おまもり 〜 ただ一つのわがまま 〜






「ところで、だ」
「なんです?」
 関東医大病院、午後の昼下がり。
 いつもの検診。
その日、一条はたまたま入った会議のために、席を外していた。
「これはいったいなんなんだ」
「お守りです」
椿が示したのは一本のネックレス。検査のために外したそれ。雄介本人の手作りだろうそれは 長い皮ひもの先に小さな金色の筒状のヘッドが付いていた。
「ほぉ……、俺が言ってるのはそのお守りの中に入ってるものなんだが」
「プライバシー侵害ですよ、勝手に人の持ち物の中を見るなんて」
「薬理のやつがひっくり返ってたぞ、どこでこんなぶっそうなもの手に入れたんだってな。と りあえず未確認関係のだってごまかしといたが」
「でしょうねぇ、象でも一発で倒せるっていう、秘薬だそうですから」
 内容に似合わないのんびりとした口調。あくまでもとぼけるつもりらしい。ならば直接話 法しかないだろう。
「で、そんなぶっそうなものをどうするつもりなんだ」
「たぶん、椿さんの想像とおりですよ」
「五代!」
 よもやまさかと思った予想が当ってしまったことに、さすがの椿も顔色を変える。
「だって、一条さんにはさせられないでしょう」
「どういうことだ」
「松倉さんが言ってたんです」
「松倉? もしかして、対未確認生命体特捜本部長の松倉さんか」
「正式な役職名は知りませんけど、たぶんその松倉さんだと思います」
 優しそうな人ですね、と語る雄介に場違いながら溜息が一つ。
 とうとう特捜本部の連中には、五代のことを話したとは聞いちゃいたが……いつの間に、あ の人までたらし込んだんだ。この人ったらしの天才が。
 って、現実逃避してどうする。
「それで、なんて言ってたんだ」
「俺のことは一条さんが射殺する、そう言ってたそうです。もし俺が他の未確認生命体みたい に戦うためだけの存在になったら、一条さんが自分で射殺する、そういう条件で、今まで無理 を押し通してきたんだって」
「あいつらしいな」
 らしすぎて溜息もでない。そういうやつだ、あいつは。
「俺もそう思います。だけど、あの人にそんなことはさせられないでしょう。それに俺も自分 の始末くらいは自分でつけたいですしね」
「それで、これか? だがその方があいつにはきついぞ」
「そうかもしれませんね。えぇ、たぶんこれは俺のわがままです。あの人には綺麗なままで、 まっすぐなままでいてほしいって」
一条さんは、俺の大切な人だから
「この日本では必要ないことでしょう。人…とはもういえなくなってるかもしれませんけど、 人を殺すという経験は。たとえ刑事であっても」
そう、あんな思いはけして………


あれはまだ十代の頃。
南アジアを旅していて行き倒れかけたことがあった。助けてくれたのは山間の 小さな村人たち。男手の少ない村だったんで、お礼も兼ねてそのまましばらく滞在して力仕事 なんか手伝った。見ず知らずの旅人である俺を、村の人たちはやさしく迎え入れてくれた。け れどそこは反政府ゲリラ寄りの村で、ある時、政府軍の襲撃があった。
本物の銃撃戦に唖然とする雄介を庇って撃たれたのはミーナという小さな女の子。亡くなった 父親に似ているといって懐いてくれた。幾発も腹を撃たれて助かりようもない重傷に、母親に頼まれ てトドメを刺したのは……俺。
あんな思いを一条にはさせたくない。


「だからね、これはおまもりなんです。俺が俺であるための」
 俺が俺でなくなってしまう最後の瞬間にこれを。
26号の時のことがあるだけに、これだけでは心もとない気もしないではないが、神経系のものら しいからなんとかなるだろう。アマダムもまた神経組織を伸ばして自分を支配しようとしてい るのだから。
「わがままだってことは解ってるんですけどね」
 きっと、あの人は傷付くだろう。けど、それでも。
「言わないでいて、くれますよね」
 医者であるあなたには、許せないことでしょうけど。
「おまえがそこまで覚悟決めてるなら、しかたがないだろう」
 たとえここでそれを取り上げたところで、別の手段を選ぶだけだろうから。
「患者の守秘義務ってやつもあるからな」
 願わくば、けしてそれを使うことのないように。
「だが……そうだな。口止めが欲しいな」
「口止めですか? 俺、金ないですよ」
「誰が物で欲しいって? 言ったろ、『口止め』って」
 意味ありげに笑ってみせる。
椿の中に生まれた小さな優越感。一条の知らない秘密を雄介と共有しているという悦び。
「……趣味悪いですね」
「それは一条のやつも同じだろう」
「そうじゃなくてぇ……まぁいいですけど」
 諦めたように溜息を一つ付いて、雄介は唇を重ねた。
ふわりと口付けて離れようとした雄介を抱き寄せて、椿はくちづけを深くする。

 共犯者という名の、甘い罪の味がした。







ごめんなさい〜〜〜。でもうちの雄介ってこんな奴なんです。
自分ことは自分でケリ付けたがるというか……。ある意味も一条さんよりもひどいやつです。
ネタを思いついたのはけっこう前ですから、今だとまたちょっと違うかな。
完全に使えなくなる前にと、慌ててアップしました。
たぶん、この後、キスしてるところを一条さんに見つかって大騒ぎになるんだろうな。
ペンダントヘッドのモデルは私が以前旦那に貰ったもの。同じように中が空になっていて、ピ ルケースとして使うものらしい。で、特に持病もないので、緊急性があって常に持ち歩きた い薬はなんだろう……と考えて、思いついたのが『正露丸』───旦那大爆笑。

ひかる  


で、つい大騒ぎになってる部分も書いてしまいました。
はっきりくっきりギャグです。それでも見たいという方はこちらへどうぞ。

☆☆☆]←check!

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