第二話

(続)ちょっと待った〜

 


父:

この間の続きを話してやろうか。

子:

この間のって、船外機がエンストして観光船に迷惑をかけたって言う話の続き?
 でも今は勉強中だから、また次にしてくれる?

父:

なに言ってんだよ。それマンガじゃないか。

子:

国語の勉強だよ。漢字にふり仮名ふってないから大変なんだ。

父:

じゃ!お父さんがその本の中から漢字の書き取りテストを出題してやろう。

子:

解かりました。話を聞きます。

父:

始めから素直に聞けば良いのに。
 しかし、お前「テスト」という言葉に弱いね。

子:

他に話を聞いてくれる人いないの?

父:

なぜ船外機がエンストするかは「第一話」で原因を説明したからわかっているよな。
 でも、原因がはっきりしたのは、これから話すことよりも更に後の事だったから、この話は昭和61〜62年頃だったと思う。
 いつものようにマイボートにあの船外機を付けて薄暗い芦ノ湖にボートを乗り出して、いつものようにトローリングで箱根湾からひょうたん根〜恩賜公園下と移動して行った。
 その日の箱根は快晴、絶好の観光日和だった。
 釣果の方は朝マズメに数尾ヒットしたが、快晴のせいか陽が上がるとともに当たりは遠のいて1時間程まったく当たりのない時間が過ぎていった。
 当時は、あのエンストを気にしてラインは3色くらいしか出さなかったが、そこそこの釣果はあったんだ。
 しかし、さすがに9時頃になると3色では届かない所までもぐってしまっているのか当たりは遠のいていた。
 そしてその日も船外機は既に1回エンストしたが、水深のあるところだったから落ち着いて対処できた。
 と言うことは、この後1時間くらいはエンストしないはずだった。
 そこで弁天の鼻を右にカーブし、元箱根湾に船首を向けたんだ。
 元箱根湾は以前にも数回良い思いをしていたのでお父さんのお好みコースのひとつになりつつあった。
 そして悪魔の誘いに取り憑かれた様に何の抵抗も無く元箱根湾に滑り込んで行った。
 案の定、小さな桟橋には餌釣り師が数人いてその浮きの近くでいくつかのライズが確認できた。
 その頃お父さんは湾内への放流が多いことを聞いていた。
 そして、その虹鱒が必ず岸に沿って回遊し、ブラウンに至ってはかけあがりの棲家をテリトリーとして採餌の時以外岸から離れないことも知っていた。
 だから岸沿い20mくらい、駆け上がりのところは5mくらいのところを流すことはしばしばあった。
 芦ノ湖の場合、大型船の桟橋の先端は水深5mラインまで突き出ているから桟橋とトップガイドを1m以内で流すことだってある。

子:

それはこれから話すことに関係あるの?

父:

 今話したことは、父さんの得意とする岸沿いのトローリングコースのことを強調したかったからさ。
 元箱根湾に入ったのは9時を過ぎていたと思う。
 餌釣りの桟橋をめがけて一直線に進み桟橋から20mほどの所で左に舵を切り、箱根湾の朝一でやる例の桟橋先端巡りコースに入ったんだ。
 餌釣り師の浮きから10mくらいしか離れていないから餌釣り師からの視線が厳しかったな〜。
 岸釣り師との間隔はマナーとして50mが目安になっているからね。
 ラインは2色と3色、4〜6mのタナを流していることになる。
 しかし、餌釣り桟橋、海賊船桟橋ともに当たり無し。
 前方には伊豆箱根観光船の桟橋先端。
 魚がヒットしたのは、ちょうど海賊船桟橋と伊豆箱根観光船桟橋の中間くらいだった。
 ヒットした岸側のロッドをホルダーから外して巻き上げていった。
 魚は30cm程のレインボーだった。
 久々のヒットだったので丁寧にネットでランディングしたのとほとんど同時に観光船の警笛の音。
 お父さんは沖側のことを忘れ、岸側と後方しか気にしていなかった。
 だからびっくりしたね〜。
 観光船は着岸に備えて微速前進状態だったが着実に桟橋に近づいていて、既にお父さんのボートは沖側に旋回するチャンスを逸していた。
 もはやもう1本のラインは根掛り覚悟の上で岸側に急旋回し、この場を切り抜ける他に選択肢はなかった。
 ロットも魚も足元に投げ出して回避行動に入ったんだが、いやなことは重なるもので船外機のエンジン音が変だ。
 排気音が途切れがちに間隔が長くなっている。
 そして運転席に腰を下ろしたときにはエンストしてしまったんだ。

子:

やっちゃった〜   あのエンストだね

父:

 悪い事はさらに続き、スターターを回しても反応の無いお父さんのボートは海賊船の進路を塞ぐように惰性で桟橋に近づいていった。
 またしても 「ちょっとまった〜」 をやってしまったんだ。
 観光船は桟橋の手前でかろうじて停止したようだ。
 一向に退避しないボートに業を煮やした係員が詰め所から走り出てきてなにやらどなっているようだった。
 「動けないのか?」・・・お父さんが「そうだ」と頷くと竹竿らしき物を持って来て「掴まれ」とお父さんに差し出した。
 お父さんが中腰でその竿を掴んだ瞬間、年配の係員は思いっきり竿を引っ張りやがった。ボートはスーと回転し、バランスを崩したお父さんはしりもちをつくように後ろに転倒してしまった。
 その時お尻の下で「バキ!」長く伸びた先には今巻いたばかりのラインが光っていた。取り込みを終え足元に投げ出して置いたロッドは根元から「グシャリ」。
 お父さんはその係員を睨み付けたが、お父さんにも非があるから抗議できなかった。その係員もロッドの異変に気がついたようで、また竹竿を伸ばしたが、今度はボート先端のロープに引っ掛け桟橋と平行にゆっくりとひっぱり、海賊船の接岸に支障にならないところまで移動して行った。
 これが鉄道の線路敷きだったら、鉄道会社から損害賠償の請求対象になっていたかも知れない。
 接岸した観光船の乗客は桟橋を渡りながら進路を妨害したお父さんをしげしげと見下ろしていった。船外機は相変わらず回復しないし、穴があったら入りたい気持ちだったよ。
 このことがあってから、このコースは早朝の観光船が動き出す前しか入らないことにした。

子:

お父さんこの後何回観光船を止めたの。

父:

まだ2回だよ。でももうたくさんだね。
 お父さんが悪いのは解かっているけど、退路を塞いでから知らされても動きがとれないよね。
 レイクトローリングの釣方を理解している船長ならタイミングを見計らって早めに知らせてくれると思うんだけど。
 湖は広いけど自分だけが湖上にいるわけじゃないし、まだまだ釣方としてのトローリングを理解している人は少ないから、自分の身は自分で守らなければならないことを肝に銘じて置くことだな。

子:

それで折れたロッドはどうなったの。

父:

これだ。この部分。内径に合った古いロッドを切断したものを内側から接着して、表面はガラス繊維を復元するようにそっと戻し、エポキシ樹脂で補強したんだ。その後はサンドペーパーで表面を仕上げたんだ。
 ルアーメーキングの技術がこんなところに生かすことができたってわけだ。
 この後このロッドは2年程活躍して現役を引退したが、まだこうしてロッドスタンドに陣取っていてトローリング初心者頃のことを色々思い出し、戒めてくれるんだ。

子:

ええ話しやおまへんか〜

父:

それじゃ、今の話の中から漢字を出題するぞ。

子:

そ・そりゃないよ〜。