crocodile tears6


香はいつの頃か気づいていた。

僚が自分が香から兄を奪ったと責任を感じていることを…僚の所為ではない。
兄が裏の世界に入ったのは兄が選んだことだし、兄を殺したのはユニオンテオーペ
でその組織力は僚がどんなに強くても考えてもどうすることもできなかっただろう。
兄はきっと守ってもらいたいなんて思っていなかっただろうから…

僚が香を自分の元に置いたのは、あたしが望んで兄の後を継ぎたいと言ったからでは
無くって、あたしから兄を奪った罰として、あたしの望むことを全て受け入れた。

きっとそういうことなんだ。

素人で役立たずで足を引っ張って、生意気で口うるさくて、襲いたくないほど可愛く
もなくて…それでも置いてくれたのは…兄が死んだからだ。
どんなに家事をこなしたって…それは僚にとってはあってもなくても良いものなんだ。

そんなあたしが麻理絵ちゃんをここから出て行かせる権利なんて…ない。

香は親と一緒に居られない寂しさを…うんざりするほどよく知っていた。


☆ ★ ☆


「麻理絵ちゃん。伝言板見に行くから…」
香がリビングに顔をだした。
麻理絵は僚の隣に座ってテレビを見ていた。
僚と2人きりになりたかった麻理絵は一瞬僚を見て、そして首を横に振ろうとした。
が行動を起こす前に軽く僚に腰を叩かれて、立ちあがった。
無言で帽子を手に取り香のそばに寄っていく。
香は手を差し出すと麻理絵もその手をとった。
「じゃ僚、行ってくるね。依頼がなかったら買い物してくるから」
僚は雑誌から目を離さず手の平だけで「いってこい」のジェスチャーをした。

あの日、家に帰ると冴子は居なかった。
香は麻理絵の身内が見つかるまで、せめて夏休みが終わるまではここに置いて
欲しいと僚に頼み込んだ。
僚は最初呆れながらも、香が面倒一切を見ることで一応許してくれた。

結局、僚は自分に甘いのだ…香は実感した。

新宿駅に着くと久しぶりに伝言板に嬉しいメッセージがあった。
香はうきうきと公衆電話で依頼人に連絡をとった。
麻理絵に聞かせたくない内容の可能性もあるので香はボックスのドアを足で
押さえて開きながらも麻理絵にはボックスの中には入れなかった。
「……『XYZ』こういえばわかりますよね…」
電話がつながって、香の意識が一瞬麻理絵から離れた時に

「きゃっ」

「麻理絵ちゃんっ!!」
麻理絵がスーツ姿の男2,3人に抱えて連れ去られた。
香は受話器を投げ出し、追いかけていく。

香が話した受話器からは「ツー・ツー」と無機質な機械音だけが聞こえていた。

 

「まったくあっけないもんだ」
香たちの見張りをしている男が言った。
麻理絵と香はワンボックスカーのトランクに押しこまれて、どこかに運ばれていた。
その前のシートに2人。そして運転している男がいる。
「シティーハンターのとこにガキが居るって聞いたときは、ガセネタかと思ったが
 まさか本当にいるとはな…」
「しかもアシスタントは噂通りの素人女ときちゃー、ヤキが回ったって言われても
 しょうがねーよな」
男たちがバカにしたように笑いあった。
「なんで素人女まで連れてきたんだ。ガキだけで用は足すじゃないか。人数が多いなんて
面倒なだけだろ?」
運転していた男がいう。
「追いかけてきやがったんだからしょうがないじゃないか。
 新宿駅のまん前で騒がれても目立つしな」

 

「か…さ…かお…香さん」
誰かに呼ばれて意識が戻った。
身体を伸ばそうとして、それが出来ないことに不審に思い、それではっきりした。
ーあ、あたしまた攫われちゃったんだ…−
「香さん?」
麻理絵に返事をしようとして、それも出来ないことが解った。
香はとりあえず麻理絵に大丈夫だと知らせ様と首を縦に動かした。
自分は猿轡に目隠し、そして両手を後ろ手に縛られているらしい。
「良かった…香さん、全然動かないから…」
麻理絵の声が聞こえるということは麻理絵は猿轡をされていないらしい。
少し怯えたような声だが自分から話しかけてきたということは、周りには自分たちしか
いないのだろう。
幸い足はモモのところで拘束されてたために、立って体勢を直すことは楽に出来た。
声の感じで麻理絵に寄ると、そこに再びしゃがみこんだ。
「だいじょうぶ?痛くない?」
麻理絵が聞いてくる。香としても麻理絵の状況が知りたかったが伝えるすべが
思いつかなかった。
頬を動かし、口を動かし猿轡を緩めようとした。
固く縛られてなかったらしい、しばらくその動きを繰り返していると余裕が出てきた。
(よしっ)
舌を伸ばし、布をずらす。
少し口が開くようになった。相手にばれても困る、そこで止めた。
声は出しにくいがなんとか話せそうだ。
「麻理絵ちゃん、大丈夫?」
「え、あ香さん!!うん、大丈夫」
「よかった。麻理絵ちゃんは目隠しされてないかな?何が見えるか教えて」
香が話すので安心したのだろう息せき切って話し出す。
「麻理絵ちゃん、小さい声でね」
「うん。目隠しもされてないし、口もされてない。でも手と足は縛られてるの」
香はうなずく。
「えっとぉ、ここは地下室みたいなとこ。電気はいっこついてて窓はないの」
「そう、だから寒いのね…」
「うん。だけど違うの。香さんえっとね、香さんシャツとスカート着てないよ」
「えっ!!」
思わず大声がでそうとなって、咳き込んだ。
「Tシャツと靴下は着てるけど、靴もない…」
どおりで寒いと思った。
さっき立ちあがったときに変な感じはしたのだが状況の確認にあせってそのまま忘れていた。
「ま、麻理絵ちゃんはいつから気がついてた?あたしどれくらい倒れてたかな…」
「気づいたときにはココだった。でも麻理絵が起きてからも香さんずっと寝てた」
最後は泣き声になっていた。
「これからどうなるのかな?家に帰れる?」
「大丈夫。絶対大丈夫。僚が助けにきてくれるから」
自分に言い含めるように香は言った。
「だって、パパは麻理絵のこと出て行けって。だったらここに居たほうがイイって…」
麻理絵が最後まで言う前に香がさえぎった。
「なに言ってるの!!僚はそんな冷たい人じゃない。パパだっていうなら麻理絵ちゃん
も僚を信じてあげて。絶対僚は来るから。助けにきてくれる」
香の言葉に涙を浮かべながら麻理絵はうなずいた。


いつ脱がされたか判らないけど、車に連れこまれる前に発信機を作動させていた。
新宿駅でも大げさに騒いでみせた。
その情報を誰かが僚に伝えてくれてたらいい。
香は祈った。

ー僚!!お願い、気づいて。そして早く麻理絵ちゃんをここから助け出してー


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*カオリストの皆様ゴメンナサイ…