最終話 天竺へ...
念願の天竺の国境にたどり着いたのは、長安をあとにして14年目のことだった。
山を歩けば僧侶の修行する姿が見え、至るところでお経を読む声がこだましている。
三蔵の一行は釈迦が住む雷音寺へ、疲れた体にムチ打って進んだ。
しばらく行くと、水しぶきを上げて流れる川に着いた。
「どうしよう、悟空兄貴。」...と八戒。
「人の渡れる川ではありません。」...と三蔵。
「筋斗雲には、お師匠様は重たすぎる。」...と悟空。
「こいつは、俺でも溺れそうだ。」...と沙悟浄。
全員が諦めかけていたその時、運のいいことに向こう岸から舟がきた。
「さあ、乗ってください。」
「おいおい、こんなそこの抜けた舟なんか、乗れるわけないじゃないか。」
「舟は底があるからひっくり返る。底がなければ安全です。」
「なるほど。それもそうだな。」
悟空が感心して舟に乗り込むと皆も乗った。舟は楽々と急流を横切って向こう岸にたどり着いた。
ここまで来ればもう少し。三蔵の一行は、目の前にそびえる「霊鷲山(れいしゅうざん)」の山道を登り切り、頂上の雷音寺に入っていった。
そこには、三蔵が夢にまで見た、釈迦とその弟子達が迎え出ていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。」
「弟子達よ。この者達に食事の用意をするように。そして食事が終わったら、経典を
三十五部そろえて差し上げなさい。」
「かしこまりました。」
三蔵はあまりのうれしさに涙を流した。長い道のりで様々な出来事に遭ったことを走馬燈のように思い出した。
ただただ、ありがたいという気持ちで一杯で食事ものどを通らなかった。
食事が済むと、三蔵の一行は宝閣に案内され、三十五部のありがたい経典を授かった。
せっかちな悟空は、経典を授かると早く帰ろうと三蔵達を急かした。
三蔵の一行は、お礼を言い雷音寺の門を出たとたん、突風が巻き起こった。
玉龍の背に積んだ経典は、瞬く間に空へ散らばってしまった。
悟空、八戒、沙悟浄は急いで飛び散った経典をかき集めた。
悟空はかき集めた経典を見てビックリ。文字ひとつ書いてない真っ白な経典だった。
気の短い悟空は、三蔵が止めるのも聞かず、釈迦のところへ飛んでいた。
「お釈迦様! この真っ白な経典はどういうことですか!」
「悟空よ、まあ落ち着きなさい。お経は字で読むものではありません。」
「えっ?」
「たとえ、何も書いていなくとも、仏の心がわかる者には立派なお経です。しかし、
お前がそこまで言うのなら、字の書いてある経典を授けましょう。」
こうして、三蔵は三十五部、全部で五〇四八巻の経典を授かった。
さて、14年もの歳月をかけてたどり着いた天竺。八戒は今までの道のりを長安まで帰ると思うと気が重かった。
すると、目の前に「八大金剛(はちだいこんごう)」が現れ、帰り道を守ってくれると言った。
三蔵の一行は、八大金剛を先頭に空高く舞い上がると、風に乗って長安へと飛んでいった。
その日、三蔵の修行の場でもあった長安の「洪福寺(こうふくじ)」では、奇怪な現象が起こっていた。
それは、洪福寺境内の松の枝が全て東へ向いていたからだ。坊主達は何か不吉なことが起きなければと思っていた。
ある坊主がこう言った。
「お前達、三蔵法師様がこの長安をお立ちになるときにおっしゃられた言葉を
忘れたか?」
「うむ?」
「『境内の松の枝が東に向いたとき、天竺への旅の役目を終えて帰るときだ』と...。」
「そうだ、思い出した。今すぐ、城へ行こう。」
その頃、三蔵の一行は、八大金剛を先頭に太宗皇帝の迎えを受け、城門に入るところだった。
また、人々からは、割れるような歓声と歓迎で出迎えられた。歓迎が一段落して城に入る中、悟空は三蔵に言った。
「お師匠様。」
「何ですか? 悟空。」
「一応、天竺への旅も終わり、役目も果たしたんでもういいですかね?」
「わかっています。これでお前達はお釈迦様の弟子になれるでしょう。皆、帰って
いいですよ。」
「違いますって。」
「何が違うのですか?」
「とぼけないで下さいよ。俺の頭の輪っか、もう取ってくれてもいいんじゃないんですか?」
「あぁ、そのことですか。でも、悟空。そんな物、あなたの頭についていましたか?」
「えっ?」
悟空は頭に手をやると、「緊箍(きんこ)」は跡形もなくなっていた。悟空は大喜びで辺りを飛び回った。
このあと、三蔵を除く悟空達は再び天竺へ戻り、悟空は「闘戦勝仏(とうせんしょうぶつ)」という仏の位をもらった。
また、八戒は「浄壇使者(じょうだんししゃ)」、沙悟浄は「金身羅漢(こんしんらかん)」として元の姿に戻った。
白馬の玉龍も「八部天龍(やぶてんりゅう)」として、龍の姿に戻った。
こうして、長い長い、天竺への旅は幕を閉じた。
西遊記 <完>
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