恋逢話

「こんにちはー。美樹さん、かすみちゃん」
「あ、いらっしゃーい。香さん」
相変わらず店は閑古鳥がないている。二人はカウンターの中で雑誌を読んでいた。
「何読んでたの?」
いつもの席につき、コーヒーをもらうと香は二人に聞いた。
かすみはカウンターから出て香の隣に陣取る。
「うふふ、その前に」
美樹はそういって香の前にケーキを一切れ差し出した。
それは白い白いケーキだ。
「え、どうしたの?」
美樹とかすみは顔を見合わせて笑う。
「いいから食べてみて?」
言われて香はそのケーキにフォークをいれた。
しっとりとした風合いなのに、差しごこちは軽い。フォークの切れ目からとろりと茶色いクリームがながれてくる。
「うわ…きれいね」
一口大に切ったそれを口に運ぶ。
ふわぁっとベリーとチョコレートの香が口にひろがった。
「おいしぃ!おいしいわ、これ。どうしたの?」
かすみがカウンターに身を乗り出す。
「良かったですね、美樹さん」
美樹はかすみの言葉に微笑みを返してから、香に一冊の雑誌を見せた。
「これを見て作ってみたの。新作にするにはコストがかかりすぎちゃうんだけどね」
香は差し出された雑誌を受け取った。

『人気パティシエ 柵原アキが教える魅惑のスィーツ』

「あ、知ってる。最近人気よねー。この人。いろんな雑誌に載ってるし。」
「そうなんですよ、香さん。表参道にできたお店もすっごーい混んでてぜんぜん買えないしー」
かすみは頬杖をついて、香の食べる様子を眺めながら言った。
「あら?かすみちゃん。いつ行ったのかしら?」
「え、あぁ、やだなぁ美樹さん。だ大学の友達と前通っただけで…」
「うふふふ、冗談よ。リサーチも仕事のうちだしね。食べたら感想聞かせてね」
「これを見て試しに作ったの?すごいわ、美樹さん。本当に美味しいもの」
「すごく簡単な作り方が載ってるのよ。だから作れたんだけど…本人が作ったらもっと技が効いていると思うわ。これは多分雑誌用のレシピなのよ。ぜひ一度、本人作の食べてみたいわね」
「今度、並んで買いますか?美樹さん」
「そこまでの根性がないのが困ったところ。ね、香さん」
香はうなずき、「あたしは美樹さんの作ってくれたので十分満足だわ」
「ありがと。香さん」
いつもの穏やかな午後の風景であった。

+++

ステージでは華やかに着飾ったモデルがショーを盛り上げている。
「わーー、素敵ねぇ。ねぇ香?」
「ホントホント〜。モデルさんの可愛い雰囲気にとっても合ってる」
香は友人の問いかけに笑顔で応えた。

東京汐留。近年開発著しいこの場所。
そのエリアでももっとも人目を引きつけている、高層で高級と噂のPホテルの最上階のラウンジに香は来ていた。
身体にフィットした深紅のロングドレス。
少し濃い目のメイクと大振りのアクセサリー。
仕事ではないので、僚はいない。

普段は小声で愛を語り合う男女がたくさんいる場所も、今日はずいぶんと様子が違う。
いつもならばゆったりと隣と間隔を取ったソファが並んでいる場所にステージが設置されている。
窓外の夜景をもショーを飾る一部になって、招待客の目を楽しませている。
今夜、この場所で『ERI KITAHARA』パリコレ進出前夜祭と銘打ったパーティーが開かれていた。
あくまでも内輪のパーティーだから、と招待されたのに…と香は苦笑い交じりで参加していた。
それでも学生時代の友人たちが他にも招待されてるところをみると、やはりいつもよりはプライベートなのだろう。

「それにしても…パリコレとはね、恐れ入ったわ」
友人の一人が言う。香はその友人の顔をなんとなく見た。
「ほんとほんと、まさかここまでやるとはね」
「でも絵梨子のことだから「もしかしたら」って思わなかった?」
「思った思った。高校卒業してさ、デザイン学校に進学したかと思ったらさぁ」
「そうそう、いきなりパリからハガキがきたのよね」
−パリにきています。憧れの、パリです。でも憧れだけでは終わらせません。待っててねー

香もその時のことを思い出していた。
あたしはその時アニキの強い説得を断る理由もなくて、行きたくもない学校に通っていた。
早く就職してアニキを楽にさせてあげたかったのに、内定も決まらないで焦ってたっけ…
そんなあたしとは反対に、自分の目標に向って突き進んでいる絵梨子がうらやましくてしょうがなかった。
パリからのハガキを読んで、あたしもしっかりと目標を探そうって思ったのよね。

結局、アニキは死んで、就職は決まらないまま、なんの因果か僚のパートナーになってしまったのだけれど…
勢いと運命によって得た仕事だけれど、自分に合っていると今は香は思っている。
日々のルーティンをこなすような仕事は自分は飽きてしまうだろう。それに事務仕事の不得手さは自分でも自覚している。
人と接する仕事は嫌いではないが、接客業なんて器用なことができるとはおもえない。
わけの判らないことをいうお客がいたら、怒鳴ってしまうだろう。

香は自分の考えにひとりごちた。
ふと、周りの友人を見ると、話題はそれぞれの家庭の話になっていた。
香の年齢になれば結婚して子供を持つものも少なくない。子宝にどしどし恵まれた子もいれば、
バツニという子もいた。まだ恋愛すらしていない自分からすると、驚くばかりだ。
「だからー、うちの旦那は本当になーんにもしないの、家に帰ったら」
「うちだってそうよぉ」
「俺は仕事して疲れてんだ!って偉そうにね。子育てだって疲れるってのよ」
「ほんとほんと。休みだっていうと朝からごろ寝しちゃって、子供と遊んでもくれないし」皆似たような境遇なのだろう。
場所も忘れてだんだん愚痴はヒートアップしていく。

香は何度か止めようと口を挟みかけたが、その隙もない。
「ね、みんな…こ、声が。ほら、会場の人、みてるし…」
誰も香のいうことなど、耳にはいっていないらしい。
香は苦笑いを浮かべながらあきらめてその場から離れた。
人の少ない所少ないところと移動していたら、ドリンクの置いてあるスペースにたどり着いた。
ステージはまだショーの真っ只中で、来場者のほとんどがステージに近づいてそれを見ていた。

ショーの始まる前はこのドリンク置き場など人であふれかえって、ジュースをとることもできなかったのだ。
今度は簡単に水滴のついているオレンジジュースのコップを手にとった。そのまま友達の輪に戻る気もしなかったので、壁にもたれかかってステージと夜景をボーッと眺めていた。

(僚は…今ごろなにをしているんだろう)

香は、出てくる時にソファに寝転んで雑誌を見ていた相棒を思い出していた。
きっと今ごろは嬉々として夜の街に繰り出しているだろう。
「どうしたの?ため息なんか吐いて。可愛い顔が台無しだよ?」
「え?」
香は驚いて顔を上げる。

この場にはそぐわないラフな格好をした男性が自分に声を掛けたのにやっと気が付いた。
香が気づいたことを知ると男性はにっこりと笑みを浮かべた。
「こんばんは」
「え、あ…」人懐っこいその表情に香は戸惑った。自分の知り合いだろうか?
男性の年齢は香と同じ位に見える。背は自分より少し高い。僚よりは低いと思うけど。
涼し気な目元に薄い唇、顔から身体、全てがシャープですっきりとしている。

(モデルの人かな?)

香は今まで共演したモデルを思い出そうとしたが、その度に緊張しているのでいちいち男性モデルの顔など覚えてはいなかった。
若い男性は香の戸惑いも意に返さず、近くのウェイターから二つシャンパンを受け取り、香の手にあったジュースをテーブルに戻すと、その手にシャンパンを持たせた。
「あ、あたしアルコールはあまり得意じゃないんです…」
「口をつけるだけでいいですから、ね?」
「で、でも…」
「二人の出会いに乾杯」
一人話を進めると彼は一気にシャンパンを飲み干す。
「あぁ、飲んでくれないなんてさみしいなぁ。あ、ちょっと」
到底そうは思えない口調でそういうと、また目に付いたウェイターを呼び止めた。

「はい、どうぞ」
ウェイターが持っていたのはカナッペ類だったらしい。
彼はまた香の分を取って渡す。
それは小さなクラッカーの上に色とりどりのフルーツが乗ったデザートだった。
ゼリーや飴がそれを一層豪華に飾っている。食べられるとは思えない、きれいな宝石のようだった。
ふと彼を見上げると、食べるように促す視線とぶつかった。
逆らえなくて、香は手にあるカナッペを口に入れる。
一口噛んだとたん口の中にフルーツの香りが広がる。
「あ…すっごい美味しい」
思わず声に出た。
何種類のフルーツがはいっているか判らないけれど、どれも調和し合って食べたことのない味をだしていた。
「それはよかった」
目の前の彼が、安心したように嬉しそうに言った。
「え?」
「やっぱ人から美味しいって言ってもらえると嬉しいよね」
「え、え?もしかして…ここのコックさん?」
目の前の彼は一瞬きょとんとしてから大声で笑った。
「まいったなー、せめてパティシエって言ってもらいたかったんだけど」
「あ、ごめんなさい」
香は顔を真っ赤に染めて謝った。
「いやいや。こっちもごめん。まぁ似たようなもんか?それに今日はどっちかっていうとプロデューサーだから」
「え?」
「俺は職人だっていうのにさー、エリーに強引に頼まれてね。いや、あれは脅迫っていっても…」
「エリー?って絵梨子?」
パティシエの彼はにっこりと笑った。

「あなた、香さんだよね」
「え…あなた絵梨子のお友達ですか?」
「パリの留学時代からのね。はじめまして、柵原アキです。よく彼女に話を聞いてたからすぐに分かったよ。槇村香さん」
「え、ええええーーーーーーーーー!!柵原アキ?!あなたが?」
あの人気パティシエが目の前に…そして何より香が驚いたのは「柵原アキ」が「男」だということだった。

「失礼しました…」

どうせ同級生たちはまだ家庭の苦労話をお互いで披露しあっているだろう。
「イエイエ。名前だけみて勘違いされることなんて仕事相手にでも多いんだから、気にしないでください」
「ほんと男性なんて思ってもなくて…でも絵梨子と仲がいいんですね。お忙しそうなのにショーの料理まで…」
「だからさっきも言ったじゃないですか。脅されたんですよ。エリーには留学時代に世話になったんで、それを持ち出されたら断るに断れない」
「絵梨子に?」

留学時代の絵梨子のことはよく知らない、少し興味もあった。
「彼女はデザイナー、俺は料理修行で…っても俺は全然グータラで、いっつもエリーに食わせてもらってたんだな、これが」
「絵梨子が…他人の面倒をみるなんて」
高校時代の絵梨子は自分にも厳しく他人にも厳しかった。彼の言葉を信じればグウタラで勉強もしない人の面倒を見るなんて、到底おもえなかった。

「エリーってさ…猪突猛進じゃない?」
香はうなずく。
「向こうでもそうだったよ。来て一年目は語学学校と服飾の専門学校に通って。二年目は専門学校に通いながらファーストフードの時給の半分にも満たないような額で、
どっかのデザイナーに修行という名の下働きをしてさ」

柵原の語るパリ時代の絵梨子は想像していたよりもずっと大変だったらしい。
今は華やかな舞台に立っているがそれは並大抵の努力ではなかったのだ。

「えっと、柵原さんは?」
そこで彼と絵梨子がどうやって繋がるのか香はまだ判らなかった。
柵原はちょっと恥ずかしそうに口端で笑った。

「いくら留学する人が増えたからっていっても、やっぱり話題にあがるんだよね、来た日本人は。語学学校は少ないしさ。俺はエリーより半年くらい前に行ってたんだ。
調理学校は卒業したんだけど、修行先にどうしても落ち着けなくてね。まぁプラプラしてたんだよね、エリーが来たとき」

「絵梨子、パリでも頑張ってたんだ…」
「うん。それに引き換え俺はねぇ。ガールフレンドのところに転がり込んで飯も食わせてもらって。それができなくなるとエリーんとこに行ってたんだよ」
「絵梨子と付き合ってたんですか?」
柵原は声をたてて笑った。
「違う違う。エリーは俺なんか目にも入らないって感じだったしね。エリーは仕送りもバイトもぎりぎりだったから自炊してたんだけど…想像できる?香さん」
香は首を横に振った。包丁片手にキッチンで料理をしている絵梨子の姿なんて想像もできなかった。
「でしょ?だからエリーが買ってきた材料で俺が料理を作って、食わせてもらってたわけ」
「あぁ。それならなんか納得…」
「納得されちゃったよ、さみしいなぁ。ま、ってなわけでエリーには頭があがんないわけだ」
「でも柵原さんも今はパティシエとして大人気じゃないですか。友達でも柵原さんのデザートのファンはたくさんいますよ」
柵原は照れくさそうに笑った。

「あの…なんで柵原さんはあたしのことを知ってたんですか?」

香は出会った時の疑問をぶつけた。絵梨子の知り合いならばショーを見にくるのならば香のことを見たことはあるかもしれないが、名前まで知っているのは不自然だ。

「うん?向こうでさ、よく写真を眺めてたんだよ、エリーが」
「え?」
「『高校の同級生なんだけど、私がデザイナーになったら絶対モデルにするんだ』って言ってたんだよ、それが君」
柵原はその時のことを思い出したのか少し微笑んだ。
「課題で難しいのがでるとさ、君をイメージして作ってたよ。部屋の壁に君の写真が張ってあってね」だから覚えてたんだ。

「たまたま日本に戻ってた時に観たエリーのコレクションが水着コレだったんだけど。そこに君が出てたのをみて…驚いたけど、さすがエリーのやることだなって思ったよ」
「あ、あれ、ご覧になったんですか…」
その時のことを思い出して香は恥ずかしくなる。いまでもどうしてあんなに大胆なことができたのかと自分でも信じられない気持ちだ。
あんなに大勢の前で水着姿になったなんて…今は洋服のショーだって恥ずかしいのに。
「うん。観たよ。それで目が釘付けになったんだ。なんてきれいな子だろうって」
「…」
「エリーがご執心になるわけだって、納得した。スタイルの良さだけじゃない、瞳がとても印象的で表情がとっても豊かだった。綺麗なだけじゃない、惹きつけられたね」
「そ、そんな…素人だから新鮮に写っただけだわ」
遠くを見つめながらはっきりと言葉に出す柵原に香は戸惑った。
「いいや、そんなんじゃない。君を見られただけで日本に帰ってきた甲斐があったよ」

柵原の視線が香を見つめて、離さない。香はどうしていいかわからず、ただその視線から逃れるように無駄にシャンパンに口を付けた。二人の間の空気が固まった。
香は今の状況に戸惑って、周りの状況の変化に気づかなかった。
ショーは終わり、そこかしこで会話の花が咲いている。
ただ、香と柵原を囲むように、なにかざわめきがさざなみのように起こっていた。

「ちょっと、アキっ」
人波を縫うように、そして香と柳原の空気を蹴散らすよう絵梨子が登場した。
会場についたときから、絵梨子の姿は目にはいっていたのだが、何しろ主催者側だ。スポンサーだ後援者だに囲まれて、とてもじゃないけれど香たち友人とゆっくり話をできる状況ではなかった。
「よぉ、エリー」
柵原は軽くシャンパングラスを挙げて絵梨子に挨拶をする。
絵梨子は柵原を無視すると香に近づき、抱き着いた。抱き着いたまま、柵原に噛み付く。
「私がいないと思って私の親友をナンパしないでくれる、アキ」
「可愛い子に声を掛けるのは義務だろうが。つか俺が誰に声かけようと、エリーには関係ないじゃん」
柵原のからかう口調に絵梨子は大きくアカンベーをした。
ここの主催者だとは、知っていてもおもえない。

絵梨子は香に向き直った。
「やーん。香、来てくれてありがとぉ〜」
「こっちこそ、ご招待ありがとう。それにこんな素敵なドレスも一緒に…」
「ううん。すっごい似合ってる。これはもともと香をイメージしてつくったんだもん。着てもらえてうれしい」
絵梨子の誉め言葉に香は恐縮するばかりだ。
「もう絵梨子ってば…。でもパリコレおめでとう。自分のことのようにうれしい」
「ありがとう。私も嬉しい!」
絵梨子がまた飛びついてきた。その拍子に柵原と目があう。

柵原は楽しそうに香と絵梨子の様子をみていた。
絵梨子の挨拶を求める司会者の声が会場に響く。
「まったく…」
絵梨子は小さくため息をつく。
「親友との再会を邪魔しないで欲しいわ」
「しょうがないでしょ、あなたは今日、主役なんだから。ほら早く行ってあげて」
「ま、そうか。じゃあ後でね、香」
絵梨子は颯爽とした足取りでステージにもどっていった。

「嬉しそうだね、エリー」
「そりゃあ、夢がかなったんだもの」
当たり前のように、絵梨子が去ったあとの香の隣に柵原は立っていた。
「違う。君と話せてとても嬉しかったんだろう。エリーは最近ぴりぴりしてたよ」
「…そうなの?」
柵原は顔だけでうなずいた。
香は自分自身に周りの人を明るくする、やさしくする性格だという自覚がない。それゆえに周りの人間たちは香と会うと穏やかな気分に慣れるのだろう。
香は柵原の発言の意味を深くとらずに、少し首をかしげている。

「そんな風には思えないわ。だってほら」
ステージでは絵梨子の挨拶が始まった。その様子はとても堂々としている。
モデルも交えて、おもしろおかしく、しかししっかりと将来の展望やこれからのデザイン界の方向などを話している。
絵梨子が頭を下げたと同時に大きな拍手が会場を埋めた。

絵梨子がステージ上から降りる途中で軽くこちらに手を挙げて合図をした。
「まったく、エリーは本当に君が好きらしい」
「なに言ってるんですか、もう」
香がちょっと笑った。
絵梨子のその気まぐれな行動は、だけれどそれだけの意味ではなくなった。


ふとカメラのフラッシュが香の周りで眩しく光った。
会場に取材に来ている雑誌社のカメラが何回か光る。
香はその眩しさに目をつむった。
「…なに?」
一人の記者が香たちに近づいてきた。
「あの、パティシエの柵原アキさんですよね。失礼ですけれど北原先生とはどのようなご関係で?」
「いや、友達ですよ。今日の料理のプロデュースさせてもらってるけど」
柵原はさりげなく一歩記者たちに近づいて、香が背中に隠れるように立った。
「今、北原先生が片手を挙げて、なにかサインを送っていたようですが…」
「え、そうだった?別に気づかなかったけど」
「同じ時期にパリに留学なさっていたようですけれど、その頃からお付き合いはあったんですか」
「付き合いって…まあ一緒に遊んだりしたけれど」
矢継ぎ早に記者からの質問が飛ぶ。会場の注目も集まってきている。
柵原は少しうんざりしたような顔になった。
「ちょっと待って待って。今日は北原先生の取材でしょ?勘弁してよ」
それでも記者から質問はとまらなかった。

「いやあ、柵原先生は女性に大人気ですし…北原先生との関係を気にするファンの方も多いと思うのですが」
柵原は記者たちにわかるように大きくため息を吐いた。
絵梨子が騒ぎを見つけて、こちらに近づいてこようとしているが、人混みがすごくて簡単でないらしい。
「俺、もう出るから」

少し振り向いて香と目があう。
ふと何か思い付いたように、楽し気に目を細めた。
「君と会えて良かった。また…」

柵原はそういうと香の肩に手を乗せ、頬にキスをした。
今までになくフラッシュが光る。

「あ…」

呆然とした香を横目に、柵原は片手を挙げて会場から去っていった。
香は何が起こったのか、把握ができなかった。
やっと到着した絵梨子が香を抱き寄せる。

「大丈夫?」

香をからかうことが好きな彼女がいやに心配そうに聞いてきた。
「え、うん。びっくりしただけだよ」

そんな香の答えに絵梨子は小さくため息をついた。
この後のことを予測できたのは彼女だけかもしれない。


まだフラッシュの嵐は収まっていなかったのだから。

 

続く

 

*香と絵梨子の過去捏造。
香の進学は槇兄が切望しそうだし(苦笑)、絵梨子は日本にいただけじゃ
やっぱあの若さであの店は無理だろうと思って。
 そして僚が出てこない…おかしいなぁ。
 また連載にしてしまいました。おつき合いいただけたら嬉しいです。


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