熱いシャワーを浴び、火照った躰にジーンズだけ穿く。
濡れた髪をタオルで乱暴に拭いて、足で自室の扉を蹴り開けた。
さほど外気との差は無いのだろう、室内のひんやりとした空気が火照った躰に心地良い。
ベッドサイドの照明を灯して、ライターと煙草に手を伸ばした。
「・・・・・・・・ちっ」
グシャリ。
何時の間にか空になっていた煙草の箱を握り潰して、サイドテーブルに投げ付ける。
見れば普段より倍の量の吸殻が、小さめの灰皿に溢れかえっていた。
ったく、何にイラついてるンだ?俺は
いつもならこんな時に煙草臭いだのダラシナイだのとギャンギャン喚く声が耳に響く訳だが、今は何をしても咎めるヤツの姿が無い。
「今日、絵梨子達と久々に集まるの」
「何?同窓会ってヤツ?」
「ま、そんなところかな。それに今度、友人の結婚式があるから女の子達で歌を送ろうって事になってその打ち合わせで」
女の子だけだし・・・あの・・・行ってきてもいい?
俺にいちいち承諾を取る所がコイツらしいが・・・・。
「いいんじゃねぇの?女ばっかでお前、ウハウハじゃん?」
「え?」
「もっこり美女達の中に男がひとり〜って」
「もうっ!」
ボン!とソファのクッションが俺の顔面にクリーンヒットする。
やっと掴まえたその手を、今更離す筈も無いが
だからといって全てを束縛しようとは思わない。
だから今回も快く送り出したつもりだ。
昔の交友関係はよく知らないが、あの性格、器量だと友人知人は少なくは無かった筈だ。
普通に就職して、アフター5を楽しく過ごして、その内に好きな男が出来て幸せな結婚生活を送っていたに違いない。
俺なんかに出会わなければ・・・・と。
だがこんな事、アイツの前で口にすれば、特大ハンマーのひとつも降って来て
「あたしはアンタと一緒に生きるって決めたの」と、挙句の果てには泣かしてしまうだろう・・・・・・そんな涙は見たくねぇ。
香が高校時代の親友と街で偶然出会い、トラブルに巻き込まれていた彼女のガードをした事がきっかけで、依頼が片付いた後も付き合いが続いている。
相手さんはデザイナー業で多忙な中、暇さえあれば電話で呼び出して、ショッピングだのお茶だの誘いの電話を掛けてくる。
俺としても、受話器を片手に目を細めて楽しそうに笑うアイツの顔を見ているのも実際悪くない。
だが・・・。
ちらりと時計に目を遣る。
デジタル時計は夜中の1時を過ぎた所だ。
アイツもいい大人なんだしな。
それに日付が変わったくらいで口煩い保護者のようにガミガミと責めるような事はしたくない。
だから極力時計は見ないようにしていたのだが・・・・。
ピリリリリ ピリリリリ。
枕元に置いていた携帯電話の着信を知らせる青色の点滅が
目の端にチラチラと映る。
ピリリリリ ピリリリリ ピリリリリ。
視線を天井に滑らせ、やり過ごすこと十数秒。
そして徐に手を伸ばした。
ピッ。
『撩?』
俺の携帯に短縮ダイヤルで掛けてきて、その台詞は無いだろうが。
『今、恵比寿に居るの』
知ってる。お前がそう言って出掛けたんじゃねぇかよ。
『何してた?』
金髪巨乳系のもっこりビデオで楽しんでるとこ。
『サイアク!信じられないっ、スケベ!変態っ!』
信じられねぇのはお前だ。
今何時だと思ってるんだ。夜中の1時だぞ?
終電行っちまっただろうが。
『え?・・・もうそんな時間?』
ほー、時間も忘れる程、楽しかったみたいだな。
『何よ、その言い方っ!』
"でもホントに終電無くなっちゃってるし、
冴羽さんにお願いして迎えに来てもらいなさいよ、ね?香"
放っておくと何時までも平行線になりそうなふたりの会話に業を煮やしたのだろう、今回の主催者であるデザイナー先生の横槍が入る。
まぁ・・・・俺だって、お願いされたなら行ってやらなくも無いが。
「とりあえず・・・」
と言いかけると、受話器にガガガと雑音が混じる。
その音に思わず顔を顰めた。
「・・・・?おい?」
『あ、香の彼氏さん?大丈夫ですよ〜俺ぇ、ちゃ〜んと責任持ってっ、香を送り届けますのでぇ〜。心配ないっすよぅ』
次に受話器から聞こえたのはベロベロに酔った男の声。
"ちょっと・・・・アンタ、殺されるわよ"
親友による本気の忠告も、酔った男の耳には最早届かない。
『ふんっ!望むところだぜぃ〜〜。
んじゃぁ、香を賭けて勝負だっ、掛かってこぉい〜〜っサエバリョウ!!』
んぎゃははははっ!
「・ ・ ・ ・ ・」
『な?香〜、もう一軒付き合えよぅ〜』
『も・・・・・やっ、やだっ!何処触ってるのよっ、富沢っ』
ブツン!!!
プープープー・・・・・・・
バキッ!!!
感情に任せて握り締め、拳の中で粉々になった携帯電話を
シーツの上に乱暴に放り投げた。
「・・・たく、どいつもこいつも」
確か今日は"女だらけの同窓会"と言ってなかったか?
なんで野郎が混じってンんだ?
しかしあの富沢って男・・・・・・・・。
時計を見れば午前1時半。
ココから車飛ばせば10分で着く。
「名指しで勝負を挑まれたのは久しぶりだな」
指を絡め、関節に力を入れればバキバキといい音が鳴った。
「煙草を買いに行くついでにウチのお嬢さんも回収しておくか」