。

(・・・・・・・・!・・・・・)
確かに自分の名前を呼んでいるような気がするのだが、そちらが見えない。
ふと、前方に小さな光が見えた。
声はそこからするようだった。

(・・・・・・・・・・ぉ・・・・・さ・・・・!)
だんだんと光が近づいてくると同時にどんどん体が重くなっていく。
体がゆっくりと足元の闇に沈み始めていた。

(・・・・ろ・・・・さ!)
誰が、呼んでいるんだ。
自分の名を。
誰が。
体が重くなってドンドン暗闇へと沈み始める。
最初はゆっくりだったのが、段々勢いを増して。
こわくなってもがいても身体は闇へ沈んでいく。

落ちる・・・・・・!!


思わず手を伸ばしたその瞬間、光りの中から手が伸びた。
(博雅!!)
名を呼ばれ手が掴まれた。
顔をあげると晴明がいて。

(起きろ!!)
引き寄せられて、怒鳴られた。

(博雅!!!)

晴明の、自分の名を呼ぶ声に意識がはじけた。



「あれ?」
目が覚めると木目の天井が見えた。身体が重く手足が鉛のようだった。起きようとして激しい眩暈に襲われて又頭を落と してしまった。
(・・・確か自分は酒を飲んでいたはずなのに・・・・・)
天井をボンヤリと見つめながらも自分のいる場所を考える。
それでも頭に霞みがかかったようでココがどこなのかもわからない。
いまだ眩暈の残る頭を軽く頭をふった時。
「気が付いたのか?」
近くに声が聞こえて博雅は慌てて起き上がろうとして・・・・柔らかい布の上に突っ伏してしまった。
「なん・・・・だ?」
「大丈夫か」
「すまん・・・晴め・・・」
抱き起こされて目の前に朝実の顔が出てきたときに博雅は思わず硬直してしまった。こんなに側にいるのは晴明だと疑い もなく思ったのに、まるっきり予想もしなかった顔に博雅は呆気に取られてしまった。
「と・・・・朝実様?」
「そうだが?」
「こ、ここは・・・・」
「寝所だ」
「寝所!?」
慌ててよく見たら、何時の間にか部屋が変わっている。そして二人とも夜着になっていたりして。
しかもやわらかい布かと思っていたのは・・・・・・布団だった。
つまり。
二人して布団の上で夜着一枚で。
「なっ・・・ちょっ・・とっ・・朝実様、お戯れが激しいようで・・・・」
この平安の時代、男同士のそういった関係はおおっぴらにはしないもののそれなりに黙認と言う形で認められてはいたの だが、どちらかというと見目麗しい稚児とか、自分とは正反対の者が好まれている筈なのだ、と混乱した頭で博雅は考え ていた。
だからこそなんで自分が!?とすっかり動揺しまくっていて。
ましてや、相手のほうが位が上だ。
露骨に抵抗するわけにも行かないし、作り笑いを浮かべながら後ずさろうとして、身体が自分の自由にならないことに気が 付いた。
「・・・え・・・あれ?」
それでも懸命に抵抗しようとする博雅を面白そうに見やって朝実が囁いた。
「体が動かんか?」
力のないからだを捩ろうとして、どんどん着物がはだけていくだけなのに気付いてない博雅をそのままにさせておく。
「先刻の酒に、な・・・一服持った」
「・・・え?」
「力では博雅殿にはかなわないからな」
裾がはだけてすっかりあらわになった脚の膝をつかまれて博雅が顔を紅くする。
「冗談が過ぎますよ・・・・」
「冗談ではない」
ゆっくりと手が博雅の脚を左右に広げ始めた。その下に何も身に付けていないのは判っている。
懸命に逆らおうとしても、力が入らなかった。
「朝実様!!」
「何も知らない、というわけではないのだろう? 愛される事を知っている身体だ」
「っ・・・!」
大きく脚を広げさせられてきつく瞳を閉じた。その開かれた中心にねっとりとした視線を感じいたたまれない。

じっと耐え、心の中で只一人の名を呼ぶ。

「ここ、を」
広げられ露わになった内腿の付け根の部分。
触れた生暖かい指の感触に博雅は身震いをした。
灯り取りの蝋燭の火に照らされて夜の闇に浮かぶ以外に白い肌に刻まれた無数の紅い花弁。
その淫らさに朝実が唾を飲み込んだ。
その後を刻んだ相手以外、誰にも見せた事のないだろう場所に触れる。
「・・・・・吸わせる相手がいるのだろう?・・・・」
「おやめくださ・・・・!!」
ゆっくりと指を滑らせて花弁ををたどり、更にその奥の蔭りに指を走らせようとしたそのとき。

締め切った筈の部屋の中を突風が通り過ぎた。
「うわっ・・・!」
「なにっ・・・・!!」
只の風のはずが旋風へと姿をかえ朝実の手から博雅を奪い取った。

不意に風が止んで。
部屋の中が静まり返った。
放り出された博雅がなんとか身体を起こして、硬直した。
「なっ・・・・!」

部屋の真ん中に、博雅の胴回りもあるほどの胴体をした白蛇がとぐろを巻いていたのである。
全体が発光しているのでは・・と思えるほど輝く白い鱗に全身を覆われた蛇の紅い目にじっと見つめられて二人は凍りつ いたように動けなくなっていた。
もともと白蛇は神の御使いとされているがゆえに無下に追い払うわけにも行かず、只ただじっとしているしかない。

やがて、ゆっくりとそのとぐろを崩して前に進み始めた。
しゅ・・・と布と鱗のすれる音がして白蛇が近づく様子を博雅は魅入られたように見つめていた。

一枚一枚の鱗が微妙に白色に輝く光りを放ちつつゆっくりと近づいてくる。
そしてその紅い瞳に魅入られて博雅は動けなかった。

その蛇の美しさに魂を吸い取られそうで。
やがて、博雅の足元まできた蛇がゆっくり博雅の脚に巻きついた。

「ぅわ・・・・・・」
鱗の冷たさと自分の身体を這い登る為に蠢く様子に思わず博雅は声を上げた。
力強く巻きついてくる太い胴体は、足首から脹脛へ、太腿へ巻きつきながらと博雅の夜着の中に入り込んでいく。
「ひ・・・あっ・・・!」
その長い胴体をくねらせながら這い上がられる度に冷たい鱗が博雅の股間をなぞり上げていく。
「あ、あ・・・・」
「ひっ・・博雅殿!!」
腰を抜かした朝実がどこか幻想的な光景に見入りながらも博雅の名を呼ぶ。
途端、白蛇が威嚇するようにその口を開け先の避けた舌先を躍らせた。
胴体に何重にも巻きつく胴体は決して締め付けすぎずにゆっくりと蠢いて。
そのたびに隆起してしまった敏感なその乳首を押しつぶすように擦り上げられて博雅が快感にすすり泣く様を朝実は声も なく見つめるしか出来ず。
首が力なくカクンと後に落ちた博雅のその顔は悦楽に彩られていた。

その内に。
ゆっくりと巻きついた白蛇が身体をうねらせる度に空中に浮き始めた。博雅のつま先がゆっくりと寝具を離れる。
まさしく神の使いとしか言い様のない神々しい光を放ち始めた白蛇に抱かれて博雅が恍惚としている。


いまや完全に部屋の中に浮きあがった白蛇が博雅を抱きこんだまま、朝実に威嚇するように大きな口を裂いた。
「ひっ・・・・!」
その恐怖心からか気を失った朝実が小さく悲鳴をあげて寝具に倒れこむのを見た白蛇が上空を仰いだ。

「・・・なあ」
抱かれている博雅に不思議なほど恐怖心はなかった。かえって、不思議な安心感を感じるくらいである。
そっと自分の身体に巻きつく胴体に動かない手を這わせると白蛇が見下ろしてきた。
二つの紅い目が優しく輝いている。その瞳がどこかで見たような感じがして博雅がじっと見つめる。
白蛇は優しく博雅を抱きなおすと上空へと飛び立ったのだった。



飛んでいたのは僅かな時間だった。
そっと地上に降り立った白蛇はそっと博雅を解放すると、あっという間に只の紙へと姿を変えて落ちた。
思わずへたり込んでしまった博雅が紙を拾い上げて呟く。
「・・・式神?」
当たりを見回すとそこは見慣れた晴明の屋敷だった。
「・・・ここ、は・・・・」
「大丈夫か、博雅」
「晴明!」
声をかけられて振り向くと縁側に晴明が腰掛けている。
「晴明! やっぱり晴明だったのか!」
「博雅様、おみ足を」
後から響いた可憐な声に驚くと何時の間に参上したのか蜜虫が水を張った手桶を持って立っている。
「あ、すまん」
縁側に腰掛け桶に脚を入れると蜜虫が土に汚れた足を綺麗に洗ってくれた。
そのまま濡れ縁に上がり晴明と向き合う。
「な、晴明、あの白蛇は晴明がだしたのだろ?」
「ああ」
「すごい、綺麗な白蛇だな! 空を飛んだぞ!」
「式神だからな、空も飛ぶさ」
「凄かった・・・空を飛んだのは初めてだぞ、俺は!」
博雅は、たった今経験したことに興奮していて自分が体験したことをすっかり忘れ去っていた。
勿論目の前の晴明の変化に気付いてなんぞいない。
敏感に主人の変化を察した蜜虫がそっと後ずさり、蝶に姿をかえて飛び去った。

「それにしてもよく俺の居場所がわかったな!」
その瞬間、びしっ、と鈍い音が響いた。
「・・・なんだ?」
ふと、博雅が見れば晴明の手の中の杯が割れて酒に濡れている。
「晴明!?」
慌てて晴明の手をとり割れた杯を取る。
「大丈夫なのか、晴明・・・!」
呼びかけても返事か返らない。

そこで漸く。

「・・・・あ、あれ? 晴明?」
「なんだ」
「は・・はは、なんか・・・・怒ってる、のか?」
「怒ってなぞおらん」

怒っている!!

博雅が思わず真っ青になる。
いまだかつてないほど晴明が深く静かに怒っていることが漸くわかった。
こんな晴明はお眼にかかったことがない。
――――――――― あの、道尊との戦いの時ですら見たことのないほどの怒りっぷりに、漸く自分が何かまずい事を 言ったのだと気付いたのだが、しかし。

なっ・・なんで!!

などと自分が原因にも関わらず肝心の晴明の怒りの理由を判っていなかった。

「・・・博雅」
ゆっくりと割れた杯を置いた晴明に博雅は思わず正座をしてしまう。
「はいっ!」
「俺があそこで手をださなかったら、今ごろおまえはどうなっていたであろうなぁ・・・・」
そういって、ゆっくり立ち上がった晴明のバックに漂う暗雲は。

「さ、さあ・・・・」
鋭い目で見下ろされて博雅はまさしく蛇に睨まれた蛙状態。

「で、でも・・・あの」
「ふむ・・じっくり判らせないといけないようだな・・・・」
晴明にハリのある低い声が博雅の身体を縛り。

「せっ・・晴明!!」
博雅より背も低いはずの晴明が軽々と博雅を抱き上げた。
「しずかにせんか」
「ちょ、ちょっと待てって!!」
確かに自分より重いはずの、ましてや暴れている博雅を抱えてビクともせずに晴明がすたすた歩いていく先は。

いつもの晴明の寝所に連れ込まれて寝具の上に放り出された。
「せっ・・・晴明!!」
無言のまま晴明は博雅の帯に手をかけて解いてしまう。さんざん暴れてとっくに緩んでいたのだ、あっさりと解けて簡単に その肌を晒してしまう。
「ちょ・・・・!」
部屋の明かりも落さずに着ている物を剥ぎ取られて倒れ臥した博雅の全身が羞恥心に赤く染まる。
晴明はそんな博雅に視線を定めたまま上衣を脱ぎ落した。バサリ、と足元に落ちた絹の衣に博雅の身体がビクリと跳ね る。
「せ、せいめ・・・・・」
「何処を触られた?」
「え・・・」
晴明の低い声が響いて博雅が思わず顔をあげた。
「何処を触られたか見せてみろ」
無表情な晴明の、その中の二つの瞳に浮かぶ激情の色が心の内を語っていた。
「・・・・・どこを見られた」
「晴明・・頼む・・から」
博雅が祈るような気持ちで晴明を見上げても晴明の表情は変わらなかった。

別に博雅に疚しいところはない。
ただ、恥ずかしいだけだ。けれど、それでは許してもらえぬことを身をもって知っているから。
激しい羞恥心に竦む身体をなんとか起こして晴明と向き合う。
大きく深呼吸をして、博雅は晴明に向かっておずおずと震える脚を広げ始めた。
朝実に広げさせられたのと同じように開いて見せる。
広げらえた脚の間に晴明が片膝を突くと、内股の付け根に咲く紅い花弁に指を滑らせた。
「あっ・・・!」
冷たく滑らかな晴明の指の感触に博雅が震える。
「ここを」
ゆっくりと指を滑らせ、戦慄く博雅の皮膚の手触りを楽しむ。
「触られたのか?」
ゆっくりとその奥へと滑っていく。
「せ、晴明!」
脚を閉じる事も適わず、思わず博雅が叫ぶ。
が、晴明は。
「博雅」
「は、はいっ・・・!!」
にっこり笑って一言。

「明日は式神にでも参朝させるがいいだろう」
「・・・・・・!!」



数日後。
再び出会った朝実はあの夜の記憶をなくしていた。
あれから、何があったのかは知らないが博雅が呼ばれることはなくなったのだが。

「なんだ、博雅、言いたい事でもあるのか」
何時もの如く濡れ縁で酒を交わしていると、なにやら博雅が物言いたげに晴明を見つめているのに気付き声をかけた。
「・・・・・・・・あの時の、俺の・・その、朝実様のところに置いてきた衣なのだが・・・・・」
顔を紅くして下を俯きながらボソボソと話す博雅を見て、にやり、と晴明が笑った。
「くれてやればいいさ、どうせ本物は手に入らぬのだから」
「っ・・・!!」
真っ赤になって口をパクパクさせている博雅を見て晴明が笑った。
「安心しろ」
「う・・・・」
「俺以外見てはならぬものは、全て記憶から消してあるさ」
「晴明!」

そういって高らかに笑う晴明のどうやら機嫌は直ったようであった。




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