ひ み つ ?

最近、香の様子がおかしい。


昼夜問わず出掛けようとする俺を小言を言う訳でもなく、ましてやハンマーを振りかざす訳でもなく密かに浮かぶ笑みを俺に隠し送りだすのだ。

初めの頃は、してやったりと気にもせず遊び歩いていたが日が経つにつれ胸にジワジワと燻り続ける様になってきた。

いや、正確にはあの出来事がきっかけとなったのだが・・・

その日もいつもの様に香がキッチンで夕食の洗い物をしていたので俺から風呂に入ろうとしたのだが下着を忘れた事に気付き、部屋へと引き返そうと廊下を歩いていた時、リビングから声が聞こえた。

初めはテレビの音だと思ったが、よくよく聞けば香が電話で誰かと話している声だった。

特に気にも留めずリビングの扉を開けた。と同時に香が慌てた様子で電話の相手に『また・・後で・・』そう声をひそめて受話器を置いた。


まるで俺に聞かれちゃマズイという風に感じ取れ自然、片眉が上がった。


「ア・・アレ?お風呂じゃなかったの?」
「――――忘れ物」

ああ、そうなんだぁと、香は洗い物が残っているのか再びキッチンへと姿を消した。


―――誰からの電話だったんだ?

そう聞きたい感情は長年培ってきた曲がったプライドが容易に吐き出す事を許さない。
気になりながらも俺はその場をやり過ごした。

              

数日後。

ナンパをする気にもならずツケが利く(いや、無理やり利かせているのだが・・)
喫茶店へと足を進めると、その裏路地で香と海坊主が二人で何やら立ち話をしている姿が見えた。


わざわざ店の外で話をしているって事は他の連中には聞かれてはマズイ事なのか?


そう考えが浮かんだと同時に俺は自然と気配を消し身を潜めた。


すると――――


「ヤツにはバレてないのか?」
「う・・うん、多分大丈夫だと思う」
「そうか・・アイツは勘がいいからな・・特にお前が絡むと異常なまでの発揮をだしやがる・・」


―――余計な事を....。


そう思ったが当の香は頭に?を浮かばせた顔をしていた。
意味を理解してない様だ。


「で?どうする?」
「昨日遊びに行かなかったから今日あたり出掛けると思うんだけど・・・海坊主さんは平気?」
「ああ、今日は裏の仕事もないし・・・多分大丈夫だ」
「何だか美樹さんにまで隠し事して・・・申し訳ないわ・・・」


なんだぁ〜?あの会話は、まるで・・・まるで・・・・不倫?

あっ・・・あのタコ坊主!!

美樹ちゃんというあんなにイイ女が側に居ながらよりにもよって香にまで手を出すとは・・・・

俺の頭の中は、香が海坊主にトラップの"個人レッスン"を受けている姿が浮かび上がる。


―――手取り、足取り・・・・そんな事まで!!!


そこまで考えて我に返りブンブンと頭から今思い浮かべた映像を振り払う。


そんな事をしていると海坊主は裏口から、香は表からキャッツに入ろうとこっちに向かってきた。
慌てて場所を移動し、香にバレる事も無くホッとしたのも束の間。


「ありゃー不倫だな!」
「!!!」


そこにはミックが腕を組んでウンウンを頷いている姿があった。
そして驚きの目を向けた俺にニヤリと悪魔の笑みを浮かべた。
「お、お前、いつから居たんだ?」
「――ヤツにはバレてないか?だったかなぁ〜。お前オレに気付かなかったの?」仮にも現役だろ?

そう言われて自然とムッとした顔になる。

「まぁ、それだけカオリの事が心配だったって事だな!お前も随分と感情を出すようになったじゃないか!それがカオリの前で出せれば上手く行くっていうのによー。まさかファルコンに捕られちまうとは・・」

イヤイヤ〜と、ミックは両手を広げ首を振った。

「だ、誰が香の心配なんてしてると言った!俺は美樹ちゃんの事を心配してるんだ!」
「まぁまぁ。なぁ、真実とやらを暴いて見ないか?」
「・・・・」

憮然とした表情の俺を気にも留めず、ミックはその作戦を話しはじめた。

カラーンとカウベルが来客を告げるとそこから流暢な日本語を話す外人が現れた。

「ハーイ、ミキ!今日も相変わらずキレイだね〜」


そう言ってすかさず美樹の手にキスの挨拶をかわしたミックはお返しに海坊主から頭突きの挨拶をくらった。
いつもならミックに負けずとチョッカイをだす所だがそんな気にもられず、俺は香の隣に腰を掛けた。
そんないつもと違う俺の行動を不信に思ったのか香が声をかけてきた。

「二人一緒だったんだぁ。あ、わかった!ナンパに誰も引っかからないもんだから落ち込んでるんだ〜」
「そうそう、コイツ落ち込んでんだよー。お目当ての女持っていかれて〜♪」

ミックは俺の肩に腕を回すと代わりに答えたが、その回答が気に入らず、俺はミックの腕を払いのけ唾を飛ばす勢いで否定した。


「誰が持ってかれたんだ!誰が!それに今日はナンパなんてしてないだろう!!」
「・・・でも、ご機嫌が悪いのは確かみたいね。冴羽さん、どうかしたの?」

美樹は俺たちにコーヒーを差し出すと興味本位に問い掛けてきた。しかし返す言葉も見つからず黙ってズズズーッとコーヒーを啜った。


「そうだカオリ、今日リョウと飲みに出掛けてもいいかなぁ」
「えっ?別にいいけど・・・」

その時にチラリと香が海坊主の顔を伺った。

それを見逃す筈もない俺の苛立ちはピークを迎え、バンッとカウンターに手を付いて立ち上がった。
その音にビクリと身体を震わせると皆の視線は俺に集まった。

「おまえら!いった・・ふっががが@☆$※!!」


俺の言葉に慌てて、ミックは俺の口を塞いだ。

「あ〜香!伝言板見に行く時間じゃないのかい?」
「え?ああ、ホントだわ。・・・でもリョウが何か言いかけ・・」
「何でもない何でもない・・・ホラ、早く行かないと・・もしかしたら依頼があるかもしれないよ」

あまりのミックの迫力に香はコクコクと頷いてカウンターに代金を置き、キャッツを出て行った。
その後姿を皆で見送るとそれに合わせるかの様に美樹が海坊主に買い物に行って来て欲しいといい、キャッツには俺とミックそして美樹の3人が残された。


最初に沈黙を破ったのは美樹だった。


「冴羽さん、話があるの。とっても言い辛いんだけど・・・」

そこまで言って美樹は口に出す事を躊躇った。
それを見越してミックが間に入った。
「ファルコンとカオリの事かい?」
第三者に自分の思いを言い当てられ美樹は驚きの顔を見せたものの、この俺たちが何かを知っているのかと思い頷いた。


「この間、電話で話をしていたから誰?って聞いたの・・・そしたら間違いだって言って・・・でもそんな間違い電話の相手と話す筈ないと疑問に思って・・・私に内緒で何か事件でも抱えてるのかと思って様子を伺ってたの。そしたら・・・」

「そしたらその相手がカオリだったって訳か」

ミックの言葉に美樹は頷いた。


「実は俺たち今日その真相を暴こうと思ってるんだけど・・・ミキも乗る?」

どこかミックは面白がっている様に見え、俺と美樹は不信な目を向けた。

「なッ、何?その目は?オレは別にいいんだよ〜 心配してるのは君たちだし〜?」
「だ・か・ら!俺が心配してるのは美樹ちゃんだって言ってんだろ!!」
「はいはい。ったく・・・で、どうすんだよ」

埒が明かないとミックは再度言葉を投げた。

「私は気になるし・・・乗るわ!」
「さすがミキ!で、お前はどうするんだ、リョウ!」
「・・・わあーったよ。やりゃーいいんだろ!やりゃー!」

半分ヤケクソに叫んで決行と相成った。
           
「リョウ、もう出掛けるの?」
「・・・ああ」
「いってらっしゃい。あんまりツケ、作らないでよ!」
「・・・・」

じゃあ、引き止めろよと言いたい所をグッと堪えてアパートを後にした。

時刻は8時を少し回っていた。


外に出るとそのままミックの家に直行した。するとそこには既に美樹がスタンバっていた。


「美樹ちゃん、海坊主には何て言って出てきたんだ?」
「昼間、かすみちゃんと出掛ける約束してたからそのまま外食してくるって言っておいたの。 かすみちゃん、お友達の家に今日お泊りだから・・・」

そんな事を話しているとミックが声を掛けた。

「オイ、海坊主のジープが来たぞ!」

3人でアパートを覗き込んでいる姿にかずえはおかしくなった。

裏の人間も色恋沙汰に関しては表の住人となんら変わりはないのだと・・・特に裏世界ナンバーワンとも謳われている男ともなると余計に可笑しくなる。


海坊主はそのままアパートの中に消えていった。

もう秋の気配を漂わせる今日ではベランダの戸も閉まっていておまけにカーテンまで引かれているものだから、まったく中の様子が伺えない。


唯一二人の影がカーテンに映り、それが返って嫌な思考を思い浮かばせる。


「オイ、リョウ。小型マイク仕掛けてきたんだろ?」
「・・・・・」
「なんだよ、まだ躊躇ってんのかよ!ったく煮え切らねぇ男だね〜」
「うるせ―――!お前が聞きゃーいいだろー!!」
そう言ってミックにそのイヤホンを投げつけた。
ミックはそれを耳に嵌めジッと向かいの声に耳を傾ける。
その様子を美樹が息を飲んで見ていた。

俺はソファーに踏ん反り返って無関心を装っていた。

―――が、

ミックの顔が険しくなるにつれ段々と不安が過ぎり何時ぞやの"個人レッスン"の映像が再び蘇えってきた。
俺はおもむろに立ち上がるとミックが耳にしていたイヤホンを機械から外し、
ここに居るメンバーが聞こえるようにした。


すると・・・


  『海坊主さんって・・・すごい・・』

  『慣れれば誰だって・・・』


機械の音声が悪いのかイマイチ聞き取れないが二人で居る事は確かだ。
意識を集中させる。

  『そんなに太い指・・・・入れて・・・』

  『狭い所・・入る・・・・』

  『あっ・・ここ・・入ら・・・』


――大妄想中

美樹は顔を赤らめ目には怒りとも悲しみともとれる涙を浮かばせ、俺は怒りの感情が湧き上がっているのを感じずにはいられなかった。

そんな俺たちを前にミックとかずえは身を寄せ合い大人しくその成り行きを見守っていた。


  『すごい・・もっと・・・・・て・・』

その言葉に堪らずに俺はアパートへと駆け出した。
そしてその後を美樹、ミック、かずえの順で続いた。

すごい勢いでアパートに戻るとそのままリビングの扉を乱暴に開けた。


あまりの殺気と騒音に海坊主は香を後に庇うと銃を構えたのだが開け放たれた扉の前に立っている男の気配がここの住人であるとわかると安堵の息を吐いた。
そして海坊主の後ろからオズオズと顔を出した香がリョウに気付き声を掛けた。


「リョウ・・・どうしたの?そんなに血相変えて・・・」

それに続くように見知った顔がリビングに勢揃いしたのに香は驚いた。

「ファルコン!あなた・・何やって・・・」

そこで美樹の言葉が止まった。何故ならば・・・


 ―――二人は服を着ていた

 ―――二人はあやとりをしていた・・・あやとり〜〜〜〜?!


海坊主は視線が自分の指先に向いている気配を感じ、慌ててその紐(ロープ?) を後手に隠した。

暴かれた真相はこういうものだった・・・

香が海坊主にトラップの張り方を習い、その休憩時に海坊主が自然と手にしていた紐で"二段ばしご"を作っていた。


それを見た香がもうすぐ来るクリスマスに向けて孤児院の子供達にあやとりを教えてあげたいといいだしたそうだ。

こんな事を皆に知れ渡ったらからかわれるのは目に見えて解かっていたので一度は断ったそうだが、海坊主も香には弱いらしく内緒でならって事で承諾したそうだ。


「そういえばファルコン、あの戦場で遊ぶ物なんてなかった子供達にあやとり教えてあげてたわね・・・」

当時を思い出したのか美樹は懐かしそうにフフッと笑った。

「海坊主さんってすごく指先器用なの。あんなに太い指なのに狭い所でもスイスイ指を入れちゃうの」
「やっぱりトラップの名手だけあって手先は器用なんだな」

まるで何事もなかったように皆、和気藹々と話しに華を咲かせている。

「所でなんで皆して・・・あっ、ごめんなさい。やっぱり美樹さん心配しちゃったよね・・・
海坊主さんが厄介な事に関わってると思って後つけて来たんでしょ?」
「そうなのか?美樹?」

当の二人はまさか自分たちが"不倫疑惑"の容疑者だったとは微瑕にも思っていないらしい。


「・・すまなかった。お前に黙っていたのは・・その・・なんだ・・頼まれたからと言って男の俺が女子供の遊びをやる所をお前に見られるのが・・はっ、 恥ずかしくてだな・・その/////」

ゆでだこの様に顔を真っ赤にして海坊主が美樹にそう告げると美樹は海坊主の腕に自分のソレを絡め寄り添った。


「そんな事で私があなたをどうこう思う訳ないじゃない・・・ファルコンが何 をしようが、私のあなたへの愛は決して変わる事はないのよ」


その言葉にゆでだこから沸騰しているヤカンの様に今にも頭から湯気を上げそうな海坊主をギャラリー達は苦笑いを浮かべて見ていた。

これにて一件落着かと思えば今だ皆の順応の速さに今ひとつ、ついて行けない男がいた。


いったい俺がイライラしていたのは何だったんだ?
あやとりをしている二人を不倫と勘違いした俺も俺だが、なにもそんなにコソコソする必要が何処にあるって言うんだ!!

イライラの原因を突き止めた筈が輪をかけてイライラが湧き上がってきた。
そしてそこに追い討ちをかけるように香が・・・。

「羨ましいなぁ。だって海坊主さんの変化に気付いて美樹さん追って来たんでしょ?僚なんて全然気付かないで遊びにいっちゃうんだもん!あんた、少しは相棒の変化に気付きなさいよね!」

その一言で俺の血管がブチッと切れた。

「この ドンカン女!!」

部屋の窓ガラスがビリビリと震える程の大きさで香の耳元で叫んだ。

「なっ?!」

突然、大声で叫ばれて香は思わず両耳を手で覆った。

「今日は帰ってこないからな!とっととション便でもして寝ろ!」

それだけ言い残し、俺は部屋を出て行った。


「なッ何よ、あの態度!!図星指されたからって逆切れすることないじゃない・・・って、えっ?」


皆の視線を浴びている事に気付いた香だがそれが何を意味するかは解からなかった。

そして皆の思考は同じ事を思い浮かべていた。

『・・・不憫なヤツ・・』



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*惜しまれつつ閉鎖したうきさんのお話を頂きました。
  他のお話もとってもいいんだけど、お気に入りのこれをいただきました。