木星奪還部隊ガイアフォース 番外編

「サイコバリアー」


 テレビ画面には、19世紀からの様々な科学技術がフラッシュバックでカットインしては、さらにそ の上に新暦になってからの見慣れた科学技術の画像が重なっていった。
 すると番組のオープニングを飾る、オーケストラによる荘厳なテーマミュージックが流れ出すとと もに、その番組のタイトルが画面の奥から滲み出るように現れた。
 番組のタイトルは『驚き!最新テクノロジー』と形作られた。
 タイトルをおさえたカメラがパンダウンするように動いたかと思うと、おなじみの美人アナウンサー が、いつものとおり、清楚にして知的な雰囲気を醸し出しているところを俯瞰で捉えた映像となった。
 一転、彼女を正面から捉えたアングルとなり、涼しげな口調を思い出す間もなく、その声は聞こえてきた。
「みなさんこんにちは、今日の『驚き!最新テクノロジー』は、特別企画『驚異のサイコバリアーテク ノロジー』と題して、先日発表された地球連邦軍の最新型ラウンドムーバーに搭載されることとなり 話題を呼んでいるサイコバリアーに迫って見たいと思います。
 最後まで、驚きの真実にせまっていきますのでどうかお楽しみに。
 それでは始めましょう。夢のテクノロジー世界への旅を」
 BGMが大きくなり、スポンサーを紹介するテロップが入ると、画面は太陽光を受けた地球弧を写しだし スポンサーのコマーシャルへと続いた。一分後、美しい彼女が再び画面に姿を見せた。
「あらためましてこんにちは、エリカ・クリスティナーです。今日は先週もお知らせしたとおり、地球連邦 軍の最新兵器技術の粋を結集した驚異の兵器『サイコバリアー』にグッと迫っていきますよ。お話を伺うの は、地球連邦軍生体エネルギー研究所の主任研究員でサイコバリアーの開発を行っているハンスリー・レイ ノルズ博士です。レイノルズ博士、よろしくお願いします」
 エリカ・クリスティナーは、心地よい色香を漂わせながらハンスリー・レイノルズを紹介した。
「よろしくお願いします」
 ハンスリーは、エリカとは対照的に、いつもの白衣をまとい、化粧もほとんどしないままの登場であった。
 唯一身につけたアクセサリーは、金のネックレスだった。白衣の彼女が身につける金のネックレスはミ スマッチで洒落ているとは思えなかった。
「そして、辛口コメンテーターは、デイビス・タチバナさんです」
 エリカは、鋭い批評で有名な科学ジャーナリストのデイビス・タチバナを紹介した。
「今日もジャーナリズム精神全開でバッサリいきますよ」
 タチバナはいつものお約束とばかり、一見ふてぶてしい様相とは裏腹な、屈託のない笑顔を見せた。
「タチバナさんには後ほど登場していただきます。さっそくですが、『サイコバリア』とはどんな兵器なの でしょうか」
 エリカはいつものとおり、さっそく本題に入っていった。
「はい、一言で表現すれば、完全に戦争を集結させることができる兵器と言えるでしょう。具体的には、 兵器を無力化する兵器です」
 ハンスリーの言葉は真実を語るように聞こえたが、逆にそれが偽善に思えるのだった。
「それはすごいですね。兵器がなくなれば少なくとも武力戦争はなくなりますね」
 エリカは中立的な立場で進めた。
「そのとおり。サイコバリア技術は戦争終結の決定打です。この地球圏で起こっている紛争のすべてをこ の技術で集結させることができます」
「なるほど。ではここで、サイコバリアの実験模様をレイノルズ博士の解説を交えながらご覧になって頂 きましょう」二人の間に大型のプロジェクタースクリーンが床からせり出した。「ではVTRスタート」
 画面には広大な平原に立ちつくす一体の緑色のラウンドムーバーが映し出された。
「このRM『グリーンベア』には、サイコバリア発生システムが搭載されています」
 画面は、そのRMのコックピットと思われる画像となった。そこに収まるパイロットからは、何本ものコ ードが機体側に延びていた。
「パイロットのモイ・ハロルドソン少尉が、着用している特殊なパイロットスーツには、RMの機体にパイ ロットの精神感応波を伝えるコードが接続されます。基本的には、ヒトの精神感応波をシステムで電気変換 後増幅し、RMを中心とした半径1キロメートル圏内の軍事兵器の利用を制限するというものです。近い将 来には影響範囲を数倍に拡大できるでしょう。RMの周辺には、無人の兵器が配置されています。陸上では タンク、上空にはヘリ。これから配置した兵器を起動させます。同時に、RMに搭載したサイコバリアを発 動させます。約一分間で、配置された兵器を取り囲み移動不可能する特殊な空間を生成することができます。 この空間をサイコフィールドと言うわけです」
 画面の中のRM『グリーンベア』は身動き一つもしていなかった。
「では、実験が始まります」
 ハンスリーは素っ気なく説明を続けた。
 配置された空陸の兵器たちが動き出した。
 画像的には何一つ変化が起こらないままだったが。タンクが移動するのを止めると同時に、ヘリがロータ ーの回転を止め、墜落し炎上した。
 TV的には、非常に味気ない映像だった。
 配置された兵器をリモコンで操り、移動させるのを止めたのだと言われてもしょうがないといった有様だ った。
「これが、サイコバリアの威力です」
 ハンスリーは、態度を一向に変えなかったが、この時はいささか勝ち誇ったかのように振る舞った。
 ただし、TV的な面白みはなかったのである。
「すごいですね。空と陸の兵器を完全に足止めしましたね」
 エリカは感心したように言った。しかし、2年間やってきた番組の中で最低の瞬間だと思っていた。
 今回の企画は確かに軍事バランスを崩す文字通り驚異の技術であることは判っていたが、いかんせん見た 目が非常に地味すぎていた。番組としては当然取り上げる内容とは思っていたが、打ち合わせの段階でVT Rを見たとたんに、彼女はディレクターに言ったのだった。「こんな子供だましの映像では、視聴率はとれ ません」と。確かにその通りなのだが、サイコバリアとはそういう兵器なのである。視聴率をとるための兵 器ではないのである。
 エリカの相づちは、本心からではなく、なんとか番組をもり立てなくてはとの想いからであった。
  そうですか。では、どのような原理でヒトの精神波を使って、軍事兵器を利用不可能としているのでしょ う」
「まずは、この図を見てください」
 ハンスリーは自分の脇に用意されたフリップをポインタで指した。
「ヒトが何かを意識的に行おうとする際、大脳皮質に変化が起こります。この時に脳に起こる微妙な電気信 号の変化を専用のヘルメットで読みとります。一方、パイロットの身体全体からも同様の信号が検知されて います。それらを総合し、増幅するわけです」
 ハンスリーの説明は極めて一般的な知識の範疇で理解できるように心を砕いていると言えたが、エリカや、 それを聴く関係者にとって、もはや理屈などどうでもよかった。

「ねぇ、お母さん、つまらないよ」
「おいおい、今日は軍のインチキ兵器の宣伝かよ」
「めずらしいな、こういうの」
「2年もやってると、こういう回もあるのかな」
 最高視聴率を維持してきたこの番組も、サイコバリアによってその息の根が止まりそうになっていた。
 しかし、そんななか目を皿のように丸くして画面に食いつく少年二人がいた。
「すごい。すごいや」
「お兄ちゃん。すごいね。ヘリコプターが落ちたよ」
「そうだね。お父さんの作ったラウンドムーバーがやっていることなんだよ」
「ぼくたちのお父さんて、やっぱりすごいや」
 10年後、その二人の少年たちは----。
 兄は地球連邦軍の木星奪還部隊専用起動歩兵『ブルーハウンド』の基本ユニットの設 計技師となり、弟は、そのブルーハウンドのパイロットとなるのだった。
  「ロベルト、ゲイツ、お勉強はすんだの。もうそろそろ夕食の時間ですからね」
 少年たちの母親の優しい声は、二人の耳には入らなかった。

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