もしもの世界 その1





           Q:もし、一条さんが記憶喪失になったら……

           T(時間):とある午後、PM2:00ぐらい
           P(場所):関東医大病院の一条薫の病室(個室)
           O(場合):なんらかの事故で負った怪我の影響で一条薫は記憶喪失になった


「で、どうだって?」
「あぁ、担当医の話だと、どうやら頭を強く打ったせいで比較的新しい記憶、つまりここ1,2年の記憶に障害が起きてるら しい」
「ここ1,2年か、やっかいだな」
「まったくだ」
「それにしても落ち着いてるな、おまえ」
「慌てても始まらんだろう」
「そりゃそうだけどな」
 ふつうはもう少し慌てるものだろう。椿は内心突っ込んだ。この落ち着き様といったら、頭に巻かれた包帯がなければと てもじゃないが怪我人には見えはしない。
「まぁ、こいつにあまり心配をかけんなよ」
「わっ…椿さん!」
 傍らで黙って二人の話を聞いていた雄介の頭をくしゃりと撫でる。
「大変だったんだぞ。怪我して運ばれてきたおまえより、付き添ってるこいつの方が顔色悪かったぐらいでな」
「すまない。心配をかけてしまったようだ」
「あ…いえ、こっちこそ慌てちゃって」
「悪いが名前を聞かせてもらえないだろうか。以前の俺だったのなら知ってたんだろうが」
「あ…そうなんですよね。俺、五代雄介って言います」
「五代雄介…五代くんか」
「五代でいいです。ずっとそうでしたし」
「しかし……判った『五代』だな」
「はい」
 しばしの逡巡の後、名前だけを口に乗せると嬉しそうに返事が返る。確かに、その方が呼びなれていたようだ。しっくりと 音が耳に馴染む。
「で、それ以上は聞かないのか?」
「なにをだ」
「例えば、五代とおまえがどんな関係だったのかとか」
「椿さん!」
「必要ないだろう」
「ほぉ」
 さらりと応えた一条に、おもしろそうに椿の瞳が眇められる。
 反対に五代の表情は僅かに曇った。
 『必要ない』───その言葉に、まるで自分の存在そのものが一条にとって必要ないと言われた気がして。
「必要ない…ね」
「あぁ、だいたいおまえになんぞ聞いたらどんなことを吹き込まれるかたまったもんじゃないからな。聞くにしても相手は選 ぶさ」
「そこまで言うか」
「ならどう応えるつもりだっんだ」
「ん〜〜〜、どう言おっか? 五代」
「な…なんでそこで俺に振るんです」
「えぇ、だっておまえのことだろう。やっぱり本人に聞くのが一番じゃん。で、答えは?」
「え? あの…その…」
「いい加減にしろ、椿」
「でも重要なことだろう」
「おまえの場合、それに託けて五代を構いたいだけだろう。言っておくがな、椿」
 半ば呆れつつも、視線でしっかり念を押す。
「なんだ?」
「俺が入院している間に手を出すなよ、五代に」
「え?」
 今、なんと言った?
「こいつは俺のもんだからな」
 言葉とともに一条はぐいっと五代の腰を引き寄せた。
「一条さん!」
「思い出したのか? 一条」
「いや、まだだ」
「ならなんで…」
「身体が知ってた」
「はぁ?」
「俺の身体、五代にだけ反応するんだ」
「はい〜?」
 なんかとんでもないことを聞いたような。
「椿、ここの看護婦ってスタイルいいのが多いな」
「あぁ、事務長の趣味でな」
 いきなり飛んだ話題にも椿が連いていけるのは、さすがというか単に付き合いが長いせいなのか。
「看護ついでにモーションもかけられたんだが、まったくその気にならなくてなぁ」
「ほぉ」
「よもやまさか、事故のせいで役に立たなくなったのかと心配したんだが」
「今回の怪我はそっち方面には影響ないはずだが」
「精神的な理由というのもあるだろ」
「おまえに限ってそれはない」
「ま、そうだけどな。実際反応したし」
「一応、聞いてやろう。なんにだ?」
「五代、ちょっと手を貸してくれないか」
「え?」
 返事も待たずに腕をとり、自分の胸に当てる。
「うむ、やはりな。あれだけグラマーな胸を押し付けられても何も反応しなかったのに、こうして手を触れてるだけでキてる し」
「え? えぇ〜〜!」
 キてるって…キてるって……慌てて手を引こうにも、一条の腕はがっちりと五代の腕を掴んでいる。
「さっき、俺と椿が話してる間、ずっと俺を見ていただろ。ちょっと俯きがちで。その視線にクラっときた」
「そんなこと考えながら、俺と話してたのか」
 じたばたじたばた。
「ついでに言えば、そういう相手が傍にいるのに、この俺が口説いてモノにしてないはずがないだろう」
「さすが一条、自分の性格を把握してる」
 ばたばたばたばた。
「当然だ」
「いいけどな、そろそろ放してやったらどうだ? パニくってるぞ、五代」
「ん? あぁ、どうした?」
「や…あの…その……とにかく放してください」
 気が付けばすっかり抱き込まれていて、五代は一条の膝の上に座らされていたりする。加えてその抱き込んでいる腕が 怪しげな動きをしていたりして……。
「いやだな」
「一条さぁ〜ん」
「おまえは俺のものなんだろう」
 あぁ、もうこの自信はどこから来るんだろう。
「だからぁ」
「違うのか?」
 目を見つめて問われればもう抵抗なんてできなくて。
「五代、おまえは俺の恋人なんだろう」
 トドメにそう囁かれて、くちづけされれば思考さえも奪われて。

「椿」
「判ってるって。次の回診は4時だから、それまでに済ませろよ」
「足りない気もするが、なんとかなるだろう」

 正気に戻った頃には、しっかり一条に食べられていた五代であった。



Q:もし、うちの一条さんが記憶喪失になったら……
A:別になにも変わらない。





きちんと書く根性がなくて、コネタにしてみました。
しかし本当にうちの一条って、どんな状況になってもやることは変わんないのね。

ひかる


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