crocodile tears8


崩れかけの廃ビルの最上階。
かつてはお偉いさんの部屋かなんかだったのだろうか。
古臭いが高級そうな応接セットと重役椅子が置いてある。
僚は部屋の埃の上に残された足跡をたどった。
人数を把握する。
(ここにいるのは3人と…麻理絵か…)
部屋の奥にあるドアの向こうから、麻理絵の泣き声が聞こえる。

人質の口を押さえることもしないなんて、なんつー素人だっつーの。
僚は眉間に皺を寄せる。

そして乱暴に奥のドアを蹴り上げた。
開いた瞬間、身体を低くしドアのそばに居たであろう男の顔を次の瞬間
蹴り上げた。
男は瞬く間に床に倒れ、動かなくなった。
その音を聞いて正面に居た二人が僚の方へ向き直った。その間5,6メートルか。
「シ、シティーハンターっ!?」
「僚っ!」
麻理絵の涙で濡れた瞳が大きく見開き、期待と安堵の表情が浮かぶ。
(俺になんて期待すんじゃねーよ)

「ず、ずいぶん早いお越しじゃねーかっ」
「お前らみたいなヘボと一緒くたにすんじゃねーよ。数だけ居たって
 役に立たなきゃしょーがねんだよ、バカが。面倒くせー」

僚はスラリと対面に立ち、パイソンの照準を合わせた。
僚の瞳がふっと細められる。

男たちは動揺を見せながらも、一人は麻理絵のこめかみに銃口をあて
一人は僚に向かって銃口を見せた。
「バ、バカはそっちだろう。これでど、どうやって助けるっていうんだ」
形勢逆転とみたか、一人の口調に笑いが篭った。
「いくらあんたが銃の名手だって、一度に2人は撃てまい。あんたかこいつか
どっちかが死ぬことになるぜっ」
麻理絵を抱えていた男がぎゅっと麻理絵に銃を近づける。
麻理絵の息を呑む音が聞こえる。
「パ……ぁ……」
僚が唇の端を少し上げた。笑ったらしい。
「ホントばかだね、お前ら。麻理絵!目瞑って10数えてろっ!」
麻理絵は涙を浮かべながらも僚の言う通りにした。

パイソンが火を吹いた。

それからはあっという間の出来事だった。
僚の放った弾丸が麻理絵に銃を突き付けていた男の手を弾いた。
と同時に僚たちがいた部屋の窓枠が轟音と共に崩れ始めた。
「な、なんだっ!わ、ぅわーーーーっ!」
想像もしていないことが起きたのか、男たちは動揺し、麻理絵を離し
逃げ始めた。
僚はそれを見ると大股で麻理絵に近づき、キャッチした。
窓から始まった崩壊はまだ続いている。
麻理絵はまだ言われたとおり、目を瞑っていた。

…8…9…

「大丈夫か?麻理絵」
「パ…僚」
僚がニコリと微笑んだ。麻理絵は僚にしがみつきながらも必死に
うなずいた。
「そうか。あと少し我慢してくれ」
僚は崩れる寸前に、足を離し、階段を飛び降りていく。
崩れ落ちる風で瓦礫くずが僚と麻理絵に当たる。
「くっそ、痛てーな。あいつらのジャケット引っぺがしてくるんっだったな。
 海坊主め、派手に破壊し過ぎだっちゅーの。俺が居るの忘れてるとしか思えん」
それでも麻理絵は痛くも怖くも無かった。
僚の大きな手の平が麻理絵の頭をしっかりと支えていたから。

 

「…う。うぅうん」
香は痛む頭を押さえながら、意識を取り戻した。
(ここは…あたし…あぁ麻理絵ちゃん。ああっ!)
「痛っ」
香は記憶の最後が麻理絵の後姿だったことを思いだし、身体を起こした。
「ん?香。目が覚めたか…」
香が寝ていたのは車のシートらしかった。
連れ去られたのは昼だったのに景色はすっかり夕焼けなっていた。
運転席から海坊主の声がする。
「……海坊主さん…あたし…」
車内に良い香りが広がった。
「これでも飲んで落ち着け。ミネストローネだ」
魔法瓶から暖かな湯気と美味しそうなスープが注がれ、香に手渡された。
香りと湯気に誘われて香はそれを一口くちに含んだ。
「…美味しい…」
「うむ。僚はもうすぐ来る、それを飲んで休んでいろ」
海坊主と香のいるトラックは廃ビルのすぐ脇に停まっていた。
後の荷台には僚のクーパーが既に乗っていて、ブルーシートで覆われて
外からは見えない様にされている。
一見しただけだと工事関係者が見まわりにきている風だ。
「ごめんなさい。海坊主さん。迷惑かけて…こんなとこまで来てもらって」
「いや、礼にはおよばん。俺もたまに動かないと身体がなまるからな」
「……ありがとうございます」
スープを飲み、落ち着いた時にふと香は自分の服装を思い出した。
はっとして、自分を確認すると毛布が掛けられていた。
そのまま毛布を巻きつけながら
「海坊主さん、ごちそうさま。美味しかったです」
「うむ、そうか美樹に言っておく。食べたらまた横になっていろ」
「でも…」
「でもじゃない。お前は地下室で気を失ってたんだぞ。頭を打ってる可能性
 だって高いんだ。おとなしくしていろ」

背後でビルの崩れる音がした。
香は思わず窓によってそっちにを見た。
「おう、始まったか。時間通りだな」
「これ、海坊主さんが…」
「あぁ。麻理絵がまだ捕まっていたからな。敵が何人居るかも知れないから
 念の為仕掛けておいたんだ。破壊時刻は言ってあったからな、どうにかしてる
 だろう。不気味なビルも壊れて一石二鳥だ」
「僚……」
香はつぶやいた。
頭は痛くないわけじゃない。
さっきから何度もくらくらとしている。だけれど自分だけ助かって、まだ
麻理絵ちゃんと僚が戻ってきていないのに、横になっているわけにはいかない。
「ほら、もういいだろ、横になれ。ここで無理して大変なことになったらどうするんだ」
海坊主の強い言葉に香はしぶしぶシートに横になった。
ふとお尻に違和感を感じて、手を伸ばし、引き上げる。
それは…僚のジャケットだった。

ーあー

香はそっと海坊主にもばれないように、そのジャケットを胸まであげた。
(僚…きてくれてたんだ)
香は僚と海坊主が二手に分かれ、自分は海坊主に助けられたと思って
いたのだった。
そっとジャケットに鼻を近づける。
硝煙の匂いがした。触ると、所々破けている。
(僚…大丈夫だよね、麻理絵ちゃんも元気だよね)

 

香は自分の不甲斐なさを改めて感じて、涙した。
自分が麻理絵の面倒を一切みると言ったのに、簡単に敵につかまって。
麻理絵を助けるところか危険な目に合わせた。
しかも自分の身すら守ることも出来ないで、海坊主まで出張っている。

僚は一度自分を助けてくれて、その後また麻理絵を助けに危険な場所に
向かった。二度手間だ。
 だめだ…あたしだけでも負担だったのに、あたしが麻理絵ちゃんを居させてなんて
わがまま言ったから僚に2倍以上の負担を掛けている。
 こういうこともあるから僚は麻理絵を施設に預けようとしていたんだろう。
このままだったら僚の危険度は高くなるだけだ。

香は海坊主に声が届かないように僚のジャケットを握り締めながら、
シートの間に顔を埋め、毛布を頭までかぶって嗚咽した。

ーもう泣くのはこれが最後だからー

香はある決意をした。

後方で瓦礫が崩れきった音がした。

 

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*一周年記念開始から一ヶ月たってしまいました(汗)しかも終わらないし(泣)