crocodile tears5


麻理絵が僚と香の前に現れてから丁度一週間たった。
そして今も麻理絵はサエバアパートで暮らしている。

僚はあの後、あのロケットのことについても麻理絵についても何も言わなかった。
ただ1つ、自分のことを「パパ」と呼ぶな。
香のことも「槙村」とは呼ぶな。
『あの根暗な槇ちゃんが居るようで落ち着かん』と、それだけを言っただけだった。
麻理絵も納得したのか、気が済んだのか、意外にも文句を言わずうなずいた。


☆ ★ ☆


「ハーイv香さん、お久しぶり。僚いるかしら?」
「あ、冴子さん。えぇ、今起きて朝昼ごはん食べてます」
2人は並んで階段を上る。
「麻理絵ちゃんの身元、わかったんですか?」
振りかえり問う香に冴子は首を横に振った。
「残念ながら。でも麻理絵ちゃんに関することでお話にきたのよ」
「そう…なんですか」
香の声色に落ち込んだ様子はなかった。


「もう、いつまでそんなだらだらしてるのよ」
冴子がリビングに入ると朝食を食べ終わったのだろう、僚がテレビを見ながら
ソファにだらしなく横たわっていた。
その隣には件の少女が座っている。
 最初、冴子がその話を聞いたときにはなんの冗談かと思った。
いや、だって今までにも香の耳には入っていないだろうが僚の隠し子騒動なんてものは
歌舞伎町の裏に入ればおもしろおかしく話されていた。
都市伝説の軽い版みたいなものだ。
今回だってその噂話が「なんで香さんに知られちゃったのかしら?」程度にしか
思っていなかったのだ。
それなのに子供が実際に登場した。と、それも僚本人から聞かされたら
驚くしかなかった。
 まったくこの状況をどうするのかしら?僚も香さんも…

「よぉ冴子、なんだ?とうとう警視庁クビにでもなったか」
ソファから状態も起こさず、顔だけを少し冴子に向けた。
「そんな冗談につきあってる暇はないのよ。あなたと違って忙しいの」
 ようやっと僚が身体を起こしたところに、香さんがコーヒーを持って
リビングに入ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう。良い香りね」
 一口飲むと、香りに違わず、少し苦味のあるけれど美味しいコーヒーだった。
香さんは麻理絵ちゃんにジュースを渡し、自身もそのテーブルを挟んで向かいに座った。
それを見計らったように、僚が口をだす。
「で…」
 冴子はその言い方に少しカチンとした。
 麻理絵ちゃんがいるのに、いいのかしら?ま、どうせ後から言わなくちゃいけないから
その役目を私に押し付ける気ね。まったく油断も隙もないわ。
 それでも努めて冷静に
「えぇ、麻理絵ちゃんを保護してくれる施設が見つかったの。先方はすぐにでも
構わないって おっしゃってくださってるけど…」
 僚は軽くうなずいた。その様子を内心冴子は苦笑いをした。
「えっ?どーゆうこと?!」
 麻理絵はすごい勢いで立ちあがった。その拍子にジュースが零れた。
「あ…」
 香がふきんで拭こうとするがそれにもかまわず、麻理絵は僚に向かっていく。
「この人は誰なの?!どうして私が施設になんて行かなくちゃ行けないのっ!!」
 麻理絵はよほど悔しいのかスカートを握りしめた手が震えている。
「この人は警視庁の女刑事さん。いろいろやってもらってんだぜ〜。お前だって
 このままでイイとは思わンだろう?親は見つかんねーわ、ガッコも行かにゃー
 なんねーわ、ここにいたらいつまでも親みつかんねーぞ?」
「だから、親は僚だって言ってるじゃない!!なんでここに親がいるの
 に施設に行くのよ!」
「お前をここにずっと住まわせておくわけにはいかねーんだよ。親も保護者も
 見つからないなら施設に行くしかねーだろっ」
「なんでここに居ちゃいけないのよ?学校だってココから通えばいいじゃん。
 通えないなら私、学校いかなくてもいい!!僚と一緒にいたいの」
「ダメだ」
 僚は冷静に、それでも有無を言わせない口調だった。
 麻理絵は顔を真っ赤にして目からは涙がつぎつぎと零れおちる。
「麻理絵ちゃん、落ち着いて。僚だってあなたのためを思って言ってるのよ?」
 あまりの状況に冴子が麻理絵の肩抱きしめ、落ち着かせようとした。
 その冴子の手を振りほどくと麻理絵は泣きながら叫んだ。
「パパのばかっ!私絶対でていかないっ!!」
 そのままリビングを飛び出して言った。
「麻理絵ちゃんっ!」
 香はそのすぐあとを追いかけて、家を出ていった。

 

「麻理絵ちゃん、待ってっ!!」
 中央公園の入り口で香は麻理絵の腕をとって捕まえた。
 アパートを出た時、運悪く信号に引っかかりだいぶ遅れをとってしまった。
 麻理絵は腕を引かれたまま、けれど香に顔を見せないで足を止めた。
 だいぶ息が上がってるようだ。
「麻理絵ちゃん、足早いのね。あたしも自信あったんだけどくじけそうだったわ」
 笑いながら香は麻理絵の腕を離した。
「麻理絵ちゃん、走ったからのど乾かない?美樹さんところで冷たいのでも食べようか?」
 麻理絵は首だけでうなずいた。
「うん、じゃ行こう。その前に…」
 香は麻理絵の前に回り込むとタオルを渡し、白いエプロンドレスを上から着せた。
ジュースで出来ていたしみはすっかり見えなくなった。
「ほら、顔も拭いてね。可愛い顔が台無しだから」
 コレを取っていたからアパートから出るのが遅れたのだ。
 そのまま追いかけていったのならアパートの玄関で捕まえられただろう。

 

 キャッツで香はいつものカウンター席ではなく、窓際のテーブル席に座っていた。
美樹がアイスコーヒーとチョコレートパフェを置いた。
「ごゆっくり」
 美樹が微笑んで立ち去ると、麻理絵はパフェを食べ始めた。

 半分ほど食べ終わり、香がどう話しかけようかと逡巡し始めたとき、麻理絵が香に
声を掛けた。
「香さんはなんで…なんで、いつからあそこに住むようになったの?」
「え?」
「パパと…なんで一緒に住んでるの?香さんはパパの恋人?」
 僚に注意をされてから、僚の前では麻理絵は僚のことを「パパ」とは呼ばない。
だけれど、香のだけの前ではやはり「パパ」と呼ぶ、そのことに麻理絵の心情が
伝わって来て、いつもにまして動揺した。
 麻理絵はじっと香の目を見て話した。
 香が息を呑んだのを美樹と海坊主は感じていた。
「あのね、香さんは出て行けって言われたこと…ないの?どうしたらこのまま
 パパと一緒に暮らせるか、香さん知ってる?」
 それだけ言うと麻理絵は一瞬、瞳を伏せ、そしてまたパフェを食べ始めた。
 そして小さくつぶやくように言った。
「……パパと暮らしたいな…」

 香はそんな麻理絵に声も掛けられず、ただ麻理絵がパフェを食べる姿を見ていた。


 ーなんで、あたしは僚と一緒に居られているんだろう…−

 麻理絵の言葉は深く香の心に影を落とした。



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*もう5年分の更新ジャン(笑)