もしもの世界 その2





           Q:もし、五代くんが記憶喪失になったら……

           T(時間):とある午後、PM2:00ぐらい
           P(場所):関東医大病院の五代雄介の病室(個室)
           O(場合):未確認との戦いで負った怪我の影響で五代雄介は記憶喪失になった

「今度はおまえか」
「はぁ……」
 医者らしき白衣をきた人物に雄介は頭を下げた。傍らにはスーツを着たやたらと顔の良い男。この病室で目覚めた当初 から彼は付き添ってくれていて、目覚めたときに彼と交わした会話が、自分の記憶障害に気付いたきっかけだった。
「で、どうなんだ?」
「おまえの時とほぼ同じだ。ここ1,2年の記憶に障害が起きてるらしい」
「ここ1,2年か、やっかいだな」
「まったくだ……って、確か前も同じことを話した気がするぞ」
「同じ症状なんだからしかたがないだろう」
「あ…あの……」
「「なんだ?」」
 ダブルで振り向かれて、ベットの上だというのに少し身を引いてしまう。なんだってこう二人とも迫力があるのだろう。かと いって『や』のつく自由業に従事している方々には見えないのだが。
「すみません、あのお二人ともなんか俺のこと良く知ってるようなんですけど」
 等の本人である雄介を差し置いて交わされる会話に漸く割って入る。このまま放っておいたらなんかとんでもないことに なりそうな……記憶がないながらもそう感じたのは多分『防衛本能』ってやつだろう。
「そういえば、自己紹介がまだだったな、俺は椿だ。椿秀一、この2月からおまえの主治医をしている」
「主治医? …ですか?」
「あぁ、だからおまえの体のことは隅から隅までよぉく知ってるから、安心して任せておけ」
 そういってにやりと笑う表情は、とてもじゃないが安心して任せらるようなものじゃない。もともと病院が苦手ということもあ り、無意識に雄介の腰も引けて、ベットの上を後ずさっていたりする。
「いやらしい言い方をするんじゃない。見ろ、五代がおびえてるじゃないか」
「痛ぇな、本当のことだろうが。隅々どころか体の中まで知ってるってのは」
「CTスキャンとレントゲンでな」
「あの…その『主治医』って…俺、なにか病気かなにかだったですか?」
 一条のフォローに納得&安心しつつも、それはそれでまた疑問が湧いてくる。
「んんん…いや、そういうわけじゃないんだが……一条、タッチ。後任せるわ」
 説明に困った椿が後を一条に任せる。
 実は君の身体には不思議な石が入っていて、その力で君は無敵のヒーローに返信するんだ……なんて言っても、普通 の人間は信じられないだろう。まぁ五代なら信じてくれるような気もするが。
「あぁ、中途半端な説明ならするなよ、五代が不安がるだけだからな。あ、ちなみにこいつは一条薫な」
「一条…さん?」
 言われた名前を口にしてみる。なぜか耳にも口にもしっくりとするその音のつらなり。確かにこの人は自分の親しい知人 なのだと納得できた。
「あぁ、五代とは今年に入ってからの付き合いになる。もともと君を椿に紹介したのは俺なんだ」
「そうなんですか?」
「あぁ、だから確かに色々と説明するのは俺の方がいいだろう。色々と大事なこともあるしな」
「大事なこと…ですか?」
「あぁ、大事なことだ。君だけじゃなく、俺にとってもね。落ち着いて聞いてほしい。これから話すことは、君には信じられない かもしれないが、すべて本当のことなので俺を信じてほしい」
「わかりました。信じます。俺、記憶はないけど、なんとなく解るんです。一条さんは信じられる人だって」
「そうか、それは良かった」
 そう言って一条は安堵したように笑みを浮かべた。それはまるで華が咲いたようで、それを正面から見てしまった雄介は 思わず頬を染めた。
『どうしたんだろう、俺。いくらこの人がきれいだからって、男の人の笑顔を見てこんなにどきどきしてるなんて』
 自分の反応に慌てて視線を反らそうとしても、魅せられたように体はいうことを聞かなくって……ただ一条の言葉にうな ずくことしかできない。
「ありがとう、おかげで俺も安心して話せる」
「はい」
「まず一番重要なことだが……」
「はい」
「君は私の恋人なんだ」
「はい………………は?」
 なんか今…トンでもないことを聞いたような……
「おまえ…一番大事なことってそれかい」
 固まってしまった五代を他所に、椿が呆れたように口を挟む。
「当然だろう。五代は俺のものだから。そこのところをきっちりと説明して納得させておかないとな」
「アマダムや未確認のことはどうでもいいのか」
「そんなもの、後だ後」
 あっさり切り捨てる。これが未確認対策本部の要かと思うと頭痛が……ここに警察関係者がいなくて本当に良かった。
「だいたい普通そういうことはショックを与えてはいけないとか何とか言って、隠しておくもんじゃないか?」
「隠すもなにも事実だろう。だいたいそんなことをしていたらおまえに何を吹き込まれるか」
「ははは…まさかそんなこと……」
「あるんだろう」
「……否定はしねぇけどな」
「ちょっ……ちよっと待ってください!!!」
 ようやく頭の回線が繋がったらしい。目の前で繰り広げられるとんでもない会話を雄介が遮る。
「どうした? 五代」
「本当なんですか! 俺と一条さんが恋人だなんて」
「事実だ。最近はほぼ同棲しているようなものだしな」
「ど…同棲!! 嘘……!」
「嘘じゃない。俺を信じないのか? 五代。さっき俺を信じると言ったのは嘘だったのか」
「え? あ… いえ…そんな…嘘じゃありません、で…でもっ!」
 自分が目の前にいる『美形』を絵に描いたような人物と恋人同士で、しかも同棲してるだなんて……あまりにあまりな事 実に半ば五代はパニックになりかけていた。だがそこで五代をなだめてくれるような人物はそこにはいなくて、いるのは当 事者と、こうなったら事態をとことん楽しもうという第三者だけだった。
「あ、そうだ」
「どうした? 椿」
 さらに事態を楽しむのに努力を怠らない男がぽんと手を合わせた。
「証拠ならあるぞ」
「なに?」
「ちょっと待ってろ」
 なにを思いついたのか、ニヤリと笑うと椿は部屋を出て行き、そして待つこと5分、戻ってきた椿が手にしていたのは数枚 の写真だった。
「ほれ」
「はぁ?」
 渡されてつい受け取ってしまう。そしてそれを見て………五代は素直に固まった。
「!!! こ……これって……」
 場所は病室だろうか? ここと同じような室内がその写真には写されていた。登場人物は二人。無論それは雄介と一条 で、ほとんどキスせんばかりに顔を近づけている。その写真の中で一条は隠し様もないほど愛しげに雄介を見つめてい て、雄介もまた潤んだ瞳で一条を見つめていた。誰がどう見ても恋人同士の写真だろう。
「おい、なんだこれは!」
「なんだって、見たまんまのもんだけど」
「まったく……油断も隙もないな」
「あ、言っとくが、それ撮ったの俺じゃないからな」
「嘘をつくな」
「本当だって。だいたい俺が撮るんならこんなお子様向けじゃなく、もっと成人向けにおいしいのを撮る」
「自慢できるようなことか。ならいったい誰なんだ? こんなものを撮ったのは」
「うちの看護婦」
「プライバシー侵害だな」
「まぁ激務の中のささやかな潤いってことで見逃してやってくれ。他所には流さないよう注意はしてあるから」
「しかしだな……」
「普段から急患やら休日出勤やらで無理を言ってるからな、あんまりきつくは言えねぇんだわ。ちなみにその『急患』や『休 日出勤』が誰と誰のせいかはわかっているよな」
「……………」
 心当たりがあるだけに、さすがの一条もそれ以上のことは言えない。確かに看護婦を敵に回したら、たとえ椿が尽力して くれたとしても、今後の治療に差し障りがでるのは明らかだろう。加えて色々と無理を言っている自覚もある。ここは雄介と の仲を黙認されているとでも思って口を噤むのが身のためだろう。
「まぁいい、ところで、だ」
 気を取り直して一条は話を変えた。ついでに言うと雄介は未だ写真のショックで固まったままだ。
「頼みがあるんだが」
「判ってるって。次の回診は4時だから、それまでに済ませろよ」
「4時か……あまり時間はないがしかたがないな」
「贅沢言うな。面会謝絶の札掛けておいてやるから」
「あぁ、頼む」
 一条の言葉にひらひらと手を振ると、椿は病室を後にした。
 パタリと扉の閉まる音にはたと、雄介が正気に戻る。
「あれ? あの…椿さんは?」
「席を外してもらった。君と二人っきりで話したいことがあってな」
「二人っきりで、ですか?」
「そう、二人っきりでだ」
 そう言って一条はにっこりと笑った。
 その笑顔におもわず目を奪われてしまった雄介が気がついたときには、一条の顔が大アップに迫っていて、気が付けば キスなんてされていたりして………

 そしてやっぱり正気に戻った頃には、しっかり一条に食べられていた五代くんでした。



Q:もし、うちの五代くんが記憶喪失になったら……
A:別になにも一条さんが変えさせない。






以前書いた『もし一条さんが記憶喪失になったら』の五代くんバージョンです。
まだリハビリ中なせいか、ちよっと不調。
本当にうちの一条さんって、どんな状況でもやることは変わらないのね。
from ひかる


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