そこいらに放っておいたシャツを無造作に引っ掛け、
なびかないように 3つ目のボタンだけしめた。
余裕ぶって車に乗った俺は、信号に引っかかるたびにイライラしていた。
振りきって突破してもいいのだが、あまり早く到着して、またあのデザイナー先生に
"普通だったらこんなに早く新宿から来れるわけないわよね〜"
なんて意味ありげにからかわれるのもゴメンだ。が
『も・・・・・やっ、やだっ!何処触ってるのよっ、富沢っ』
携帯から聞こえたセリフが耳から消えない。
俺が丹精こめて磨き上げた極上の身体を
俺の断り無しに汚ねぇ手でさわんじゃねーよ。
信号が青に変わった瞬間、急発進してアクセルを踏み込んだ。
+++
ダッシュボードに残っていたタバコを吸い尽くした頃に、恵比寿についた。
たく、迎えにきてもらいたいなら居場所ぐらい言っておけっての。
香の携帯にはGPS機能がもちろんついてはいるが、
俺のほうの携帯をさっきオダブツにしたもんだから使えない。
発信機の受信画面を取り出す。
今日の発信機は今年の誕生日にやったダイヤのピアスだ。
『おいおい、じっとしてないと付けられんだろう』
『だって…くすぐったいんだもん』
『ほい、完了』
『わー…すっごい綺麗。ありがとう、僚…』
香の笑顔を思い出し、にへらぁとする表情をすぐに引き締めた。
すぐに点滅したそれは、丁度駅を挟んで反対側を示していた。 ため息を1つ吐き、またアクセルを踏んだ。
駅前のタクシー乗り場に疲れきった、サラリーマンやOLたちにまぎれる華やかな一団を見つけた。
女だけの集まりだと言っていたのに、野郎の姿も2、3見える。
もちろんその中に愛しい彼女の姿もある。
香のそばにいる酔っ払いが『富沢』とかいう命知らずだろう。
香は携帯を片手に友人達に囲まれて、泣きそうな表情を見せていた。
俺は香にその姿が分かるように、だけれどあまり近づかないで車を止めた。
1つクラクションを鳴らす。
予想通りこちらを向いた彼女と目があった。
俺はゆっくりと車を降りると、彼女とは別方向のタバコの自販機に向かった。
香が近づいてくるのは気配でわかる。
それでも俺はそちらを向かず、ゆっくりとした動さでタバコを買った。
振り向くと香がタクシーの待ち列を少し離れたところで、うずくまっていた。
「ちょっと香大丈夫?急に走りだすから…」
親友の声が聞こえる。
「…へ…き…」
対照的に聞こえる彼女の弱弱しい声。
俺が思っていたよりも彼女は飲み過ぎているらしい。
舌打ちをひとつし、大股で彼女に近づく。
俺の姿に気づいたのだろう、香の前の人垣がささっと道を空けた。
「なーにやってんだ、こんなところで」
「冴羽さんっ!!」
香の隣にいた絵梨子がやっと気づいたように声を出す。香はゆっくりと顔を上げた。
「りょ…」
彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
もう一人、彼女を支えるふりをして香の背中に手を添えている男がいた。
ギロリと男をにらみつけ、酔っているだろう香を乱暴に引き上げた。
「あ……」
手を引き、男が触れていた腰を取った。
引いた手を彼女の後頭部に指し込み、顔を上げさせ強引に唇を奪った。
倒れかけた手を俺の胸に当てていた香は、
何が起こったか認識した途端抵抗をした。
俺の胸を叩く香の指に自分の指を絡ませ抵抗を封じこめた。
優しく指をいじっていると、やがて香がおとなしくなった。
「はぁ〜〜」
俺と香を囲んでいたギャラリーが一斉にため息をした。
香はそのまま俺に凭れ掛かっている。
「なになに〜。いきなり見せ付けてくれるじゃないの」
「人のキスシーンを見るなんて、 あまりイイ趣味とは言えないんじゃない絵梨子サン」
「あなたが勝手にここで香を襲ったんでしょっ!?」
「人聞きの悪い…ま、ってことでコイツは連れて帰るわ、手間かけたな」
「ハイハイ。どうぞ、ご勝手に」
呆れた様なデザイナー先生の後ろで憮然とした表情の男を見止める。
そうそう、こいつには落とし前をつけてもらわんとな。
香を抱きしめたまま、男に近づく。
男は一瞬びくっと怯えつつも、勇敢にもにらみ返してきた。
無理するなーっつーの。女の前でイイカッコしたいのは、分かるけどよ。
「あんたが『富沢』クン?」
「は…あぁ」
俺は怯えてる富沢の前でニッコリと笑ってやった。
「うちの香がお世話にな・り・ま・し・た」
ポケットから探し出した500円玉を親指と人差し指でゆっくりとゆっくりと折りたたみながら言ってやった。
だんだんとヤツの顔色も青ざめてくる。
ぐにゃりと用なしになった500円を男に向かって指で弾いてなげた。
「痛っ」
それは不規則な弧を描いて、まっさおになったヤツのでこに当たった。
俺に名指しで勝負を挑んで、それくらいで済んだことに感謝してもらいたい。
「まったく、ここまで嫉妬深いとは…」
苦笑いを浮かべている絵梨子の脇を通って、車にむかった。
彼女の小言は聞かないことにしている。
「何泣いてんだよ…」
「ん…ごめ…ごめんね」
親指で頬に流れる涙を拭ってやる。
どうやら堪えていたのに本格的に泣きだしたようだ。
「だ…て、ささっき電話切れてから、な何回もか…か掛け直し、たのにつなが…つながんないから
りょ、りょ怒ったのかなって…おおそ、遅くまで遊んでた…から…」
…むーん…
携帯は繋がんないはずだっての…だから見つけた時も泣きそうだったのか…
俺は助手席に腕を伸ばして彼女を抱き寄せた。
「んな怖かったか?」
香はこくこくと首を縦に振る。
「さ、さっきみんなの前でキキスした時もいきなりだったし…や止めてくれなかったし…」
「脅かすつもりはなかったんだがなぁ」
彼女の髪先を指で軽くもてあそんだ。
と、彼女が首を横に小さく振った。
「む、迎えにきてくれてありがとう。迷惑かけて…ゴメンね」
小さく呟いて俯いた彼女がどうにも愛おしく感じて。
「こっちこそ、悪かったな」
そのまま香の唇にキスを落とした。
「たまにゃあ、香ちゃんの夜遊びも認めてヤルよ」
俺が一緒ならな。
バーカ。小さい声で彼女が笑った。