【アルバム】

2026年お正月特別書下ろしネコ太極拳短編小説


金ちゃんに感謝を込めて

きなこ色のネコの金ちゃん24式を舞う
原題:最強の拳士現る(ニャン拳誕生秘話)

作:Yosshi Fujji & 1104

きなこ色の金ちゃんは春日部の関根さんのお家の猫です。

飼い主の等くんはサラリーマンですが、土曜日と日曜日は大人やこども達に太極拳を教えていました。

ある日、蚊がぶんぶんと耳元をとびまわっていたので、金ちゃんは立ち上がって両手ではらいのけました。
クワがしっかり入り、後ろ足が軽くのびたその姿を見て、等くんは驚きました。

それは野馬分ゾンという太極拳のワザだったのです。
大勢のお弟子さんを育ててきた等くんは、一目見て、金ちゃんが類まれな太極拳の才能を持っていることがわかりました。

「金ちゃん、一緒に練習しよう」

よい先生を得て、金ちゃんはみるみるうちに上達しました。
等くんがお仕事で居ないときはお部屋に入り、日本武術太極拳連盟のテキストをいっしょうけんめい読みました。

ある日、お弁当を忘れてお出かけした等くんを追って、金ちゃんは大きな体育館に迷い込みます。
「等くんどこかな」
お弁当を手に、キョロキョロとあたりを見回していると、放送が入りました。

「アレクサンドル・セキネキン選手、いらっしゃいましたら至急、第一コートまで来てください」

「あれ?僕のことかな」
金ちゃんはあわてて第一コートに走っていきました。

審判長の白井幸子先生は、とつぜん現れたきなこ色の猫を見て、びっくりしました。
「セキネキン選手ですか?」
「はい、僕、関根金です」

実はセキネキンはロシアの選手だったのですが、時差のつかれから、出番を待つ間、トイレでうたた寝をしてしまっていたのです。

「表演服は持っていますか」
金ちゃんはだまって等くんのお弁当の包みをほどきました。
とるものとりあえす、手近な布で包んできたのですが、実は子どもサイズの表演服だったのです。

赤い旗がふりおろされ、表演服に身を包んだ金ちゃんは24式の表演をはじめました。

あまりの素晴らしさに、場内は水を打ったように静かになりました。
隣のコートで審判をしていた等くんは、みんな何を見ているんだろうと思って振り向きました。

(金ちゃん!!)

等くんは心の中で驚いて叫びました。
でも自分のコートでは、練習を重ねてきた選手が一生懸命演武をしていますから、金ちゃんを見ているわけにはいきません。

目は自身のコートの選手の演武を追う等くん、でも金ちゃんが気になって仕方がありません。
等くんはふと、冷静さを取り戻しました。
「あの、あの僕といっしょに練習した金ちゃんを信じよう。金ちゃんはしくじらない、A組だって。」

わずかの時間、気持ちがぶれた等くんでしたがすぐに気を取り直し、自陣の判定を出します。

金ちゃんは、突然のコールにも気持ちは微動だにぶれません。
等くんといっしょに春日部で練習した時間、あの集中、そして「ゆるめて、つなげて、拡げる!」と
いつも等くんがかけてくれた声を思い出しながら、いっしょうけんめい演武しました。

「片足立ちするドンジャオ、軸足の曲がりが辛い…蹴る足の膝も伸びない…」と練習で泣き言を言うたびに等くんがかけてくれた
「金ちゃん、ネコだってがんばれば膝が伸びるよ、きっと!」
金ちゃんはいっしょうけんめい練習してきました
そして。。。

金ちゃんはうなじを立て、左のドンジャオも右のドンジャオも、そして左右のシャーシードゥリーも
見事に膝を伸ばして高い花を高く咲かせ、水平よりきちんと座込み低い花を見事に低く咲かせ
A組審判員もかたずをのんで見守っていましたが、見事な演武に「No減点」でA組5.0点!

最後まで落ち着いた演武で十字手、ショウシーとこなし、ゆったりと、しかし勁力に満ち溢れた収脚で演武を終えます
審判長の白井幸子先生、3人のB組審判、みんなが目の前で初めて観た「ネコの太極拳」に、そして
その非の打ち所がない「太極拳の必須・四文字熟語」(注:心静体松、など)をもれなく体現し、
</span>まさに「ネコが歩むがごとく」軽やかな中にも慈愛に満ちた眼法で勁力に満ち溢れた手法と歩法を導く演武、
に誰もが言葉も交わさず、手元の打点票に「3.90」と当日の最高点を書いていました<br>

初めての演武で、審判の先生方からいただいた「A組5.0、B組3.90、最終得点8.90」の高得点(※1)の価値の重さも
よくわからない金ちゃんでしたが、隣のコートの審判席でにっこり微笑んでくれている等くんの顔をみて
「ぼく、がんばったんだね、等くんありがとうございました、またがんばるね!」と
金ちゃんは抱拳礼をしてコートを後にしましたが、忘れずに
お弁当を受け付けのお姉さんに「等くんに渡してください」とお願いをして、春日部へ帰りました。

しばらくしてトイレで目を覚ましたロシアから来たセキネキン選手がコートに入った時には
競技は終了し、だれもいませんでした。
セキネキン選手が、金ちゃんより良い得点をだせたかどうか、はだれにもわからないこととなりました。

まだ審判をしている等くんより一足先に春日部の自宅に戻った金ちゃんは考えました。
「さっき違うコートでやっていた演武はかっこよかったなぁ…本当に飛んだり跳ねたりしていた」
「それに“ギャー“とか“ダー”とか、大きな声を出してまるで雄たけびを上げているようだった、なんていう演武なんだろう」

金ちゃんは等くんの本棚にあったDVDのケースを引っ張り出していろいろ見ました
『あ、これだ、この人が来ている肩を出している表演服、そして膝をついてカメハメ波をしている!』
金ちゃんが興味をもって、しまいに見つけたのは『南拳』でした。

おとなしく等くんと春日部で暮らす金ちゃんですが、南拳の演武を見てどこかに潜んでいる
野生の血に、激しい動きの演武を見て火が付いたようでした。

『僕は南拳を練習したい、そして「ギャー」って言えないから“シャー”って言ってかめはめ波を打ちたい!』
審判を終えて自宅に帰ってきた等くんに、金ちゃんは珍しくおねだりをしました。

『金ちゃん、残念ながらぼくは君に南拳を教えてあげることはできないんだ。
それに、君に南拳を教えてくれる唯一のjiba nyan先生(※2)は…もういないんだ』
『でも、君に、君だから教えてあげられる拳法を思いついた!』
『君の子供のころからの、君の動きを見て思いついた拳法なんだ。その名は・・・』

金ちゃん『その名は?』
『南拳ではなく、ニャン拳だ〜!』
金ちゃんと等くんはその後いっしょうけんめい練習をして、しまいには金ちゃんは日本初のニャン拳の名手となりました。
『シャー!』いまでは武術太極拳のコートでは、元気に金ちゃんの発声が響いています。




金ちゃん、長い間いっしょにいてくれてありがとうございました。(by 等くん)

脚注:
(※1)新国際競技ルールにおいて“最終得点8.9点”とは、全日本武術太極拳選手権大会の簡化24式太極拳の第1位選手の成績程度となります。
(※2)jiba nyan先生は実在の人物で、8年前の全日本武術太極拳選手権大会において大田区武術太極拳連盟所属選手として南(にゃん)棍で出場し、
見事第2位の成績を収めた実力者です。


写真は等くんとの厳しいニャン拳の練習中、腰が抜けるほど疲れ思わず両手をついて息を整える金ちゃん






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