告白

 

「結婚しよーぜ」


それはいつもとなんらかわり無いごくごくふつうの夜。

夕飯が終わって、後片付けも済んで。その日はどうやら出かける様子のない撩にちょっと機嫌を良くしてコーヒーを
差し出したら、「サンキュ」の変わりに耳に飛び込んできた言葉。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥は?」

笑ってしまうほど突然で、でも笑ったつもりの顔は僅かに唇を動かしただけで麻痺したようだった。
その言葉の意味はもちろんすぐにわかったけど、理解するのにかなり苦労を要して。

「だーかーら、結婚しようって言ってんの」


結婚。けっこん。ケッコン。

‥‥‥血痕?

いや違う違う。何言ってんだ私。結婚って‥‥‥あの結婚よね?結婚しようって言ったのよね、撩は今。
誰と?って私に決まってるじゃない。だってこの部屋には撩と私しかいないんだし。あ、もしかして知らないうちに誰か来てるとか?
私の後ろにホラー映画チックに女の人がたってたらすごくやだな。

「‥‥‥お前に言ってんだよ」


思わず後ろを振り返った私を見て撩はあきれたように苦笑した。
それからまるで手品のようにどこからか出したむきだしの指輪を私にかざしてみせると、滑らかな動きで私の指にはめてしまった。


右手にはコーヒーカップ。左手の薬指には銀色にきらきら輝く指輪。その二つを私はバカみたいに何度も見比べる。


「ま、婚姻届を出すわけじゃあ無いけどな」


そりゃそうだろう。そんなことしたら公文書偽造になっちゃうかも。戸籍は一応教授に作ってもらっているみたいだけど、それって
偽物って事だし。ってゆーか撩税金も払ってないじゃない!私は税金も国民保険料だってちゃんと払ってるんだから!
年金は‥‥‥さすがにこの商売してると払う気になれないんだけど。


「言っとくけど、結婚式とかも絶対やらねーからな」


あ、それ賛成。そりゃウエディングドレスはちょっとは着てみたいけど、撩が白いタキシード着るなんて考えられないし、第一神様に誓いをたてるなんて私達には絶対似合わない。絶対に。


「それにナンパも多分止めれねーし、男の依頼も受けないぞ」


‥‥‥あのね。


「だけど、お前は今から俺の嫁だからな。パートナー兼嫁だからな」


‥‥‥‥‥あの、私まだ返事してないんですけど?


「ってことで、これからも末永くヨロシク、香ちゃん」


そう言うと撩は固まったままの私に軽くキスをして、それから前髪をかき分けると額にもキスしてくれて、とどめを刺すように指輪がはまった指にもキスをすると飲みに言ってくる、といつのもように出かけてしまった。

撩の足音が聴こえなくなってもまだ私は動けなくて指輪をじっと見つめていたのだけれど、ほとんど無意識に右手に持っていたコーヒーを口に運んでいた。それは思いがけずまだ熱く、そしてひどく苦くて。撩の為に入れたという事を思い出したら胸が締め付けられて視界が少し滲んだ。

それからよろしく、と言った撩の顔と一緒に『夫』という言葉が浮かんできて、私は声をあげて笑って、そして撩の為に毎日コーヒーを入れる生活が、二人で過ごす夜が、撩を愛する人生が、ずっと続くのだとやっとわかった。

死が二人を分つまで、これからずっと。

2003.07.07

  願わくば。
  その時が来るのが想像もつかないくらい
  遥か遠い時間の果てでありますように

END …

*閉鎖された「lemonadeIscream!」のれもさんから頂いたお話です。
 このお話はサイトオープン当初からあった(と思う)お話で、もう読んだ時に
 くらっくらに惚れてしまったのですよ。
 どこのシーンも好きだけど、カオリンが激しく戸惑って後ろ振り向いちゃうのが
 可愛いvあと、プロポーズしてるのに俺様(照れがあるのはわかるが)な
 僚がいいのよねーv
 このお話も頂けて、本当に嬉しいです。ありがとう、れもさん。


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